43.遺跡コンビ快挙
時間は遡り、学校の駐輪場。
丁度保健室で樹が仁科美由と攻防戦を繰り広げていた頃。
優太は逃げるように講堂を出た真華を追っていた。
あっちは早足、こっちは小走りなのになんでこうも追いつけないんだろう。
「おい待てって!」
優太は学校の裏でどうにか真華を捕まえた。
下校時刻を過ぎた駐輪所は数台の自転車を残してガランとしている。
その数台の自転車も長い間持ち主がいないようで錆びついていた。
「触んないで!」
優太の手を振り払った真華の腕に赤を見た。
「怪我してんじゃん!」
「私のじゃない!」
優太はうろたえて叫んで、真華も怒ったように叫び返した。
そう言えば真華の血は赤くない。
「あ、樹の……?」
真華は項垂れるように頷いた。
「どうしよう……樹が切れちゃった。しかも私で……」
真華の傷は人間のそれとは違い、堅く鋭利だ。
剥き出しになった薄い金属は刃物と似た性質をもった。
「事故だろそんなもん!」
「でも、私がロボットじゃなかったら樹は怪我してなかった!」
確かに人間の腕と腕同士が接触したところで切り傷はできない。
優太は真華の聞き分けの悪さに苛立って、一度地団太を踏んだ。
「だーかーらー!!!事故だって!人間同士でも傷つける時は傷つけるんだよ!わざとじゃなくても、爪とか歯!当たりゃ切れるの!だから事故!」
「でも……」
真華が言い淀んでいる間に優太は深呼吸して息を吐き出した。
「それより、助けてくれてありがとうってちゃんと言ったか?」
「……覚えてない」
動転して飛び出してきてしまったのでお礼も言っていなかった。
「ガキかお前は」
真華は言い返せず靴の先に視線を落としていた。
「キバ乗せてって。」
優太の原付は学校の外に止めてあった。
しばらくは原付を使ってスタジオに行く予定もなかったが特別に出す事にした。
制服も着たままだが、巡回用ロボを避ければ何とかなるだろう。
真華をこのまま放っておくわけにはいかなかった。
「はいはい。行くぞ。」
優太が歩き出すと真華はトボトボとそのあとをついて来た。
だから優太は後ろを気にしながら歩いた。
「明後日だぞ、本番。大丈夫かよ?」
「分かんない」
「分かんないってお前……」
優太は真華が乗ったのを確認するとアクセルを踏み込んだ。
他の頑張ってる奴らはどうするんだよ?!
お前だけの文化祭じゃないんだぞ!
一位とってご褒美欲しいよ!
言いたいことはたくさんあったが、これを聞き流されたら救いようがないので、喉まで出かかっていた言葉を仕方がなく飲み込んだ。
頭ごなしに怒鳴っても、今の彼女にはどんな言葉も響かないだろう。
バックミラーから見える真華は魂が抜けたようだった。
優太は真華にも聞こえるような大きなため息をついた。
受け流された。
「ありがとう。」
原付が停車すると真華はユラリと座席から降りた。
そのままとんぼ返りしようと思っていたが、優太は真華の腕に四角の欠損がある事に気が付いた。
「あぁ!!!」
優太は原付が横倒しになるのも構わず座席から飛び降りると、真華の腕を掴み月明かりに照らした。
普段ではありえない金属光沢を帯びていて、真華の人間らしい部分が剥がれている。
「取れてんじゃん!どうするんだよコレ?!」
熱くなる優太とは対照的に真華は冷めた態度だった。
「でも、もういい……」
「よくねえだろ?!」
優太は真華を怒鳴りつけた。
「だって、……こんな風になってても、樹は気付かないかもよ。」
「気付くだろ!そして、気にかけるわそりゃ!」
怒りを通してもはや呆れてきた。
優太は真華を掴んでいた手を離した。
真華の腕が力なく垂れる。
「そんな弱気だから取られるんだよ……」
何も意識せずポロっと口から出てしまって、優太は焦ると同時に後悔する。
口を押えてももう遅い。
「取られる?誰に?」
無気力だった真華の目に、鋭い光がともった。
「っ!えっと……!」
後輩の女の子とか葵とかスラスラとっさに出てきたら良かったが、一人明確な人物を思い浮かべてしまっている為、他の考えは浮かばなかった。
「誰の話?」
真華は目を泳がせる優太に詰め寄った。
「他の女子……?」
フワフワした実体のない答えで回避する。
「キバ!はぐらかさないで。」
「安藤姫乃だよ!」
真華が目を見開く。
ほら、だから言いたくなかったんだ。
「完全にとられた訳じゃないって!樹まだなんもしてないって言ってた!」
取ってつけたように言って真華を励ます。
その励ましが却って真華に現実的危機感を与えた。
「樹が、安藤姫乃のこと好きなの?」
優太は射るような鋭い目つきから逃れられなくなった。
「そうだよ」
優太ははぐらかすのを止め、ありのままを告げた。
「でも芸能人でしょ?ただ単に、タイプだとか、可愛いっていうだけでしょ?」
この際ハッキリ言ってしまおう。
「偶然知ったんだけど。樹のおじいさんがさ、安藤姫乃んちの大家なんだよ。だから会う機会もあるし、ただのファンってだけじゃないんだよ。」
優太の目から見ても樹がただのファンではない事は明らかだった。
まるでキョウダイのような家族のような距離感。
とにかく親しい間柄という事が見て取れた。
真華の表情がみるみる曇っていく。
「なんで言ってくれなかったの!」
「言ったところでどうなんだよ!言ったところでお前なんかしたのかよ!焦るだけでなんもしねぇだろ!」
「そんなことない!」
「じゃあお前一度でも自分からアプローチかけたことあんのかよ!いっっつも!樹から言ってほしいの……!とかぬかしてんじゃねえ!!!」
「……」
優太は深呼吸する事で感情をリセットした。
「……とりあえず。それ、直しに行くぞ。」
優太は真華の手を引いた。
数ある入り口の中から通り慣れたいつもの入り口を選んで、乱雑に置かれたものに真華を引っかけないように歩いた。
「道具は牧さんの借りよ。あったハズだから。俺、家庭科と体育だけは5だから。」
声に出すことで多少の気休めにはなるだろう。
授業では簡単なものしかやったことがないが仕方がない。
しないよりはましだ。
スタジオへつながる螺旋階段の前で真華が立ち止まり、優太も立ち止まった。
「なんで好きなったのがあんたじゃなくて、樹なんだろうね」
「俺は愛希一筋だから。」
「冗談でもいいから『そうだな』って受け流してよ。」
真華が少しだけ笑ったので優太はまた前を向いて螺旋階段を上り始めた。
スタジオの一角は色々な道具が無造作に置かれていた。
その種類と量は家庭にある一般的な工具入れの二十倍から三十倍ある。
散乱しているようで小スペースに留まっているそれは、音楽スタジオとは不釣り合いなものだが、違和感なく部屋に溶け込んでいた。
このような専門工具は高価なものだがこんな雑な扱われ方をしているのを見たら、その価値は分らないだろう。
優太もその価値を知らず、壊さない程度に無造作に目当てのものを掘り出した。
「あったあった!この半田鏝的な奴で付けるんだよな!」
「ホントに大丈夫?」
優太は敢えて無視して手のひらを差し出した。
「パーツ拾ってきたか?」
真華は渋々スカートのポケットにしまったパーツを取りだし、優太に手渡した。
優太はいつも牧原が座っている位置に腰かけ、真華はいつもの位置に座り向かいあった。
優太は牧原の手順を思い出し、ヨシ。と気合を入れた。
「樹が得意なんだよなこういうの。」
「そうなの?」
真華は意外そうな声を上げた。
「そうだよ!お前違うクラスだから見た事無いか。」
普段はあまり授業では積極的に発言しない樹だが技術家庭では進んで誰かに教えたりしている。
実技になると誰よりも早いのに性能がいい。
絶対に女子の何人か分らないフリして聴きにいっている。
樹は作業に夢中で気が付いていないようだが。
「そうなんだ!」
真華は含み笑いをして居住まいを正した。
「……明日、樹にちゃんとお礼言う。」
「そうしろ、そうしろ。」
優太は患部を険しい顔で睨みながら答えた。
「樹の傷、残ったりしないかな……?」
「もし残っても、女子ほど気にしないかもよ?」
優太は握りしめた半田鏝に似た機材と、強力接着剤を交互に見つめた。
「でも樹だよ!肌とかありえないぐらい綺麗なんだから!」
「はいはい。」
優太は呆れ顔を見せたが、内心ではいつもの真華が戻りつつある事を嬉しく思っていた。
「国宝級の肌が……」
「俺なら名誉の負傷ってことでいいと思うけど。助けた奴がいつまでも引きずってる方が嫌だ。」
優太は半田鏝を机の上に置いた。
「ホント?」
優太は一度頷いてみせた。
「それに、助けたんだから少なからず好意あるよ!俺はあの状況なら助けないもん。」
「そこは助けてよ!」
コンコンと誰かが扉を叩いた。
「はあい!」
優太はよく通る声で叫び返した。
「やった!牧さんかも!」
接着剤に手が伸びようとしていた優太は、待っていましたと言わんばかりにドアノブに飛びついた。
「牧さんならノックせずに入ってくるんじゃない……?」
真華が勢いよく立ち上がり、座っていたパイプ椅子は後ろに倒れた。
「キバ!開けないで!」
優太はへ?と間抜けな返事をしたが、時すでに遅し。
訪問者は既にスタジオに足を踏み入れて来ていた。
「やっぱりここにいたか!」
三内はドアの前で固まっていた優太を押しのけて、真華に詰め寄った。
「三内丸山!」
三内の後ろからニット帽の丸山が顔を出した。
「遺跡みたいに呼ばないでくださいッすよ!」
真華は倒れたパイプ椅子の後ろに回り距離を取った。
「観念しろMac‐A。大人しくついてこい。」
「それでついてくる馬鹿はいねーよ!」
三内の蹴りが優太の脇腹に直撃する。
殴り合いの喧嘩などした事がない優太は容易に吹っ飛ばされ、尻餅をついてゴホゴホと咽た。
「兄貴!今日は超悪役っぽいッス!!!」
「馬鹿野郎。これが普通だ。」
日本刀で返り討ちにされたり、ボコボコにやられて放物線を描いたり。
今までが普通じゃなかっただけだ。
三内は大きな自信を持って真華と対峙する。
「相手が弱いときだけそうやっていきがるのね」
三内は近くに転がってきていたスプレー缶を蹴り飛ばした。
スプレー缶は真華の背後の壁に辺りけたたましい音を立てた。
その動作が却って三内の小物臭を増幅し、図星である事を露見させた。
「ウルセー!!!したくてしてるんじゃねぇよ!」
優太がヨロヨロと立ち上がり三内に立ち向かおうとしたが、三内が体勢を立て直す前に突き倒した。
その拍子に頭をぶつけて、優太は頭を押さえて呻いた。
「早く来い。どれだけ迷惑かけたと思ってるんだ!」
三内は優太が動けないのを見ると真華と対峙した。
「そうッスよ!」
三内の横で丸山もうんうんと頷いた。
「迷惑……?」
「そうだよ。オメェのせいで怪我するは、手間かかるは、大迷惑してんだよ!」
Mac‐A回収に三内、丸山は山下兄妹にボコボコにされた上、往復二十四時間かけて九州にまでいっている。
偶然にも三内の言葉は真華の深層心理にあった疑心とリンクしていた。
『オメェのせいで怪我するは』
真華は自分のパーツで樹に怪我を負わせてしまった。
『手間はかかるは』
王子が姫の手を取るシーンは腕が動かなくなったせいで何度も変更を重ねた。
『大迷惑してんだよ!』
樹に怪我を負わせた時の周りの視線や空気感。
三内の言葉は真華の頭の中で変換されていった。
「おい、耳貸すな!」
優太はガンガンする頭で何とか上半身を起こした。
棚に手を掛け、再び立ち上がろうとする。
「キバもう止めて。もういいから。」
「俺がよくねーの!!!」
「おいおい、本人がいいって言ってるんだからすっこんでろよ!」
三内は立ち上がろうとする優太の肩に蹴りを入れた。
優太は散乱した道具の上に倒れ、痛ぇと声を漏らした。
「止めなさいよ!」
真華は三内を一括すると、うずくまる優太に駆け寄った。
三内は真華が優太に触れる前に、子猫を摘まむように真華の首根っこを掴んだ。
時間が止まったように真華が静止する。
三内がゆっくり手を離すと、真華はその場に崩れるように倒れて動かなくなった。
「電源首にあったんっすね!」
見ているだけだった丸山が感心したように言うと、動かなくなった真華の頬を突いた。
そこにはヒトらしい弾力があるが、ピクリとも反応しない。
「安藤が黙ってやがったんだ。次会ったらタダじゃおかねぇ!」
「そしたら兄貴、仁科に沈められそうっすね!」
丸山はなにが楽しいのかケラケラ笑い出した。
「笑い事じゃねぇ!さっさと詰めろ!」
「イェッサー!兄貴も手伝ってくださいよ!」
丸山が用意していた麻袋に真華を詰め始めた。
普通は脱力した人間を折りたたんで麻袋に入れる事は難しいが、ロボットである真華は折りたたんだらその形を維持するため丸山一人で容易に行うことが出来た。
「回収完了ッス、アニキ!」
丸山の横に歪な上、絶妙な大きさの袋が一つ出来上がっていた。
「お前、それ見るからに怪しいじゃねーかよ!お前が持てよ。」
「兄貴が持ってた方が土木工事っぽくってイイッスよ!」
「なんだと?……まぁいい。」
確かに言われてみれば、土木工事のバイト明けなので恰好といい作業中に見えない事も無い。
しかし丸山に体よくこき使われている感が否めない。
真華の体は同じ体型の人間よりも格段軽かったため三内が文句をいう事も無かった。
丸山は三内の複雑な思いはいざ知らず、スタジオ内を物色していた。
「スゲーすね!前にも来たっすけど、ここ音楽スタジオなんッスね!」
伸びている高校生の横で無邪気に飛び回る事が出来る丸山は案外神経が図太く、残酷なヤツなのかもしれない。
「丸山ズらかるぞ。」
三内は特に関心がないようで丸山を急かすように背を向けた。
「待ってくださいよ!お!」
丸山は机の上にある楽器のケースを見つけた。
このスタジオ内に無造作に置かれているものと違い、丁重に扱われているのが見て取れた。
丸山はケースのジッパーを降ろした。
「兄貴!ギターッスよ!」
「見りゃ分かるわ」
その時三内の足首が強い力で握られて、三内の心臓が縮み上がった。
「返せよっ!」
呻くような声が聞こえて驚いた。
「コイツまだ動くじゃないッスか?!」
「どうせ動けねーよ。」
三内の言った通り、三内が足を振るだけで優太の手は簡単にフリほどけた。
「ゴミになるだけだ。持ってくんな」
三内は丸山に目をくれないまま命令した。
すっかり持って帰る気になってギターをケースに詰めなおしていた丸山はえーと不平を漏らす。
「ゴミじゃねぇよ!」
優太は倒れた体勢のまま三内を睨み付けている。
三内は丸山からギターを取り上げた。
「なにするんすかアニキ!」
丸山を蹴散らしてあしらうと、三内はそれを優太の上へ放った。
それがとどめの一撃となり優太は短く呻き動かなくなった。
「ひでーアニキ!とどめさしたんッスか?!」
丸山は優太の前で手を合わせた。
死んだわけではないが、戦闘力としてみなされない程度に痛めつけられた。
「ついて来られても面倒だ。」
優太はギターを死んでも離さないとでも言うようにシッカリと抱きしめていた。
三内はそれを胸糞悪そうに一瞥すると麻袋を肩に掛けなおした。
「早く帰るぞ。」
三内がスタジオを出ると、丸山がその後に続いた。
「待てよぅ……!」
優太の願いは聞き入れられることなく、意識は遠のいた。
数時間後。
「ちわーす、牧さん!ソージキ壊れたんだけど見てくれない?!」
殺伐としたスタジオに似つかわしくない陽気な声が響く。
目に優しくない蛍光色のツギハギを着た三人組がノックも無しにスタジオに侵入してきた。
それを咎める者もなく、これまた蛍光色のスニーカーでどかどかと踏み入れる。
「あれ?牧さんいねぇジャン!」
区別する必要はあまりないが、オレンジスニーカーがスタジオの奥をみて天を仰いだ。
部屋の中が荒らされている事にはあまり関心がないようだ。
「でも患者がいるジャン!」
ピンクサングラスが床に倒れている優太を見つけた。
それを見ても別段慌てる様子もない。
優太がギターを抱くようにしているのは不思議ではあったが、倒れている人間なんて彼らにとっては見慣れたものだ。
「そこで敢えて聴こう。ワッツハーペン?」
イエローキャップが抱えていた掃除機を投げ捨てた。
一見ふざけているようにしか見えないこの若い三人組は、散乱したものを綺麗にどけて優太を助け出した。
彼らはこの無法地帯で闇医者をしている集団の構成員達だ。
「手当する?」
彼らの医療の腕はこの無法地帯では右に出る者はいない。
勿論イイ意味でだ。
「学生、金無さそうジャン。」
腕は良いが法外な治療費を要求するのでも有名だ。
「この前のグラサンとニット帽も結局金なかったよ?」
三人は色つきグラスの奥で目くばせした。
「お代は?牧さん?」
ピンクサングラスが呟くと他の二人はパチンと指を鳴らした。
「あの人、金ありそう!」
三人はニヤニヤ顔を見せ合いっこした。
「ではでは!「「レッツ!搬送☆」」」




