47.君が仮にロボットでも
「着いたよ」
樹は葵に担がれたまま、近くの林に突っ込んで身を隠した。
林に身を隠すと同時に樹は解放される。
「ありがとう。ここがそうなんだね。」
今いる場所は笑月本社で、葵に聞いたところ、彼女を連れて行った三内丸山の所属する会社らしい。
優太と愛希は真華が誘拐された場所に戻り、優太の知人から目撃情報を得るために別行動をしている。
ここは二人と別れてから六件目になる場所だ。
三内丸山の情報を葵から聞き出しこの場所を指定するまで大分時間を要したが有益な情報を得ることが出来た。
まず、三内丸山は笑月の社長の直属の部下であり、社長の仁科美由は山下兄妹の義母であること。
仁科美由とは樹が保健医だと思っていたあの女性であること。
仁科美由の目的はロボットを利用し『永遠の命』を作り出すことであり、樹の父もそれに参加していること。
そして井上真華はその過程で作られたロボットだったこと。
その事実を葵に散々質問をして聞き出して、長い間の疑問がやっと腑に落ちた。
なんで黙っていたのか聞いたら葵は、聞かれてないことは答えられないんだもん!と答えた。
葵はちらりと樹の様子をうかがった。
「樹、リリがロボットでも好き?」
「うん。前々からちょっと思ってたし。」
初めて見たとき、瞳がガラスみたいで反射した光がキラキラしていた。
歪みなく半身を鏡で映して作ったような均整の取れた佇まい。
肩が触れたときゆっくりと体温が伝わっていくのを感じていた。
まさか本人に口にできなかったし、人とは違うところに一層惹かれていた。
人よりロボットを愛したという父に似た性癖は理解されるはずもなく、誰にも言うことはなかった。
今思えば彼女が初めて倒れた時の音、EVE11号と姿が重なったのも納得がいった。
「もっと前から知ってたらなぁ」
「樹が早くリリに言ってあげたらよかったんだよ!」
葵にごもっともな指摘を受けて樹はムッとした。
「それはそうだけど…」
樹は林の中から建物の様子をうかがった。
建物はごく一般的な六階建てビル。
夜遅い時間だがまばらに電気がついていて、まだ人がいるようだった。
「葵。社長室ってどこら辺だか分かる?」
葵は首を振った。
「アオ、中に入ったことないの。」
「じゃあ入らないと分からないね。」
ここにいるという確証はない。
だからこの次も探すということを考えて行動しなければいけなかった。
ここで補導でもされたら救出どころか明日の舞台も怪しい。
学校を出てから今まで、三内丸山が行きそうなところを葵から聞き出し、片っ端から探した。
その場所はゲームセンターや工事現場だったりして樹達の存在を気にする者はいなかった。
今までは見て回ることは容易だったがどれも不発だった。
見て回ることが困難なこの場所だから今度こそはという期待がある。
「GDとかあるよ!どうする?!」
葵の言う通り敷地内には警備ロボが配置されていて、それぞれが不規則に動き回っていていた。
警備用のロボットがある場所を探すのもこれが初めてだった。
不規則に動いているため動きを予測して監視の目を潜ることは不可能だ。
それに最新型の警備ロボは同種との連携により死角なく監視していると聞く。
「壊す?」
葵は路上の石を拾いあげた。
待ってと樹は手で制した。
「止まってる!」
樹が信じられないというように声を上げた。
「動いてるじゃん」
「ダミーだよアレ!下の歩行器だけ動いてて上は停止してる。」
「なんでそんなこと分かるの?」
「あれ、レンズの右隣、撮影時は赤く光るんだ。」
葵は並外れた視力で視界に入るすべての警備ロボを確認した。
「全部光ってない!罠かな?」
油断させて招き入れようとしているのかもしれないと葵は言った。
「罠だとしたらここが本物かそれに近いところかも。」
誰かが来ることを見越して監視の目をつけていないとするならば、もしかすると彼女にだいぶ近づいたかもしれない。
葵はパッと目を輝かせる。
「あったまイイ!返り討ちにするからヘッチャラだね!」
葵は負けることを考えていない。
「じゃあこのまま行こう!」
樹が不法侵入宣言したと同時に誰かに肩を叩かれた。
「ヒィッ!」
葵も驚きの表情を見せている。
樹は恐る恐る背後の人物を確認した。
「やっと見つけたぞ。」
樹は驚くのと同時に肩を撫で下ろした。
「圭兄?!」
葵も驚きの声を上げた。
山下の顔が恐ろしく不機嫌であることに気づき、樹は再び身構えた。
「さっさと帰るぞ。」
「い、嫌だっ!…嫌です。」
山下が眉を顰めるので樹は悲鳴を上げそうになった。
「なんでだ?」
「だってまだ……!」
「『だってまだ?』」
山下は威圧的に聞き返してくる。
「圭兄!なんでそんなに怒ってるの?!」
「怒りたくもなる。連絡なしにいなくなって、どれだけ探したと思ってるんだ?」
山下の言うことは最もで、弁論の余地がない。
言葉より先に手が出る葵はうぅと低く唸って山下に飛び掛かった。
すると山下はあっという間に葵を掴みあげて抱えた。
葵は腕でドスドスと山下の背中を叩いて逃れようとしたが、無駄だとあきらめて抵抗をやめた。
「どうする?腕はもう一本あるぞ?」
山下は葵を抑えていない方の手をひらひらと振り、抵抗すれば葵と同じように運びだすぞと脅した。
「姫乃が心配してる」
この言葉は先ほどの脅しよりも心苦しい。
「それは……ごめんなさい。」
山下は苛立たしげに溜息をついた。
「ならさっさと……」
「でも!」
樹が言葉を遮ったので山下は言葉を飲み込んだ。
山下に口答えしたのは初めてのことだった。
「ここで帰ったら明日っ!一緒に舞台に出られない!」
山下は未だに不機嫌そうに舞台?と聞き返した。
「リリだよ、圭兄!人間になったリリが三内丸山に捕まっちゃったんだよ!」
抱えられたままの葵が叫ぶように言って、再び山下の腹を蹴ってじたばた暴れた。
「事情は分かった。リリが絡んでいるなら奪還に協力する。」
「ホントに?!」
「ただし、お前は帰れ。」
山下は樹を指さした。
「な、なんで?!」
「俺と葵二人で十分だ。お前は先に帰っておけ。」
「絶対に嫌だ!」
「お前が来てもどうにもならんと思うぞ?」
「そうかもしれないけど……!」
「お前はリリにいいとこ見せたいだけだろ。」
「山ちゃんだって!姉貴にいいとこ見せたいだけでしょ?!」
山下の眉間の皺が濃くなった。
「何だと?」
樹は反射的に謝りそうなのを必死でこらえて言い返した。
「必死に連れ戻そうとしてるのってそういうことでしょ?!」
山下は今初めて気づきましたというような顔をした。
「確かにそうかもな。分かった。ついてこい。連絡ぐらい入れてやれ。」
その時はじめて連絡を入れ忘れていることに気が付いた。
「あ!このバカッ!やっと出た!!!」
「オ、オリさん?!」
姉の携帯にかけた筈だが出たのはオリだった。
「そうだよ!何ッッッ回かけたと思ってるの?!」
「すいません……あの、アネキは?」
「泣きつかれて寝てるよ。」
泣きはらした姉とその横に立つオリの冷ややかな表情が脳裏に浮かんできて項垂れた。
「ごめんなさい」
「私に言われてもねぇ。いつ帰るの?」
「わかりません。」
「でも、どうしても帰ってはこないわけね。」
「はい。」
「じゃあ、姫乃には起きたときにうまいこと言っとく。」
「ありがとうございます」
オリがブチリと回線を切った。
「桜どうだった?」
「オリさんがうまく言っといてくれるって。アネキは寝たみたい。」
それを聞いた山下は大きなため息をついた。
「行くぞ」
一行は大胆にも正面から侵入を果たした。
人が踏み入れたことによって廊下に明かりがついた。
省エネを意識してか人通りのないときには明かりが切れているようだ。
入った瞬間に咎められるかと思えば誰も入ったことに気が付いていないようだった。
「なんか簡単に入れたよ?」
「ここら辺は一般でも入れるんだろう。」
山下が言った通りのようで、時たまある扉の横にはスキャナーが用意されていて社員証か何かで入れるようになっていた。
コツコツ……
向かい側から足音が聞こえてきて樹は表情をこわばらせた。
「堂々としてろ。」
呆れたように山下が言った。
向かい側から仕事終わりのOLらしき人が歩いてちらりと一行をみた。
「お疲れ様です。」
「おつかれ様です」
まだ新人の部類に入るであろうその女性はにこやかに笑ってすれ違っていった。
制服を着ているので怪しまれるかと思ったが、幸いにも樹の顔は身分を主張する制服よりも目を引きやすかったし、葵は山下の陰に身を顰めることが出来た。
樹は無意識に止めていた息を吐き出した。
「山ちゃん社長室に行こうと思うんだけど……」
「あぁ、そうだな。ヤツが遅くまで仕事をしているとは思えないが、リリがいるなら話は別だな。」
山下は何度かここにきたことがあるらしく迷いなく最上階にある社長室まで突き進んでいった。
山下の義母が経営者なのだから別に不思議なことではなかった。
「樹、本当に警備ロボは止まってたんだよな?」
「うん?」
山下は扉の隙間に指を差し込んだ。
「え?!ちょっと山ちゃん?!」
その指に力を籠めると、やがて壁の中からバキンという音がして扉が開いた。
「開いた。」
山下はスタスタと足を踏み入れて、葵、樹がそのあとに続いた。
ロックキーが破壊されたのにも関わらず、警備ロボが押し寄せることはなかった。
最初に足を踏み入れたときに廊下同様、自動で照明が付いた。
「「「「誰だ?」」」」
腹の底から響くような野太い声だった。
照明が付いた瞬間に部屋のどこかから声が聞こえ、樹は震えあがり、葵はビクリとしたのち身構えた。
「今どこから聞こえた?」
山下は声のした方を見るがそこには誰もおらずデスクトップが置いてあるだけだ。
葵は素早く走っていき、デスクトップのある机の下をのぞき込みにいった。
「誰もいないよ?」
樹はその後についていき、デスクトップのそばまでいった。
ディスプレイは消えているが電源が入ったままだった。
身近にあったスペースキーを押すとディスプレイが付いた。
すると液晶画面の向こう側に住む小さな住民と目が合う。
何やらトランシーバーのような機械を口に当てている。
小さな住民は見つかった!とでもいうようにハッとした表情になった。
「ユーセンくん?!」
「なんだお前らか」
ユーセンは口に当てていた機械を画面の端に放り捨てた。
どうやらその機械は変声器のようでさっきの野太い声はこいつが発したようだった。
「今、葵に応えた?!知能があるの?!」
樹が信じられないというように目を丸くするとユーセンはフンと鼻を鳴らした。
「しつれいなヤツ!おいら、円しゅうりつ百けたい以上いえるテンサイバスターだぞ!」
「どうなってるの……?」
樹が不思議そうに覗きこんでいるとユーセンも同じように樹を画面越しに見上げていた。
「あれアンドウ?なんかお前わかくなってないか?」
間違えられたのはこれで二回目だ。
「こんばんは。『アンドウ』は俺の父さんだよ。」
ユーセンはなるほどと手を叩いた。
樹はその自由度の高い動きに感心する。
一つ一つプログラムされている動き何だろうか?
「ホントにユーセンだ……君は松田カンパニーのウィルスソフトだよね?」
ユーセンは得意げに頷いた。
その得意げな表情はどことなく松田カンパニーの御曹司に似ている。
「ユーセン君と知り合いなの?」
葵が樹に聞くと樹は違うと首を振った。
「そういうわけじゃないけど、有名なんだよ。CD型のウィルスソフトで作業中にディスプレイに出てくるアイコンが可愛いから、消さずにずっと作動させてる人もいるぐらいで……」
「ほほう!よく知ってるじゃねーかジュニア!聞いたか圭?」
山下は適当な感じに頷いた。
「ジュニア?って俺の事?」
樹が聞くとユーセンはまたも得意げにして踏ん反りかえった。
「そっ!アンドウジュニアはながいからジュニアだぜ!」
ウィルスバスターがしゃべる上にあだ名まで付けてくるなんて思わなかった。
そういえば本名を名乗っていなかった。
「本名は王野樹っていうんだ。」
そう告げるとユーセンはニヤニヤし始めた。
「あ!お前か『イツキ』っていうのは!チューする時いき止めて、下クチビルかんでるヤツだな?」
「ちょっと待って?!なんで知って……っ?!」
驚いたり照れたり顔を忙しくさせているとユーセンは小さい手をちょいちょいと振って制した。
「まぁまぁおちつけよ!オイラは一匹であって一匹じゃねーんだぜ!ユーセン間のネットワークを甘く見てもらっちゃこまるぜ?」
ユーセンは手をひょいひょい振りながらチッチッチと音を立てた。
「もしかして……インストールして出てくるアイコンを通じて全部見てるの?」
「察しがイイなジュニア!」
「牧のお部屋にもいるよね!」
葵がいうとユーセンはそうそうと頷いた。
「ジュニアのチューの件はそのユーセンからの情報だぜ。」
「筒抜けだ……」
樹は恥ずかしさのあまり顔を手で覆い隠して項垂れた。
「しゃーないぜ。真華が話しかけてきたんだもん。」
「もしかして、俺の家のユーセンにも話しかけたら答えたりする?」
アイコンに話しかけるなんてしたことなかったけどまさか……
ユーセンは肯定するようにニヤリと笑った。
「ぷらいばしーうんぬんがあるから、しゃべれたり、みれたりすることはナイショなんだぜ!」
ということは可愛いアイコンのフリしてるが、色いろ見たり聞いたりしてることになる。
「そういえばおまえんち可愛いおねぇちゃんいるよな!」
羨ましいぜ!と呟くその顔と美人好きは、やはりどこかの御曹司に似ている。
帰ったらアンインストールしておこうと樹は思った。
「ところでお前ら何しに来たんだ?」
ユーセンは可愛らしく首を傾げた。
「そうだ!ユーセン君、井上の事知ってるんだよね?!どこにいるか知らない?」
樹が尋ねるとユーセンは黄色い触角をピクリと動かした。
「さがしてるってことは三内丸山が連れてったところまでは知ってるんだな?」
ユーセンは勿論現場にいたのでそのことは知っている。
「そう、その後のこと!」
やっと情報が得られそうだ。
樹はすがるようにユーセンを見た。
その様子にユーセンはもったいぶるように顎に触れた。
「ははーん!じゃあ地下室にいってみろよ!」
「地下室?」
樹が聞き返すとユーセンは面倒そうに顔をゆがめた。
「そんなことも知ねぇのか?帰った帰った!」
「そこを何とか!」
「オイラ金平糖以外じゃ動かないバスターなんだよね!」
ユーセンはふてぶてしく鼻をほじり始めた。
「こんぺいとう?!」
そういえば自宅のユーセンがコンペイトウを齧っていたのを見たことがある。
画面越しにどうやってそんなものを渡せるというのだろう。
「こっちのユーセンくんはアオ達を助けてくれないんだね」
「こっちの?あっ!SPのことか!ヤツと比べんな!」
SPと聞いた途端つぶらなユーセンの目に闘志が宿る。
「シュガープラスとは仲が悪いんだな……」
呆れたように山下が言うと、ユーセンはペッと唾を飛ばした。
「当ったり前だぜ!オイラとSPは全くの別物!一緒にすんじゃねーよ!シャーねーな。ヒントだぞ!」
そういってユーセンは気怠そうに画面の端に消えてすぐに戻って来た。
X,3,5,4,HEI,1,B2,6,KAI,B1,2,X
ユーセンは画面の端から引っ張り出した黒板に文字を書いてちょんちょんと突っついた。
「Xは場所によって変わるぜ」
「アオ、数学苦手。やっぱりシュガープラスがイイ……」
「何だと?!せっかく教えてやったのに!」
ユーセンは黒板消しで文字を消そうとしたので樹は慌ててそれを止めた。
「待って、ユーセン君!ありがとう、わかったよ!」
樹はユーセンを呼び止めながら手の甲にペンで文字を写した。
「なんで?!」
葵は仰天して声を上げた。
「ホレ見ろ!ジュニアは分かったぜ!ベーだ、アホゥ!!!」
ユーセンはぴょんと飛び上がるとポンと音を立てて姿を消した。
「樹、本当に分かったの?」
「うん。きっと間違いない。」
樹が飛び出していって葵と山下は後についていった。
樹はエレベーターに乗り込むと手の甲を見つめた。
「ここは六階だからXは6。」
樹は手の甲に書かれたボタンを順に押していく、HEIは『閉』、KAIは『開』で最後に再び6を押した。
すると扉が閉まってエレベーターは降下し始めた。
最下階である地下2階を通過し尚も降下していく。
「すごい!」
「凝ったことを……」
樹は祈るような気持ちでソワソワと手を合わせた。
「なにかいるかもしれんから気を付けろよ。」
山下の言葉に頷くとやがてエレベーターが止まった。
扉がゆっくりと開いて異様な空間が現れる。
樹達の居る処からだんだんと黄緑色の光が幾何学的に広がっていき、部屋を照らし始める。
「うわぁ!」
葵は絶景に溜息をもらして、山下は光を目で追うようにしてあたりを見回した。
樹は光の先を目で追っている間に毛布のようなものが無造作に置かれているのを見つけた。
その少し先に大きな箱のようなものがある。
劇で真華が眠る棺もあれくらいの大きさだった筈だ。
「待って樹!」
葵が樹のあとをついていき、先にたどり着いた樹の横に立つ。
「いない……」
棺の中は空だった。
その中には居心地の悪そうなコードやチューブが無造作に投げ入れてあり、棺から飛び出したチューブからは光と同じ色の液体が一滴一滴垂れて小さな水たまりを作っていた。
それを見た樹が肩を落とすと、葵がシャツの裾を引いた。
「また探そう。」
「早くした方がいいぞ。さっきまでここにいて、その時にこの状態になったんなら、そう遠くじゃないかもしれん。」
山下は垂れた水滴を見ながら言った。
確かに水たまりは直径十二ンチほどだ。
ずっとこのペースでドリップして今のならまだ二時間も経っていない筈だ。
「ほんと?!」
葵が歓喜し、山下は早くも次の場所を目指そうとした。
「さっさと行くぞ……エレベーターがない。」
「本当だ。誰か上で使ってるのかな……?」
「誰か来るぞ。」
「どうしよう圭兄!見つかっちゃうよ!」
「エレベーターに乗れる人数なんて限られてるだろ。」
山下は返り討ちにするらしく堂々と立ち、樹は反対に壁際にくっついていた。
「案外ここは盲点かもしれないし……」
「樹はそこにいて!アオが守ってあげるからね!」
「ありがとう……」
葵も樹のように隣に壁に張り付いた。
ただし樹のように逃げに徹するためではなく、不意打ちを狙うためである。
やがてこの部屋にエレベーターの白っぽい光が差し込んだ。
「何だお前らか……」
山下がフッと笑ったのを見て葵と樹は壁から離れた。
樹が見たのは頬に大きな傷のある男と優太と愛希だった。
優太と愛希は葵がそうしたように部屋を見回している。
「あれ?なんでキバと愛希がマキと一緒にいるの?」
葵が首を傾げる。
頬傷の男は葵達の知り合いらしかった。
「思ったより早かったな。」
「近くにいたからね。」
男は頬の傷に似合わぬ美声で答えると樹に気が付いた。
「こんばんは牧原です。君が樹君か。よろしく。」
声や物腰こそやわらかだが顔に大きな傷がある男だ。
樹は戸惑いながら挨拶をすると山下が横から補足した。
「お前と葵がいなくなった時に連絡入れたんだ。リリとも知り合いだ。」
「君のこと彼女からよく聞いてるよ。まさか安藤姫乃の弟と同一人物だとは思わなかったけどね。」
「で、君と葵が見つかったって聞いたからリリの捜索に切り替えたんだ。そこで木林森達とも合流した。」
山下はいつの間に外部と連絡を取り合っていていたらしい。
樹と目が合うと山下は見透かしたように鼻で笑った。
「ほう・れん・そうは基本だからな?」
「すみませんでした……」
葵が首を傾げているのを見て、愛希が報告、連絡、相談よと耳打ちした。
「そこの後ろにいるのは?」
山下が愛希と優太を見て言うと優太はビクリと身を震わせた。
「葵さんの同級生の宮野愛希です。」
愛希はいつも通り淀みがない。
「木林森優太ですっ!」
山下は優太の痣を見て顔をしかめた。
「大丈夫か?その傷?」
「だ、大丈夫っすよ!ピンピンしてます!」
「誘拐現場に居合わせちゃったみたいなんだよね……」
牧原が言うと山下は露骨に顔を顰めた。
「アイツら、ついに高校生にまで手を上げるようになったか……」
優太が山下に怯えているようだったので樹は気遣って声をかけた。
「この前俺のお爺ちゃんの家で見たから知ってると思うけど、葵のお兄ちゃんだよ。あと、うちのアネキのマネージャーなんだ。」
そう告げると優太はあっ!と声を上げた。
「ヒィッ!」
優太は飛び上がる樹の肩を抑えた。
「ヒィッ!じゃねーよ!なんで安藤姫乃のこと黙ってたんだよ?!ホウ・レン・ソウだろ!!!」
優太は樹の肩を掴んでガンガンと揺らした。
「えっ?!この前会ったでしょ?ごめんって!」
「キョウダイだって聞いてないって!だからもう俺……っ!」
「なんか、ゴメン……」
優太の落胆ぶりを見ると自然に謝罪の言葉が出た。
「あれ?バラバラがない?」
部屋を見回した牧原がつぶやくように言った。
「バラバラ?」
山下が聞き返した。
今度は優太だけでなく樹まで怯えさせた。
バラバラと聞いて連想するものはたいてい嫌なものだ。
「ここで仁科に報復したんだ。バラバラにしてね。意外と早く見つかっちゃったみたいだね。」
牧原は床に落ちていた布を拾い上げた。
よく見るとそれは布というよりも絨毯になるような厚手の毛皮の生地だった。
「これ、三時間ぐらい前まで棺の上にかかってたんだ。たぶんその時まだこの中にいたんだね。もっと早く知ってればなぁ……」
やはりちょっと前まで真華はここにいたらしい。
「牧原、ここで報復したんだな?なら仁科はバラバラのままか。もしかしたら……」
山下の口から新たな目的地が告げられた。
気が付けば日付が変わって一時間以上経っていた。
あと残り約6時間だ。




