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カリロボ  作者: 広瀬ジョージ
学園祭編
6/95

06.ホームルーム維新

 時間は少し遡る。

 月曜日の6時限目。


 樹達、高2全員が北棟、南棟の中央にある合同教室に集められた。

 このような集まりがあるのは本来金曜日の6時限目だが、時間的にこれ以上遅らせることが出来ないので週初めの今日、特別に時間が設けられた。

 

 議題が学園祭の出し物についてなのと、授業を一時間潰しての会議ということで、盛り上りを見せている。

 教室全体がガヤガヤとして活気があった。

 

 席は特に指定されていなかったので、生徒達は仲のいいもの同士で固まって席についていた。

 教室の中心では学年の主要キャラが密集した。

 彼らは最前列には決して座らない、そうしなくても発言は通るし注目が集まるのだ。

 その中には学年、いや学園一の美少女、井上真華や高2の誇るムードメーカー木林森優太の姿が確認出来る。


 樹と永久は、やはり教室の中心から少し離れたところに座った。

 いつもなら教室の隅に行くところだが、今日は学園祭についての話なので、樹なりにウキウキしている。

 ちょっと中心の近くにいるのは、その心のあらわれだ。


 学園祭嫌いな永久は不機嫌な顔をして、樹の横に座っていた。

 永久が不機嫌なのは学園祭の他にも理由があった。

 後ろからの視線が目障りに思えてならないようで、しきりに後ろを気にしている。


 教室の一番後ろの一番角。

 本来ならば樹と永久の指定席に今日は松田和馬が座っていた。

 視線は真っ直ぐ永久と樹に向いている。


 永久が睨みをきかせると、和馬はわざとらしい笑顔を向けてくる。

 今朝の意味あり気な行動も裏があるように思えてならないので、永久は一日じゅう警戒態勢を取っていた。


「早く始まらないかなぁ」

 一方、当の本人樹はお気楽だ。

 今朝の記憶など頭から消えたようだ。


 キーンコーン……

 ついに6時目の始まるチャイムがなった。


 普段ではありえないが皆不気味なほど静かになる。

 チャイムピッタリに学級委員の宮野愛希と職員室と中継が繋がっているモニターロボットが颯爽と入ってきた。


 モニターロボは授業ではコミュニケーションが取りにくいため、あまり使われることはない。

 問題があれば口を出すが、それほど今回の事に関与しないというのが教師陣の考えようだ。

 実際に司会進行も生徒がやるらしく、教壇に愛希がたった一人で立っていた。


 宮野愛希は一言で言うと、強そうな女の子だった。

 体がデカいとかそういう訳ではないが、視線ひとつで人を黙らせるような雰囲気をかもしていた。

 姿勢が良く凛としていて、頭の高い位置できつく結んだポニーテールが更にその印象を強くする。


「今から、学園祭ホームルームをはじめます」

 愛希は教壇に立ち、百人近い同級生に臆することなく言い放った。


 いよいよ学園祭だ!とテンションが上がった生徒が訳の分からない奇声を発して、拍手が生まれる。

 樹もそれにつられて拍手する。


「かっこいいな、宮野さん……」

 樹は拍手しながらため息をもらした。


「女子にかっこいいとか……このヘタレ。」

「えっ、だってみんなの前で堂々話せるんだよ!師匠と呼びたいぐらいだよ。」

「……」


 愛希はある程度騒ぎが収まってから話し始めた。

「みんなが知ってるとおり、今年も学年で劇をやります。」


 この学園祭では中学1年生から高校3年生までの6学年、各学年事に劇をするのがきまりだ。

 主に白雪姫や三匹の子豚などの童話をアレンジした内容のものが多い。


「まず候補は……」

 愛希の冷静な判断と働きにより、次々に事が進められた。

 意見が割れたが、最終的には王道の「白雪姫」に決定した。


「出る人が先に決まっていた方が動きやすいので配役から決めたいと思います。」


 教室中央がざわつき始めた。

 お前やれよと盛り上がる。


 互いに役を押し付け合う。

 学園祭ホームルームの面白い事のひとつだ。

 みんなが盛り上がっているうちに、愛希と書記に任命された生徒が黒板に役を書いていく。


 白雪姫、王子、魔女、小人……


「まず、立候補から。」

 愛希の一言でみんな静まる。

 少しでも声を出したら、役をやらされる。

 愛希は教室を見渡した。


「いないなら、推薦。」

 ハイハイ!今さっきの静寂が嘘のようにみんな一斉に手をあげる。

 自分はやる気なくても他の人ならいいと考える人は多い。


「木林森君が良いと思います!」

「キバ!王子はお前やれ!」

「ヤダ!俺去年はカメだったじゃん!」

 優太の必死な抗議にまわりがどっと笑った。

 キバというのは木林森という彼の珍しい苗字から取ったあだ名だ。

 ちなみに去年の劇は浦島太郎で、カメと太郎のやりとりが異様に長い漫才のようなものだった。


「ハイハイ!」

 教室の前の方にいたお笑い系の女子が大げさな手振りでアピールした。


「姫は井上真華ちゃんがいいでーす!」

 あちこちで賛成の声が上がった。


「井上さんいい?」

 真華が頷くと姫役はあっさり決まった。

 変に謙遜しないし、それだけの実力が彼女にはある。

 自信あふれる姿に樹は毎度見惚れる。


 黒板に名前が書かれると拍手が湧き起こった。

 その後、魔女は演劇部部員。

 小人も推薦と友達がやるならと立候補。

 このようにして着々と決まっていったが、王子は見つからない。


 ただでさえ演者は集まりにくいうえ、ナルシスト色の強そうなこの役柄はやはり最後まで残った。

 演じるなら面白可笑しくできる人材にするか、あえて女子を選出することになるだろう。


 あまった一枠を見て、また男子達が激しい役のなすりつけを始めた。

 樹は遠くからその様子を眺めていた。

 自分には縁がないので楽しい。


「ハイハーイっ!」

 突如機械音まじりの大音量が教室じゅうに響いた。

 みんな一斉に声のする方を向く。

 樹も永久もそうする。

 そこにはメガホンを構えた和馬が嬉しそうに微笑んでいた。


「王子役は王野樹君で!」

 言い終えると和馬は樹に向かってニッコリと笑う。

 自分の名があがってしまった事で他人事ではなくなってしまった。


 樹の頭に浮かんだのは『イ・ジ・メ』の三文字。


『王野君!自分を変えたいとは思わないかね?!』

 今朝の和馬が思い出される。

 今朝のあの行動はこのためか!


 樹がそう思った頃には取り返しのつかない事になっていた。

 『無理だよ!』と大声で言えたらどんなに良かったか。


「いいじゃん!」

「なにげ、でるのはじめてじゃね?!」


 決まった訳では無いのにみんなが騒ぎ立てた。


「樹!早く撤回しないとやらされるよ!」

 永久が樹を揺さぶる。


「わかってるよ!」

 そうは言ったものの、こんな大勢の前で声を張る勇気はない。

 樹は手を上げているか、上げていないか微妙な感じに手を上げて、みんなが静まるのを待った。

 今さらながら、役を断る人はふざけ合っている本当に本気なのだと、はじめて身をもって知った。


「王野君、いい?」

 愛希がやっと本人に確認をとり、やっとみんなが静かになった。

 かわりに樹へ期待のまなざしが四方八方から突き刺さる。

 いきなり注目されて、『無理です。』の一言がいえなくなった。

 みんなからの、めったにされない期待を裏切るのは嫌だが仕方がない。

 本番で台無しにするよりよほどいい。


 樹は声を出す前に深呼吸した。

 いざ、喋ろうとした時に邪魔が入った。


「あっそういえば言うの忘れてだが……」

 またしても機械を通した声だった。

 今の今まで黙っていた先生が急にモニター越しに語りかけてきた。


「今年の学園祭、学年劇の人気投票で一番になった学年には学長から褒美がでるぞ。」


 せっかく用意された静寂が一気にブチ壊れた。

 褒美という言葉にわかりやすく皆色めき立った。


「なにそれぇ!」

「新制度?!」

 学園祭ホームルームは今日一番の盛り上がりを見せた。

 樹は完全に発言の機会を逃した。


「なにやってんだ!樹!」

「どうしよう……」


 もはや、涙声になっていた。

 樹のわずかに残っていた小さなプライドが、かろうじて涙を流すのを阻止してくれた。

 プライドなんか捨てて号泣した方が良かったのかもしれない。

 流石に泣くほど嫌がっている人間に役をやらせたりしないだろう。


「いっつも、ハッキリしないからこう言う事になるんだ!」

 永久は容赦ないセルフを吐いてそっぽ向いた。

 愛希はそろそろ時間を気にし始め、皆の興奮が冷めぬうちにさっきと同じ質問をした。


「王野君、いい?」

 もう樹を誰も見ていない。

 このチャンスを逃すわけにはいかない。


「俺は……!」

 口を開いたときこの騒動の中、一番聞こえちゃならないモノが聞こえた。


「樹が王子様かぁ、見てみたいなぁ!」

 聞き違えるはずはない。

 真華の声だ。


 もちろん樹本人に直接言っている訳ではない。

 真華は横にいる友達と話していたのだ。

 聞こえなかったと無視しても何の支障もない。


「やります!!!」


 自分でも驚くほどハッキリと答えていた。

 隣で永久が目を丸くしているのが見えた。

 愛希はそうかと頷き、黒板に名前が書き込んだ。

 綺麗な文字で『王野』と役の横に書き足された。


「あっ!樹、本当にやってくれるんだ!」

 こんなに大勢の人がいるのに、真華の嬉しそうな声が聞こえた。

 同時に役が決まったので拍手がおきた。

 まんざらでもないかもと一瞬感じたが拍手がやんだ後に後悔の波が押し寄せた。




「という訳なんだ……」

 語り終えた樹は夕飯のカレーをゆっくり口に運んだ。

 カレーがいつもより長く煮込んでため野菜が溶け込んでいて美味しいが素直に喜べない。

 樹とは対照的に先程から上機嫌な桜は、嬉しそうにカレーを口に運んだ。


「樹が王子?!見たい!」

 話を聞いた桜はカメラマン連れて見に行く!と意気込んだ。

「……やめて。一生のお願いだから……」


 昔から聞き分けがよく、お願い事なんてしたことは無かったが、こんなところで一生のお願いを使うとは思わなかった。


「わかった。それが駄目ならアフリカにいる母さん連れてく!」

「もっとやめて……」

 ちなみに母はカメラを持って世界中を旅するカメラマンである。

 観客の中からごついカメラを構える母が容易に想像できた。


「樹よくやる気になったね!」

 もちろん、真華の事は伏せて話しておいた。

 我ながら単純すぎるし、恥かしすぎる。


「うん……まあね。あぁ、どうしよう……」

 樹は頭を抱えた。


「自分でやるっていったんでしょ?」

「うん。」

「だったら頑張りなさい!」


 桜は単純な事を実に簡単に言った。

 樹は子供のようにこくりと頷いた。


「アネキ、何からすればいいと思う?」

 桜は樹の前向きな姿勢に大いに満足した。


「まずは、人前で恥かしがらないようになるの!」

 芸能活動をしている姉の言葉は説得力があった。


「そのためには、具体的になにを……?」

 

 桜はうーんと人差し指を顎にあてた。

「まず、お手本になる人を見つけてマネをするとか?」


 自分はどうなりたいか……人前で堂々と格好良く。

 パッと浮かんだ理想人物は本日司会進行を勤め上げた学級委員、宮野愛希だった。

 自分もいつかあんな風に。


「分かった。俺、頑張る!」

「うん!頑張れ樹!」


 決意が揺らがぬように樹は何度も自分に言い聞かせるように頷いた。



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