07.誘拐?盗難?
1月下旬。
松田カンパニーBON。
お正月の慌ただしさが去り、テレビ番組の挨拶が『あけましておめでとうございます』から『こんにちは』に切り替え完了した頃。
BONでは年末にしそびれた大掃除が行われていた。
BONは松田カンパニー本社の資材室を拠点にしているため何かと物が多い。
しかし大掃除と銘打っておきながら会社の大切な資料は一切手を付けていない。
ほとんどの物が電子化されて管理しているため、不用意にいじるなとお達しがあったからだ。
いじってはいけない大切な資料より、問題はBONの面々の溢れかえった私物の山である。
「おいおい!フリルなにやってんだ?」
ユーセンは画面にピッタリと張り付き、リーコに語りかけた。
ぷにぷにとした柔らかい頬がガラスに張り付いてグニャリと歪む。
画面の中では鏡開きまで置いてあった餅も食されて、小ざっぱりとしたいつものホーム画面に戻っていた。
ユーセンの視線の先ではリーコが脚立の上でUSBの選別を行っていた。
未使用の物と使用されている物、不用品と分け、さらに未使用の物を容量ごとに分ける。
ひと段落したところでリーコが振り返った。
「大掃除だよ、ユーセンくん!」
「大掃除?」
ユーセンは今までそんな事してた事あったか?と首を傾げる。
「旅行から帰ってきて汚いと気持ち悪いやろ?」
リーコの横で同じ作業をしていたキャシーもチラリとユーセンを見て答えた。
キャシーの旅行という言葉にユーセンはピクリと反応した。
正月に牧原が引き当てたエリア2宿泊券が使われることになったようだ。
「テツのヤツ、おいらとの約束わすれてねーだろうな?」
リーコとキャシーは顔を見合わせた。
「なんか約束してたん?」
「オイラの新しいウェポンだ!」
ユーセンが地団駄踏む様子に二人はクスリと笑った。
「どうかなぁ、テツに直接聞いてみたら?」
二人は再び作業に戻った。
ユーセンはチェッと舌打ちすると唐草模様のマントでひらりと宙を舞い、リーコのパソコンから和泉のパソコンに移った。
こうすることでリーコのパソコンからは見えなかったこの部屋のもう半分が見えるようになる。
そこでは和泉と山城がそれぞれ作業していた。
「おや?どうされましたユーセン氏?」
フィギアの並べ替えをしていた和泉が手を止めた。
「テツはどこに行った?」
「さぁ、ユーセン氏が見てきた方が早いのでは?スタジオには?」
「どこにもいなかったぜ。」
ユーセンは松田カンパニーの発売しているウィルスバスターU‐1000がインストールされた場所であればアイコンを通じてなんでも見ることが出来る。
各アイコンから得た情報は5分おきに更新され全ユーセンに共有される。
少なくとも牧原はユーセンがいるような環境の場所には行っていないようだ。
「どこに行ったんでしょうね?」
和泉は骨ばった指で頭を掻いた。
「オイラのウェポン!」
ユーセンは自身がインストールされていない環境には手も足も出ない。
マシュマロフットでポスポスと地団駄を踏むと和泉がまぁまぁとたしなめた。
ユーセンの視線の端でお菓子の棚を整理していた山城が引き出しから何やら不審なものを発見したようだ。
脂ののった大きな手で小さなそれをヒョイと掴みあげた。
「なにこれ?ボンカラーのチップ……?」
山城が鮮やかな紅と黒の色で装飾されたマイクロチップを掲げた。
色のコントラストが毒々しい。
この配色はボンこと松田和馬のフェイブリットカラーである。
「あ!!!それダメ!」
リーコは目にも止まらぬ速さでフレームインすると山城の手からそれを奪い取った。
そういう反応されるとかえって気になってしまうのが人の性だ。
キャシーが何々?とリーコに近づく。
「なにそれ?昔のお宝映像か何か?お菓子棚に隠すなんてよっぽどやん!」
別の作業をしていた和泉も作業を中断し聞き耳をたてた。
注目されたリーコは小さい背中にマイクロチップを隠すように佇み、激しく首を振った。
「違う、全然違う!これ世界一危険なウィルス!!!」
世界のありとあらゆるウィルスを見てきたリーコが言うのだから間違いないのだろう。
彼女がBONに配属される前の仕事はユーセン君の強度を調べるためのテストウィルスづくりである。
現在はユーセン専属のウィルスメーカーだ。
「くれ!くれ、フリル!戦うぞ!」
ユーセンはチェーンソーのエンジンをいれた。
ブルンとエンジンが唸る。
新しい武器は欲しいがやっぱりこれが一番しっくりくる。
「ダメ。これは絶対ダメ!」
「そんなに危険なん?」
うんうんとリーコは無言で頷く。
「私と坊の共同開発、その名も『レディバグ』!!!」
リーコは漫画ならバババーン!と言う効果音が書き足されるようなポーズをとった。
「……あんまり、恐ろしさが伝わってこないんやけど……?」
和泉が同感ですと頷いた。
「危険危険。超危険。キャシー知ってる?テントウ虫のあの赤黒って自分に毒がある事を周りに教えるための色なの!」
「ほー」
「だから誰も使わないようにって坊がこの色、このネーミングにしたわけ。」
「へー」
ならばそのことを知って好んで自身を染めている和馬は一体……?
「ところでどんなウィルスなの?それ?」
「まぁ、一言でいえば『なりきり』ウィルス……?」
いまいちピンと来ていないメンバーに向けてリーコはさらに説明を加えた。
「ユーセン君はウィルスの問題個所を見つけてそこを切るでしょ?その問題個所を見つけられなくなるのもこのウィルスの特徴。問題のない箇所になりきって隠れちゃうわけ。だから退治も出来ない。」
「隠れた後はどうするん?」
「それがしっかり分からないのも厄介。決まった症状が出てくるわけじゃないの。機械も私達の体と同じようにいろんな部位があって、それぞれ別の役割を果たしているでしょ?もし気づかない間に増えたのが心臓とか脳だったら?体全体にどんな影響を及ぼすか想像つく?機械にもそれが言えたことで、段々と異常が出始める。」
しかし問題はなぜか検出されないという訳だ。
それが健康な体の一部にしか認識されないから。
「なるほどな。とにかく厄介なのは分かったわ。」
「という訳でこれは焼却処分!絶対に電子機器に接触させないでね!」
「「「アイアイサー」」」
リーコはポイっとそれをゴミ袋に放った。
ゴミ袋に入ったその瞬間からBONの面々の興味は完全に削がれたがユーセンの目には半透明のビニール越しに毒々しい赤と黒が見えていた。
「おいおい!捨てるな!おいらの方がつよいぞ!」
自分よりも強いウィルスがこの世に存在しているなんて我慢できない。
しかし皆はハイハイと受け流していた。
それよりも壁に掛かった丸時計に注目が集まる。
「あ!もうこんな時間!明日早いんだからもう帰ろ!」
「そうですな。」
明日というのはエリア2宿泊券が使われる日の事を意味する。
ユーセンはレディバグを早々に諦めて違う願いを口にする。
「おいらも行く!」
山城がうんうんと頷く。
「分かった、分かった!向こう着いたらパソコン立ち上げといてあげるから!」
「ちがう、そういうことじゃない!」
ユーセンは自身がインストールされたパソコンのあるところなら、どこでも行くことが可能だ。
しかしユーセンはその画面から見える世界しか知らない。
大抵は誰もいない部屋の壁か、画面を眺める人の顔を眺める事しか出来ない。
皆と一緒にいろんなものが見たいのだ。
「じゃあ、また明日ね!」
「おい待て、コラ!」
勢いあまってポコンと壁にぶつかり転がる。
そして部屋は静かになった。
「ちぇ、おいらも外にでたい……」
ユーセンは暗くなった部屋で一人、金平糖を齧った。
それからすぐに部屋の電気が再びついた。
誰か忘れ物でも取りに来たか?
「なんだなんだ???」
返事は期待していなかったが反応があった。
「……っ?!どこから聞こえた?!」
部屋に入ってきた人物はユーセン以上に驚いているのが声からうかがえた。
なんだか様子がおかしい。
ユーセンは素早く出入口に一番近いPCに移った。
機械に内蔵されているカメラから外の様子を伺う。
そこには黒ずくめの男が大小と二人立っていってあたふたと動き回り、棚の陰など見当違いな方向に目を向けていた。
「違うぜ!こっち、こっち。」
いつものユーセンなら侵入者として速やかにBONの面々に連絡を入れるところだが、ついさっき邪険に扱われたため、そうはしなかった。
代わりに二人の侵入者を話し相手として迎えることにしたのだ。
「ばーか。ここだよ、ディスプレイの電源いれてみろよ!」
後ろにいた小さい方の黒ずくめが恐る恐る近づいてきて電源を入れた。
タイミングを見計らってユーセンはひょいっと手を上げる。
彼らからはディスプレイ画面に映し出されたウィルスバスターが自分達に向かってヒョイと手を上げたように見えただろう。
「あ!ユーセン君だ!ここのユーセンしゃべるんっすね!」
侵入者の小さい方は顔下半分を黒いネックウォーマーのようなもので隠していたが、しゃべりだすと同時に邪魔そうに取っ払ってしまった。
その顔には見覚えがある。
おそらく何万人というユーザーの一人だった筈だ。
全ユーセンの情報は5分おきに更新され共有される。
ユーザーの顔だって然り。
この男はウィルスバスターの仕事をした後も画面にアイコンを残しておいてくれている優良ユーザーだ。
仁科美由の手下で名前は…
「丸山風太郎だな!」
「そうっす!」
丸山は感心したように手を叩いて喜んだ。
「なんで知ってるんっすか?!」
身を乗り出してきた丸山の頭の上に拳が降ってきた。
「バカ何遊んでんだ!」
大きい方も喋るにあたってネックウォーマーをずり下げた。
こちらはユーザーではない。
PCにインストールされていないのだろう。
しかし丸山と常にセットで行動しているし、牧原のスタジオで葵にボコボコにされたのが印象に残っている。
たしか三内と呼ばれていた筈だ。
「だってアニキ!ユーセン君が喋ってんですよ?!マジかわじゃないっすか?!」
ユーセンが喋れる事を知って喜んでくれたのは丸山が初めてだ。
喋れるし、情報が共有されていると世間に知られてしまうとBONや松田カンパニーの迷惑になるので喋る姿を見せることは少ないがこの反応は稀だ。
ただ単に丸山の情報が共有されていることに対しての認識が甘いからこんな反応を見せているのかもしれないが。
三内は画面にくぎ付けの丸山を見下ろし舌打ちした。
「知らん。さっさとブツを探せ」
「ヘイヘイ……ゴメン、ユーセン君。また今度!」
ユーセンは自分の事に全く興味がなさそうな三内よりも断然丸山の方が気に入った。
相手にしてもらえなくなる前にユーセンは急いで呼び止めた。
「おいおい、フータロ。何探してんだ?」
「アニキ!聞きました?!舌足らずにしゃべるのも可愛いじゃないっすか、もうっ!あのねーお兄さんたちはこれくらいの赤と黒のマイクロチップ探してるんっすよ。」
小さい子供のように扱われるのは気に入らないが、丸山は両手人差し指と親指で小さな四角を作って見せた。
「レディバグの事か?」
「知ってんのか?!」
今まで興味なさげだった三内が食いついてきたのでユーセンは得意げに胸を張った。
「おいらなんでも知ってるぜ!」
「で、そいつはどこにあるんだ?」
ユーセンはフンと鼻を鳴らした。
「オイラがなんでおしええないといけないんだ?」
「なんだと生意気な!」
画面の中まで手が届かないのでユーセンは後ろを向いてフリフリとお尻を振ってみせた。
「へへーん。おしえてほしかったら金平糖をだせ!」
「コイツッ……!」
丸山は三内をまぁまぁと宥めた。
「ユーセン君、そこを何とか!ヒントだけでも!」
優良ユーザーが手を合わせているのでなんとかしてあげようという気分になる。
「ヒント?そんなもんだすほうが難しいぜ。ゴミはゴミ箱にだぜ。」
「「ゴミ?」」
二人は顔を見合わせた。
ユーセンは呆れた。
ほぼ答えに等しいのに二人はあまりピンときていないようだ。
「これだけ言ってもわかんねーなら帰った、帰った!」
二人はゴミ袋が部屋の隅に固められていることに気づいた。
「まさかこの中……?」
「ピンポーン!大正解だぜ!探せるかな?」
BONが捨てたのは何もレディバグだけではない廃棄したマイクロチップが何百個と入っていた。
その中からどうやってレディバグを見つけるか見物だ。
果たしてあのカラーリングの意味を知っているだろうか。
こいつらが捜している間に匿名で110番でもしようかとユーセンは目論んでいた。
しかし三内が口に出したのは思いもみない一言だった。
「丸山、半分持ってけ。」
「何だと?!」
何て非効率的なんだ!
三内丸山はゴミを全て持ち出そうとしている。
「アイアイサー!」
そして従うのか!
「あ、ついでにこれも!」
丸山が再びユーセンの前まで来た。
そして丸山の右手が画面の外に消える。
次の瞬間。
巨大なブラックホールがユーセンの目の前に現れた。
「ギャア嗚呼嗚呼アァァァァァァぁぁぁ!!!!」
ユーセンはブラックホールの闇へと吸い込まれていった。
ユーセンは意識を失う直前、コンマ数秒にして状況を理解した。
おそらく丸山はちゃんとした手順を踏まずユーセンのチップをパソコンから抜き取ったのだろう。
何て乱暴な!
そう言えば丸山は用事が済めばパソコンを強制終了させるタイプのユーザーだった……
「何してんだ?」
三内が振り返ると丸山はユーセンのUSBをポケットに押し込んでいた。
「へへ、しゃべるユーセン君なんて激レアじゃないっすか!どうせ窃盗には変わりないっすからついでにっす!」
丸山は意気揚々とゴミ袋を掴み上げ三内の後に続いた。
コイツは思いっきりが良いというか、開き直りがスゴイというか……
三内は呆れながら再び黒ずくめになると行くぞとだけ声をかけた。
「あとはいよいよ誘拐だけっすね!」
「あぁ、上手くいきすぎて怖ぇーよ。」
三内と丸山は部屋を後にした。
全ユーセンの情報は5分おきに更新され共有される。
次の更新が来る前、つまり4分59秒はそれぞれのユーセンが個々の時間を過ごすことになる。
時刻は午前1時4分。
BONのPC上のユーセンが盗難、もしくは誘拐された情報はどのユーセンにも共有されることは無かった。
したがって一匹のウィルスバスターがいなくなったことは三内丸山以外誰も知る由もない。




