49.追う者が得るもの
三内丸山は安藤の高級車とは対照的な中古のワゴン車で敷地を飛び出した。
仁科から逃れた解放感と、雀の涙ほどの罪悪感。
それは後に感情の大部分は苛立ちと明日への不安に変わった。
「今度こそ転職してやる……」
何度となく呟いたこのセリフだが今回は本気の度合いが違う。
なぜならたった今職を失ったからだ。
「そうっすねぇ。次何しましょうか?」
丸山は意見を求めるように三内を見上げたが、三内は目もくれなかった。
「なにちゃっかりついてこようとしてんだ?……というかなんで一緒に乗ってきてんだよ!」
いつもの癖でつい丸山が助手席につき、尚且つシートベルトをするまで発車を待ってしまった。
「ひどいっすよ兄貴!置いてかないで下さいよ!」
すがり付く丸山を三内は鼻で笑ってあしらった。
「馬鹿野郎。転職したらコンビ解消だろうが!」
「そんな殺生な!」
「俺は知ってるぞ。いっつも俺が仕事見つけた後ちゃっかりついてきやがって……!一緒にいたいならお前が仕事見つけてこいよ!!!」
「だってぇ……」
「自立しろニートがっ!」
「兄貴もニートじゃないっすか!」
「俺はフリーターだ!」
これ以上の言い争いは不毛だと感じお互いが黙ると、丸山は窓の外に目を向けた。
そこには何かの始まりを告げるような朝日が見える。
今の二人には眩しい。
「あぁ、やっぱりあのギターもらっておくべきでしたね」
「持ってきてどうすんだよ?」
「歌手になるっす」
「うまくいくわけねーだろ。」
「ですかねぇ?」
丸山が気怠そうに呟いたのとほぼ同時にドンッという音と共に車体が縦に揺れた。
「何だ?!」
「何っすか?!」
コンコンッ
「なんか落ちてきたか?窓開けて見てみろ。」
三内は丸山を顎で使い、丸山は服従を示す敬礼ポーズで応えた。
「いえっさ!」
丸山が窓を開けた途端、ぬっと逆さの顔が視界いっぱいに現れた。
「「うわぁ!!!」」
三内がハンドルを握ったまま飛びのいたので、危うくガードレールに突っ込みそうになる。
「おちつけ、止まれ!」
原因を作った張本人が逆さのまま命令した。
何とか事故になる前に道路のわきにワゴン車が停止した。
「驚かさないようにノックしたのに、危うく事故るところだ。」
いつものことながら年下のくせに上から目線で偉そうだ。
「お前のせいだろうが!さっさと降りろ!」
山下はヒョイと車から降りると三内の横に降り立った。
「そんなことより……ここにはいないみたいだが、お前らをMac‐Aどこにやった?」
三内丸山はギクリとして目配せし合った。
「なんでお前に……?!」
「頼む。」
わずかではあるが山下が頭を垂れる。
それを見て三内丸山はウッとたじろいた。
「何だよ、気味悪いな」
「どうしようかなぁ!」
珍しく山下が下手にでるので丸山が得意げにおどけていると山下がポツリと口を開いた。
「俺だって暴力は好きじゃない。」
三内と丸山は山下と距離をとるように車内の奥へ逃げる。
「結局それかよっ!」
「安藤が急いで出てったのは見ました!!!」
暴力という言葉を耳にしたら丸山はあっさり口を割った。
「そうか……」
聞くなり山下はどこかに電話し始めた。
もう行ってよしか?
三内と丸山は小声で相談し合う。
「もしもし。そっちに……?いない?あぁ分かった。」
携帯の電源を切ると山下は大きくため息をつく。
「なんだよ、どうした?」
車を出す代わりに三内が問かけると山下は表情をゆがめた。
「仁科にハメられたみたいだ。安藤の方にもいないらしい。」
「おぉ……」
「大変っすねぇ……!」
Mac‐Aをさらった張本人でありながら丸山は他人事のように呟いた。
「協力感謝する。」
もう行ってよしということだろう山下は身を翻した。
「ちょっと待てよ!安藤が知らないとしたら!」
三内は車内から身を乗り出し山下を呼び止めた。
「ガレージの!うしろに入ったままのはずだ!」
一字一句丁寧に教えてやるのは癪で、ぶっきらぼうに答えたが意味は充分に理解できたようだ。
「なるほどそうか!」
安藤の方にもいない。
仁科もあの状態ならMac‐Aを運び出せる筈もない。
ならば本社から運び出したままの状態になっているというわけだった。
「じゃあな」
「ありがとう。そういえばクビになったらしいな」
山下の口調は少し同情しているようで、三内は鼻で笑った。
「あぁ、清々してるぜ!」
「ならもう会うことはないだろう。次はまともな職に就くんだな」
「余計な世話だ!」
三内が窓枠から体を引っ込めると、丸山が意外そうな顔して後方を眺めていた。
丸山の視線の先では、山下が常人ならざる動きで闇に姿を隠した。
丸山は感心するのと同時にもう見おさめだろうとぼんやり思った。
「兄貴、なんで教えちゃったんっすか?」
丸山の問いに三内はニンマリとして答える。
「あの鬼婆への報復だよっ!」
すると丸山は大袈裟に驚いて見せてシナを作った。
「さっすが兄貴!一生付いていきます!」
「あっ!お前なにまだ乗ってんだ?!止まったついでに降りろよ!」
「そんなこと言わないでくださいっすよぅ」
今更力づく下ろすわけにはいかず三内は釈然としない気持ちで運転を再開した。
彼らの次の行き先は本人たちを含め誰も知らない。
少し時間は遡る。
「急に屋敷から飛び出したからついてきたけど、こっちであっとるんか?めっちゃ安全運転やん。」
キャシーは助手席から目を凝らして前の車の運転手を見ていた。
かろうじて安藤の後頭部が見えるのみで、表情も何を考えているのかも分かる筈がなかった。
山下の口から次の行き先である仁科邸があがったとき、BONも一緒に屋敷へ向かった。
仁科邸の近くまで来たとき、丁度屋敷から安藤の車が飛び出してきた。
そこで急きょBONは安藤を追うことにして、二手に分かれたのだ。
BONに支給されたワゴン車は、ナンバープレートが確認できる距離で安藤の車を尾行していた。
安藤は尾行されているということは気が付いているようだが、振り払おうという気はまるでなさそうだ。
「危機感ナッシング。」
「まぁ、カーチェイスするよりマシだよ。」
「この人数でそれはキツイからね」
現在こちらの車には、許容人数丁度の人数が乗車していた。
なのに窮屈に感じるのはほかでもない、キツイという言葉を発した山城のせいである。
「キャシーと山城君が席を変わればいいんじゃない?」
「やや!ここは私の席やもん!」
「それよりもリーコ氏が山城氏の膝に乗れば……」
「それを言うなら和泉君一人でスペースとりすぎ!」
「ちょっと皆、静かにしてくれない?」
一番後部座席に座っていた愛希と優太がおずおずと顔を出した。
「すいません乗せてもらっちゃって……」
愛希が申し訳なさそうに言うと途端に面々はあたふたしだした。
「全然いいんよ!」
「むしろゴメンね!」
「そうですか……?」
愛希は助けを求めるように優太を見たが、優太はじっと正面だけを見据えていた。
「牧さん!この道って……!」
優太が問いかけると牧原は頷いた。
「そうだね。戻ってるね……安藤、何考えてるんだろ?」
今のルートだとBON一行の出発点であるリゴレ・ルーン本社にもどってしまう。
「もしかして、たらたら進んでタイムオーバーにさせようっていう魂胆なんやない?」
キャシーの言葉を聞いて優太は車内のデジタル時計に目をやった。
文化祭本番開始時刻をリミットとすると残り時間はあとわずかだ。
「牧さん!何かスゴイ発明品ないの?!」
「そんな無茶な!僕らBONの基本は便利グッズ開発だし……」
『尾行』なんていうのは経験したことがない。
一度抜いて通せんぼしようかと牧原がいくらか考えていた時、リーコが声を上げた。
「なんかサイン出してる!」
ブレーキランプが3回点滅した。
「ブレーキランプ5回やなくて?」
「なんでこのタイミングでア・イ・シ・テ・ル?」
点滅が終わって一拍置くと安藤の車はスピードを上げ始めた。
「3回はたぶん『イ・ソ・ゲ』のサインでは?」
「えっそういうこと?!」
今までのスピードなら追い抜けそうなこともなかったが、こうなったら急いでついていくほかない。
牧原は法の範囲内で可能な速度で加速した。
「あれ?結局戻って来ちゃったよ?!」
安藤の車は普段の出勤と変わらず、駐車場の適当な位置に止められた。
そしてすぐに降りてきておーいと牧原達に向かって呑気に手を振っている。
「王野君そっくり……!」
「ホントだ!!!」
安藤の姿を見て優太と愛希が驚愕している間に牧原は車を停車させた。
すかさず安藤は車のそばまで駆け寄ってきた。
警戒するにも相手があまりにも無防備なので恐れることもなかった。
彼の挙動には驚かされるばかりである。
牧原が窓を開けると安藤は車内に顔を突っ込んで中を確認する。
「よかった!君たちだと思った!早く手伝って!」
安藤は勝手に車のドアを開けると牧原に出るように促した。
行動には移してはいないが今にも牧原を車内から引きずりおろしそうな権幕だ。
「えっとこれはいったい……?」
牧原の問いに答える前に安藤は他の扉も開け始めた。
「さあ、早く急いで!」
面々が呆気にとられる中、キャシーが助手席のドアを開いた安藤を捕まえた。
「ちょい待ち!何を企んでるん?」
「真華を元通りにする」
安藤は一刻も早く動き回りたかったようだが腕を掴まれて仕方がなくという感じに答えた。
安藤が答えてもキャシーは腕を掴む手を緩めなかった。
「痛い……」
「ごめんな。でもそれって信用できるん?Mac‐Aは今どこ?」
安藤は答えにくそうに目を伏せた。
「それは……今樹と葵が探してる。」
「本人がいないんじゃなぁ……」
キャシーは車をそろそろと降りようとしているメンバーにどうする?と視線を送った。
安藤はキャシーの掴んでいる手を上から握った。
「お願い。」
藍色の目は真っ直ぐにキャシーを見ていた。
「もうっ!そんな顔せんといて!こっちが悪い事してるみたいやん!テツどうする?!」
「協力しよう。」
そのセリフを聞くと安藤は顔を綻ばせた。
「良かった!ありがとう!」
安藤はスタスタと歩きながら指示を出した。
「今から最上階に地下の充電装置の設計図をとりに行く。そしたらそれを持って二人地下に行って、真華の燃料をとってきて欲しい。もう二人は制作途中の簡易充電装置を作ってほしい。牧原君は僕と一緒に来て」
「誰が地下?」
「あたし!」
「僕も。」
リーコと山城が名乗りを上げる。
「なら拙者とキャシーが充電装置に」
和泉の横でキャシーが頷き、配役が決まったところで最上階にたどり着いた。
こじ開けられた社長室を通り過ぎてその先へ向かう。
安藤が認証パネルに社員証をかざすと扉が開いた。
大きな作業台に整列されて置かれている部品。
作業台の横には楽譜台が置いてあり、手書きの設計図があるページで固定されていた。
安藤は壁についているマップケースを開け、大きな紙の束を丸めながら取り出し、リーコの前に差し出した。
リーコが抱えると用紙の大きさが際立った
次に部屋の隅にあったポリタンクを山城に渡す。
今度はポリタンクが小さく見えた。
「お願い。行ってらっしゃい」
「じゃあ後でね。」
二人は残りの面々に手を振ってパタパタとエレベーターに戻っていった。
和泉とキャシーはすでに作業台にあったものを組み立て始めていて、牧原はどこかに電話をしていた。
「えっ?こっち?いなかったよ……いない?わかった……こっちは彼女が見つかった後のセイフティネットを張ってるところ。じゃああとで」
電話が終わると安藤から手渡された資料に目を通し始めた。
「このコード、ユーセン君に見せても?」
安藤は迷わず頷いた。
「いいよ。」
牧原は部屋に置いてあるデスクトップにUSBを読み込ませた。
ポンと音を立ててマシュマロボディのウィルスバスターが出現する。
「ユーセン君、三匹に分裂。右から命名1、2、3号!1号はSPと回線つないで。2号はこのコードを書いて、3号はデータ書き換えるの手伝って。こら1号、喧嘩しない。後でコンペイト……ハイハイ2号も3号も上げるから……」
牧原はユーセンの指示を飛ばしたり、ご機嫌とったりしながら自らもキーボードで何やら操作を始めた。
後ろからそろそろとついて来ていた愛希と優太は、さっきまでふざけていたBONがテキパキと動いているのを眺めながら、せめて邪魔にはならないようにと部屋の角に身を寄せ合っていた。
「なんかすごいところに来ちゃったわよね……」
愛希は牧原がユーセンをこき使うのに見入っていた。
優太は一度見たことがあるが、見たことがない人にとっては異様なものに映る。
「そうだよなぁ。」
優太があたりを見回していると安藤と目があった。
見れば見るほど樹とよく似ている。
目の色も樹と同じ、藍色だった。
樹であればすぐに目をそらすか、はにかんだように笑ったのち目をそらすかどちらかだが、安藤は目をキラキラと輝かせたままおいでおいでと手招きした。
思わず優太は自身を指さして首を傾げた。
安藤は大きく頷く。
愛希が付いていくべきか迷っていたら、安藤はもう一度手招きして二人を呼び寄せた。
安藤は奥の作業台で何かの組み立て作業を行なっていた。
設計図は頭の中にあるようで何も見ずに手だけを動かしている。
手元も見ていないので見ていた愛希と優太の方がヒヤヒヤする。
「君たちは樹と真華の友達だよね?」
「はいッ!そうです!」
「真華のために動いてくれてありがとう。これからも樹をよろしくね。」
「はい!」
優太は元気よく答えて、愛希も頷いた。
安藤は口元に笑みを浮かべると手を止めた。
「君達が樹の事教えてくれたらもっと早く作業が出来そう……」
「はい!話します!話すの得意です!」
安藤は優太の答えに満足したようだ。
それから手を強く握って離す動作を2回してストレッチした。
「よし。頑張ろう。ぜんぶ元通りに!」




