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カリロボ  作者: 広瀬ジョージ
エリア2編
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01.ご褒美旅行

学園祭後の話です。


 二学期の定期試験を終えると、テストの返却と冬休みを待つだけの日々が来る。


 樹達が高校3年生であるのならば悠長なことを言っていられないが、幸いにも樹達は2年生だった。

 バタバタと動かずに済む最後の年でもあるため、充実した日々を過ごすために躍起になる者も多く見受けられた。


 この企画が特に反発もなく実行されたのはそのためだ。

 この企画は春休みが訪れる前の小さな楽しみ。





 大手鉄道会社のロゴがついたバスは、少々暖房が利きすぎではあるが、ガタガタと揺れることもなく、長距離の移動も苦にならない。


 樹達を乗せた3台のバスはいつの間にか高速道路を降りていた。

 樹はこの数時間ずっと外を眺めていたのにたった今、その事に気がついた。


 我ながらぼんやりしていると思う。

 意識するまで見えているのに見ていなかった。


 窓の外には古い趣のある建物が立っていて、その多くが国の重要文化財である。

 ここはこの国一の観光都市。

 多くの国民が修学旅行で人生に一度は訪れる場所。


 街路樹の葉も落ちきって丸裸になった木々から、外の寒さが伝わってくる。

 景色を縁どる窓が外と内の温度差で白く曇っていた。


 樹はほとんど無意識のうちにため息を漏らした。

 彼のため息は窓の曇りとなって現れた。


 頑張って勝ち取った学園からのご褒美。

 しかし、一番一緒に来たかった彼女はいない。


 帝都学園高等部2年生は今現在、学園祭の学年劇で優秀賞をとったご褒美という名目でエリア2に来ている。

 

 この学年が行った『白雪姫』は樹演じる王子と、ここにいない真華演じる姫の真に迫るその演技が大きな反響を呼んだ。

 樹達は知らないことだが、後輩達の間で劇を録画したものが出回っているとかいないとか。


 学年劇は在校生票、保護者・来場者票でも一位に輝き、文句なしの優秀賞だった。


 あの挙措動作の一つ一つが演技でなくホンモノだということには誰も気が付いていない。

 ましてヒロインがロボットだったなんて事は一部の人間を除き誰も知らない。

 それは携わった人間が口にしない限り、これからも知られることはないだろう。


 学園ではその後、井上真華は誰にも告げず転校した事になった。


 学園祭一週間程前の真華の様子を見て、どこかに入院しているんじゃないかと思っている者もいる。

 真華を救出した樹の父が同級生に『主治医』と名乗って登場したこともあり、そう思っているものは少なくない。


 彼女は今、仮想世界RPAの中の小さな村で暮らしているらしい。

 彼女と言っても、厳密に言えば彼女は『真華』ではなく『リリ』と言う名前の少女で、一緒に劇を演じた事や、最後に樹と思いを通わせたことは覚えていないようだ。


 『もしかしたらこっちの記憶は消えているかもしれない。』

 と彼女をRPAに帰す時に父は言った。


 樹は『もしかしたら』の消えていない方にかけてみた。

 もし消えていなければ、お金を貯めてRPCを使ってでも会いに行こうと考えていた。


 葵は文化祭後すぐに村に行ったが、戻ってきた時の様子を見るに、やはり彼女は何も覚えていないようだった。

 僅かな希望も絶たれ、それからは彼女のいない日々を送っている。


 文化祭の後には体育祭や、文化祭をきっかけに仲良くなった同級生達と充実した日々を過ごし、立ち直りかけていたが、忘れた頃に今回のご褒美だ。

 そもそも樹が柄にもなく学年劇に出ていたのも、ご褒美に目がくらんだ同級生たちのせいだったが、そんなことは今回のご褒美の内容が発表されるまですっかり忘れていた。


 ご褒美は学年全員で行くエリア2旅行だった。

 樹ももちろん喜んだ。


 ちょっと前までは部屋割りでボッチになるから休みたいと思っていたかもしれないが、今は当たり前のように同じ部屋や班で過ごせる友達がいる。


 しかし、どうしても考えられずにはいられないのだ。

 彼女も一緒に行けたらどんなに良かったのだろう。と。


「暗い……」

 隣の席に座っていた永久が呟いた。

 ついさっきまで眠りこけていたのに今はここの周辺のガイドブックを広げている。


 永久がガイドブックから目を離して、大きな団栗眼が樹を射抜いた。


 急に現実に引き戻され、樹は慌てて笑顔を作った。


「え、あ!ごめん!」

 取り繕ったのが見え見えで、永久は笑いもせず樹を見据えていた。


 そうだ、こんなところで負のオーラをまき散らしていても意味がない。

 まして他の人まで巻き込んでしまうなんて最悪だ。


 永久は樹に聞こえるよう大きくため息をついた。

「誰か死んだの?」

 永久は今の樹の様子を揶揄した。


 樹の身になのが起きたか知っているのにも関わらずこの言いよう。

 無神経極まりない。


 永久に怒り、悲しみ、寂しさどれかを伝えようとしたが言葉にならず、ごにょごにょと黙りこくった。


「あいつは死んだ訳じゃない。」

 永久はガイドブックを樹の顔に押し付けた。

 樹はブッ!と悲鳴をあげる。


「……だから楽しむ。 」

 永久はその隙に顔を伏せた。


 樹は顔に貼り付けられたガイドブックを受け止めた。

「うん。そうだね」

 永久はそれから中々顔を合わせてくれなかったが、徐々にいつも通りになって一緒にガイドブックを眺めた。

 目的地まではまだ少し道のりがある。




 樹と永久があーでもないこーでもないとプランをたてているその後ろの席には、意気揚々とタイムスケジュールを眺める愛希と唯の姿があった。

 二人は行き当たりバッタリの樹や永久と違い、前日からすでに予定を立てていた。


「ご褒美にエリア2旅行なんてうちの学校けっこうお金持ち!」

 唯が感謝、感謝!とパンフレットを広げた。

 そこにはこれから訪れる予定の和菓子店のメニューが載っている。


「それにしてもなんでエリア2にしたのかしら?高3の修学旅行も確かエリア2……」

 それは愛希を含め多くの人が感じた事だ。


 この学園では高3の最後のイベントとしてエリア2に行くのが恒例行事となっている。

 今年も2月頃には高3がここに来ることになっている。


 もし優勝したのが高2ではなく高3だったのらどうするつもりだったのだろう?


「確かに!でもあっちは修学でこっちは遊びだからいいんじゃない?」

「まあそうね。」


 修学旅行は自由時間こそあるものの、修学というだけあって巡る場所のほとんどが寺や観光所の職業見学などだ。

 それに対し、今回の旅行は殆どが自由時間だ。

 パンフレットを見ていた唯が突如として含み笑いをしだした。


「どうしたの?」

「いやぁ、修学旅行で思い出したんだけど。『池の水伝説』って知ってる?」

 愛希が首を横に振ると、唯は演劇部の先輩から代々伝わってきたその伝説を浪々と語った。


 語り終えた唯はふーと息をついた。


 気づけば後ろの席から大富豪で盛り上がっていた男子達も聞き入っていた。

 愛希と同じように感慨深そうな声を漏らした。


「まえばしぃ。その池ってどこにあるの?」

 愛希の座席の上から優太が顔を出していた。


 唯は視線だけ優太に向けると、肩をすくめて見せた。

「さあ、先輩も彼氏と一緒に探しに行ったけど飲めなかったらしいよ。」


 愛希の頭の上で優太がまたしてもへぇっと呟いた。


 優太は再び座席につき、唯は前の席の二人にちょっかい出し始めた。


「王野く~ん、永久く~ん!池の水伝説って知ってる?」

 愛希は長時間座っているので固くなった体を少し伸ばした。


 教えてくれた唯には悪いが、これはいわゆるお約束というヤツだ。

 修学旅行には伝説や怪談はつきもの。

 愛希は小中とそれぞれ修学旅行に行ったがその時にも例外なくその手の話は存在した。


「俺、その伝説の怖い方知ってる!」

 後ろに座る運動部の男子が先輩から聞いた話を語りだした。


 やっぱり……

 お約束だと知っていても、そのたびに耳を傾け後になって少し怖くなるのもお約束のうちだ。

 おぉ……怖っ。


「なー、愛希」

 身震いしたと同時に優太の声が降ってきた。

 座席が傾いでいると思ったら、またしても優太が上から顔を出していた。


「なに?」

 見上げながら聞くと優太は白い歯を見せてニンマリとしていた。


「池の水、俺らも探してみない?」

 まさか優太がこんなことを言い出すとは思わなかった。


 優太は最近彼女がいなくなった。

 今回の旅行に一番貢献したといっても過言ではない井上真華。


 死んだのではないと聞く。

 なんせ彼女はロボットだったのだから。


 愛希は真華がロボットだということを知る数少ない人物の一人だ。


 優太が文化祭前は夜中にちょくちょく出かける事があったので、彼女でも出来たのだろうと思っていた。

 それが真華だとは驚いたが、最期には結局フラれた。


 お人よしな優太は最後には真華と樹を引き合わせるように行動したりもしていた。

 詳細を白状させようとしても『心の友なんだって』など訳の分からない事を言ってはぐらかそうとするので、優太の口から真実が語られる事はないのだろう。


 もしかしたら優太にとっても最期に取ったあの行動は苦渋の決断だったのかもしれない。

 それを思うと、これ以上根掘り葉掘り聞くのは野暮な話だ。


 それならせめて、彼がこの旅行中楽しめるように池の水を探すのに付き合おうと愛希は考えた。


「いいわよ。」

「ヤッホイ!!!約束だから!」

「はいはい。」




 そのまた後ろの席。

 窓際に葵、通路側に和馬が座っていた。


 葵は窓に張り付いて外の様子を眺めていたが飽きたらしく、横で頬杖をついていた和馬に向き直った。

 葵を眺めていた和馬と視線が交差する。

 和馬は気まずそうにするわけでもなく、どうしたの?と首を傾げて葵に話を促した。


「ねぇ、和馬はどうしてココにしたの?」

「何のこと?」


 和馬が肩をすくめるのを見ると、葵は先週見たドラマの刑事を真似てフッと鼻で笑って見せた。


「とぼけてもアオの目は誤魔化せないよ!」

「ほぉ……」

 和馬も葵にのって白を切った。


「アオ、和馬がエリア2のパンフ持って校長先生のとこ行くの見たよ?本当はご褒美、旅行じゃなくて打ち上げ代だったんでしょ?」

「打ち上げなんて言葉よく知ってたね。」

「アオを馬鹿にしてるね?」

 和馬は不敵にほほ笑んだ。


「吐けぇ!」

 葵はこれまたドラマを真似て膝を叩いた。


「では、正直に申し上げますと……」

「申し上げますと……?」

 和馬はためにためてふうと息を吐いた。


「修学旅行前に遊びたかったからさ」

「えーなんだ。それだけ?つまんなーい」

「遊びに理由などいらない!」

 和馬は妙に芝居がかった言い方で締めくくった。


 学生を乗せたバスは目的地に安全かつ着実に近づいていた。

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