04.遺跡コンビの現在
エリア11の高級住宅街に一際広い敷地を持つ屋敷がある。
かつては玩具会社社長、山下翔とその一家が相応の幸せで慎ましい家を築いていたが、家主が変わった今はその家のみならず、両隣もそのまた隣の家も取り込んで巨大に成長している。
中の様子は高い白壁で囲まれていて外から覗い知ることは出来ないが、その内側には石像に噴水など贅沢の限りを尽くした庭が広がっている。
一つ一つを見れば良いものだということが分かるが、一緒に存在していてはテイストもバラバラでちぐはぐな印象を受ける。
互いに良さを打ち消し合い結果的にどれも胡散臭く悪趣味に見えるカオスな庭だ。
庭もちぐはぐなら、家もちぐはぐで無計画に増築を繰り返した跡が随所に見られた。
家の中も数々の改造が施され、今の家主の趣味がちりばめられていた。
そんな元山下邸、現仁科邸の地下室に三内と丸山は向かっていた。
三内は洒落たシーフードグラタンと野菜スープ、それに冷えた水の入ったグラスを盆に乗せ、その後ろには食後のティーセットを抱えた丸山が続く。
二人はここの家主である仁科美由の部下であったが、去年の秋頃解雇されていた。
なのに、なぜか二人はまたこの場所にいた。
目的の階にたどり着くと三内の代わりに丸山が声を張り上げた。
「ご飯っすよ!」
その声を聴いた安藤はベッドからむくりと起き上がった。
字面だけ見ていると、三内丸山に働かせて安藤が楽をしているような印象を受けるが、二人と安藤の間を赤茶に錆びた鉄格子が隔てていることで状況は一変する。
安藤はいわば囚人、三内丸山は看守といったところだ。
安藤は伸びをすると二人を見据えた。
その瞳に映る感情は読めない。
悲しんでいる訳でも、怒っている訳でもない。
もし、三内と安藤の立場が逆であれば三内は安藤に当たり散らすところだが安藤はそんなことはしない。
三内はそんな安藤を気味悪く思うが、同時にそういうヤツなんだと割り切っている。
「おはよう。……何度も同じこと聞いてゴメン。これは何ご飯?」
幽閉されているのは安藤の筈なのに、三内の方がノイローゼになりそうだった。
「夕飯だよ!朝にも昼にも一字一句同じこと言いやがって!昼飯の次は夕飯だろうがっ!」
三内は地面から20センチだけ空いた鉄格子の隙間から料理を盆ごと滑り込ませた。
「そうだよね。でも一度寝ちゃうと昼だか夜だか分からなくなっちゃうんだ。朝食も昼食も夕食も何回も出されているから、前回になんて言っていたかもあんまりはっきりしなくて」
安藤は閉じ込められる以前から愛想は悪くないため三内丸山に微笑んでみせた。
話を聞いているこっちが狂ってしまいそうだ。
三内は腹立たしさを抑えきれず自らのドレットヘアを毟りそうになる。
安藤はそんな事に気が付く筈もなく、独り言のように話し続けた。
「せめてここに時計を置いてくれるとありがたいんだけど……」
三内の様子に見かねた丸山が代わりに話に応じてやった。
「そうっすよねぇ、でも時間が知れると脱出計画とか立てやすくなっちまいますんで無理っすよ!」
「そんなつもりはないんだけど。ダメかな……?」
「ダメなんじゃないっすかねぇ?あ、コレ食後のお茶セットっす。」
丸山も三内と同様、隙間からお茶のセットを押し込んだ。
「ありがとう。」
安藤はしゃがんで二つの盆を受け取ると簡素な机の上に二つを移した。
「安藤、お前寝てばっかいないで、少しは動いたらどうだ?」
「そうっすよ健康に悪いっすよ?寝てばかりだと。」
安藤にも気遣ってもらっていることは理解できたようで、静かにありがとうと呟いた。
「そうだけど。これぐらいしかすることがないからね。」
安藤は部屋を見渡すように後ろを振り返った。
そこにはさっきまで寝ていたベット、机と椅子、洗面台、そしてボックストイレがある。
ここには日光が入る窓もなく、壁には空気を送り込む換気扇が一つあるだけだった。
天井にはLED電球とそのスイッチである紐がぶら下がっている。
電気はついておらず、三内丸山のいる廊下のLEDが安藤のいる場所を照らしている。
四六時中寝ているので明かりをつけることもないようだ。
よくこんな場所に閉じ込められて正気を保っていられるものだ。
いや、この男はもとから正気ではないのかもしれない。
安藤が組織に歯向かいMac‐Aを逃がした罪に問われ、ここに幽閉されてから早一カ月がたとうとしていた。
髪が少し伸びたぐらいで目立った変化は見られない。
はじめの日は叫んで助けを求めたり、脱出を試みたりしていたが、無駄だと分かるや否や、一切の抵抗を辞めて寝る事に徹していた。
気味が悪いほど合理的で諦めが良い。
三内は料理を置いてさっさと地上に戻ろうとしたが、安藤がいつもと違い食事に一切手を付けようとしないことに気が付いた。
「さっさと食えよ。」
三内が言うと安藤はいらないと首を振った。
「今日からいらない」
「なんだと?」
「ここに入ってからまだハンガーストライキはしてないなと思って。よかったら食べる?」
安藤は机にもっていった料理を再びこちらに持ってこようとした。
「いらねぇよ!」
「そう。勿体ないな」
「なら自分で食えよ!俺たちはもう戻るからな?!」
「分かった。お休み」
安藤は再びベッドの上で横になった。
本気でハンガーストライキを始めるつもりらしい。
ベッドの上に転がってからピクリとも動かない。
「安藤さーん、死んじゃいますよ?」
丸山は助けを求めるように三内を見た。
「ほっとけ、そんなもん!」
三内が帰ろうとしたその時、階段からカツカツと音が聞こえてきた。
三内と丸山は壁側により存在を消すように動きを止めた。
これは一種の敬礼体制である。
程なくして足音の主が姿を現した。
一見普通の男だが三内丸山にご苦労とほほ笑んだその口には前歯が四本無かった。
随分と胡散臭い人物が上司になってしまったものだ。
この歯抜けは三内丸山の元上司である仁科美由の上司。
職を探して転々としていたところこの男に雇われたのだ。
前と同じような仕事に着こうとは全く考えていなかったのだが、履歴書には書けない大きな空白が出来てしまっていたため、普通の企業では雇ってもらえなかった。
三内丸山は直属の上司が変われば何か変わるだろうと自らに言い聞かせ、ここに再び戻ってきた。
実際状況は大きく改善された。
理不尽に罵倒されることもなければ、目に見えた依怙贔屓もない。
その代りこの男は本名も明かさないし、裏切りには容赦しない。
現に安藤夜はここに閉じ込められている。
歯抜けは仁科の上司というだけでなく、安藤の上司でもあり、三内丸山より以前から安藤と交流があったようだ。
それなのに何の躊躇いもなく安藤を地下に幽閉している。
それは単に罰を与えるためか、それとも安藤の存在が世に出るとまずいのか。
おそらく両方だろうと三内は踏んでいる。
「おや?夜、食べていないのか?」
歯抜けは机の上で湯気をくゆらせているグラタンを覗いた。
安藤は反応を示さない。
無視しているようだ。
安藤がこんな反応を示すのは珍しい事だ。
自分に語りかけていると気づいていないことはよくあるが、名前を呼ばれても反応しないなんてことはない。
見かねた丸山が歯抜けに耳打ちした。
「ハンガーストライキらしいっす」
歯抜けは興味深そうにほうと呟いた。
「なるほどね。夜、食べないのなら点滴で栄養摂取させることにするがどうする?」
合理主義の安藤はむくりと起き上がるとチラリと歯抜けを睨むようにして、一人だけの食卓に着いた。
安藤の中でハンガーストライキは無駄だと判断されたらしい。
「それでいい。いい子だ、夜。」
歯抜けは満足そうに微笑み、丸山は気持ち悪いっすねと三内に同意を求め、三内は丸山の足を踏んで黙らせた。
「お前はいつでも美しい。」
丸山が懲りずに大袈裟に身震いすると三内は丸山の脛を蹴って止めさせた。
「しかし、君はいささか年を取りすぎた」
空気が変わったのが三内丸山にも分かった。
安藤がピタリと手を止めた。
別に年を取ったと言われたことに腹を立てている訳ではないだろう。
丸山も大人しく事の成り行きを見守っている。
「加工するのにはもう少し若い方が良い。」
安藤が歯抜けを見据える。
「夜、君には23の娘と17の息子がいるそうじゃないか。丁度いいと思わないか?」
安藤が勢いよく立ち上がって椅子が倒れた。
安藤は柵越しに歯抜けに詰め寄った。
「二人に手を出してみろ。絶対に許さない。」
歯抜けは怯んだ様子もなく安藤を見つめたままだ。
「元はと言えば二十歳の時にお前が逃げ出したから検体に出来なかったんだ。だが、結果として雌雄両方の検体が出来た。君には感謝しているよ。」
丸山が三内をつつき耳打ちした。
「加工とか検体とか何の事っすか?」
三内は聞きかじった知識を丸山に耳打ちした。
「加工は要するにサイボーグ化だろう。検体はその対象者だ。安藤は二十歳の時にその検体になる約束だったんだろ」
何度か仁科が人に加工を持ちかけていたのを目にした事がある。
仁科が持ちかけた人材は揃って仁科が好意を持った美形ばかりだった。
そうすれば対象者の若さを保つことができ、永遠に老いることは無い。
歯抜けが率いるこの怪しげな組織は人体改造やロボットテクノロジーを駆使して永遠の命を作る事を目的としているのだ。
おそらく安藤はそのプロジェクトの一環で誕生した存在なのだろう。
仁科に何度もサイボーグ化を迫られていたところを見るとおそらく無加工の人間ということになるが正確なところは三内は知らない。
「そうその通り。だが少し語弊がある。」
歯抜けは地獄耳を使い三内丸山を振り返った。
「仁科君のように生身の人間をサイボーグ化するのは第一世代の話だ。仁科君に施したものは体だけ作り変え、脳内は元のままにしておくというものだ。結果はあの通り成功だ。しかし私は思った。永遠の命を持つものを命令通りに動かすことが出来たらどんなに良いだろうと。そこで夜を検体に第二世代を計画した。完全機械化だ。」
歯抜けは恍惚とした表情で語る。
「この計画では徐々に体内を機械化し最終的には脳内も機械化し、外部から伝令を送れるようにするというものだった。君たちの体は、意識してないだろうが、脳から伝令を送り四肢を動かしている。その脳からの伝令の代わりに外部からの伝令で動かすことが可能となるのだよ!」
すると永遠の若さを保った人間が自らの命令で動くように出来る。
「あのぅ、するとどんな良いことが?」
丸山が恐る恐る質問を投げかけた。
そんなおっかなびっくり聞くぐらいなら止めておけばいいものを。
三内の心配はよそに、歯抜けは大して気を悪くした風でもなく、良い使い方を模索するように腕を組み天井を見上げた。
「例えば夜の娘。彼女の容姿は君たちもよく知っているだろう」
「姫乃ちゃんっすよね!」
丸山の返事に歯抜けは大きく頷く。
「もし彼女が君達の命令を嫌な顔一つせず聞いてくれるなら、何を望む?」
しばらく間があった。
「「良い。」」
三内と丸山の見解が一致した。
「だろう。素晴らしいだろ?そしてこの第二世代は軍事にも応用できる。恐怖心のない絶対服従の歩兵。もし山下兄妹のような頑丈な肉体を持つ者を完全機械化することが出来れば最強の軍事兵器にもなりうる!」
「思い通りにはさせない。」
三内丸山が妄想の世界から引き戻されると安藤が汚物を見るような視線で三人を蔑んでいた。
歯抜けは安藤をおちょくるように笑って見せた。
「はたしてそうかな?お前をうまく調合した私だぞ?今回もきっと上手くいくさ。お前が暴走した時はヒヤヒヤしたが良い副産物を私にもたらしてくれた。」
「二人をそんな風に呼ぶな!」
安藤が吠えるように歯抜けに喰ってかかるが、柵がガシャンと音をたてるだけだった。
「君達」
歯抜けは安藤を見えないものとして扱い飄々と三内丸山に命令した。
「大体話は分かっただろう。夜の娘と息子をここに連れて来てくれ。その後の偽装工作はこちらでする。あと食器の片付けも頼むよ。」
歯抜けは三内の前に二つ折にした紙を差し出した。
おそらく二人の個人情報やらが書いてあるんだろう。
歯抜けは元上司の仁科と違い無計画に仕事を丸投げすることはしない。
写真一枚で探してこいなんて無謀な頼み方はしないのだ。
そのため三内、丸山からすると簡単で、確実。
きっと偽装工作も上手くするんだろう。
「了解。」
「はいっす!」
歯抜けは安藤に微笑むと来た道を戻り始めた。
三内は柵の中にいる安藤の様子をうかがう。
完膚なきまでに打ちのめされているように思えた。
安藤のいない場所で任務を依頼することも出来た筈だし、その方が手間もかからないのに、わざわざ目の前で遂行する当たり歯抜けの意地の悪さを感じる。
「君達、本気ではないよね……?」
安藤は俯いたまま絞り出すように言った。
「仕事だからな。悪く思うなよ」
三内が丸山を引き連れて去ろうとすると突如として鉄柵に叩きつけられた。
ガシャンという音と三内と丸山の悲鳴が地下に響いた。
安藤が力任せに三内を引っ張りよせたのだと気が付くのにしばらくかかった。
気が付けば至近距離に異様に整った安藤の顔と鋭い眼光があった。
「仕事でも絶対に許さないし、一生恨み続ける……」
三内は半狂乱で安藤の手を振りほどいた。
そうするまで安藤は延々に呪いの言葉を吐き続けそうだった。
三内は精いっぱいの虚勢を張って威張って見せた。
「ハッ!知ったこっちゃねぇよ!」
三内は不覚にも悲鳴を上げてしまった恥を悟られぬように大股で歩き、歯抜けがそうしたように振り返らず階段を上がっていった。
「待ってくださいよぅ兄貴!」
腰を抜かしそうになっていた丸山は壁に背をつけながら、安藤に掴まれない距離を保ち、すり足で廊下を抜けて、階段に足が届くと逃げるように三内の後を追った。
再び地下に静寂が訪れた。
「樹、桜……」
安藤の呟きは地下牢にゾッとするほど冷たく響いた。
歯抜けの男は一章でも出てきてます!




