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カリロボ  作者: 広瀬ジョージ
学園祭編
36/95

36.衣装合わせ

 木曜日の放課後

 帝都学園高校棟2階


 今日は劇の練習用に講堂が借りられなかったため、高2フロアの廊下での練習となった。


 樹の所属するA組の教室では、展示企画担当の女子生徒が画用紙を切っていて、隣のクラスでは喫茶店用の看板作りが行われていた。

 展示企画は順調に進行しているようで、完成していったものが教室の後ろに増えている。

 そのため教室の後部は日を追う毎に賑やかになっていく。


 和馬に授業後少し経ったら、廊下に来るように言われていたので、樹は廊下に出てみた。


「王野君こっちこっち!」

 和馬がデパートにあるような試着室前で手招きしていた。

 昨日までは無かったものだ。


 廊下の片隅に見慣れないものが置いてあるので、行き交う生徒達は横目でチラリと見ていく。

 試着室はおそらく和馬が財力にものを言わせてあつらえたのだろう。


「なにこれ……?」

 樹はその前まで来て和馬に問いかけた。

 和馬はわざとらしく驚いた顔を見せた。


「王野君、試着室を知らないのかい?試着はしない主義?なんでも似合うからかな?」

「え?あ?いや……そういう訳じゃ……」

 樹があたふたしていると和馬が口を開いた。


「まぁいいさ。そろそろ来るころだね……来た来た!」

 

 和馬の見ている方に目を向けると樹に向かってフリフリとした物体が飛んできていた。


「キャァアア!!!」

 奇声を発しながら近づいてくる。

 樹は例の如く悲鳴を上げた。


 小さな女の子が樹に飛びついて小猿のようにしがみついた。

 ついでに彼女の首にはこの学園の入場許可証がかかっている。


「ボン!いいのね?本当に自由に使っていいのね?!」

「どうぞ、どうぞ!」

 以前どんな約束が交わせられていたのかは不明だが、和馬は勧めるように掌を向けた。


「ヤッター!」

 いつの間に樹の体中に紐状のものが巻き付けられている。


「ヒィ!ちょっと待った!この子は?!」

 そう言っている間も樹の周りを行ったり来たりしている。


「この子ですって?!」

 聞き捨てならないと言った表情で少女は動きを止めて樹を睨んだ。


「私、これでも今年三十路の年上さんなんだからね!」

「うそっ!す、すいませんでした……」

 樹は反射的に謝った。


「分ればよろしい。」

 再び作業に戻る。

 彼女は作業に没頭しているようで、周りが奇異の目で見ていても中断することは無かった。

 人に見られるたび樹は視線をそらしたり、気まずそうに笑みを浮かべたりした。


 樹はいつもの笑顔で傍観している和馬に視線で助けを求めた。

 和馬は樹の困惑顔にご満悦のようで饒舌に説明を加えた。


「そのフリフリはうちの従業員リーコ。僕のお世話係さ。」

 確かに和馬のお世話係とあってリーコの服は和馬のトレードカラーである赤と黒でまとめられていた。


「『うちの』って松田カンパニーの事?」

 恐る恐る尋ねると迷った様子もなく和馬は頷いた。


「そ、父さんが作った僕対策課があるんだよ。人をクレーマーみたいに、失礼しちゃうよ。」

 和馬は外国人のように肩をすくめてやれやれと首を振った。

 以前も入場許可証をぶら下げた大人が出入りしているのを見たが、あの人々達も『僕対策課』の人々なのだろうか。


 そしてニヤリとしてこう続けた。

「まぁ、こういう時に役に立ってくれるから、結果としていいんだけどね。」


 樹は和馬の日常生活の一部を垣間見た気がした。

 きっと今日のように松田カンパニーの業務とは一切関係のない無理難題を押し付けているに違いない。


 樹があった事のない『僕対策課』の面々に同情していると、顔の下でリーコが歓喜の悲鳴を上げた。

 紙にサイズをミリ単位で書き記したものを手にしてワナワナ震えている。


「脚長っ!顔ちっさっ!普段はどんなお召し物を?」

 リーコはさっきまでの態度とは打って変わって、樹に尊敬のまなざしを向けている。


「お召……?ふ、普通の……?」

 彼女は悪寒が走ったように身震いすると軽蔑するような視線を向けてきた。


「その顔でルネサンス風とか着ないわけ?あり得ないっ!」

「す、すいません……」

 リーコは肩にポンと手を置く代わりに樹の手を取った。


「安心して王子。これから素敵に変身させるから!」

 そう言い残すと目にも止まらぬ速さで飛んでいった。


「いやぁ、ごめんよ王野君。男版安藤姫乃って伝えておいたから張り切ってたんだよ。」


 樹は姉の芸名を聞いてビクリと肩を震わせた。


「そ、そうなんだ……」

 樹はそれ以上和馬が追及してくることはなかったので、何とか平静を保った。


 ホント似てるよね。

 目が同じ色。

 とか言われたら耐え切れず安藤姫乃との関係を自白していたかもしれない。

 吐いてしまえば妙な気回しは必要なくなるが、平穏な生活を送るためには黙っておいた方が得策だ。


 文化祭で舞台に立つことが決まっても目立ちたくない事には変わりがない。


「お待たせしました!」

 1分も経たないうちに、リーコが革張りのケースを抱えて戻って来た。

 ケースは彼女の洋服の世界観に合わせて、ビンテージ加工が施されているようだ。


 それを見た和馬は手早く用意されていた試着室に樹を押し込んだ。

「靴をお脱ぎください!入った、入った!」


 リーコが到着するとビンテージケースを放りこまれた。

 押し付けられたので樹は慌てて受け取る。


「早くねー!」


 カーテンを閉められ、ケース片手にしばし呆気にとられる。

 

 ケースは見た目の割に軽い。 

 手渡された場所からすると中身は服、それも劇に使うものだろう。 

 

 王子。

 小さい頃絵本で見た王子様は赤白のカボチャみたいな、いわゆるちょうちんブルマを履いてたが今回はどうだろうか。

 リーコのアニメスティックな恰好を思い出し、そうでない事を強く願う。

 

 着替えるしかする事がないので早速衣装ケースを開けてみた。

 見たところ『ちょうちん』らしきものはない。

 いたって普通の物が入っているように見えた。


 シャツにズボンにベルトに上着になんだろうこれ……?

 ご丁寧に説明書までついていたので何とかそれを元に着替え始めた。


「あと1分で開けるからね!」

 密閉された空間にいたのでマイペースに過ごしていたが、突然和馬の声が降ってきた。


「ちょ、ちょっと待って!!!」

 樹はおそらく人生最速タイムで袖に腕を通した。


「……5、4、3、2、1!!!」

 宣言通りに和馬がためらう様子もなくカーテンを引いて開け放った。

 何とか恥をかかずに済んだ。


 いつの間に集まっていたギャラリーがオォと歓声を上げた。

 そんなに人がいるとは思わず、いたたまれなくなって樹はモジモジと爪先を見つめた。


「おれ白タイツみたいなの想像してた……」

「コントじゃないんだから。よく見てごらんよ。」

 和馬に促された通りに樹は試着室の鏡をチラリと見た。


 急かされたせいであまり見る事が出来なかったが、改めて自分の姿を見る。

 衣装は絵本に描かれているものとは大分異なっていたが、一目で王子と分かるような品のあるものだった。


 襟巻トカゲのような飾りや、ちょうちんのようなズボンも無い。

 そのかわりボタンなどの細かい装飾は金でささやかに自己主張していた。


 服は完璧なのだが、首から上は冴えないハの字眉の自分が映っていて、そこだけ浮いているように見えた。


「王子、背筋を伸ばして。」

 リーコの言った通りにしただけで大分様になった。


「王子覚えておいて。背筋を伸ばしてなきゃ、装飾に影が入って綺麗に見えないの。」

 リーコが12時の鐘が鳴る前に帰ってきなさい。という魔法使いに見えた。


「分りました。」

「靴はこれね!」

 リーコはこれまたビンテージ風の箱の中から革の靴を取り出した。


「靴まであるんですか?」

「あったりまえでしょ!」

 樹の普段履きの横に高級感漂う靴が置かれて、リーコはどうぞと勧めた。

 樹はしゃがんで言われた通りにその靴に足を通した。


 唯一普段の樹のままだった靴下が隠れて全身が完成した。

 新品の靴はあまり好きではない樹だが、靴は驚くほどに足にピッタリだ。


 樹が立ち上がると再び歓声が上がってちらほら拍手が聞こえた。


「イイ!優勝はもらった!」

「コレはイケる!」


 樹は今までに浴びた事のない褒め言葉の嵐に頬が熱を帯びていくのを感じた。


「王子、モジモジしない!」

「ハイッ!」

 リーコに喝を入れられて再び背筋を伸ばした。


 女子三人組が前に出てきて樹の腕を両サイドからガッチリ掴まれた。

「写真撮らせてよ!」

 強制的にカメラの方へ向かされた。


 カメラは茶髪の女子が手にした携帯だった。

「あ、え、うん……」

 相手に有無を言わさない態度が何となく樹は苦手だ。


 これが唯なら反撃する機会も与えられるのだが彼女達の場合自分の都合だ。

 周りの人は樹がうろたえても笑って見ていて、次は誰が撮る?と和やかな雰囲気になっていた。


「王子笑ってよ!」

「こう……?」

「おい!王野、ひきつってるぞ!」

 樹は助けを求めて視線を彷徨わせると、人だかりよりも少し離れていた真華と目が合った。

 彼女もまた樹の方を見ていた。


 以前にも見た事がある彼女の不機嫌な笑顔だった。

 彼女は軽い足取りでこっちに向かってきていた。

 樹はビクビクしながら、彼女が近くに来るのを心待ちにする。

 

 彼女は自分の目の前に来たらなんと言うのだろう。

 樹は彼女がこの表情を見せる時の法則性に薄々気づいていた。


 必ず違う女子が樹の側にいた。

 なぜかそれだけで不機嫌だった。

 

 これってもしかしてかの有名な『ヤキモチ』というやつではないだろうか。

 あまりにもおこがましい発想だったので、脳裏をかすめては無いないと否定していた。


 もし、もし本当にそうだったら……!

 

 樹は腕を揺さぶられながら『しゃしん~』と騒がれても真華から目が離せなかった。

 彼女の足取りは軽いのにとても遅かった。


 いくらなんでも遅すぎないか?

 まるでスローモーションだ。


 樹がその違和感に気付いて数秒も経たないうちに異変が起きた。

 

 彼女が急に樹の視界からいなくなった。

 樹には目の前にある人垣に彼女が姿を隠したように見えた。


 ガシャン。

 何かが壊れる音がした。

 どこかで聞いた事がある音だとも思った。


 それと同時に女子の悲鳴が耳に入る。


「ナニ?」

 握られている腕の力がグッと籠った。

 それに気を取られた一瞬の間に、人垣は体の向きを変えて樹と真華の間に壁を作った。


「ちょっとゴメン。」

 樹は丁重に腕を掴んでいた女子を振り払った。


 人垣が薄くなっているところを見つけて、そこからは強引に割って入る。


 樹は心臓が止まりそうになった。

 人垣の中心に倒れていたのは紛れもなく井上真華だった。


 悲鳴を上げたクラスメイトの女子が真華の名前を呼んで体を揺すっていた。

 彼女は応答しない。


 教室の中で活動していた人もさらに集まり始めた。

 樹は急速に背筋に冷たいものが走るのを感じた。


 動かなくちゃ。

 助けなくちゃ。

 でもどうやって?

 金縛りにあったように動けなくなった。


 騒ぎを聞きつけ教室から出てきた愛希が真華に駆け寄って揺らす。


「井上さん?!誰か、先生呼んできて!」

 愛希は周りを見回す。


 樹は慌てて駆け寄った。

「どうしよう?!なんかするっ?!」


 情けなく同級生に指示を仰ぐしかできなかった。

 しかし、それが真華の為になる最善策に思えた。


 混乱しきった頭では何も考えられず、ただ立ってオロオロするしかできないだろうから。

「とりあえず、保健室。」

 愛希は真華の体を起こしながら樹にも手伝いを求めた。


「わかった!」


「ちょっと待った!」

 伸ばしかけた手が止まる。


 人垣が自然とはけて優太が走ってきた。

 教室からすっ飛んできたようだった。


「優太!今ちょっと……」

「分かってるから!!!」

 優太は愛希のセリフを遮り、樹と真華の間に割って入った。


 その動作は樹に触れさせまいとしているようにも感じられた。 


 呆気にとられる樹に優太は微笑んだ。

「大丈夫だから!」


 そう言うなり再び樹に背を向けて、愛希の腕から真華をすくい取りヒョイと持ち上げた。

 世で言うお姫様抱っこである。


 周りのどよめきが一層強くなる。

 にもかかわらず、樹にはどよめきが遠くの事のように聞こえた。


「大丈夫!練習続けて!ここは俺に任せろ!」

 優太は真華を抱えたまま走っていった。

 その姿、セリフ、まるでヒーローだった。


 練習などできる筈もなく、妙なざわつきだけがそこに残った。


以前51話で完結予定と書きましたが、52話になりそうです……

これからもよろしくお願いいたします。


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