52.ただいま
城の庭で白雪姫は動物たちに絵本を読んでいる。
『素敵だわ!私にもいつか素敵な人が現れるのかしら!』
動物たちはきっとそうさと頷いた。
そこへ隣の国の王子が通りかかる。
『お待ちください!王子様、護衛もつけずにどちらへ行かれるのです?!』
『運命の人を自ら見つけに行くんだ。大臣、城の中にいると思っていたのか?』
王子こと樹は大臣と一緒に客席の後ろから登場した。
前列の方に座っていた在校生用の客席から歓声が上がった。
樹のいる保護者、来訪者用の席はざわついたものの、声を出す人はいないので、声は掻き消されることなくよく通った。
監督の和馬曰く、客いじりで票をもぎ取る作戦。
保護者は自分の息子、娘のいる学年に票を入れがちだからとのことだ。
樹は客席に向かってあなたがそうですか?と呼びかけた。
若いノリの良さそうな人に話しかけるんだと和馬に言われていた。
樹は一目でファッション用と分かる大きな丸メガネをかけた女性に話しかけた。
「まぁ!素敵なお方!」
樹は心の中でヒィっと叫んだ。
差し出した樹の手をしっかり握っているのは変装用の丸メガネをかけたユウだった。
わざわざ桜と山下のいる場所を避けたというのにとんだ伏兵だ。
『ごきげんようっ!』
樹は握手をするように手を軽く上下させあしらった。
危うく素が出るところだった。
もうちょっと絡みたかったのにぃと拗ねるユウを隣のオリが宥めた。
「頑張れよ王子!」
オリは目立たないように拳を握って見せた。
そして王子は姫を見つける。
姫は小さな生き物達からも愛されていて、それでいて美しい。
運命的な出会いに感動する二人だが、嫉妬にかられた継母により、姫は追放されることとなる。
継母の迫真の演技に客席は引き込まれていた。
客席から伝わる興奮が演者をも高揚させる。
その中で差し掛かったのは問題の多い追放前のシーンだ。
ここで初めて滞りが生じた。
樹が手を取るか、真華が手を差し出すか。
打ち合わせはなかったがやはり樹が手を取った。
またも彼女の手は思うように動かなかったからだ。
樹の握った手はひんやりと冷たい。
真華の表情もこわばっているように見えた。
客席には演技をしているようにも見えるだろう。
『姫……あなたがどこで『ナニヲシテ』いようとも、必ず見つけてみせます。』
『ありがとう』
大丈夫だよと意味を込めた小さすぎるアドリブだが真華にはしっかり伝わったようだ。
真華が小さく笑みを浮かべた。
姫が森の動物や王子に見送られながら、舞台は暗転する。
樹は永久達と一緒に上手の舞台袖に入った。
ここからしばらく出番はない。
どうか、劇が終わるまでは持ってくれ……
樹は祈るように手を合わせて舞台上を見守った。
「手、動いてなかった?」
永久は暗い中目を凝らして真華の腕を注視した。
樹は黙ってうんうんと頷く。
「分かった。ねぇ、小人の衣装のあまりどこ?」
誰に話しかけているのかと思ったら暗闇の中からぬぅっと和馬が姿を現した。
「よかった!持ってきておいて!」
和馬は予測していたかのように、リスの衣装の上に小人の衣装を着せた。
最後にリス耳を隠すようにチョンと緑のサンタ帽を永久に被せた。
「しゃべらない分、動作は大きく!ハッキリね!」
全部聞くか聞かないかのうちに永久は舞台に飛び出していった。
永久が次に出るのは最後のワンシーンだった筈だ。
今どこのシーンだ?
樹が慌てて舞台上に目をやると真華が倒れていた。
一瞬ゾクリとしたがこれも一つのシーンだ。
倒れているのは三つの連なった小さなベットの上、家に帰った小人たちが姫を見つけるシーンだ。
『おーい!』
『誰かが!』
『寝ているぞ!』
『追い出せ!』
『可愛い!』
『じゃ、そのままに!』
『……』
七番目の小人となった永久にはセリフは用意されていない。
他の小人を見てうんうんと大袈裟に頷いた。
樹が呆気にとられていると隣で和馬が微笑んでいた。
「やっぱり、小人は七人じゃなきゃね!」
姫の人柄に惹かれ、小人達は姫と仲良くなっていく。
一緒に踊ったり、姫の好きな人の話を聞いたり。
その間ずっと永久は真華と手をつないだり、手を物にかけさせたりした。
『行ってらっしゃい皆!』
『くれぐれも扉を開けちゃいけないよ!』
『悪い継母が来るかもしれない!』
『夕方には戻るよ!』
七人の小人は仲良く一列に並んで舞台袖に戻ってきた。
「永久!」
舞台袖に戻ってきた永久はうるさそうに顔を顰めていた。
「うるさいな。だって片手じゃ不自然でしょ?」
「流石、長居君!小人違和感無しだよ!」
永久は和馬を睨んだ。
「さっさと客席戻ったら?」
「そうだった、そうだった!」
和馬はスキップ交じりで裏口から外に出てった。
和馬とすれ違いでフードを目深にかぶった魔女、唯がリンゴの入ったカゴと一緒に入ってきた。
「長居君ナイスアシスト!」
「どうも。」
永久がそっけなく答えると、唯は役に入りきっているようなニンマリとした怪しい笑い方をした。
「打ち合わせ通りだね。」
「打ち合わせ?」
樹が聞き返すとクックックと唯は笑った。
「昨日、王野君達が帰っちゃったあと練習したんだよ?」
「そうなの?!」
どうりで永久が乱入しても皆何食わぬ顔で演技していたわけだ。
「そうだよ。真華が病気だったんならさ、言ってくれればよかったのに……」
「それならあんなキツイこと言わなかったし!」
「言わなかった王野が悪い。」
そう言いながら小人を演じていた女子生徒が頷いた。
昨日練習に真華が来なかったことに腹を立てていたのは彼女達だった。
「そうだったんだ。ありがとう……!」
「私達より長居君に言ったら?」
彼女達は暑苦しいわと言いたげにヒョイヒョイと樹をあしらった。
「永久、ホントに、ホントに……」
「暑苦しいしまだ終わってないよ。」
「はい……」
樹が頭を垂れるのを見て唯がニンマリした。
「さぁ、そろそろリンゴを売ってくるか……」
唯は舞台袖から腰を曲げて出ていった。
『おやおや、可愛いお嬢さんリンゴはいかがかな?』
魔女はいつもよりやや強引に姫の口元にリンゴを持っていった。
姫の両手を包むようにしてリンゴを近づける。
真華の片腕が動かないことを感じさせない動きだった。
『やったぞ、これで私が一番だ!!!』
魔女が高らかに笑い暗転する。
真華と唯が舞台袖に戻ってきた。
「皆、ありがとう!ホントに!」
開口一番真華が頭を下げた。
「最後までガンバろ。」
唯のセリフに皆が頷いた。
真華は嬉しそうに笑っていた。
永久の言った通り三十分経てば嫌でも終わる。
次の暗転が開けたら最後のシーンだった。
さっきまで始まるのが不安で仕方がなかったのに、今は不思議と終わるなと思っていた。
「終わらせたくないな……」
「わたしも。」
出来ればこの舞台裏にいる時間がずっと続けばいい。
舞台上では魔女が城に帰って鏡と話していた。
この白雪姫の継母は最後変わった終わり方をする。
『鏡よ!鏡!この世で一番美しいのは誰?!』
『それは森の奥で眠る白雪姫……』
『じきに小人たちに埋められるわ!次に美しいのはこの私!』
『いいえ。あなたではございません。あなたはこの世の中で一番醜い。』
『なんだって……!あぁ、そうだった!魔法を解くのを忘れていた!』
継母が何をやっても醜い老婆の姿から戻ることはなかった。
『ならば生きている意味などないッ!!!』
継母は自ら毒リンゴを一口齧りバルコニーから身を投げた。
美しさに拘った継母は美しさを失い自ら死を選ぶ。
客席も静まりかえる。
そして暗転。
見事に継母を演じきった唯はやりきった笑顔で舞台裏に戻ってきた。
次が最後のシーンだった。
「最後だね」
「そうだね。」
真華はポツリと呟くと樹より一足先に舞台に上がった。
暗い中、自分の足で歩き棺に横たわる彼女を見ていた。
舞台が暗い間は客席からは見えているけど見えていない。
演劇を楽しむために、見ているが見ていないように振舞うのが正解。
しかし、観客前列のざわめきが大きくなっているのが樹には分かった。
前の方は在校生が座る席になっている。
「真華先輩、腕が……」
ざわめきの中、後輩の小さな声が耳に入る。
どうか、これ以上気が付かないでくれ。
暗転が開けた。
ざわめきはまだ少し残っている。
眠る姫に、俯く小人、沈む動物達。
演劇だというのに舞台には一切音はなかった。
サイレント映画のような光景。
あまりの静かさに客席のざわめきが一層よく感じられた。
一人ひとりの立てる物音や囁きの一切をシャットアウトし、樹は舞台袖から重い一歩を踏み出した。
その瞬間波が引くように客席も静まり返る。
穴が開くほどの視線を感じる。
正直怖い。
一年生の頃初めて教室に入る時と似ていた。
扉を開けた途端一斉に視線が集中するのだ。
皆ただ新しいクラスメイトの顔を確認したいだけで、特別な意味などない。
しかし樹にはたまらなくそれが怖かった。
来年は誰にも注目されないよう教室に一番に来ようと考えたほどだった。
それが今信じられないことに、それよりも多くの視線を受けながら、小さくなることなく舞台の上を歩いていた。
小人達が王子の登場に目を丸くした。
『白雪はずっとあなたをお持ちしておりました。』
『なんでもっと早く来てくれなかった?』
『ご覧の通り、姫は目を覚ましません。』
責めるもの、諦めるもの、じっと何かを期待するもの。
『彼女が目を覚ます方法が一つだけある。』
小人達が顔を上げる。
観客達がざわめいたのが分かった。
冷やかすような口笛がどこかから聞こえた。
このシーンはあまりにも有名だ。
棺の中の彼女はとても綺麗だ。
艶のある肌に照明が反射して、純白の衣装と一緒に自ら輝いているように見えた。
はじめて会った時と一緒で鏡をあてたよう左右対称、均整の魔。
儀式的に胸の下で組まれた手だけが左右少し異なり、左手が上にあった。
トランクの中で眠っていた彼女とは違い、ただ眠っているだけには見えなかった。
『私があなたを愛すように、あなたが私を愛していますように』
原作では愛する人からのキス。
別に王子が姫を愛していなくても姫は生き返った。
子供の頃、白雪姫にキスするのは小人でも誰でもいいような気がしていた。
王子以外では目覚めなかった理由はこの物語では明確だ。
呼吸を止めて祈るように一・五秒。
客席から溜息のような歓声が聞こえた。
もしかしたら、本当に目を覚ましてくれないかもしれない。
実際には二秒くらいしか経っていなかっただろうが長く感じられた。
彼女の目が開けた。
硝子のような鳶色の瞳に光が差し込んだ。
一目惚れしたのはこの目のせいだったかもしれないと思い出した。
「起こして。」
真華は声が聞こえるか聞こえないか、呟きにも満たない声で伝えた。
樹は小さく頷く。
樹が真華を起こす間も二人は見つめ合っていた。
「ありがとう。大好き」
彼女は腕をギュッと樹の後ろに回した。
だから樹も抱き返した。
ひんやりと冷たいのは最初のうちだけ。
彼女にもう何を話しても答えが返ってこないことは分かった。
緞帳がゆっくり下がっていく。
降り切るまでの辛抱だ。
緞帳が下がりきった。
これで終わり?と思っていた観客達が終わりを確信し、まばらな拍手から始まり、やがて割れんばかりの歓声となった。
緞帳が下がりきったと同時に我慢していた涙があふれた。
厚いカーテンの向こうではまだ拍手が鳴りやんでいない。
緞帳を上げ出演者全員で挨拶するのが習慣だが、もう一度緞帳があがることはなかった。
「どうもー!誰だコイツって感じですかね?高二学年劇『白雪姫』楽しんでもらえましたか?監督を務めた高二A組松田和馬でーす!カーテンコール答えられなくってすみませんね!というのもー。王子役の王野君が超のつくほどの恥ずかしがり屋さんで。出てくれるようにキャスティング決める前から出演交渉してですね!……」
緞帳の外では和馬がマシンガントークで会場を盛り上げていた。
緞帳の内と外で違う時間が流れているようだ。
そのおかげで内側の静かな混乱が外に漏れることはなかった。
舞台裏で司会進行を務めていた生徒は何が起きているか分からず途方に暮れている。
同級生達もどうしたらいいか分かっている人はひとりもいない。
それは樹も同じだった。
何とか成功させることは出来た。
その事は嬉しい。
しかし彼女の喪失は無視できるものではない。
「すみません!ここ部外者立ち入り禁止です!」
混乱する場に新たな混乱が加わったようだった。
樹は視界の端でその様子をとらえ目を丸くする。
「通してください。僕はあの子の主治医です。」
「はい……っ!」
声を聴いた人が魔法のようにすっと道を開けた。
「え?王野君?……のお父様?」
突然の登場に唯が声を上げた。
樹と安藤の容姿は他に誰がいるのかというほど似ている。
安藤はにこやかにほほ笑む。
「初めまして。」
「あぁ……はい……」
唯にしては珍しく惚けていた。
「さぁ皆、いつも通りに撤収して」
主治医という言葉が効いたのか、皆おずおずと指示を聞きいれた。
安藤は真っ直ぐ舞台に上がってきた。
「イツキ!」
樹が声を上げるのよりも先に安藤が樹に抱き付いた。
背の高さが同じぐらいなので、丁度樹の顎が肩に乗る形になった。
「父さん……?」
「分かる?嬉しいよ。彼女を元の世界に戻しにきたんだ。ごめんねイツキ。ずーと一緒にいられるようにしたかったんだけど。Mac‐Aの体はもう充電も効かない。寿命なんだ。」
「寿命って……」
「Mac-Aは寿命でも、中の彼女は違う。一緒にはいられないけど。樹の知らない場所でお婆さんになることが出来る。」
「それって!」
樹は安藤に詰め寄った。
「彼女をRPAの中に戻せる。皆が手伝ってくれたから。彼女と外に出よう樹。」
安藤の後ろからBONのメンバーが続々と登場し、樹が返事するよりも先に牧原と山城が真華の眠る棺を持ち上げた。
裏口から葬儀屋とその参列者のようにして出ると、外にはBONのワゴン車が用意されていた。
真華は棺ごと車に乗せられた。
その頃、真華の行方を追ってきた葵と優太も駆け付けた。
ワゴン車の中にはディスプレイとコンピュータが床に置かれていて、コンピュータから様々な配線が伸びていた。
その様子は救急車の中を連想させる。
ディスプレイに映っていたのは心電図ではなくこの世界には存在しない風景画だった。
手前に映った木々が風によってサラサラ揺れたことにより、それが風景画でなくそれが動画であることに気が付いた。
「大茸……!」
ディスプレイを覗きこんだ葵が息を呑むとワゴン車に乗り込んでいた安藤が頷いた。
「ここが僕らの干渉出来る範囲で彼女がいた場所と一番近かったところ。」
葵の横に立っていた牧原が補足した。
「頑張ったんだけど、どうしてかノコギリ村には直接送り込めなかったんだよ。座標では存在してないことになっていたから。」
樹は一度だけ訪れたことのある、ノコギリ山の山頂付近にある村を思い出した。
彼女はそこの住民だ。
安藤は真華の腕を掴んでパーツを外した。
本当に彼女はロボットだったのかと再認識した。
手際よく安藤はコンピュータから伸びた線を繋いでいく。
樹は思わず痛くもない腕を抑えた。
「準備は出来た。彼女を元の世界に送る。」
安藤はもう真華を見ていなかった。
樹もディスプレイの中を注視する。
コツンと安藤がキーを押した。
すると何の前触れもなく大茸の前に一人の少女が現れた。
はじめからそこにいたように、日の光を浴びて御昼寝でもしているようだ。
「リリだ!」
葵が歓喜の声を上げた。
そこにいたのは真華ではなかった。
画像が荒くよく見えないが、頭は燃えるような赤毛で、肩にもつかないぐらいの長さであることは分かった。
皆が見守る中で画面の右端から二つの人影が登場した。
「リリっ!」
「リリちゃんっ!!!」
長い夢を見ていたような気がする。
何日も寝込んでいた後のように体が重い。
そもそもちゃんと動けるのか、これ?
その心配は無用だった。
自分の名前を呼ぶ声の主たちの輪郭がハッキリと見えてきた頃に体が起こせた。
「リリちゃん分かる?!」
もともとあたしは遅くに出来た子で、両親は年をくっていたけど、さらに年を取ったように見えた。
「父ちゃん、母ちゃん?」
「分かるのか?!」
「分かるよ。二人とも痩せた?」
母ちゃんは今までに見たことが無いような大声で泣いて飛びついてきた。
父ちゃんはありがとうございます。ありがとうございますと何度もお礼を言った。
周りを見渡すと大茸と慣れ親しんだ森があった。
「リリ大丈夫?」
「見ての通りだよ。」
ヘラヘラ笑ってみせる。
「リリ、何が起きたか覚えてるか?」
「それがさっぱり。」
あたしは大きく伸びをした。
背骨がバキッと音をたてた。
「リリ?!大丈夫か?!」
「大丈夫だって!朝起きるといつもの事じゃん!」
あたしは弾みをつけて立ち上がった。
「なんかいい夢見てた気がするよ。」
「何を呑気な……」
父さんは呆れたように言ったが、心底ホッとしているように見えた。
「まぁ、良かったよ。早く帰ろ。きっと大茸がリリちゃんを連れ戻してくれたんだよ。」
「そうだな、詣って帰ろう。」
「うん」
父ちゃん母ちゃんは既に大茸の方を向いていた。
また家族三人でここにいれることを嬉しく思った。
でもなぜだか泣きたい気分だ。
ここに足りないものなど何もない筈なのに。
葵が『リリ』と呼んだ少女は、二つの人影とともに画面の外に出ると、再び戻ってくることはなかった。
画面は再びただの風景画のようになった。
安藤がディスプレイの電源を切らなければ、樹は永遠にそれを眺めていただろう。
急に現実に引き戻された気がした。
無意識にシャットアウトしていた学園祭の賑やかな音が遠くに聞こえた。
「もしかすると彼女はここで得た記憶がなくなっているかもしれない。」
「……うん。」
「ごめんね。樹。」
安藤は樹が幼い頃そうしたように頭を撫でた。
「覚えてないかもしれないけど、ここで元気に暮らすんでしょ?」
「そうだよ。それでも良ければ樹も会いに行くといいよ。」
樹は首を振った。
「いいよ。迷惑になりそうだし……」
クマの姿で会いに行くのも、この姿のまま会いに行っても彼女にとってはただの知らない人だから。
こんなことがあったんだと語るのも彼女にとってはただの押しつけになってしまう。
「そうか。今の様子から見るとこっちの記憶はちゃんとあるみたい。ご両親についていったしね。体の方は僕が引き取るよ。」
安藤はワゴン車から降りて樹の横に立った。
「これでこの姿を見られるのは最後になると思う。」
彼女は心なしか少し微笑んでいるように思えた。
「うん。」
安藤はゆっくりとバックドアを閉めた。
スモーク加工したガラス越しに彼女が見える。
動いたりしないか期待してしまうがそんなことは起きなかった。
これで本当に最後だ。
樹が好きだった女の子はもうどこを探してもいないが、間違いなく数分前までそこにいたのだ。
はじめは目の前にあるこの容姿に惹かれていた。
でも、動かなくなった今だから分かる。
自分の容姿に惑わされず、自分の好きなように行動する彼女が好きだったのだ。
もう一度、同じ容姿を持つものが現れたとしても、きっと今回程強く惹かれることはないのだろう。
樹はバタンという音を聞いて我に返った。
気が付くと横に父は立っておらず、助手席に座っていて、開けた窓から顔を出していた。
「またお別れだ。じゃあね樹。」
「待って!父さんどこ行くの?!」
「ごめんね」
父の目は笑っていたが唇が震えていて樹は言葉を飲み込んだ。
家族を捨て出ていった男のイメージとは大きく異なっていた。
このまま行かせていいのか?
安藤は運転席の牧原に向かってお願いしますと呟き、牧原は申し訳なさそうに樹に向かって会釈した。
安藤は車が発進してもずっと樹に向かって手を振っていた。
車が学園を出て見えなくなると、遠くに聞こえる文化祭の喧騒以外何も聞こえなくなった。
「行こうぜ樹。」
優太がドンと樹の背中を叩いた。
「他の人たちは中庭に集まってるって。」
葵に強引に手を引かれて歩き出した。
彼女はいなくなってしまったが、彼女が変えた樹の日常は変わらずにまだある。
彼女に会わなければ樹の背中を叩いた手も、腕を引く手だってもしかしたら出会わずにいたのかもしれない。
葵に手を引かれて向かう中庭には、劇を終えた同級生達が待っていた。
魔女の衣装を身に纏ったままの唯が樹に向かっておーいと手を振った。
彼女に動かされなければ、こうして唯となれ合うこともなかったのだろう。
愛希と和馬もこちらに気づくと『王野くーん』と間延びした名前を呼んだ。
この二人とも関わりを持たなかっただろう。
松田君はまだよく知らないことも多いけど、意外と面倒見がよくて。
宮野さんはかっこよく見られがちだけど、実は可愛いものが好き。
彼女が与えた変化は計り知れないくらい大きい。
もとの世界に帰った彼女にはなにもしてあげられないのに。
樹に変化を与えたことにすら気づかず変わらぬ日常をおくっていくのだろう。
最後に彼女は言った。
『ありがとう。大好き』と。
永遠の眠りから目覚めさせたから言ったわけではなかった。
見ていた人にはセリフと思われていたがそれでもかまわない。
彼女にそんなこと言われるなんて思っていなかったから返事もできなかった。
『こちらこそ、ありがとう』と。
樹は脚に力を込めて大きい一歩を踏み出すと、引っ張られるだけではなく、今度こそ自分の力だけで前に踏み出した。
読んでくださり、本当にありがとうございました!こうして無事完結出来たのは皆さまのおかげです。投稿した直後に見てくださる、10人前後の方々にどれだけ救われたことか……!この連載は今この文を読んでいる、あなた方によって支えられていました。
カリロボは中3ぐらいの時に思いついたものです。完成させたのを投稿する前に改行したり、校正したりして連載していました。スマートホンが普及する前から書いていたものなので、初期設定では皆ガラケーを使っていました。二つ折の……とか書いてました。中3の時に未来感はんぱねぇ!と思っていた飛行型ロボもドローンという形で世に出てきて、技術の進歩ってスゴいと校正しながら驚いていました。未来を想定して書いたのに、ここ数年で現実が追い越してしまいました。そこで、カリロボの世界が現実となる前に、誰かに見てもらおうと思ったのです。
これからは書いた文章の誤字脱字訂正と、より多くの人に見てもらえるようにあらすじを練り直していきたいと思っています。
読んでいただいただけでも、大大大感謝なのですが、出来れば評価をつけてくださると嬉しいです。さらに、ここがオカシイと感じた場所を指摘していただければ幸いです。
最後になりましたが、本当にありがとうございました!




