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カリロボ  作者: 広瀬ジョージ
学園祭編
5/95

05.撮影現場

 樹が和馬に怯えているのと同じ頃。


「うーん……」

 桜は専属雑誌の撮影が始まる前の待機時間、スマホの画面を真剣に睨み付けていた。

 桜のいる休憩所の少し離れた場所ではスタッフ達がせわしなく動きまわっていた。

 桜は既にメイクや衣装を身に付け準備は整っている。

 後は出番を待つのみだ。


 桜のケータイ画面には弟からもらった『青サマからの手紙』が表示されている。


 青サマというのは樹曰く、RPAの最強プレイヤーらしい。

 何がどう最強なのか、桜にはいまいち分からなかったが「樹がいうんだから間違いない」と解釈している。

 あいにく桜はRPA事情に詳しくない。


 ユーザーの中には課金システムを利用してアバターを着飾ったり、ミニゲームを楽しんだりする人がいるのは知っているし、それに何十万もつぎ込む人がいるのは知っている。

 お金の使い道は人それぞれだし別に構わないとも思っている。

 桜自身はそういったことにまるで興味はなく、お金を一切使わない範囲でしかRPAを利用したことはない。


 桜は皆やっているという理由で開設当時は一時期はまったが、最近はほったらかしていたぐらいで、樹が画面を見せてくるまで、アカウントを持っていたことすら忘れていた。


 最愛の弟が対処に困っていたので思わず受け取ってしまったが、受け取った後の事など全く考えていない。


 このような得体の知れないものはさっさと誰かに渡してしまおうと思っていたが、この手紙は『一番信頼できる人』に渡さなければいけないらしい。

 妙なところで律儀な桜は誰にも渡さず、今に至る。


 それに五桁の暗証番号を入れる升目が気になったので、いくつか番号を入れて試してみた。

 当たり前だが、そんなに簡単に開くわけがない。

 不安を煽るカウントダウン設定もそのまま樹から引き継いだため、樹の時よりも期限が迫っていた。


「姫乃!何してんの?」

 そう言いながら、桜の脇から二人の女が画面を覗き込んだ。


 一人は、明るく活発な印象を受ける髪の短い「オリ」。

 もう一人は、オリとは対照的に黒くストレートな長い髪が腰ぐらいまである「ユウ」だ。


 二人は、一般女性と比べるとかなり背が高い。

 二人は事務所は別だが、桜と同じ雑誌の専属モデルだ。

 同い年ということもあり、プライベートでも一緒に過ごすことの多い仲間である。


「見てコレ……」

 桜は一通り説明して、最後に誰か欲しい人いる?と付け加えた。

 二人とは長い付き合いで『一番信頼できる人』に該当する。


「受け取ったらなんか貰えんの?」

 オリは返答次第で受け取る素振りを見せた。

 桜は正直に首を振った。


 このようなイベントにありがちな報酬アイテムすらないのだから、人に強く薦める気にもなれない。


「なにも貰えないみたい。何かのイベント?なのかな?」

 ユウは桜からスマホを借り、面白半分に適当な数字を入れた。

 当然開かず、飽きたら再び桜に返した。


「期限までついてるし、変な手紙だねぇ」

 ユウが彼女特有のおっとりとした口調で言った。


「うん、そうなの。でも、樹が困ってるの見たら放っておけなくて……」

 樹本人には若干迷惑そうにされているが、年が離れた弟が可愛くて仕方がない。


「うわっ、出たよブラコン!樹ももう高二でしょ?!」

「弟離れしなよぅ」

 

 過保護といわれているのは分かっている。

 両親が離婚してから母も出張が多いため、樹の世話は殆ど桜が行ってきた。

 弟というよりももはや息子のようにすら思っている。

 そう簡単に弟離れは出来ない。

 

「じゃないと樹君といつまでもデートできなぁい!」

 ユウは唇を尖らせた。

 桜の目の色が変わる。


「ユウッ!いくら友達でも樹はダメだからねっ?!」

「えー」

「えーじゃない!!!ホンッっトにダメだからねっ!」


「姫乃、落ち着きなって。冗談だって。」

 オリが愉快そうに桜を宥めると、その横でユウは頬を膨らませた。


「冗談じゃないよう!樹君が中学上がってから狙ってたもーん。」

「そんな目で見てたの?!ユウはこれから我が家出禁だから!」

「まぁまぁ、樹もお年頃だし、それくらいは……」

「ゼッタイにダメ!!!」

 桜が叫んだ時、三人の上に影が降った。

 何もしきりのない空間なので、彼は桜達の目の前の机を扉の代わりにノックした。


「おい、お前ら。声がデカいぞ。」

 怒っているんだろうが、落陽のない声で注意した。

 そこにはスーツに眼鏡の若い男が立っていた。

 桜のマネージャーの山下だ。


 営業の時に見せる外面の良さはオリとユウの前では発揮されることはなく、仏頂面で眉間にシワを寄せている。

 

「「「はーい。」」」


 三人は声のボリュームを落とした。

 オリはさっさと離れようとしていた山下を近くに呼び寄せ、ユウはチョイチョイと山下の脇腹を突いた。


「ねぇ、山ちゃんも聞いてたでしょ?山ちゃんからもなんか一言姫乃に言ってあげてよぅ!」

「樹、これじゃいつまで経っても彼女出来ないよ」

 山下は面倒そうに顔を顰めた。


「お前ら人の心配ないで、自分らのこと心配したらどうだ?」


 山下の一言にユウとオリは息を呑んだ。


「デリカシー少なすぎる!」

「山ちゃん嫌い!私が彼氏いないのは姫乃のせいでもあるんだよう?!」

「だから、樹はダメなの!!!」


 またオリとユウが山下に文句を言おうとした時スタッフが近づいてきた。

 おそらく準備が整ったのだろう。

 山下はそれを横目で見るとくるりと背を向けた。


「もうじきはじまる。いけ。」

 山下はそれだけ言って、スタッフが来る前にその場を去った。

 すれ違うスタッフにはとびっきりの営業スマイルを振りまいた。


 オリとユウはその変わり身の早さに愕然とする。

「えらそう!」

「『いけ』だってぇ!犬みたい!」

 

 ほどなくしてスタッフに声をかけられ撮影用のセットまで先導された。

 その間オリとユウは山下の愚痴を互いにこぼしていた。


「アイツは何様だよ!」

「全くだよぉ!姫乃もよく五年も付き合ってられるねぇ!」

「まあね。正確には十年だけど……」


 山下は桜の所属事務所の所長である中津と古くから親交があり、桜が事務所に入る前から中津芸能にいた。

 マネージャーになったのは五年前なので二人が知らないのも無理はないが、実際の付き合いはもっと長い。


 当時桜が通っていた帝都高校に山下が転校してきたのが、桜が中津芸能を知ったきっかけで、それ以来ずっと付き合いがある。


「よくもまぁ……」

「疲れない?」


 疲れることはたまにあるが、正直それ以上に山下に苦労を掛けていると思う。

 しかしそれを口にしたら、オリとユウに冷やかされることは目に見えていたので、桜は少し考え込んだ。


「そんなに。『毒は毒を持ってせいす』だから。」

 桜は中津所長が山下をマネージャーにした時のセリフを言ってみた。

 当然ながら、オリとユウは首を傾げた。


 桜には今まで9人のマネージャーがいたが、皆短期間で辞めていった。

 桜には自覚はないが、桜のわがままが原因だった。

 なかなか次のマネージャーが見つからなかった桜に、『毒は毒を持ってせいす!』といって10人目に事務所にいた山下を任命したのだった。


 当時から山下は横柄な態度を崩さなかったので、桜と対立することはしょっちゅうだったが、不思議とどのマネージャーよりも長く続いていた。


「さっすが中津所長!」

 話を聞いたユウが感心して笑った。


「でも、なんで山ちゃんって事務所にいたの?結局?」

「さぁ……山ちゃんは所長に学費出してもらってるって言ってたけど……」


 血のつながりもない二人がどうやって知り合ったのかは詳しく聞いたことがないが、桜の家庭も色いろと複雑な事情があり、踏み込んだことは話したくないし、あまり聞かれたくもない。

 だから桜も踏み込まないようにしている。


 桜はたまに聞いて欲しくなることがあって、彼にぽつぽつと話す時もあるが、その逆の場合は皆無だった。


 現在二人が一緒にいることが単に楽しいので深く考えたことがなかった。

 互いが持っている複雑な境遇が一体感を生んだのかもしれない。

 しばらく間があった後でユウが何か思い出したように言った。


「そういえば山ちゃんって、スタントマンもやってるよね……?」

「いきなり車で火柱に突っ込んだヤツでしょ!あれはさすがにビビった!」

 オリは手を叩いて笑った。


「笑い事じゃないよ!山ちゃん予告無しに私の目の前でトラックに撥ねられた事もあるんだよ!あの時ほんとに……!」

 死んだかと思った。

 実際には何事もなくムクリと起き上って、自力で歩いていた。


 同じ学校に転校してきてから一度もそんなそぶりは見せていなかったのに、学園を卒業したら事務所にスタントタレントとして登録されていた。

 普通いろんな訓練を積んでからなるのではないかと思うのだが、彼はそれらの段階をすっ飛ばしてある日突然なっていた。

 前々から並外れた運動神経と怪力ではあったがこれには流石に驚いた。


「もしかしたら、所長にスタントの才能を見込まれて事務所にいたのかも……」

 桜は自分の言ったことになるほどと頷いた。


「山ちゃんのあの体力ってどこから来てるの?」

 オリの問いに桜はさぁと首を傾げた。


「あり得ないんだよ!あの体型、あの運動量であそこまで力出せる?!」

 山下の外見は一見インドアっぽく、頼りなく見える。

 家で筋トレしているところも見た事がない。


「またオリの健康オタクトークだぁ……」

「今度、取り調べしてみる!」

 オリは意気込みを聞かせた。


「いつも巻かれておしまいになるよね。」

 桜は煙たそうにオリを追い払う山下が容易に想像できて吹きだす。


「山ちゃんってさぁ!不死身だよね。」

 ひとしきり笑った後またシーンと静まった。


「結局何者だよぉ……」

 更に深まる謎に一同は唸った。




 今日の全ての仕事が終わり桜は山下の運転で王野家に向かっていた。


「と言う話を撮影前にしてたの!」

 踏み込まないようにしていたがそれも昔の事。

 きっかけがなければ知らずじまいだ。

 そろそろ聞いたっていい頃だろう。

 桜は藍色の瞳を輝かせながら山下に視線を向けた。


 桜は彼の並外れた運動能力の理由よりも、彼の家族の事や生い立ちに興味があった。

 長年一緒にいるが彼の両親の話や、事務所にいた以前の事は一度も聞いたことがなかったのだ。


 山下はチラリと桜を見てまた真っ直ぐ前に向き直った。


「無視しないでよ!」

「今運転中だ。」

「いいじゃん少しぐらい。」

 屁理屈を言いながら桜は口を尖らせ、しつこく食ってかかる。


「運転しながら火柱に突っ込んだ人が何言ってんの?ただ話を逸らしたいだけでしょ?」

 山下はポーカーフェイスを崩さず頷いた。


「まぁな」

 話題を変えたい事を隠そうともしていない。


 桜はぷぅっと頬を膨らませた。

 十年間も一緒にいるのに、何一つ話すつもりはないらしい。

 なぜ事務所にはじめからいたのかとか、なぜいきなりスタントマンになったのかとか……


「私の事、信用してないでしょ?いいもん別に……」

 桜はしょげたフリをして窓の外を見て一人言のように呟いた。

 チラリと山下を見ても涼しい顔だったので、桜は本格的にしょげてふてくされた。

 いつもなら距離を置くが車の中なので今はそれもかなわない。


「信用してない訳じゃない。」

 膨れた桜の横顔に言葉が降ってきた。


 桜は驚いて山下の顔を、凝視した。

 この車には二人しか乗ってない自分でなければ、確実に山下だ。

 当の本人は何もなかったかのような顔をしていた。


「それでも言えない事があるんだ。これ以上詮索するな。」

「うん。分かった!」


 信用してないわけじゃない。


 十年一緒にいて初めて聞いた言葉だった。

 いつも一緒にいるが彼はどこか言葉足らずで、桜が一方的に彼に関わりを持ちに行っている感が否めなかったが、ただの一方通行でないことが今日初めて分かったのだ。


 桜はある決断を胸に自分のスマホを握りしめた。 



「ありがとう山ちゃん!」

 桜は車から降りて自宅の前で手を振った。

 短く返事して去ろうとした山下を桜が呼び止めた。


「あっ待って。山ちゃんケータイ出して!これあげる。」

「何だそれ?」

 桜は首を傾げている山下を急かした。


「ほら!ちょっと前に一緒にアバター作ったでしょ!RPAの!」

 数分もたたないうちに山下のケータイに『青からの手紙』が送られた。

 山下のケータイ画面では数ヶ月前桜に無理矢理つくらされた、眼鏡リスの『山君』が手紙を持って飛び跳ねていた。

 桜が監修し作ったアバターなだけあって、眉間の皺や真面目そうな表情がどことなく山下に似ている。


 結局今日はオリとユウどちらにも渡す事はなかった。

 なので彼への信頼の証として山下に渡すことにした。


「そこに書いてあるでしょ。信頼してる人にあげるんだよ!」

「ほぉ……」

「お休み!」

 桜は軽く手を振って家の中に入って行った。

 車内には山下だけが残された。



 山下は桜が家に入ったのを確認して、短い溜息をつき、スマホを慣れた手つきで操作し始めた。


 受け取った手紙の背景にはこの世界では使われていない文字が刻まれていた。

 丸、三角、四角などの簡単な記号をいくつも重ね合わせたような、複雑な文字だが山下には解読できた。


 『アオの誕生日とケー二ーの誕生日』


 指示通りに打ち込む。

 月日、月日。


 カチャッ。


 小気味の良い音がして、ロックが解除された。

 画面が白く光り始め暗い車内を明るく照らし、山下は眩しさにわずかに目を細める。

 目が慣れてきて画面上にある文字が見えるようになった。

 今度はしっかりとした日本語で書かれた便箋が出てきた。



  ケーニーへ

 ちゃんととどいたみたい!元気にしてる?

 さいきんこっち来ないんだもん。

 れんらくとれないんだから、ちゃんと来なきゃだめだよ。

 そのせいでアオ、たくさん手がみ書いたんだよ!

 でもケーニーいなくってもちゃんとみんなを守ってるよ。

 ついにアンドウを見つけたよ!

 外国にいたみたい。

 見つからなかったハズだよ!

 今日本にいるみたい。

 アオがたおしてあげるからね!


  葵より


 山下はそれ見て吹き出すように笑い、車を発進させた。




「ただいま!樹!」

 桜は上機嫌でリビングのドアを開けた。リビングに入る前からスパイスの良い香りがしていたが、部屋に入るとその匂いは一層濃くなる。


「おかえり……」

 愛しの弟、樹はキッチンカウンターから顔を覗かせた。


 このご時世珍しく家事ロボのいないこの家は、姉弟代わり番で一から夕飯を作る。

 最近は桜の仕事の都合で夕飯を作る割合は、樹の方が多い。


「あっ、今日はカレーだね!」

 ダイニングテーブルの自席までスキップまじりの足取りで行きストンと腰を下ろした。


「アネキなんか良いことあった?」

 カウンター越しから樹が呆れ顔で問いかけた。


「うん。まあね!」

「ハハ……アネキは直ぐに顔に出るもんね……」

 樹は語尾になるにつれ俯き気味になっていった。


 弟の声色から異変を察知した桜は、樹のいるキッチンに目を向けた。

 樹はカレーの入った鍋をおたまで不必要にひっかき回していた。

 鍋を覗くとそのせいで野菜の角が取れて丸くなっている。

 

「イツキはなんか嫌なことあった……?」

 おそるおそる問いかけると、顔を上げた樹の目は涙ぐんでいた。


「アネキ……!今日学校で……!」


 樹はポツリポツリと今日の出来事を話し始めた。

 時間は少し遡る……


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