表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
カリロボ  作者: 広瀬ジョージ
エリア2編
60/95

06.新田慎吾という男


 欲しいモノは何でも手にしてきた。


 よく通る声も。

 演技力も。

 カッコいい顔も。

 肉体も。

 主役の座も。


 しかし、一つだけ欲しいと願ってから手に入れていないものがある。


 それが安藤姫乃ちゃんだ!!!



 新田慎吾の熱い視線の先にはスラリと背の高い美女がいる。


 彼女の名は安藤姫乃。

 本名は王野桜。


 豪奢な姫という名もよく似合うが、淡い可憐な花の名も彼女によく似合う。

 彼女は女の子の理想を目一杯詰め込んだお人形のような可愛らしい容姿で人気を博しているファッションモデルだ。


 明るいキャラクター、高い演技力、おまけに歌も上手く雑誌モデルだけに留まらず幅広く活躍している売れっ子だ。

 透き通るような白い肌から輝く藍色の瞳も何もかもが新田のどストライクだ。


 初めて見た時にはこんなに好みの女性がこの世に存在するのか?!と思った。

 彼女の見た目は新田の理想を具現化したと言っていい程だった。


 彼女の素晴らしいところは外見だけではない。


 非凡な才能ももちろんだが、カメラの前では見せない素顔が何より新田を引き付ける。

 きらびやかで家事洗濯などの生活感などを全く感じさせない彼女だが、実は料理が得意で休みの日にはパスタを小麦粉から作るほどだという。


 それに年の離れた弟を溺愛していてとても家族思いなのだ。

 弟君よ。なんて羨ましい!


 しかし、姉弟だと姫乃ちゃんと付き合えなくなるのでやはり他人でいることが好ましい。


 それにしてもなんて可愛いんだ!


 新田の視線に気が付くことなく、桜はカメラマンとつい先ほど撮った写真の確認をしている。


 桜は今の季節からすると少し寒そうなワンピースを着ていた。

 写真が世に出回るのは暖かくなった春頃になる。


 新田は雑誌の読者よりも早く、その姿をその目に焼き付けた。


「お疲れ様でした!」

 どうやらオッケーが出たようだ。

 彼女がこちらに向かって歩いてくるので新田はきゅっと表情引き締めた。


「あ!新田君!」

 桜は新田の姿を見て駆け寄った。

 彼女が近づいた時にだけフワリとフローラル系の香りがする。


 おそらくこれは、ブログで紹介していた良い匂いのするサクラのシャンプーの香り。

 彼女が自分と同じ名前の香りを纏っていることは彼女の本名を知る人だけが知っている。


 香水なんかつけなくとも美しい女性ひとはいつだって良い香りがするのだ。


「久しぶり、姫乃ちゃん!」

 新田は興奮を己のうちに秘め、何食わぬ顔で笑顔を作る。


「久しぶりってこの前も会ったでしょ?」

 桜は新田をこれ以上ないぐらい喜ばせているとは知らずに笑みを漏らした。


 そうさ、忘れるはずはない。

 今回で一緒に仕事するのは18回目だ。

 売れっ子モデルである桜とドラマの番宣などでテレビバラエティに出る新田はなにかと一緒になることが多いのだ。


「あ、そうだっけ?いま終わったの?」

 新田はわざと気にしてないような口調で応え、さらに質問を加える。


「うん、そう。新田君は特集で来てるんだっけ?もう終わったの?」

「インタビュー終わってるからこれから撮影!」


 今回は桜が専属モデルをしている雑誌で新田が主演を務めるドラマの特集を組むために呼ばれている。

 新田が桜に会いたいがために数ある雑誌のオファーから優先的にこの雑誌を選んだことも桜は知る由もない。


「月9出るんだよね!樹が……あ、弟がミステリー好きだから放送楽しみにしてるの。一緒に見るね!」


 いつもは弟くんをイツキって呼んでるんだな。

 可愛いな。


「マジで?!嬉しーわ!俺この前姫乃ちゃんの出てるドラマ見たよ!」

「ありがと、ちょっと恥ずかしかったけど……」


 桜の役どころは女性警官だった。


 ポリス姿がかわいすぎて、新田は録画したうえDVDボックスまで買ってしまった。


「いやいや、すげぇ良かったって!」

「ほんと?」


 桜が照れたように笑うと、新田は彼女を抱きしめたい衝動に駆られた。


 永遠に話し続けていたいと思ったが、長くは続かなかった。

 カメラアシスタントがこちらに歩いて来るのを桜が発見した。

 新田にもそれが見えた。


「あ、もう行かなきゃ」

「うん、じゃね!」


 新田の方が先に別れを切り出したが、桜の方が先に早足で移動し始めた。

 新田はあー、この後にも仕事あるのかなぁと姿勢の良い綺麗な背中を見送った。


 桜と入れ違いに同じく雑誌専属モデルのオリが入ってきた。

 オリは新田と同じ事務所に所属していて新田の先輩に当たる。


「姫乃はいいなぁ。旦那のお迎えか」

 擦れ違いざまにオリは冷やかすように言って桜はむくれる。


「違いますぅ!」

 淡い桜色の頰に僅かに赤みが指すのを新田は見逃さなかった。


 『旦那』だって???


 新田は自らの額に筋が浮かぶのを感じた。

 むくれて照れる姿も可愛いがそれはいただけない。


 『旦那』だって???


 モチロン彼女は未婚だ。

 それはとっくに確認済み。

 もし仮に既婚者でも離婚するまで待てるぐらい彼女は魅力的ではあるが。


 『旦那』と呼ばれる人物に一人だけ覚えがある。

 新田はその人物が脳裏に浮かんで奥歯をかみしめた。


「なんだよ、怖い顔して『旦那、旦那……』怖いんだけど……」


 気がつけば新田の目の前に、オリが立っていた。

 ボーイッシュなショートヘアにくっきりとした目鼻立ち。

 その顔立ちで蔑まれると迫力がある。


 オリは先輩と言っても同い年で事務所に入った時期も近いのでそこまで強い縦関係はない。

 したがってオリには緩い敬語で話すことになっている。


「いえ!何でもないっす。」

「いや、あるでしょう!わかりやすいよ。まーた姫乃追いかけてたんでしょ?先に言っとく!諦めなさいな!」

「いーや!俺は諦めません!」

 宣言したところでおずおずとカメラアシスタントが新田を呼んだ。


「そろそろ、おねがいします……」

「はい、すぐ行きます!」

 オリはまあ頑張んなと望みが薄そうに呟いた。




 新田は撮影を終えると着替える間もなく桜の楽屋のある階に直行した。

 

 コンコンと軽めにドアをノックした。

 ややあって間延びした返事が聞こえた。


「はぁい。」

 扉を開けて出てきたのは新田の事務所の先輩ユウだった。

 オリとは同期にあたり二人一緒に行動していることが多い。

 桜とも仲が良く、新田に弟君の存在を教えてくれたのも彼女だ。


「お疲れ様ですっ!」

 新田が要件を伝える前にユウは新田をつま先から帽子までサッと見て要件を察した。

 新田は今度の月9の衣装のままで着替えることなくここに来ている。


「新田君、ざんねーん。姫乃ならもう帰ったよ?」

「えっ!」

 ユウはほら見てごらんと言わんばかりに、ドアをあけ放ち、空っぽの楽屋を見せた。


 急いで来たというのに遅かったようだ。


「例の『旦那』が迎えに来たから急いで帰ったよ」

 ユウはやや同情したように新田の肩を叩いた。


「だから諦めなさい。」

 かなり直球の忠告だったが新田はめげなかった。

 彼女が小走りする後姿が思い出される。


 そうかあの小走りはヤツを待たせているからか……!


「そうですか!失礼しました!」

 新田は体育会系の元気な挨拶と共に常識の範囲で廊下を走った。


「お疲れ様ぁ」

 ユウは呆れたように手を振った。


 ヤツが彼女を迎えにくるのは決まってスタジオの地下駐車場だ。

 新田は望みをかけて、来るのが遅いエレベーターを待つことなく己の足で階段を駆け下りた。


 その甲斐あって新田は桜の後姿をとらえたが彼女を呼び止める事は叶わなかった。


 それはヤツの姿が新田の視界に入ったからだ。


 新田は駐車場と館内を分けるガラス扉に張り付いた。

 そして態勢を低くして身を隠す。


「ただいま!」

「お疲れさん」

 二人の口の動きでなんとなくそう言っているのが新田にはわかった。


 姫乃ちゃんがただいまと言っているのになんだその素っ気ない返事は?!

 今すぐヤツを車から引きずりおろし、そこに座りたい衝動に駆られた。


 新田が多少強引かつ大胆に彼女を誘っているのにも関わらず彼女は一切靡かない。


 それは単に彼女が鈍感だからという理由だけではないことを新田は知っている。

 別の理由は何となく分かっている。


 それはヤツのせいだ!!!


 新田が姫乃を見るのとは違う熱い視線の先には新田と同い年ぐらいの男がいる。

 ヤツは新田の目から見るとのうのうと、カッコつけて運転席に座っていた。


 桜のマネージャー、山下圭だ。

 彼女や新田と同じく23歳と若い。

 マネージャー兼スタントマンという肩書きを持つ不愉快な男である。


 彼女の所属する中津芸能のタレントのマネージメントはほぼ山下一人で行っており、彼女のマネージメントも山下が担当している。

 他のタレントには付き人やアシスタントが付いているため、ほぼ山下は彼女の専属マネージャーのような状態になっているようだ。

 山下はその立場を利用して彼女を独占することが出来るのだ。


 新田からするとまことに羨ましい。

 現に今だって車内という狭い密室で二人過ごしている。


 あんなに楽しそうに、いったい何を話してるというんだ?


 オリとユウによると二人は中学生の時からの知り合いで、今では家族ぐるみの付き合いらしい。


 スポーツマンで品行方正な好青年。

 そのキャラクターで彼女の親にも顔を合わせているというのか。

 そんな羨ましい関係あってたまるか。

 あってはならないのだ。


 新田の背後でチーンと音がした。

 新田が遅いからという理由で使わなかったエレベーターの到着音だ。


「うわっ!新田君?!何張り付いてんの?!」

「こわぁーい!!!」

 エレベーターから降りてきたのはオリとユウだった。

 オリは呆れ、ユウは怯えの表情を浮かべている。


 オリは新田の視線の先に目を向けて溜息をついた。

「ね、言ったでしょ新田君。諦めましょっ。潔く。ね?」

 オリは諭すように言って、慰めるように新田の肩を叩いた。


「姫乃ちゃん……」

 新田は今にも歯ぎしりしそうな勢いで山下を睨み付けている。


「止めときなよ、新田君。ストーカー予備軍になる前に……」

「でも、諦めきれない……!!!」

「オリぃ、これもう予備軍かも。頼むから通報させるような真似はしないでね……?」


 ユウは新田を放って早く帰ろとオリの腕を引いた。

 

 二人が立ち去る前に新田はクワっと目を見開いて二人に振り返った。


「そもそも!いいのか?事務所の人間がタレントに手を出して?!」


「べつに中津芸能そういうの緩いからいいと思うけど」

「所長も一緒に冷やかしてるし」

「それにどこぞのしらん男よりは信頼できるじゃない?」

 それを聞くと新田はガクンと肩を落とした。


「くそぅ……あっ」

 三人の視線の先で桜を乗せた山下の愛車が駐車場を出たのが見えた。

 新田は思わず手を伸ばす。


「私達もう帰るからね」

 オリとユウは新田に構わず帰路に着こうとした。


 しかし突如背後で新田が奇声を上げたので驚いて振り返る。

 そこにはケータイを耳に当てたままペコペコしている新田がいた。


「与平決まった?!お幸は姫乃ちゃん?!?!ありがとうございます!!!」

 電話が切れた後新田は気合いの入ったガッツポーズをとった。

 オリはあまりの騒がしさに顔を顰めていた。


「どうしたの?」

「汗水刑事夏の特番の出演が決まった!」


「おめでとさん」

「おめでとー」


 今度こそ帰ろうと思った二人に新田が小躍りしながら詰め寄った。


「待ってくださいよう!!!なんと!ヒロインは姫乃ちゃんっ!!!……俺諦めないっ!」

「うわぁ……おめでとう。」

 全く祝福されているような感じがしないがそれでも良かった。


 新田にとっては彼女と共演できることが何よりの喜びだった。

 なんといっても今回は恋人役。

 期待しないわけはなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ