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カリロボ  作者: 広瀬ジョージ
エリア2編
62/95

08.学生たちは

 帝都学園修学旅行バスは有名な観光地に到着していた。


 一応学校行事なのでそれらしく、事前に選択していた伝統工芸の体験を行った。

 内容は染物体験や、和菓子作り、座禅体験など様々だ。

 樹達は和菓子作りを体験して完成したらそうそうに食べてしまった。


 体験を終えたら一時間、その周辺で自由時間が与えられる。

 樹達がいるのはエリア2を二分する形である山脈の西側の右都うみや

 ここには様々な文化体験ができる商業施設が多く存在する。

 もちろん重要文化財や国宝などの希少なものも多い。


「さぁ、何しようか……」

 樹は体験を終え通りに出ると古都の街並みをうっとりと眺めた。


 実は旅行には数えられるぐらいしか行ったことは無く、エリア2に来るのは今回が初めてだ。

 ここは景観法が適応されていて、頭上に飛行ロボが飛んでいたり、ロボが歩いていたりとすることがない。

 ロボットが規制される数十年前から政府が景観を損ねないため電柱を撤去し地下化したのも有名な話だ。

 この場所を昔のままの風景で残すことに国が固執した理由もよく分かる。


 しかしこの国で一番文化財の多いこのエリアで監視をしないなんてことはあり得ない。

 そこで政府がとった対策は……


「ここ雀がいる」

 永久は屋根を見上げながら呟いた。

 雀はエリア11では自然界にほとんど見られなくなった生き物である。


「あれね!実はああ見えて監視ロボなんだよ!雀は昔この辺にいっぱいいたんだけど数が減って絶滅危惧種になったんだって。それで昔の景観を守るっていうのとセキュリティ対策として一緒に開発されたのがアレ!実は素材の関係で滑空しか出来ないから跳ねて移動してることの方が多いんだ!よく見るとたまに本物の雀もいるらしいよ。実はポイ捨て防止に川の鴨モデルも……!」

「わかった。わかったから」


 永久はハイハイと受け流して歩みを進めた。

 あんまり興味なさそうだなと樹は反省する。


 改めて見ると雀は樹のうんちく通り、小さい足でぴょんぴょんと跳ねていた。

 樹の家にいる蝶形飛行ロボのテフと違い、内蔵カメラや機体が重いため上手く飛ばすのは難しいのだろう。


 そんなこんな苦労があり、エリア2は風光明媚な姿が保たれている。


 古都をサラサラと流れる川。

 時代を感じさせる木材造りの建物。

 街路樹の葉も寒さで落ちてしまっているがそれもまた儚げで街並みによく合っている。

 きっとここは何年も変わらず春夏秋冬いつでも美しいのだろう。


「……寒い。とにかくどこか入ろ……」

 下方に目をやると永久がマフラーに首をすくめてうずくまっていた。


 今日は修学旅行なので制服を着る必要はなく、永久はありとあらゆる防寒対策を施している。

 ポケットに突っ込んだ手はそこから絶対に出さないという強い意志を感じられた。


「そうだね。この通り、有名な和菓子屋さんがあるんだけど、さっき食べちゃったしなぁ……」

 次何か食べるなら塩辛いものが食べたい気分だ。


 樹も寒さは感じているが我慢できない程ではない。

 このまま外でぐるりと歩き回ってもいいと考えていたぐらいだ。


「大体、なんで真冬にしちゃうかなぁ。学園上層部は何考えてるんだ……!」

「まぁまぁ、そう言わないで。お土産か何か買いに行く?」

「それは明日でいい。荷物もって移動するの嫌だし。」


 今日はあともう一か所見学に行って、それから旅館に行くという日程で、買ったものは自分で持っておかなければならない。

 観光地に来たというのに永久は旅情緒よりも機動性を重視するつもりらしい。


 機動性を重視する割にはあまり動きたがらないしどうしたものかと樹は唸った。


「そっか。お土産は自分の買うぐらいかな」

「そういえば姉さんも来てるんだって?」

「うん。だからお土産はいらないって言われてるんだ」


 樹の姉である桜はエリア2でのロケが決まってから妙に上機嫌だった。

 『美味しいお菓子とかお漬物とかは私が買っとくから、樹は自分の好きなの買ってね!』

 と言っていたがあまり自分の欲しいものと言っても思い当たらない。


 和雑貨は見ていて綺麗だがハンカチや櫛、小物入れなど女性物がよく目に着き、自分が普段使いするようなものはまだ見当たらない。


「母さんもいつ帰るか分かんないし。あ、でもイブじいにはなんか買っていこうかな」

 樹がふらりと歩き出すと永久もその後に続いた。


 丁度樹達が丁字路に差し掛かった時、出会いがしらから和馬が顔を出した。

「ハロー、王野君じゃないか!」

「あ、松田君は確か……」


 和馬は手に提げている小さな紙袋を掲げてみせた。


「僕はかんざし作りだよ。」

 そう言った和馬の後ろから同じ簪作り体験を終えた女子たちがぞろぞろと出てきた。

 彼女たちは和馬を見つけるとにこやかに手を振った。


「またあとでねぇ」

「まったねぇ!」

 和馬は彼女達に手を振った。


 男子で簪を選んだのは和馬ぐらいだった筈だ。

 男子一人だけ混じっていっても違和感なく溶け込めるのは彼の柔和さと軟派さがなせる業だろう。


「二人は和菓子だっけ?上手くできた?」

「うん、思ったより。もう食べてきちゃった」

「これからどこか行く?」

「特に決まってないブラブラするだけ」

「そうかい」

 和馬も一行に加わり樹達は再び真っ直ぐ進んだ。


 和馬が一緒の方向に歩き始めても永久は何とも言わなかった。

 ちょっと前なら『ついてくるなよ』と嫌そうに顔を顰めていたが、文化祭以降は行動を共にすることが多くなって今は特に気にならないようだ。


 それどころか永久は歩み寄るように問を投げかけていた。


「そっちは上手くできたの?」

「まぁね!」

「ところで髪も短いのにどう使うのさ?」

「やだなぁ、自分で使う筈ないじゃないか!」

「もしかしてあのお手伝いの子……?手作りあげるとかすごい勇気だね」

「言わなきゃわかんない出来栄えだから!旅館着いたら見せたげるよ」


 二人は着実に、歩み寄っている。


 樹の目の前に木製の和風看板がつり下がっているのが見えた。

 黒っぽい木の板によく映える生成りの文字で『ろくろ体験』とあった。


 たしか葵と優太はここだった筈だ。


「ちょっと見てっていい?」

「早く入ろう」

 永久は寒さに耐え兼ねてさっさと店の奥に入っていった。

 樹と和馬がつられて暖簾をくぐる。


 この通りに軒を連ねている店はこの店のように、暖簾などで店の内と外を分けているところが多い。

 客が入りやすいように開け放っているにも関わらず、暖簾をくぐるとほんわりと温かかった。


 それは店の中央にあるストーブのお蔭のようだ。

 永久は綺麗に並べられた商品を吟味するふりをしながら巧妙に暖を取っていた。


 ろくろ体験をしているだけあってそこは焼き物屋さんだった。

 樹はコートの端が商品に触れないように確認しながら奥に進んだ。


 ここで体験をしていたらしい同級生達が店内を物色していた。

 ストーブの奥には無人のレジカウンターが置いてあって、長年使い込まれているらしくものすごく旧式だった。


 樹はそれにも少し興味をそそられたもののすぐにレジカウンターの奥に視線を移した。

 そこにはガラス張りの部屋があって、そこで体験を行なっているようだった。


 作務衣のような作業着を着た老人に指導を受けながら、同級生がうわーとか悲鳴を上げながら湯呑を成型していた。

 作業台の上にはすでに出来上がった湯呑らしいものが並べて置かれている。


 ガラス越しには葵や優太の姿は見えなかった。


「もう終わっちゃったかな?」

 和馬に向かってそう呟いたとき、葵が左側から現れた。


 樹を見つけると服の袖を大胆にめくり上げたままガラス越しに手を振った。

「待ってて!」


 葵はそういうと二分とたたないうちに出てきた。


「見て見て樹!あれアオが作ったんだよ!」

「どれ?」

「あのグニャグニャの横!」

 そこには小さいサイズの湯呑があった。


 葵は一見ガサツな印象を受けるが意外にも器用なのだ。

「上手っ!」

「弟子においでって言われた!」

 葵はふふんと得意げに鼻を鳴らした。


 一足遅れて優太も出てきた。


「キバのは?」

「俺は実用性よりも芸術性を重視した」

「あれでしょ?」

 永久は先ほど葵がグニャグニャと称した物を指さした。


「そうそう」

「届くのが楽しみだね!」

 ろくろ体験は完成品が自宅に郵送されてくるらしい。


 葵に郵便先の写しを見せてもらったら葵のアパートではなく樹の家の住所になっていた。

 葵はだんだんと王野家の子になりつつある。


「ねぇ、愛希探しに行こ!」

 葵は樹の服の袖を引いた。

 特に行きたい店もなかったので樹はいいよと頷いた。


「宮野さんってたしか……」

「座禅!」

 優太が早押しクイズのように答えた。


「宮野さんブレないねぇ!」

 和馬は感心したように呟いた。


「どこでやってるの?」

「確かこの通りの一本隣の通りのお寺」

「迎えに行こ!」

 葵は早々に店を飛び出していった。


 樹達もその後にゆっくりとついていく。

 永久はストーブから離れるのを名残惜しそうにしていたが、結局元のようにポケットに手を突っ込んでついてきた。

 樹が通りに出ると早速葵を見失ってしまった。


 人通りも多く、どっちに行くかもわかっていない筈なので、外に出て待っていると思っていた。

 しかしどちらを見ても葵の姿はなかった。


 樹がキョロキョロしていると、和馬が樹の肩をつつき、その手で川線に軒を連ねている出店を指さした。

 そこには同級生の女子の群れとそれに加わろうとする葵がいた。


 何のお店だろうと思って近づくと、それが手相占いの店であることが分かった。


 長い眉毛が特徴的な亭主は樹達が近づいてくるのを見計らって『修学旅行生は五百円だよ』と言った。


 長い眉の下の目は年寄りの割に爛々と光っていて、目に優しくない真紫の着物を着ていたのでかなり胡散臭かった。

 しかし五百円という絶妙な価格設定なので、なかなか繁盛しているようだった。


 樹が傍によるとそこにいた前橋唯がヒョイと手をあげた。

「王野君。見て、見て、これ変態線だって。」

 先ほど占ってもらっていたらしい唯は嬉々として中指の下あたりをなぞってみせた。


 そんな線を自慢げに、しかも異性である男子生徒に報告してくる唯は間違いなくその素質があるんだろう。


「アオもやりたい!」

「まいどー」

 葵は丁度五百円玉を亭主に渡しているところだった。


「やや!嬢ちゃん良い手相してるねぇ、こっからこう出てるのは周りをハッピーにする線だよ。」

「やったー!アオ、上げマン!!!」

 周りにいた生徒達も自分にもあるか確認しだす。


「王野君もやってみなよ!」

 唯はちょいちょいと突いた。

 周りにいた女子生徒もやりなよーと突っついてくる。


 今のように、一人占えば自分の線も確認できるので、優太や和馬もせっつかれている。

 二人とももう乗り気なようでお互いの手のひらを見せ合っていた。


「キバ、主要線足りなくない?」

「うあ!ホントだ!」

「きっとレアだよ。見てもらいなよ。」

 人の手のひらなんてまじまじと見たことがなかったので気が付かなかったが意外と個性的だ。


 和馬は彼の体型と同じように手も縦に長かったし、優太の手は意外とごつくて両手に真っ直ぐ手綱でも握っているような濃い横線があった。


 永久だけは頑なに手をポケットから出そうとはせず少し遠巻きに見ていた。


「そこのお兄さん俳優さんみたいだねぇ」

 亭主は見え透いたおせいじを言っていたが、その言葉に関わらず樹の手は既に財布に伸びていた。


 この修学旅行用に姉から手渡されたお小遣いだ。

 お土産もそんなに買わないのであれば、こういう形のないものを買うのもありだ。


「お願いします」

「まいどー」

 老人の手はずっと外にいただけあってひんやりした。


「あー、お兄ちゃん結構粘着質でしょ?ここいっぱい線がある。」

「えっ?!あ、ホントだ!」

 言われた通り薬指と小指の下を通る太い線の下に短い線がいっぱい出ている。


「当たってます。」

 いつの間に隣に立っていた永久が亭主に告げていた。


「そうでしょう、そうでしょう」

 樹が納得いかない気持ちで引き下がると次は和馬の番だった。


「あ、この三本、お兄ちゃん金持ちになるよ。」

「そーですか。わー嬉しー」

 周りに笑いとさすが!という声が響いた。


 次は優太の番だった。


「おじさん、これなんですか?」

 優太は自ら手のひらを突き出すようにして見せに行くスタイルをとった。


 亭主の表情が変わる。


「これは天下取りの相!」

「マジか!!!」

 優太は自らの手を食い入るように見た。


「天下人の多くがこの線を持っていたらしいから、大事にしなさい。ここまでハッキリあるのは初めて見た」

 亭主がもう一度優太の手を掴んでしげしげと見ているため余程珍しいらしい。


「これはわざとかい?」

「わざと?」

 亭主のセリフに優太は聞き返す。

 同時に樹も首を傾げる。


 手相にわざとなんてあるのか?


「美容整形みたいに自分で手相変えちゃう人もいるからね。商売繁盛とかね!」

 和馬はヒラヒラと手を振った。


 彼の父は言わずと知れた大企業の社長で、彼は実際そういう人を目の当たりにしたことがあるのかもしれない。


「そう、そうペンかなんかで書いても効果があるらしいから。」


 樹は思わず自分の粘着質線を見た。

 永久は樹の考えを見え透いたように手を覗きこんだ。


「書き足せても、消せはしないよ、きっと」

「ですよねー」


 自分だけ不名誉な線を指摘されたのがどうにも納得できない。

 これが粘着質たる理由だろうか。


「まー、わざとという訳ではないけど、成り行きで……?」

 と優太は答えた。


「そうか、大事にするといいよ。大丈夫、お兄ちゃん、手相は変わるから」

 樹はありがとうございますというより他なかった。


「お兄ちゃんに良い出会いがあるように、コレ買っていかない?」

 亭主に進められたのはそこらへんに置いてあるような五百ミリリットル入りの水だ。

 少し個性的なのは、観光地にありがちな奇抜なデザインのボトルだ。


 理科実験のフラスコみたいな形をしている。


「二千円」

「高ッ!」


 亭主が怪しいものを売りつけようとする気配が見られたら同級生たちはそそくさと解散した。

 樹達も撤退しようかと考えていたら背後に気配が感じられた。


「コレッッ!」

「ヒィッ!」

樹は思わず飛び上がった。


 慌てて振り向くと一目でお寺の人と分かるような渋い袈裟を着た、恵比寿顔の老人が立っていた。

 ただ今は金剛力士像みたいな表情になっていた。

 その後ろには呆気にとられた顔の宮野愛希が立っていた。


「旅行生に怪しげな物売るんじゃないよ」

「怪しげじゃない!これは由緒正しい池の水だ!」

「そんなもの……!」

 お寺の人はフーと気持ちを落ち着かせるように息を吐いて優しそうな恵比須顔に戻った。


「いやぁ、ごめんね。君達、こういう物を売りつけてくる輩は他にもいるから、気を付けて楽しんでおいで。」

「「「はーい。」」」

 樹達は声を揃えて返事してそそくさとその場を後にした。

 愛希だけは少しその場に残って頭を下げた。


「今日はありがとうございました」

「いえいえ、こちらこそ、また来てね」


 優太はその後合流した愛希にあの人は?と尋ねた。


「私が座禅体験してたところのお坊さん。この辺まで用事があったみたいだから一緒に歩いてきたの」

「へぇ、愛希ところで今の聞いてた?『池の水』だって!」

 たしかさっきの老人たちはそんなことを口にしていた。

 バスの中で唯が話していたあの池の水伝説の事だろうか。


「たぶんアレ、その伝説をもとに作った観光商品なんじゃないかしら?」

「だよなぁ。本物がそんな夢のない物なのもなぁ。高いし」


 優太は興味を失ったようで葵と一緒に抹茶ソフトに惹かれていった。

「寒くないのかな……」

 樹が言おうと思っていたことを永久が先に呟いた。


「ねぇ、王野君。さっきの店何だったの?」

 愛希は手相を占っていたところは見ていなかったらしい。


「手相占いだよ。一回五百円の。粘着質って言われた……」

 愛希はぷぷっと噴出した。


「優太はなんて?」

「あぁ、天下取りの相だって!珍しいらしいよ。こう一直線に」


 樹は手のひらを横一文字に切ってみせた。

 愛希は自分の手のひらを見ながらそう、と呟いた。


 愛希の手にはそれはなく、何の変哲もない綺麗な手をしていた。

 ただ彼女の勤勉さを表すように、ぷくりとペンダコが出来ていた。


 今まで何の変哲もないと思っていた樹の手にも粘着質線があったのだから、愛希の手にもなにかしらの線があるのだろう。


 そう言えば優太なら真っ先に愛希、見て見て!天下取りの相!と言って見せつけると思っていたので少し意外に感じた。


 樹がそう思ったのもつかの間、優太がソフトクリーム片手に走ってきた。

「愛希!どうぞ!」

「寒いしいらないわよ。一口だけやっぱり頂戴…」

「アオはぜんざいにした!」


 葵はホカホカと湯気の立ったぜんざいを持っていた。


「ぜんざいもあるのね。わたしも買おうかな」

「半分上げる!一緒に他のも食べよ!」

「ありがと!そうね、この通りに有名な金平糖屋さんがあったわ。行ってみない?」

「行く!」


「金平糖屋さん?」

 気になって樹が聞き返すと愛希は頷いた。


「専門店ですって。金色堂って言う」

 樹は金平糖がやたら大好きなウィルスバスターが脳裏に浮かんで、俺も行くと呟いた。


 楽しい修学旅行はまだ始まったばかりだ。


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