48.しゃべる生首
うまく投稿出来てませんでした……
日付が土曜日になり、1時間以上たった頃。
三内、丸山そして以前の形を失った仁科は、車で仁科邸に向かっていた。
運転席で三内がスッと息を吸った。
「ハックショイ!コノヤロー……」
三内は盛大にくしゃみをし、丸山は顔を顰めた。
「変なくしゃみっすねぇ。噂されてますよ、絶対!」
丸山の言う通り、その頃会社の地下室で山下が三内を心底見損なったと噂していた。
「つべこべ言ってないでさっさと行きなさい!」
「わかってるよ!これ以上早くならねぇよ!」
後部座席で頭部のみで転がっている仁科には、渋滞に巻き込まれているのは見えないだろう。
見えたとしても腹いせのようにしつこく三内を急かしたことだろう。
仁科の首の横には段ボールが置かれていて、不気味にハイヒールを履いた足が二本突き出ている。
通常の人体の構造では、このような大きさの箱に収まることはないのだが、一つ一つ分けられた今の仁科の体ならそれが可能である。
会社の地下室で発見された仁科は三内と丸山によって回収された。
向かう先は仁科の自宅。
そこに滞在している安藤夜に会うのが目的だった。
「直せますかねぇ……」
丸山は三内が思っていても言えないセリフを特に恐れる様子もなく口にした。
「うるっさいわよ!!!死にたいの?!このXXX!」
仁科は聞くに堪えない暴言を吐いて丸山を震え上がらせた。
三内は余計なことを喋った丸山のこめかみに拳を入れ、ハンドルの上に突っ伏せた。
「なんでこんな時間に工事してんだよ……っ!」
三内のいら立ちはいざ知らず、工事現場の先におかれたロボは丁寧なお辞儀をしながら『左車線を規制しています。ご迷惑おかけします。』と告げていた。
仁科邸のガレージに車を止めると仁科は大声で安藤を呼び始めた。
「安藤くん!安藤君?!安藤!安藤夜聞こえてんのっ?!」
「聞こえてねーよ!キンキンうるせーんだよ!」
三内はドアを怒り任せ蹴って閉じた。
丸山に運びやすい荷物を取られる前に後部座席の扉を開け、足の突き出た段ボールを掴み、丸山にあとの運べと顎で示した。
丸山が車内をのぞき込むと、運びにくい荷物こと仁科の首が睨み付けていた。
「えー……」
丸山は無意識のうちに呟いてそれが仁科の耳にも届いた。
「早くしなさい!落としたりしたらぶっ殺すわよ!」
持ち方を迷った末に丸山は気味悪そうに仁科の顎の下を両手で支えるようにして抱え上げた。
小さい悲鳴を上げている丸山を待たず、三内は土足のまま上がり込んだ。
「おい、起きろ安藤!」
「起きてるよ。」
屋敷のどこからともなく安藤の声が聞こえてきた。
「どこにいる?!」
「二階」
出てこいという意味で言ったのに安藤には通じなかった。
車の中で仁科と散々言い争いをしたせいで喉が枯れそうだ。
三内は苛立たしげに唸ると仁科の罵声を背中に感じながらズンズンと二階に向かった。
「どこだ!」
「奥から二番目」
安藤が奥から二番目の扉から顔を出した。
三内は退けどけと言いながら安藤に道を開けさせ、部屋に侵入し丸山がそれにつづいた。
「どうしたの?」
三内の荷物を見てもひるむことなく安藤は緊張感のないトーンで首を傾げた。
「安藤くん!」
安藤の姿を見つけた仁科が暴れだし、丸山の手から転がり落ちた。
鼻の頭からまっさかさまに落ちブッと声を上げる。
「い、今のは俺のせいじゃないっす!」
散々落としたら殺すと脅されていた丸山は再び震え上がった。
「大丈夫、仁科?」
安藤は仁科の耳をふさぐように持ち上げると絨毯から首が生えているような形に立て直した。
「早く戻して!」
「それ頂戴」
安藤は仁科を一瞥すると三内に向かって手を伸ばした。
言われなくてもくれてやるよとでもいうように三内は安藤の足元にドカッと箱を下ろした。
その衝撃で真っ直ぐの伸びていた足が膝のところでぐにゃりと曲がった。
「丁重に扱いなさいっ!!!」
ヒステリックに叫ぶ仁科に対して安藤は落ち着いた様子で箱の中を改め、やがて首を振った。
「無理だよ。高価なパーツや手に入れにくいパーツだけが綺麗に壊されてる。ほら見て。特にこのパーツなんて真っ二つになってる。切り口も研磨されたみたいに綺麗だし。」
安藤は切り口を指の腹で撫でた。
そして裁断技術の美しさにしばし浸る。
「このばか!」
仁科は青筋を浮かべながら安藤を怒鳴りつけた。
「怖い……」
安藤は助けてと言わんばかりに三内を見上げた。
「だったら早く戻しなさい!」
安藤はいけ好かない奴だが仁科の横柄な態度は気に入らない。
三内は仁科が動き回れないのをいいことに強気な態度をとった。
「うるせーなババァ!無理だって言ってるだろう!」
仁科は耳をつんざくような金切り声をあげた。
「これは日本製、これはアメリカ製。これは……わからない。」
安藤は耳を塞ぎながらパーツを背の順に並べて一つ一つ吟味し始めた。
「あのぅ。ない部品はネットで注文しましょ。気長に待ちましょ。ね?」
丸山が安藤と仁科の間に低い姿勢で入ったが仁科が睨みを聞かせ黙らせた。
「足りないパーツはMac‐Aからとりなさい!どうせいうこと聞かない欠陥なんだから!」
「それは嫌だ」
安藤は口をへの字に曲げた。
「なら別のヤツからとってもいいわ。下に並んでるやつ壊してきて!」
下に並んでいるやつとは仁科が安藤に命令して作らせた多種多様の美形ロボットだ。
「あの子達からは取れない。仁科が欲しい部品は持っていない。」
「どいつもこいつもほんっっとに役に立たないんだからっ!」
安藤はジーと首だけの仁科を見つめた。
「何よ?!」
「すぐ戻る。後で!」
安藤はそれだけ言い残して走り出した。
「ちょっと待ちなさいよ!」
聞く耳持たずという感じでパタパタと階段を降りる音がすると、それっきり何も聞こえなくなった。
そして沈黙が訪れる。
「いちゃいましたね」
「お前が怖がらせるからだろうよ。あーあ……アイツ、ホントにどっか行ったぞ?」
三内丸山は屋敷から黒塗りの高級車が飛び出していくのを窓から見た。
確か仁科が安藤に買い与えた車だった筈だ。
「許さない、許さない、許さない……!アイツ何ひとつ思い通りにならないっ!!!」
安藤が使えないのだったら三内丸山に出来ることはもう何もない。
三内が『じゃーな。あとは何とかしろよ』と立ち去ろうとしたところ、インターホンが呑気な音を立てた。
「こんな時に誰よ!」
丸山がモニターを確認しに行き、そして息を呑んだ。
「圭達だっ!」
「圭『達』っ?!」
ひとりでも厄介なのが集団を引き連れてきてるだと?
三内は丸山をモニターから引っぺがした。
そこにいたのは予想よりも多い人物たち。
一人は山下圭。
いつも通りの仏頂面で苛立たしそうに腕を組んでいた。
その隣には山下葵。
兄のマネをして仁王立ちでこちらを睨み付けている。
二人より一歩下がった場所に安藤夜そっくりな高校生。
山下兄妹とは違いこちらを睨んではいないものの、意志の固そうな藍の目で応答を待っている。
それで状況から脱せる筈もないのに、慌てた丸山がモニターの接続を切った。
「どうしましょう兄貴っ!圭なら入口破壊しかねませんよ?!」
「騒ぐんじゃねぇ。隠れればとりあえずは……!」
「早く連れてきなさいよ」
うろたえる二人を遮るように仁科の声は良く届いた。
「連れてきてどうすんだよ?」
「口答えするんじゃないわ」
三内は仕方がなく再びインターホンのスイッチを入れた。
「勝手に入って来い。」
そして玄関の電子ロックを解除し電源を落とした。
「丸山そこのテーブルの上に座らせなさい!」
「座らせてって言ったって……」
丸山はためらいがちに仁科の顔を掴んでテーブルの上に載せた。
「おい、仁科俺たちは逃げさせてもらうぞ。」
「あんたらなんてクビよ、クビ!二度と戻ってくんじゃないわよ。XXX!」
仁科はせっかく乗ったテーブルから転げ落ちんばかりに騒ぎ、聞くに堪えないような暴言を吐いた。
「ハッ!そんなんだからさらし首になんだよ!」
「うるさいっ!今に見てなさい。元に戻ったらお前らなんて海に沈めてやるっ!」
「元に戻る?安藤だってお前を助ける気なんてさらさらねーよ。愛想つかして逃げたんだろーよ!」
威勢のいい応酬とは裏腹に、三内は自ら招き入れた客達と鉢合わせないよう急ぎ足で部屋を出た。
「待ってくださいよ兄貴!」
丸山はしめた!と言わんばかりに三内にぴったりついて部屋を脱出した。
「「「お帰りなさいませ」」」
樹達が玄関から入ると多種多様の美形ロボットが腰を曲げて挨拶した。
それを初めて見る樹は小さく悲鳴を上げ、不気味さに肩を震わせた。
勝手に入って来いというだけあって、主は樹達を出迎えようとするようなことはなかった。
三人は無言建物に入る。
樹が葵から聞いた話によると、ここは山下兄妹の家のあった場所で、厳密にいうと実家ではないらしい。
ロボットたちは樹達が玄関にいる間、顔を上げることはなく、そこから少し遠ざかったところで顔を上げて、口角を吊り上げた表情のままで動かなくなった。
そのロボットたちは長らく放っておかれているのかビロードのスーツには白っぽい埃のようなものがくっついていた。
それを払おうと手を伸ばした時、葵が樹の腕を引いた。
「樹、真華を探そ」
「ここじゃ葵の鼻も利かないな」
「香水くさいしね」
そういえばこの家に入った時から甘たるい匂いが立ち込めている。
樹が保健室で嗅いだあの香水の匂いだ。
山下はズンズンと右の廊下に進んでいって、葵は玄関の左の廊下を進んだ。
樹は葵の後に続いた。
「マカぁいる??」
葵は大声で叫んだりしながら奥に進んでいる。
二人の進んだ廊下の途中に階段があり、葵は素通りしたのでまだ見ていないようだった。
樹は階段を進むことにした。
ここは大きな館という点では祖父の家とは変わらないのだが、無計画に増築改築を繰り返したようで、住みやすさとは無縁の作りになっていた。
階段は変な場所に踊場があったかと思えば、らせん状になっているところもあった。
勝手に入ってこいといった割には全く人の気配がしない。
階段を上がりきったところで床の雰囲気がガラリと違う場所にでた。
この場所だけ人の家という印象が強く、土足で入ることをためらわせた。
扉にも無駄な装飾がなく実用性を重視しているようだった。
「……誰かいますか?」
「いるわよ」
どこからともなく返事が聞こえてきた。
真華の声でないことは明らかだ。
手前の扉を開けてみた。
誰もいない。
あるのは空のRPCと、勉強机上の見覚えある制服。
女子用のその制服は新品のようで、見た目からもノリが利いていて硬そうだった。
RPCの蓋は人が出てそのままのようで空きっぱなしになっていた。
部屋の主はここから出ていきましたというように、窓が全開になっていて、暖色系のカーテンが風でゆらゆら揺れていた。
「馬鹿ね。そっちじゃないわ。」
樹はその部屋を出て、その向かいの扉を開けた。
扉が少し歪んでいるようで開けにくかった。
「……!」
樹は悲鳴を上げそうになった。
それは異様な部屋だった。
床には木片や壁のかけらなどが散乱していてとても踏み入れられる状態ではなかった。
家具は何も置いていなかったが何かが暴れまわった後のようだった。
この部屋で何があったというのだろう。
この部屋には寒色系のカーテンがあったが、床に落ちていて窓は雨戸でふさがれていた。
そして葵の言っていたことを思い出した。
この家は元山下家だ。
葵はついこの間までRPAの中に住んでいたという。
それには当然RPCがいるわけで。
さっきの部屋が葵の部屋だったとすると、この部屋は……
樹の思考を遮るようにさっきの声がまた聞こえた。
「じれったいわね。奥から二番目よ」
樹は言われた通りの扉の前に来ると意を決し扉を開けた。
今度こそ樹は悲鳴を上げた。
「キャハハハ!!!」
悪魔のような甲高い笑い声が腰を抜かした樹の頭上から降り注いだ。
樹の悲鳴を聞いてすぐに葵と山下が駆け付けた。
山下ですら机の上に置かれたものを見てウッと顔を顰めた。
そこには片目を失った生首が人を小馬鹿にするような高笑いを上げていたのだ。
「待ちくたびれたじゃない!」
大声で笑うのをやめると今度はうふふと含み笑いをした。
「ずいぶんバラされたな」
山下が皮肉るように言ったが仁科はそれを鼻で笑った。
「もういいわ、全部新しくすることにしたから!」
仁科は台の上から樹を見下ろした。
「久しぶりね。イツキ君。」
樹はやっと立ち上がるところで名前を呼ばれてビクリと肩を震わせた。
「あ、あの井上は!今どこに……?」
樹の第一声が別の女だったので仁科は面白くなさそうに舌打ちした。
「どこ行ったかしらねあのガラクタ。」
「彼女が必要なんです。」
「だから?アレに会いたかったら自力で探しなさい。私の『アイガン』になるなら返してあげましょうか?玄関に一緒に並べてあげる。」
山下が樹の前に進み出た。
「いい加減にしろ仁科。往生際が悪いぞ。」
「私を差し置いてめでたし、めでたしなんて許されないのよ!!!」
仁科は唾を飛ばしながらなりふり構わず叫んだ。
「もういい。あくまで邪魔するつもりなんだな。」
山下は戦国武将が敵将の首を打ち取ったかのように仁科の髪を掴んだ。
持ちあげると仁科は上下に振って暴れた。
「放せ!早くしないと行っちゃうわよ?」
山下の眉がピクリと動いたのを見て、仁科はまくし立てるように言った。
「馬鹿ねぇ!すれ違わなかった?あの間抜けな二人組!Mac‐Aは普通のゴミじゃ出せないから……!」
そう言えば『入って来い』と言ったのは男だったのに、今はその姿が見えない。
全て言い終わる前に山下は首を床に放り、部屋を出て行った。
「ギャハハ!ブゥワッカみたい!」
山下が部屋を出ていくと仁科はけたたましく笑い始めた。
「あんなもんごときに必死になっちゃって!」
「うるさい仁科!」
葵は床に転がった首を怒鳴りつけた。
しかし、山下のように首に触れることはなかった。
葵は珍しく怯えているようだった。
仁科はそれを知ってかつらつらと神経を逆なでる。
「ほんとうにバカ!頭も筋肉でできてんのかしら?!頭の緩そうな女とつるんでるからああなるかしら?」
「うるさい、うるさい、うるさい!」
「あーやだやだ獣みたいに。ゲームしてる間に殺せばよかったわ。」
葵は樹の制服を握りしめて震えていた。
仁科はまだ幼かった葵を十二年間もRPAの中に追いやっていた人物なのだ。
葵は自分の身を仁科から守るために自らRPCの殻に籠った。
小さい頃から刷り込まれた恐怖はなかなか消えない。
首だけになった今でも、葵は仁科に手を出せない。
樹は大丈夫と葵を宥めるように葵の手を握った。
「教えてくれないのならっ!自分たちで探しますっ!」
かっこ悪くセリフが上ずってしまってそれを聞いた仁科が再び高笑いした。
「ほんと傑作ね!探してみなさいよ!土の中でも、ゴミ箱のなかでも!裏に焼却炉もあるわよ?!」
樹は葵の手を引いて部屋を出た。
「降参なら言ってねぇ!揃ってハダカで土下座するっていうのなら許してあげなくもないわよ?!」
部屋を出る二人の背中に仁科は声を張り上げた。
葵の様子を伺うと目を合わせたくないようでそっぽ向いていた。
どこを探せばいいのだろう。
樹がふと見上げると開けっ放しになっていた葵の部屋の窓から人口でない光が漏れていた。
もう夜明けだ。
残された時間はあとわずかだった。




