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カリロボ  作者: 広瀬ジョージ
学園祭編
34/95

34.体育祭予行練習

 火曜5限開始前。

 体育館の中にある男子更衣室。


 次に体育の授業を控えている生徒はほぼ着替え終わり、更衣室はガランとしている。

 それとは対照的に更衣室前は着替え終わった生徒達でにぎわっていた。

 

 いまだに更衣室でもたついているのは王野樹と長居永久ぐらいだ。


「またこの時が来た……」


 樹は世界の終りのような顔をして自分のロッカーに張り付いていた。

 下半身だけは体操服に着替えているが、上だけはまだ制服という中途半端な格好だ。


「待ってあげてるんだから早くしてよ。」


 永久はすでに着替え終わっていて、腕を組んでいた。

 体操服に着替えた永久は小さな体が協調され余計に子供っぽい。


 樹はだらだらと制服を脱いで学校指定の体操服に首を通した。

 制服を軽く畳んでロッカーの中に放った。


 急に午後の授業なかったって事にならないかな……

 更衣室前のにぎやかさがそんな事絶対にありませんと告げていた。

 樹はあきらめてロッカーを閉めた。


 特に大切なものが入っている訳でもないが、暗証番号付の鍵も掛ける。


「ほら行くよ。始まっちゃうよ。」

 普段なら樹が体育嫌いな永久を急かしているが、今日は立場が逆転していた。


「うん……」

 樹は力なく答えて永久の後を追った。

 足は重い。



 体育は全クラス同時に行われるので、クラス順に整列させられる。

 広がってだらだらと準備体操を終えると、元の位置に戻って腰を降ろす。

 いつもより整列が早かったので、体育教師はいつもより機嫌が良さそうだった。


「はい、忘れ物。起立!」

 忘れ物をした者は自己申告制で立ち上がることになっている。


「はーい。」

 葵がぴょこんと立ち上がり言った。


「A組二十九番、山下葵です!」

 始めは名簿番号すらわかっていなかった葵だが、板について来たようだ。


 葵が立ち上がった瞬間、体育教師の顔が少し曇った。

 何を忘れたかは一目瞭然だが便宜上教員が聞く。


「何を忘れた?」

「体操服。」

「山下!これで連続3回目だぞ!」

 つまり葵が出ている全体育授業体操服を持って来ていない。


 教員たちは制服の着崩しやら、アレンジやら規制しだしたらキリがないので、葵が制服を着ていないのを黙認しているが、体操服はさすがに注意している。


「だってないもん。」

 葵は口を尖らせた。

 体育教師にこんな口きけるのは葵ぐらいのものだ。


「事務室で買ってこい!」

「お金もないもん。」

 悪びれない葵に体育教師は切り札を使う。


「……次は保護者呼び出しだぞ。」

「そんなっ……!」

 葵は悲鳴を上げた。


 こわいもの無しの葵でも『保護者呼び出し』はさすがに堪えるらしい。

 周りにいた人がクスクスと笑った。


「もう座っていいぞ。」

 葵は腰を降ろして項垂れた。


「愛希ぃ……どうしよう……。」

 葵は隣にいた愛希に助けを求めた。

「今度までに揃えてこればいいのよ。」

 愛希はごもっともな回答を出した。


「いちいちしゃべるな。」

 その声でざわつきがいったん収まる。


 それを確認したうえで体育教師は再び口を開いた。

「各クラス体育委員から聞いたと思うが、今日は体育祭のチーム決めをする。」


 再び生徒内に喜びのざわつきが訪れた。

 樹は奈落の底に突き落とされたような深い絶望を味わう。


 最後の希望であった、今日は通常体育授業を行うという可能性が無くなった。

 ただ先延ばしにしかならない事は承知しているがそれでも良かった。


 帝都学園の秋は学園祭ともう一つ大きな行事がある。

 それが体育祭だ。

 

 体育祭は学園祭の二週間後に行われ、二つの行事は同時進行で準備がされる。

 体育祭では個人エントリー種目と強制参加種目があり、強制参加種目は生徒全員名簿に印までつけられ漏れなく参加させられる。

 強制参加種目にはクラス一丸となって行われる綱引きや台風の目があって、男女別種目では騎馬戦と棒取りがある。


 この騎馬戦が毎度、樹を困らせるのだ。

 騎馬戦は4人1組のチーム編成で、同じ紅組、白組内だったら自由という事になっている。

 違う学年で組んでもよいとされているが、大体は同じ学年内のチームが出来上がる。


 あと数十分後には名簿が回され、あまりが出ていないか厳重に確認される事になる。

「どうしようか永久。また二人ぼっちだよ……?」

 樹はコソコソと永久に助けを求める。


「え。僕、当日休むつもりだけど。」

「俺一人じゃん!」

 体育嫌いな永久は堂々とサボタージュ宣言をすると、もうこの話は終わりというように前を向いた。

 樹はガックリと項垂れる。


「まぁ、二人見つかれば参加してあげるよ。」

 項垂れた樹があまりにも不憫なので永久は少し慰めた。


「ありがとう!」

「見つかればね。」

 永久は念を押した。


 早くも騒ぎ始めている生徒達に向かって教員が声を張り上げた。

「10分までに決めてチームごとに座ってろ。」

 男子は皆立ち上がって散り散りに動き始め、女子は一騎打ちに出る5人を選出するだけなので、10分まではおしゃべりタイムとなった。


「女子になりたい……」

 樹は恨みがましく呟いた。


「思っても口に出すなよ。」


 チームが決まらないと再び腰を降ろすことは許されないので、仕方がなく二人は立ち上がった。

 既に座っている人たちも何人かいて樹を焦らせる。


「先生に言って余ってる人探してもらいなよ。」

 永久は自分も該当者だというのに他人事のように助言した。


「嫌だゼッタイ!『コイツ去年もじゃなかった?』って内心でせせら笑われてるに決まってる!」

「なんでそこまで卑屈なの?新しく友達できたんじゃなかったの?」

 樹は目を泳がせた。


 最近学年劇を通じて仲良くなった中山、杉田はすでに同じ部活に所属している者とチームを結成していた。

 同じ部員との結束力は硬い。


 こういう状況を目の当たりにすると、入学当時怠惰で部活に入らなかった自分が本当に恨めしい。

 本当は入学直後でなくともいつでも入部することは可能なのだが、すでにできた人の輪に入るのは樹の最も苦手とする事だった。


「諦めて先生にいおうかな……」

 樹のセリフに永久は無言で頷いた。


 樹の暗い声とは裏腹に、聞いている人が明るくなるような声が樹の耳に入った。


「和馬一緒やろうぜ!」

 樹と永久からそう離れていないところで優太が和馬を捕まえていた。


 日曜日に祖父の家でバッタリ彼と出会ったが、それを機に仲良くなったということは無い。

 愛希との約束があるのでもちろん挨拶はするし、優太も快く挨拶をしてくれるがそれ以上の事はなかった。

 優太はいつも誰かと話していて、とても話せる雰囲気ではなかったのだ。


 優太は今回も樹にはないエネルギーを発しながら和馬と話していた。

「え、僕?背が高いから強いと思ったら大間違いだよ?」

 和馬が優太の熱意に押される形で二人がペアになった。


 あぁ自分にもあんな強引さや身長があったらな……

 こうして樹はまたどうにもならない事を考えては落ち込む。


 優太が新たな仲間を求めて視線を彷徨わせる。

 樹が羨ましそうに見ていたせいで優太と目が合ってしまった。


 羨望と嫉妬が入り混じった醜い顔になっていると思ったので、慌てて笑顔を張り付けて視線を反らした。


「先生どこだろ……」

 樹が誤魔化すように永久に声かけると、永久は黙って樹の後ろを指差した。

 樹が後ろを向こうとした時、樹の肩が遠慮がちに突かれた。


「チョイ、チョイ。目合ってたしょ?そこ2人、ここ2人で丁度4人じゃん。」

 先ほどまで少し離れたところにいた優太だった。

 その後ろから和馬が特に急ぐ様子もなくこちらに向かっていた。


「っ?!?!?!」

 言葉にできない程驚いた。


「あれ?もう誰かいる?」

「いないよ。」

 永久が樹の代わりに答えた。

 樹もそれを肯定するように何度も強く頷く。


「じゃ、座った座った。」

 優太はそこですとんと腰を降ろした。

 和馬も『よろしく』というとゆったりと腰を降ろした。

 永久はすでに正座していて、『早く座れよ』と樹のシャツの裾を引っ張っている。

 樹はややあって腰を降ろした。


「え、王野どうしたんだ……?」

 優太が樹の目を見てギョッとする。


「いや、ちょっと目にゴミが……!」

 樹は大慌てでそれを擦った。


「両目にゴミはいるなんて、すばらしく不運だね!」

 和馬は例の芝居がかった言い方で言った。


「夢じゃないよね?」

「蹴ってみようか?」

「つねるぐらいにして……」

 結局つねるも蹴るも無しになった。


 しばらくしてエントリー用紙とボールペンが回ってきた。

 順番に名前を書いていって、四人の名前が連ねられた。

 エントリー用紙にはまだ余白があった。


 それも初めての事だ。

 いつもなら最後まで決まらないので紙は真っ黒になっている。


 優太が次の班に紙を回した。


「さっきからなんで王野君涙目なの?」

 優太がからかい交じりで不思議そうに聞いてくる。


「ホントになんでもない……!」

 ここで正直に嬉しくって泣いているんだと言えば、友達がいないという事が露見しそうなので黙っておいた。

 和馬は優太の後ろでニヤついている。


 再び生徒が集められて、後は各クラス体育祭準備と言い渡され解散になった。

 これも恒例で毎年のことだが、こんなに晴れやかな気持ちでこの時間を過ごすのは樹にとって初めての事だった。


 個人エントリー種目に出る人々が練習を初めて、それ以外は時間を持て余すことになる。

 ただ待っているだけでも樹は満足だった。

 今日はチームを組んだ後も解散せずになんとなくチームが固まっていたからだ。


 一緒になって体育館の壁に寄りかかってだべっている。

 これだけですごく仲良くなった気分になる。


 嬉しさが顔に出ていたようで、永久がキショいと呟いた。

 そんな言葉はもちろん耳に入らない。


 突然思い立ったように優太が手を叩いた。

「一回組んでみるか!」


 樹は快く立ち上がり、永久はしぶしぶ、和馬はユルリと立ち上がった。

 練習、練習!と優太が囃して陣を組み始めた。


 身長百七十センチの樹と自称身長百七十センチの優太が、一番背の高い和馬の肩に手を掛けた。

 打ち合わせなどなかったがこのフォーメーション以外あり得ないと三人は思っていた。

 しゃがんで期待が込められた視線で永久を見る。


「「「さぁ、どうぞ!」」」


 他人事のように眺めていた永久が素っ頓狂な声を上げた。

「え、僕が一番上?」


「第一長居君、僕の肩に手届かないでしょ。」

「届くよ!」

 失礼なと心外そうな表情で永久がヤグラにまたがった。


 本人は届くと言い張っているが、おそらくどんなに背伸びをしても和馬の健康骨辺りまでしかない。

「みなさん準備はオーケー?」

「「オッケー!」」

 和馬の掛け声に、テンションの高い後ろの二人が答えた。


「落とすなよ。」

 永久はおっかなビックリ和馬の肩を掴んだ。


「「「せーの。」」」

 永久は自分の普段の目線の二倍以上の高さに上げられて戸惑っていた。


 永久は見た目相応で、三人で体重を分散させると何ものせていないように軽い。

 多分学年男子最軽量だ。


「おぉ!軽い軽い!トバセそう!」

 優太が下で騒ぐので永久が慌てた。


「だから落とすなよ!」

「長居君暴れると落ちるよ?」

 和馬の一言で永久はヤグラにしがみついた。


「これなら早そうだね!」

 樹が嬉々として言うと優太が同意した。


「じゃ、飛脚戦法で行くぜ!」

「動いてみる?」

 和馬が提案する。


「落とすなよ、分裂するなよ!」

 永久は最悪の場合を考えて和馬の肩にしがみついている。

 それを賛成と受け取って進む。


 いつの間に周りに集まっていた同級生から笑みが漏れた。

 普段と変わらないかそれ以上の速度で動けた。


「おお!早い!」

「早い早い!」

「いいねぇ!」

 ヤグラになっている三人はルンルンで永久はムスッとしがみついていた。


 だがしばらくすると慣れて来たのか「右、左。」と指令を出した。

 その頃には下の三人がばてていた。



 騎馬戦の練習を終えると4人は元いた場所に戻ってきた。

 和馬と樹が座って壁に寄りかかり、優太は少し前に出て胡坐をかいている。

 永久は樹の横でお山座りになっていた。


 ここからはバレーボールをしている女子生徒、バスケのフリースロー対決をしている男子生徒が目にはいる。

 視線の先にはバレーボールをしている井上真華がいた。


 樹の贔屓目かもしれないが彼女の輝きはジャージであろうがなにであろうが損なわれない。

 むしろ、見るたびに違う輝きがあって良いとすら感じる。


「王野君、何見てるんだい?」

「いやっ!!!何にも?」

 名残惜しいが悟られないように視線を反らした。


 実際には体全体が震えで数センチ飛び上がっていたが、なるだけ自然な動作に見せたつもりだ。

 視線を逸らしたその先にはネットのはるか上の地点でスパイクを放つ葵の姿があった。


「王野君、不憫なほど行動で丸わかりだよ?井上さん、いいよね!」

 樹は蒼白して辺りを見回した。

 こんな人の多いところで名指しでなんてこと言ってるんだ!

 幸い永久が樹の悲鳴を聞いて和馬を睨むだけだった。


「お!いいねって誰の話?!」

 優太がくるりとこちらに顔を向けたが、重要なところは聞いていなかったようだった。

 樹は大切な事に気が付いた。


 ちょっと待った!

 『いいよね』って、松田君も彼女の事を?!


 和馬は樹の心を見透かしたようにヒラヒラと手を振った。

「大丈夫さ。王野君の邪魔をするなんてめっそうもない。」

 和馬はヒラヒラさせた手をそのままお手上げポーズにした。


 樹は本心を露わによかったぁと脱力するか、そんな言い方やめてくれと抗議するか迷っていた。

 同じセリフを言った相手が永久だったら間違いなく前者だが、和馬の場合、何か裏があるのかもと身構えてしまうのだ。


 樹が一人で狼狽していると、和馬は伸びをしながら軽い調子でいった。

「男(僕ら)って気になる人が何人もいて、その内の一人だったら誰でもいいカンジなのだよ。」

 つまり真華はそのうちの一人という事だ。


「そうなの?!」

「なんか、いいのかそれ?!」

 樹と優太はほぼ同時に声を上げた。


 安心していいのかっ?

 邪魔しないって言ってたし。

 でも、松田君だからなぁ……


 和馬は二人の反応を見て、オヤ?とわざとらしく顔をしかめた。

「同じ男子高校生なのにアウェイみたいだね。」

 永久がボソリと当たり前だろと呟いた。


「そりゃそうよ!俺十七年一筋だから!」

 優太がへへんと胸を張ると、狙っていたとしか思えない良いタイミングで、バレーボールが優太の横っ面にクリーンヒットした。

 これ以上ない程いい角度で飛んできたボールに樹は優太を気遣う前に唖然としてしまった。


「ゴメン、大丈夫だった……?!あ、なんだ優太じゃない……」

 愛希が声のトーンと速度を落としてボールを取りに来た。


「噂をすれば愛希!」

 意外とダメージは少ないようで優太はだるまのように、元の姿勢に戻った。


「変な噂じゃないでしょうね?」

 愛希はボールを永久から受け取り礼を言うと、優太の横にしゃがみ込んだ。


「いちおう。……大丈夫?」

「オーライ。オールオッケー!」

「平気そう。それじゃあね」

 優太が親指を見せると、愛希は笑みを見せて颯爽とゲームに戻って行った。

 愛希が振り返る気配が無くなると和馬が口を開いた。


「宮野さんもイイよね。」

「待て和馬!気になる人のうちに愛希は入って……?」

 和馬が優太の言葉を継ぐ。

「『る』さ!もちろんじゃないか!」

「今すぐ除外しろ!」

 和馬はハハハと笑うだけだった。


 その光景を隣で見ていた樹は息を呑んだ。


 これってよくドラマとかで見る恋バナってヤツなのか?!


 樹は人知れず感動した。

 学園ドラマでしか見られないと思っていたことが目の前で起きている。


「王野君!長居君!だんまりだけど君はどうなんだい?」

「誰がいいとか!」

 和馬と優太が身を乗り出していて、永久は興味無さそうにうーんと唸った。

 優太はさっき真華の事を話していた部分を聞いていなかったから、真華の事は知らないようだった。


 突然話を振られて戸惑う。

 見ている分にはいいが想像以上に答えるのは恥ずかしい。


 教室の隅でこの手の話をしている同級生を眺めていたことがある。

 勿体ぶらなくてもいいのになんて思っていたが、勿体ぶっている訳ではなく彼らは恥ずかしくて答えられないのだ。


「思うところあるようだね!」

 樹は標的にされたことでモジモジと俯いた。


「同じ学校?他校?……モデルとか?」

 優太はなぜかピンポイントで職業を指した。

 樹は姉がモデルをしていること隠しているので慌てた。


 なんでこの前口止めしたのに言うの?!

 ただし樹は、優太が桜を『樹の姉』ではなく『樹の彼女』と勘違いしているとは知らない。


 樹は優太に手招きして素早く耳打ちした。

「内緒だって言ったでしょ……?!」

「あーめんご、めんご」

 優太は全く悪びれずに、胸の前で小さく合掌した。


「なにコソコソしてるのさ!」

 和馬がニヤニヤと笑いながら器用に口を尖らせていた。

 次に声の調子を変えて樹に語りかける。


「で。何か進展はあった?君は変われたかい?」

 樹はハッとして顔を上げた。


 優太は何事かと樹と和馬を交互に見ていた。

 『自分を変えてみたくないかい?』


 最近毎日が飛ぶように過ぎていったせいで大昔のことのように思えたが、夏休み明けの最初の金曜日、和馬が唐突にそう持ちかけてきたのだ。

 その言葉の真意を知る前にあれよあれよと、柄にもなく学年劇に出る事になった。


 自分を変えるってそういう事……?

 ただ劇に出るように仕向けただけじゃなかったんだ。


 上目使いで和馬を盗み見ると真直ぐに樹の答えを待っていた。

 彼に隠し事は無理だと確信した樹は、ポツリと絞り出すように


「まだ……なにも……」

 と呟いた。


 ヘタレだなと呟く永久。

 和馬はいつものニヤツキ顔でへぇと言う。


「ホントかっ?!?!?!」

 優太は突如樹の肩に掴みかかった。


 和馬の見透かされているような視線で赤くなっていた樹だが、赤みがさっと引いた。

 樹は優太の迫力に押され小さく数度頷いた。


「う、うん?」

「そうか!なんだ!あんな仲良さそうだったから……てっきり!あぁ、そうだったのか!」

 樹は優太の少々大袈裟な仕草に違和感を覚えたが、それよりも『仲良さそう』というフレーズが心地良かった。


 練習の合間など真華と話す機会は以前と比べると格段に増えたが、仲良さそうに見えていただろうか。


「……そんなに仲良さそう?」


「そりゃそうだろ!あんな見せつけられたら勘違いするだろう!」

 くどいようだが、優太が洋館で見た桜を樹の想い人だと勘違いしていることを樹は知らない。


「……そんなんだったかな?」

 そうとは知らず浮かれ気分の樹は、顔がニヤケないように努力していた。


 当然の如く樹の脳裏には井上真華が浮かんでいる。


 そんなに仲良さそうだった?

 見せつけてた?

 付き合ってるように見えてた???


 舞い上がり赤面する樹の横で和馬がうんうんと頷いた。

「まぁ、手ぇ取ったり、キスしたりするし見えるだろうね。というか見えないと困るよ。」

 当たり前のように和馬が言う。

 なにしろ和馬は樹と真華をなるべく恋人らしく見せようとしている演出者だ。


「王野……それって付き合ってるって言うんじゃないか……?」

 優太がじっとりとした視線で樹を見るので、赤かった顔がさらに熱を帯びた。

 樹は激しく首と手を横に振った。


「キスッ?!してない、してない!」

 いくら劇でも、命令でもできる筈がない。

 優太はそれを聞くと満足そうにうなずいた。


「よし!ちゃんと高校生らしい健全な付き合いをしているようだな!これからも心掛けるように!!!」

 優太はまるで頑固オヤジのようなセリフを清々しい表情で言う。

 樹は優太の勢いに押されて曖昧に頷いた。


「お前は何様なんだよ……?」

 永久は優太に不審そうにツッコミをいれ、和馬は口を尖らせた。


「なんでしてないんだよ。ブチュッとイケるチャンスを上げたのに……」

「ブチュって……!」

 樹は照れているのか、喜んでいるのか微妙な表情を作った。


「お前っ、なんてチャンス与えてんだよ!!!」

「おやおや?キバ君さっきから個性がうるさすぎるよ?」

 和馬は優太をさらりと受け流すと樹の方に向いた。


「これを機に何か進展があるのかな?期待してるよ。」

 和馬の笑顔はもはや命令しているようにしか見えない。


「無理だよ。学園のアイドルみたいなもんだし……」

 樹はお山座りした膝に顔を埋めた。


 その横で優太が素っ頓狂な声を上げた。

「え!まだ学生なの?!」


 ボケているのか?ツッコミ待ち?


「さっきからなに言ってんの?」

 控えめな反応を見せた樹の代わりに永久が鋭く突っ込む。


「だって、おねぇさまって感じじゃん?」

「だから、誰の話なんだよ。」

「……?」

 優太と永久が互いに困惑している。


 二人の会話を尻目に和馬がずいずいと樹に迫った。

「じゃぁ、王野君学園のアイドルじゃなかったらブチュッといけた?」

 想像しただけで倒れそうだった。


 ツインテール。小さな顔。唇。

 ホント、変な想像……いや妄想してゴメンナサイ!

 樹はそれ以上妄想できないように謝り倒して、頭の中から彼女を掻き消した。


「そ、それでも、無理かも……」

「なに彼女そんなにダメ?前歯に青のりとか?」

「そんな筈ない!」


 唇、歯、青のり……。

 また想像しそうになって、ぶるんと首を振る。

 ……それでも好きかもしれない。


「ほう、ならなんで?」

 勇気がないからというのもあるが、3割ぐらい占めている理由はこれだ。


「好きな人いるだって……」

 樹は自分で言って拗ねたように和馬から視線を反らした。


 永久とやり取りしていた優太が、樹の声を聴いて騒がしくこちらに体を傾けてきた。

「マジか?!スキャンダルじゃね?!芸能人?芸能人?!」

「いや……違うと思うよ?」


 確かに井上なら芸能人が横に立っていても違和感がないかもしれない。

「一般人か!!!」

 優太はムンクの叫びのような表情になった。


 先程から優太は何かと大袈裟で永久から白い眼で見られている。

 樹のセリフからややあって和馬が口を開いた。


「王野君、それ誰情報?」

 和馬が片眉を吊り上げていた。


「本人の口から聞いたんだ。」

 屋上で盗み聞きした告白現場、あの局面で嘘をついていたとは考えにくい。


 『ゴメン……好きな子いるんだ。』

 自分が直接言われた訳でもないのに、胸が痛くなって顔をしかめた。


「へぇ、誰?」

 和馬は樹の痛みなどお構いなしに、痛みを強めるようなことを言う。


「聞いてない。聞けなかった。」

「頑張れよそこ!聞き出せよ!スクープだろ?!」

 優太は軽そうに言ったが、聞いてしまったらその人物を呪いながら泣き寝入りすることになる。


「無理だよ……」

 ショックから立ち直れず、登校拒否になる自信があった。


「……ぷ、ハハハッ!」

 和馬はこらえきれないと言った感じで吹きだして、声を出して笑った。

 和馬が失礼または無神経な行動をとるのは常だが、さすがに樹もムッとした。


「なにが可笑しいの?」

「いや……君の鈍さ加減とか。」

「どういう事?」

「さぁね!」

 和馬は話は終わりというように壁にもたれかかると、わざとらしく口笛を吹き始めた。


「ど、どういう事」

 樹は永久を揺すった。


「知らないよ。」

 永久もそっぽ向いてしまった。


 樹は視線を反らして一人で考え込んだ。

 モヤモヤしたまま残りの時間を過ごした。


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