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カリロボ  作者: 広瀬ジョージ
学園祭編
40/95

40.香水事件

 水曜日の夜

 夕食を終えた王野姉弟と山下兄妹は、寝るまでの間リビングでゆったりと過ごしていた。


 高校生は食卓にあったものを片付けて宿題を広げていて、大人はソファで旅番組を見ていた。


「樹!ベドーシってナニ?」

 樹は葵の手元を覗き込んだ。


「be動詞ね。ゴメン、英語苦手だから説明できない。」

「ふーん……」

 葵の冷めた視線に加え、微妙な間が開く。


「今ゼッタイ、その顔で出来ないの?とか思ってたでしょ!!!」

 葵は否定もせず口を尖らせた。

「だってぇ……」


 ハーフ顔の損なところは問答無用で日本語以外の言語を喋れると思われるところだ。


 父はどうだっただろう。

 何でも卒なくこなす父だった。

 一緒にいれば他言語も教えてもらえただろうか。


 樹は父の一番得意な言語も、本人が自分を何人かと思っているのかも知らないでいた。

 はたまた、自分も父を顔で決めつけているだけで日本語以外しゃべれないのかも……


 樹は英単語の並べ替えを済ませてチラリと姉達の様子を窺った。

 たまたまテレビでやっていた旅番組を眺めながら、二人は仲良くソファの上で肩を並べていた。


 山下は背もたれに体を預け、指を体の前で軽く組んで寛いでいて、桜はその横にちょこんと座り、時たま山下の表情を見ている。


 画面がコマーシャルに切り替わったところで桜が山下の方へ身を寄せた。

 桜は山下の肩に頬を埋め、樹は黙って視線を反らした。


「どうした?」

 山下は特に嫌がった様子もなく淡々と言った。


 樹は顔を見ずとも、山下の満更でもなさそうな顔と、桜の蠱惑的な笑みを想像することが出来た。


「リア充め……」

 樹は無意識のうちに恨めしそうに呟いていた。


 最近失恋したせいか樹は自分がブラックな人間になっているような気がしていた。

 一週間ほど前の自分だったら、二人が視界の端で何をしていようが、気にも留めていなかった筈だ。


 こうも気になってしまうのは、やはり、真華と優太のことが頭にあるからにちがいなかった。

 自分が姉達のように、真華とじゃれたりする事が半永久的に出来なくなってしまったから。

 要するに妬ましいのだ。


 樹の呟きを聞いた葵は巻き舌風に自作英文を披露した。


「ドゥユー、ワント、トゥービー、ア、りあじゅー?」

 さっきまでbe動詞の読み方すら知らなかった割に正しく使えているようだった。

「イエース……」


 樹はなるべく二人の会話が耳に入らないように葵の即興英語に集中する。

 と言っても葵は新たに丁度いい例文を作ることが出来ず、再び桜と山下の声だけが聞こえる状況になった。

 樹は英文の穴埋め作業に戻った。


 聴きたいわけではないが桜の言葉が耳に入る。


「山ちゃん昨日はどこに行ってたのかな?」

 桜の物言いは柔らかだったが、空気が張り詰めるのが樹にもわかった。


「なんだその聞き方は?言いたいことがあるならハッキリ言え。」

 何やら不穏な空気が漂っている。


 樹は横目で二人の様子を盗み見た。


「じゃあ、昨日は誰に会いに行ってたの?」

 桜はさっきと打って変わって声のトーンを落とした。

 桜の声の様子で葵も二人の方を盗み見て、次に樹の方を向く。


 葵が首を傾げた。

 『どうする?いいの?』


 樹は静かに頷く。

 『だまってみていよう。』


 葵は親指を立てた。

 『りょーかい。』


 葵と樹は無言のやり取りを済ませ、二人の様子を余所余所しい態度で見守った。


 今の桜と山下は友達というより恋人のようだった。

 さっきまでは定年後の旅行を考える熟年夫婦のようだったというのに、今の二人の様子は彼女が彼の浮気を問い詰める様子に似ていた。


 しかし二人は恋人ではないし、山下は浮気していない。

 もし桜の知らないところで女に会っていたとしても、それは浮気でもなんでもない。


 この状況を作り出しているのは、桜が発作的に起こす我儘に他ならない。


「……家に帰っただけだ。」

 意味ありげな間を開けて山下が答えた。


 なにも真面目に答える必要はない筈なのだが、答えたところを見ると一応山下も他の女性と会う時に生じる疾しさはあるようだ。


「嘘おっしゃい!!!香水の匂いするもん!」

 桜は頬を膨らませている。


 じゃれているように見せかけて実はこっそりと匂いを嗅ぎ取っていたらしい。


「なんだそっちか……」

「そっちかって他にも会ったの?!」

 桜が声を荒げて詰め寄ると、山下は面倒臭そうに視線を反らした。


「いや。そっちだけだ。」

「その方が問題なんですけど。私に黙って、香水つけるような人と二人だけで会ってたの?!」

「いいだろ別に。」

「良くないですぅ。」

「樹、何とかしてくれ。」

 急に山下が樹の方を向いた。


「えぇ……」

 樹は目を泳がせた。


 葵は『なんだそっちか……』の辺りからトイレに行くと言って逃げていた。


 樹がなんと答えようか迷っていると山下は眉間の皺を寄せた。

「おい樹、迷子のお前を保護した恩を忘れたわけじゃないな?」

「分かった!分かった!」


 ちょっとだけ恥ずかしい過去を蒸し返されるのを避けるため山下サイドにつく事にした。


「そのくらいにしておきなよ。山ちゃんだって色々あるんだよ……」

 樹は笑顔を作って桜に言った。

 こうする事によりいつもの言い争い程度に抑え込めればいい。


「そうだ。お前は母ちゃんか。」

 樹が山下サイドについて分が悪くなった桜は開き直った。


「母ちゃんだもん。私だって事前報告してれば何も言わないもん。」

「……だって山ちゃん。」

 樹は投げやりに言った。


「俺のプライバシーはどこに消えたんだ。」

 桜はそんなもの知らないと言わんばかりに、ツンと澄ました。


「最近の山ちゃんは無断欠勤、事後報告が多すぎます。死活問題です。」

 山下はピクリと眉を動かした。


「無断欠勤はしていない。」

 中津芸能に勤め始めてから無遅刻無欠勤を貫き通している彼としては聞き捨てならない。

 桜は山下の睨みに怯んだが、それも一瞬の事ですぐに口を尖らせた。


「無断ですぅ……」

「いいか?お前とこうして会う事は営業『外』だ。それをしなかった事で欠勤にはならん。よって無断欠勤ではない。」

 山下は三段論法で言い返す。


「え、延長だもん!仕事の延長だもん!」

 苦しい言い訳という自覚があるのか、桜は視線を山下と合わせようとはせず彷徨わせていた。


 樹はまあまあと二人の間に声で割って入る。

「事前報告だったら引き留めないってことだよね……?」

 樹は山下にはプライバシー云々は目を瞑ってもらい、桜には報告後なら自由という妥協策を提示しようとした。

 中々の名案だし、それ以外には考えつかない。


 すると桜は樹を睨んだ。

「樹は誰の味方なの?!」

「えぇ……?!」


 どちらかと言えばかなり桜に有利な条件の筈なのだが、桜から抗議の声が上がった。


「俺だろ。」

「私でしょ?!」

 山下と桜両方から睨まれた樹は小さく悲鳴を上げた。


「け、喧嘩するなら二人でしてよ……!」

 樹は教材をそそくさとまとめて、逃げる事を選んだ。

 リビングを出てホッと息をつく。


「山ちゃんのせいで樹行っちゃった!」

「お前のせいだろ?」

 扉越しにまだ二人の言い合いが聞こえる。

 長引きそうだ。

 就寝までにケリが付くだろうか。


 二階へ行くためトイレの前を通過したが、電気がついていなかった。

 洗面所をのぞいても葵の姿が見えない。


 二階で何か物音がした。

 どうやら二階のようだ。

 見られたらまずいものはとっくに隠してあるが、自然と足が早まる。


 階段を上がりきると同時に葵を発見した。


「うわッ!びっくりした……」

 葵は樹の部屋の前でお行儀よく正座していた。

 薄暗いところで小さくなっているので座敷童かと思った。


「遅かったね。」

「先に逃げたくせに遅かったって……まぁいいや、入る?」

 そういうと葵はピョンと立ち上がってドアノブを捻ると、部屋主より先に入って行った。

 この言葉を待ちわびていたようだった。


 葵が勝手に入らず外で待っていた事が樹には意外だった。

 禁止している訳でもないが、葵は一度も二階に上がって来たことがない。


「なんもないね。」

 それが樹の部屋に来た時の第一声だった。

 失礼とも言えるものいいだが、樹はそれで満足だった。


「無趣味ですから。」

 つまんないのと葵はぼやいた。


 唯一の趣味はわざと人目につかないようにしてある。

 無個性な部屋に見えるのならカモフラージュは完璧だ。


 葵はペタンと床に座り込んだ。


「椅子とか、ベッドとか座ってもいいよ?」

 家具もあまりない樹の部屋には腰を掛けるところなんてそのくらいしかない。


「いえいえ、お構いなく。」

 葵は何か話す訳でもなくキョロキョロとあたりをしきりに見回す。

 あまり人を部屋に入れる事がないので急に恥ずかしくなった。


「ケンカならしばらく収まらないと思うよ。」

 樹は居心地の悪さを払拭するように言って、椅子に腰かけ、手にしていた宿題を机の脇に寄せておいた。


「うん……」

 葵にしては珍しい歯切れの悪い返事が返ってきた。


「どうしたの?」

 葵は弾かれたようにジャージのポケットに手を突っ込んでごそごそと探りながら、立ち膝になってズリズリと樹の前まで近づいた。

 葵は兄と桜のケンカから避難するためにここへ来たと思っていたが、どうやら違うようだ。


 やがて葵はお目当てのモノを探し当てた。


「プレゼント!」


 葵は焦点がずれる程近くにそれを突き出した。

 ビックリ系の玩具かと思い、樹は背もたれに背中をぶつけた。


「うわっ!……どうしたのこれ?」


 予想に反し、それは蝶だった。

 偶然にもこの前母の部屋で見つけた蝶と同じ種類で、生物に詳しくない樹には蝶の名前までは分からなかった。


 羽を閉じたまま動かないので死んでいるようだ。


 よく見るとポケットから出したのに羽のどこも曲がったり、破れたりしていない。

 蝶の死骸かと思ったら良くできた偽物のようだった。


 樹が興味を示したのを見ると葵はそれを樹の手に押し付けるようにした。

「だからプレゼントなのっ!」

 葵はすこし苛立たしげに言った。


「あ、ありがとう。」


 樹は本物の蝶の採取と同様に羽を摘まむようにして持ち上げた。

 羽の感触はヒヤリと冷たいし、独特の光沢がある。

 樹はそれが何であるかやっと理解して目を輝かせた。


 この手触りは飛行型ロボのために開発された最軽量特殊繊維だ。

 一瞬触るだけなら鉄のように冷たく滑らかで、肌などを繊維越しに触るとその温度が感じられる、熱の伝わりやすいのが特徴だ。

 この繊維は高価なため、飛行しないものに使われるなんて滅多にないという事を樹は知っていた。

 これも例外じゃない筈だ。


「もしかしてこれって?!」

「そう!ロボットだよ。」

「飛ぶの?」

「みてて!」

 葵は声を潜めてニシシと笑った。


 葵が蝶の触覚を突くと羽に力が入ったような気がした。

 樹がそっと手を離すと、降下して、羽を開き自力で舞い始めた。

 樹たちの頭の上をヒラヒラと飛んで、机の上で羽を休めた。


「すごい!!!」

 感嘆符をいくつつけても足りないくらいの感動。


「気に入った?」

「うん!ホントに、ホントに貰っていいの?」

「プレゼントって言ってるでしょ!」

「ありがとう!!!」

 蝶は樹の感動を自分とは関係のないことのように、マイペースに頭上を飛んでいる。


「名前、なんていうの?」

「分かんない。」

 ロボットを見るたび樹に名前を尋ねるのに葵はこの蝶型の名前は確認しなかったらしい。


「じゃあ、付けなくちゃね。なんて名前にしようかな!」

 樹は喜んでいるのが見えみえだが平静らしく振舞って、蝶型を目で追った。


 ヒラヒラと舞う蝶は部屋を探検するように数少ない家具に止まったり、登ったりしている。


「名前なんている?」

「いるよ!呼ぶとき不便だし!」

「チョーチョでよくない?」

「愛がないなぁ!」

 葵曰く『チョーチョ』が、そうだそうだと同調するように樹の頭上を舞った。


「む。今日の樹は暑苦しい」

「ゴメンね。名前……名前……」

「樹のなんだから樹の好きな名前にしたら?」

「そうだね。……よし決めた!『テフ』だ!」


 テフと名付けられた蝶型ロボットは、ペン立てに刺さっている定規の上で羽を休めていた。


「なんで『テフ』なの?」

 葵が首を傾げると樹は得意げに答えた。

「古典仮名遣いだよ。昔の人は蝶のことてふてふぅ、てふてふぅって呼んでたんだよ。」

「それじゃ、アオの『チョーチョ』とあんまり変わってないじゃん!」


 樹は既に聞いておらず、テフをウットリと見つめていた。

「愛いヤツ、愛いヤツ……」

 葵はその様子を見て身震いをした。


「樹、アオ知ってるよ!樹みたいなのオタクって言うんだよ!ロボットだからロボットオタクって言うんだよ!略してロボオタ!!!」

 樹は恍惚とした表情でテフを見ていて葵の方を見ようともしなかった。

 今まで隠れロボオタと自負していたが、今の樹は正真正銘のロボオタだ。


「そうだよ。気付いてなかったの?アネキには内緒だけど……」

 噂をすれば何とやらで、樹と葵の耳に桜の罵声が聞こえてきた。


「山ちゃんのバカァ!!!」

 樹はテフを愛でるのを止めてビクリと震えた。

 葵は扉の向こうに注意を向けた。


 トトトトト……バタン。


「あ、久しぶりだな」

 樹の呟きに葵は首を傾げた。


 今度はトットッ……と比較的落ち着いた足音が聞こえた。


「おい、開けろ。」

 山下の声の後にドアを強めにノックする音が聞こえた。


 樹はそっと立ち上がり扉に向かった。

 葵もそれに続いて、二人で部屋の扉から顔だけ出して事の成り行きを見守った。


 廊下には苛立っている山下だけがいて、その前に閉じた扉がある。

 ポカンとしていた葵は樹に何あれと聞く。


「アネキの必殺技『立て籠もる』。」

 この必殺技で9人のマネージャーが辞めていった。


 ここしばらく見ていない。

 この技に屈していないのは山下ぐらいだ。


「いいだろう安藤姫乃。明日迎えに来るまでに開かなかったら扉を撤去させてもらう。」

 撤去と本人は言うがそんな生ぬるいモノじゃない。

 山下は扉を破壊するつもりだ。


 樹は前回の立て籠もり事件を思い出していた。

 この前は山下が『蹴破るぞ』と半ば脅迫して事件解決となった。


「出来るもんならね。」

 扉の向こうから煽るように桜が言う。


「今ここで破壊してもいいぞ。」

 破壊って断言した!!!


 樹は部屋から飛び出し山下と扉の間に割って入った。

「山ちゃん止めて!それだけは!」


 直すのは高確率で樹の仕事になりそうだからだ。


 山下は思いとどまったようで腕を降ろした。

「冗談だ」

「ホントに……?」

 山下はどちらとも取れる微妙な笑みを浮かべた。

 信用はできない。


 様子を窺っていた葵がそろそろと樹の部屋から出てきた。

 葵は小さい声で『ケイニー』と鳴いた。

 兄に指示を仰いでいるようだ。

 山下は決意したように頷いた。


「今日は帰る。」

「ゴメン山ちゃん、ホントに……」

 樹は桜の部屋に視線を向けたが桜は出てくる様子がない。


「今日、帰るの?」

「お前も帰るぞ。」

 葵は桜の部屋のドアを見つめた後コクリと頷いた。


「ゴメンね葵。」

 樹は玄関まで二人を見送った。


 この時間帯になると外は既に真っ暗で、風でジリジリと動く落ち葉がなんとも寂しい気分にさせた。

「明日また来る。」

 山下は軽く手を上げるといつもと変わらぬ足取りで愛車のもとに歩き出した。

 ここ最近王野家には当たり前のように彼の車が駐車してある。


「葵、明日一人で学校行ける?」

 葵はニシシと笑って、親指を突き出した。


「大丈夫だもん!」

「ホントに……?」

 葵は大きく頷いて走って山下について行き、中ほどの距離で振り返り手を振った。


「明日ね!」

 樹はお腹の横で小さく手を振りかえした。


 二台分入る車庫から山下の車が無くなるとぽかりと半分無くなって物足りない感じがした。

 二人が夜中に出ていくなんて久しぶりだ。


 最近では夕飯とお泊りはセットになりつつあり、山下達が家に帰る日の方が少なくなっていた。

 桜は山下兄妹専用の布団を買おうかと迷っていたが、それはひとまず保留になりそうだ。


 一言ぐらい桜に愚痴を言おうと意気込んで二階に上がった。

 樹が桜の部屋をノックする前に扉が開き、桜が顔を出した。


「帰った……?」

「うん。」

 桜が部屋にしょんぼり入ってくのを見て怒る気が失せてしまった。

 つくづく自分は姉に甘いと痛感する。


 先程まで人のいた空間というのは、ある種の寂しさがある。

 姉はさっきから閉じこもっているし、部屋には葵がいた痕跡とも言えるテフが羽を休めている。


 テフはさっきほど元気に飛び回ったりはしていない。

 そう言えば自然界にいる蝶は今の時間帯どこに身を潜めているのだろう。


 この時間帯に見た事がないのでどこかでじっとしているのかもしれない。

 きっとテフも昼間が活動時間だろうと思い、そっとしておいた。


 少しでも寂しさを紛らわそうと樹はコンピューターを起動させた。

 画面の隅にデジタルの文字で時間が表示される。

 

 いつもこの時間なら風呂当番と入る順番を押し付け合うようにして決めている時間帯だった。






 RPA。


 樹のアバターであるイッキの周りにはカラフルなアバター達が行き交っている。

 特にイッキの住むウィンドビレッジの交流場となっている公園にはたくさんの人がいた。


 イッキが知り合いを求めてウロウロしていると一匹の見覚えのあるネズミを見つけた。


「あれ?イッキさんじゃないですか!」

 細い尻尾をくねらせながら、イッキが話しかけるよりも前にミッキが近づいてきた。


「ミッキ久しぶり!」

「仮面男事件以来ですね!」

 リッキの車で外に行き、謎の仮面男に助けられたあの時以来だ。

 あの事件は各々が勝手にネーミングをつけて好き勝手に呼んでいる。


「イッキさんと会うの珍しいですね。私はこの時間帯いる事が多いんです!」

「そうなんだ。俺は普段ならもうちょっと後にいるんだけどね!」

 樹は内心で溜め息をつきながらイッキに喋らせた。


「なにかあったんですか???」

 画面上でミッキが尻尾をくねらせていた。

 ミッキはその先に続く言葉がグッドニュースかバッドニュースか対して考えず聴いているのだろう。


 画面の前で樹は唸った。

 オンラインゲームにまで持ち込む問題ではないが、なんでもないと答えるのも歯切れが悪い。

 どうせ匿名だし、数少ない情報で個人を特定できるわけでもないので話してしまう事にした。


「うちの姉が半同棲状態の彼と喧嘩して修羅場だったんだ」

 文字に起こすとどこにでもありそうなありふれた痴話喧嘩そのものだった。


「そうなんですか。だから、いつもより早くログインしたという訳ですね。」

「その通り!」

「早く仲直りできるといいですね。」

「ありがとうミッキ!」


 イッキが万歳で喜びを表現したとき、二体のアバターのもとに一体のリスのアバターが現れた。


「話は聞かせてもらった!」


「げ、リッキ!」

「リッキさん!」


 リッキは素早くハリセンを装備しイッキの頬を打った。

「『げ』ってなんやねん!」

「『げ』だよ!もうフィールドには出ないからね!」

 イッキが滅多に使わない『威嚇』のコマンドで表情を切り替えた。


 以前リッキに連れられてフィールドに出て酷い目にあわされたのだ。

 同じ被害にあったロッキと、もう二度とリッキにはついて行かないと誓い合っている。


 イッキの『威嚇』をもろともせず、リッキは相変わらず惚れ惚れする見事なアバタ―操作で、肩をすくめるのと同時に首を振って見せた。

 古典的欧米やれやれポーズだ。


「いやぁーもういいよ。行かない、行かない!」

 この潔さが却って怖い。


 リッキはクルリと回ってキュルンと瞳を輝かせた。

「落とし穴なんかよりも仮面男様と遭遇できるかもしれない方法に気付いちゃったんで!てへぺろっ!」

 リッキは自信満々に胸を張った。


「てへぺろ、なんか用途が違う気がします……」

 ミッキが尻尾をくねらせている横でイッキは悲鳴を上げた。


「まさかリッキRPCに手を出した?!」

「ピンポーン!その通り!」


 RPCとは体の感覚丸ごとこちらの世界にダイブする事が可能になる機械の事だ。

 ゲームセンターに置いてあるものの、あまりに料金が高いため、使用する人はものすごく少ない。


「え!もうプレイしたんですか?!」

 ミッキも悲鳴を上げた。


「3時間ね!」

 リッキは指を3本立てていた。

「「3時間っ?!」」

 一体いくらつぎ込んだというのだろう。


「いくらだったの……?」

 恐る恐るイッキが聞くとリッキは腕を組んで、後光を纏った。


「仮面男様に会えるなら安い。」

「うそだぁ!」

 仰天するイッキの横でミッキがソワソワとリッキに語りかけた。


「あの、結局それで会えたんですか……?」

 リッキは満面の笑み。


「ううん。まだ!」

「そ、そうなんですか。」

「じゃ、私落ちます!じゃあね諸君!」


 どろんと煙が上がりリッキはいなくなった。


「まただ。この動きどうやってやるんだろ?」

 イッキはもくもくと上がる煙を冷めた目で見ていた。


「これだけ好きな人に熱中できるリッキさん。素敵だと思います。」

 ミッキは感慨深そうに頷いた。


「そうかな……?」

「そうです。素敵が止まりません!」

 今の樹には少々耳の痛い言葉だった。


「確かにすごいかもね。」


 叶うかどうかも分らないのに。

 様々な犠牲を払って……


「イッキさんもそう思いますか?!」

 気が付くとミッキがキラキラと目を輝かせていた。

「うん。そうだと思うよ。」

「ホントにですか……?!」


 こんなに喰い気味なミッキは初めて見た。

 女の子だからこういう話好きなのかなと樹は思った。


「うん。」

「じゃあ!私もッ頑張ります!!!」

 そういう事かとイッキは笑った。


「頑張れ!」

「はい!」

 健気なミッキを見ていると画面の前にいる樹も頑張ろうと言う気分になった。


 各アバターは各家に帰っていった。

 各家はアバターの成長記録や今日起こった出来事を記す日記機能が搭載されている。

 家の中で他のアバターが独り言のように語れば、それがノート記録される。


 ミッキは部屋の中心まで来ると尻尾をくねらせながら語りだした。


「うふふ……二人で話せちゃいました!」

「わざわざミッキって名前にした甲斐がありましたよ。」

「おなじチームに入れましたし!」

「別にリッキさんが邪魔だった訳ではないですよ。」

「むしろ感謝しているんです!」

「だって……ふふふ!」

「樹先輩『頑張れ』って!」

「嬉しいです!!!すっごく嬉しいです!!!」

「リッキさんに感謝です!いつもより濃い会話が出来ました。」

「それにしても樹先輩大丈夫でしょうか?」

「お姉さまと山下さんが喧嘩しちゃったみたいですし……心配です。」

「でも、大丈夫!私は一緒にいますし、見ていますから!」

「見えないところからジー……とね!」



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