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カリロボ  作者: 広瀬ジョージ
学園祭編
53/95

00.番外編

本編にほんの少し出てきた子が主人公です。


 帝都学園の図書室は中学棟と隣接した特別棟の2階にある。

 入学と同時に教えられる事だが、この説明を聞いても大半の生徒は首を傾げる。


 図書室なんてあるの?という生徒もいるだろう。

 そんな生徒達には職員室の上だと言えばなんとなく伝わる。

 しかし、多くの生徒が場所を説明しても尚そんなところある?と首を傾げる。


 図書は現在、新旧問わず縦15センチ、横20センチほどの電子パネルになっている。

 こうする事により、紙の老朽化や本の置き場などの悩みが解消されるため、全国の図書館が帝都の改革と同時に本を破棄し電子化したのであった。


 帝都学園の図書室も例外なく図書を電子化した。


 この電子パネルは図書が電子化したと同時に一般家庭にも普及した。

 読みたいものがあればダウンロードして簡単に読むことができる。


 そのため図書室の価値が低下してしまい、かえって人が図書室に来なくなってしまった。

 家でもできる事をわざわざ図書室に来てする人はいない。


 それはこの学園の図書室に関わらず、どこの図書館でも同じだ。

 図書館の役割は来館者への情報・知識の提供から、図書管理機関のデータ保管庫に移り変わった。


 以前は資源と場所の制約があった情報は、制約がなくなり際限なく増え続けた。

 やがて情報は検索が困難ほどに膨れ上がった。


 そこで各図書管理機関は情報を厳選し、パネルに集約し、検索の手間を省くことを行った。

 厳選の基準は図書室・図書館によって違う。

 帝都学園では学園に信用のおけると判断された小説、図録、漫画、雑誌、学校史、がパネルに集約された。

 

 図書室の入り口付近はこのパネルが入った棚となっている。


 パネル一つが改革前の県立図書館と同じ情報量を持つと言われているが、それでも部屋の半分をパネルが埋め尽くしている。

 図書室の周りには、生徒立ち入り禁止の理科準備室や、備品倉庫があり、図書室はその禁止区域の一部であるかの用に溶け込んでしまう。

 そのためそこに図書があっても誰も図書室の存在に気付かないのだ。



 図書室はいつも空いている。

 

 図書室は学園の生徒以外でも入れるようになっているにも関わらず、部外者おろか生徒もここに立ち寄るものは少ない。

 その存在すらあまり知られていないのだから当然といえば当然だ。


 この図書室は電子パネルのほかに多くの本もある。

 時代と共に忘れ去られている本を守るために、初代帝都学園学園長が周りの反対を押切り図書室を半分の場所を本のままにしておいたのだ。


 これだけの場所を有するのにも関わらず、パネルの中に入れてしまえば容量の100分の1にも満たないのだから、当時は当然猛反発された。


 その理由を尋ねると

『温故知新…故を温めて新しきを知る。』

 と答えたそうだ。

 

 そんな初代学園長のありがたい意向を汲み取ったものはいないに等しい。


 天野零あまのれいはそのありがたい意向を汲み取った唯一の生徒だった。

 彼女は初代園長と同じく本の魅力に取り付かれた一人で、学園唯一の図書委員だ。


 図書委員の仕事は週に一度図書館ロボ、トロボとともに棚の掃除、月に一度トロボのメンテナンスをする事だ。

 誰もやりたがらない仕事だが、図書委員の特権として本やパネルを自由に持ち出すことが可能なので、零は入学以来、図書委員を勤めている。


 放課後、今日も零は図書室に訪れた。


 日光が良く当たる指定席で閉館時間ギリギリまで本を読むのが彼女の日課だ。 


 壁際にある本棚に向かい合うようにして座り、ふっと息をついた時にそれが眺められるよいにする。

 すると零の視界は教科書で見る改革以前の図書館そのものだ。


 最新作が読める電子媒体もいいが、やはり紙媒体が良い。


 背筋をピンと伸ばし、姿勢良く読書を始める。


 本を開いたときの年期が入った紙の色。

 本が醸し出す独特の知性の香り。

 本の最後のページをめくった時の達成感。

 パネルでは感じられないものが零は大好きだ。


 いつものように本を読んでいると図書室の自動ドアがウィーンと静かな音をたてて開いた。

 静かな音でもこの図書室では良く響いた。


 誰かが来た。

 滅多にない事なので肩をこわばらせる。


 反射的に顔を上げてしまったが、慌てて本に目を落とした。

 知らない人と目が合って気まずい思いをするのはゴメンだ。


 零はコッソリと今入ってきた人物を盗み見た。


 足音だけは聞こえるのに姿は見えない。

 そして小さな人影が棚の影から出てきた。


 どれくらい小さいかというとその棚に立ったまま隠れる事ができるくらいだ。


 本人は隠れているつもりはなくとも、零からすると自動ドアがひとりでに開き足音だけが近づいてきたので少し不気味に感じた。

 零は来館者にばれないようにその姿を見つめた。


 その人物は不気味な雰囲気を一瞬にして消し去る容姿を持ち合わせていた。


 自然に上目使いなる身長。

 ふわふわしたやわらかそうな髪の毛。

 むきたての卵のようなスベスベ肌。


 あぁ……

 なんて可愛いんだろう……!


 彼は零の欲しい可愛い要素を全て持っていた。


 男子にも『上のあれとって!』と言われてしまう身長。

 真っ黒で重そうな黒髪。

 頬にプツプツとあるそばかす。

 全て変えっこして欲しい。


 彼はキョロキョロしながらこちらへ歩いてくると、5メートルほど手前でクルリと向きを変えた。


 思わず嬉しくって叫びそうになった。


 彼の向かった先は本棚だった。

 ちゃんとした本の入った本棚だ。

 残りの棚は電子化されたパネルが入った棚だ。


 紙媒体のいいところは『なんとなく』手に取ることが出来る事だと零は常々思う。

 パネルで読むと検索作業が必要なため自分の目的のものしか手に取ることが出来ない。 なので、自分の好きな物、または嫌いな物の傾向を知るのは難しい。

 目的を持たずにふらっと訪れた者に読書の機会を提供するのは、やはり紙媒体だ。 


 紙媒体を手に取るのは学園中自分しかいないと思っていた零だったが、そうではないようだ。


 彼が足を止めたのは零の好きな作家、山川夢宇の本が置いてあるところだった。

 私立探偵の桐原が次々舞い込んでくる事件を解決していく推理小説で有名だ。

 

 紙媒体で好きな物、嫌いな物に触れてほしいと願う零だが、自分の好きになったものを他の誰かが手に取り、好きになってくれることが何よりも望ましい。


 さあ少年!

 早く読んでみて!


 そこでひとつ問題が起きた。


 彼はニョキッと背伸びをしてみるが一番上にある本には届かない。


 零が見ているとは思わなかったのだろう、次にピョンピョンと跳ねてみる。

 やはり届かない。


 もっと頑張って……!


 零が胸のうちでエールを送ったが無理なものは無理だ。

 零なら手を伸ばせば取れてしまう位置にあるのに……

 もどかしい。


 トロボは何をしているんだ!

 トロボと呼ばれるのは『図書館ロボ』の短縮形という他に、動きがトロイことから零が命名した。


 トロボの仕事は清掃のほかに、パネルや本の位置を知らせ、必要あらばそれをとってくる事だ。


 普段働いてないのにどうしてこんな時だけ…!!!


 トロボの定位置である図書館の隅に目をやる。

 そこにトロボの姿はない。


 零はトロボが今は整備中だった事を思い出し舌打ちをした。


 彼は背伸びをするのを止め、腕を組んで図書を見上げていた。

 零からは後頭部しか見えなかったが、もしかすると高い場所にある本を睨んでいたのかもしれない。

 このままでは彼が零の大好きな本を手に取らずに帰ってしまう。


 零は図書委員だ。

 彼に本を取ってあげるのが義務でもある。


 零は腰を浮かそうとして思いとどまる。


 本を取ってあげるという行為は親切ではあるが、同時に人のコンプレックスを指摘してしまってしまう。

 男性は低い身長を気にしている場合も多い。 


 零が自分の身長についてとやかく言われるのが嫌なように、少年もまた嫌な思いをしてしまうかもしれない。


 零が本を取るべきか取らないべきか迷っている間に少年は動き出した。


 踵を擦り合わせるようにしてシューズを脱ぐと、棚に手を掛けた。

 キョロキョロと辺りを窺い誰も見ていないか確認する。


 彼は零を目にいれたが、その一瞬先に零は本に目を落としたので、見ていないものとして扱った。


 彼が棚と向き合ったら零はコッソリと顔を上げた。

 彼は弾みをつけて棚の二段目に足を掛けた。


 この動作によって背が棚の一段分高くなった。

 この高さでも棚の奥に並べられている本には届かない。


 彼はもう一段高いところに手を掛けて足ももう一段上の棚に上げた。

 その時本棚が傾いたように見えてヒヤッとした。


 ヒヤヒヤしながら見ていた零を余所に、ついに彼は本に手が届く高さに到達した。


 彼は『桐原探偵事件簿1』を抜き取り、左腕に本を抱えた。


 降りるときはピョンと飛び降りて無事に着地した。

 その時の浸り顔は何か大きな偉業成し遂げたような顔をしている。


 シューズをはいて一息つくとそのまま出口まで向かった。


 あ、そのまま持って行っちゃった……

 知った事か。

 図書委員である私が許そう。


 零はスッカリ読むのを中断していた本を再び読み始めた。

 本の世界に入り込もうとしても、さっきの光景が思い出されてなかなか上手く行かなかった。

 でも、不思議と悪い気分ではない。


 それどころか気を抜いたら顔がにやけてしまいそうで、キュッと下唇をかんだ。

 

 カエサルはクレオパトラが巻かれた絨毯から登場したのを見て恋に落ちた。

 人は予想外の事をされるとグッと来てしまうらしい。


 今までそんな馬鹿なと思っていたが、今は彼の気持ちが少しわかった気がした。



 零はその日の下校時、劇の練習を終えた佐藤美沙と合流した。

 美沙は小学生の頃からの親友で、劇の主役になる様な可愛らしい女の子だ。 


 零は早速美沙に今日見た少年の事を話した。

「そう言えば図書室に可愛い男の子が……!」


 小さくて、ふわふわで……


 美沙は零の興奮に対して実に落ち着いていた。


「あぁ。永久先輩でしょ?」

 美沙はそれがどうしたと言う感じで言った。


 素っ気無い美沙に反して零は素っ頓狂な声を上げた。

「先輩?!」


 あれで先輩?

 今年の春に入ってきた中1だと思い込んでいた。

 零は心のうちで無礼を詫びた。


 少年って言ってごめんなさい。


「高2の永久先輩でしょ?」

「有名?なの……?」

「そりゃあ……あ!噂をすれば!」


 突如として美沙は甲高い歓声をあげて飛びついてきた。

 何事かと思い前方に注意を向ける。


「あ。二人一緒!」


 一人は高2の樹先輩だ。

 美沙が彼の大ファンなのでよく知っていた。


 中性的なイケメンで綺麗な顔が特徴的だ。

 芸能人で言うと異性だが安藤姫乃に似ている。


 もう一人はさっきの少年もとい永久先輩だ。

 何度見てもやはり可愛い。


 樹先輩の一歩一歩はゆったりとしているが、永久先輩の歩幅では急ぎ足でないと追いつかない。

 樹先輩の横について行く姿は彼の幼さをより強調させる。


「樹先輩、今日もかっこいい……素敵が止まらない」

 美沙がウフフと笑みを漏した。


「今度の学園祭二人とも出るの。樹先輩は王子様……!」

 美沙はウットリとした顔で言った。


 彼女の笑顔には何か狂気めいたものがある。

 美沙の事は大好きだが、異常なまでに早いこの情報伝達には毎度驚かされる。

 彼女の目には樹先輩しか映っていない。

 

「永久先輩は?」

 零はコッソリと美沙に聞いてみた。

 誰にも聞かれてはいけないような気がしたのだ。

 誰も聞いている筈ないのに周りを気にしてしまう。


「森のリス……」

 美沙は知っていて当たり前というような口調で答えてくれた。


「可愛い……!」

 零も年相応の女の子らしく控えめに騒いだ。


 今まで先輩達よりも熱をあげる美沙を見ていたので永久先輩が見えていなかったが、一度意識してしまうと彼しか見えなかった。


 男なのに……

 年上なのに……

 どうしてあんなに可愛いのだろう?


 周りの人々は学園祭の準備に追われて忙しそうにしていたが、図書室だけは年中無休でゆったりとした時間が流れている。


 授業が終わるたびにルンルンと図書室に向かう零を友人は『また、図書室?』『勉強熱心~』とからかったが何を言われても気にならなかった。


 図書室で彼を待つのは日課になっていた。

 かといって何かする訳でもなく、いつものように本に目を落とすだけだ。

 彼が来た時も気付かれないように図書室の一部になりきる。


 最近気がついた事だが永久は本を二晩で読み終えるようで、規則正しい周期で図書室に訪れた。

 本は読み終えたら朝返却ポストに入れるようで、その日の放課後に本を借りに来る。


 今日は永久が前回の本を取りに来て三日目だ。

 つまり、彼が本を取りに来る日。


 今週に入ってやっと、トロボのメンテナンスが終了した。

 もう彼が危なっかしい事をせずに済みそうだ。


 トロボ。

 ちゃんと働いてね。


 零はしゃがんでポンポンとトロボの頭を撫でて電源を入れた。

 任せて!とでもいうように液晶モニターが光りだした。


 最後に一番見えやすい棚の横にお手製のトロボの説明書を張っておいた。

 零が席について本を広げてしばらく経った頃、やはり彼は規則道理に図書館に来た。


 いち早く彼の来訪に気付いたのはトロボだった。

 久しぶりの仕事を楽しんでいるようだ。

 トロボに似つかわしくない俊敏さで入り口まで彼を迎えに行った。

 永久は初めて見るトロボにやや驚いたようだった。





 昼休みに図書室を訪れると、規則通り『桐原探偵事件簿6』が返却ポストの中に入っていた。

 図書委員としてその本を抱えて元の場所に戻しに行く。

 『桐原探偵事件簿5』を右に寄せて本を元の位置に戻した。


 その時にあることに気付く。

 戻した本の隣には、あと一冊しか本が残っていなかった。


 このシリーズの最終巻だ。


 そして今日彼は規則通りこの本を取りに来るはずだ。 

 最後の本を読み終えた時、彼がまたここに来ると言う保証はない。


 どうしよう。

 読み終えてしまったらもうここには来ない?

 ドロッとした嫌なものが心臓の辺りに出来てしまった。



 そしてその放課後。

 やはり彼は本を持ち出しに来た。


 その様子を零はいつもの指定席から見ていた。


 永久先輩から見れば、私は風景の一部だったかもしれない。

 今までそう努めて来たのだから。


 最後だから、最後くらいは……


 彼は本棚の前に来たら、シューズを脱ぎ始めるはずだ。

 頃合を見計らって、零は席を立った。


 今日はトロボは来ない。

 こっそりと電源を切ってしまったから。


 永久がシューズを脱ごうとしている横に立って腕を伸ばした。

 永久は気配を感じて顔を上げた。


「これですよね?」


 永久の眼下には取ろうと思っていた本がある。

 永久は本に目を落とし、次に零の顔を凝視した。


 クリクリとした大きな瞳が零を見上げていた。

 様子を窺っている。


 上手く笑えているだろうか?

 

 こうすると零の好きな浸り顔が見られなくなってしまうが、正面から永久の顔を見る事ができた。


 同じ学校にいるのだから会おうと思えば会える。

 でもこれで会うのは最後。

 大げさに聞こえるが、ここ以外で会ってもきっと私は遠くから見るだけだ。

 ここから出ると風景にすらなれないのだ。


 図書室の風景の一部としてでも、ちょっとは自分を見ておいて欲しかった。


 永久は手を伸ばして本を受け取った。


「ありがとう」

「いえ」


 恩着せがましく見えないように、零はさっと踵を返した。


 サヨナラ先輩……


「これ最終巻なんだけど……」

 声変わりしていない可愛らしい声に呼び止められた。


 可愛らしい地声に反し、無理矢理トーンを落とした不機嫌そうな声。

 後ろから話かけているのに、聞いていなかったとは言わせない口調だ。


「はい……?」

 思わず間抜けな返事をしてしまった。


 永久は構わず続けた。

「僕、あっちにあるみたいな薄っぺらいのは嫌だ。」


 永久はパネルが入っている棚を小さな指で指差した。


「あ……私もです。」

 その返事が気にいらなかったようでぷくぷくした頬を膨らませた。


「次のオススメを聞いてるんだよ。」

「えっと……次のオススメは加藤金二の『町の葬儀屋』です。」

 コレが好きだったらコレも好きだろうなと思っていた本のタイトルを答えた。


 この話は変わり者な町の葬儀屋が、客の身に起こった不思議な事件を解決させる推理小説だ。

 永久はあいうえお順に並べられている本棚で加藤金二の『町の葬儀屋』をすぐに見つけた。


「また高いとこのだ……」

「あーそうですね……?」


 その本は零が手を伸ばせば届くところにある。

 永久は他人事のように呟いた零を睨んだ。


「そうですねじゃなくって『その時は言ってください。』でしょ。君、図書委員だろ?」

「え……じゃあ。その時は……」


 その答えに満足したらしく、サヨナラを言わずいつもの浸り顔をしてその場を去って行った。


 意外に生意気だな……

 一応年上だからいいのかそれでも。


 どちらにしても彼はまたここに来る。


『その時は言ってください。』

 私が取ってあげます。


 零はいつもの場所に戻って、また本を読み始めた。

 二日後にはまた彼がやってくる。


 零はニヤケ顔を隠すことなく本のページをめくった。

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