32.六木運送
日曜の昼過ぎ。
車中にて。
「あーあ!出かけようと思ってたのに……!」
優太は助手席に座って愚痴をこぼした。
「しゃーない、しゃーない。」
そう言ったのは運転席でハンドルを握る木林森剛だ。
優太の父親である。
古典的な日本のお父さん的風貌で、洗い過ぎでやや色落ちした黒いツナギに身を包んでいる。
休日に無理やり連れだしてこのセリフは酷い。
優太は諦め気味にため息をついた。
優太は運転席にいる彼の父とは違い真新しい黒いツナギ姿である。
前に着ていた物がようやくいい感じに薄汚れ、こなれてきたのだが、サイズが合わなくなり泣く泣く新しく新調した。
新品を来ていると数々の仕事をこなしてきたのに、何もかもが初めての新人のように見えてしまうから好きでない。
新品独特の臭いが余計に気分と体を重くする。
剛はハンドルを握りながらチラリと息子を盗み見た。
「お前最近よく出歩くけど、どこ行ってんの?」
こう聞かれるときまり悪く黙り込むしかできない。
正直に『夜な夜な違法電波のラジオで歌をお届けしてるんだぜ!』とは言えない。
答えられれば今日連れ出さることもなかった筈だ。
次回までに良い言い訳をに考えておかなければ。
優太が応えないのを見て剛は若いノリで、「女、女?彼女、彼女?」と聞いた。
「違うわい。俺、愛希一筋だもん。」
こう言う事は恥ずかしげもなく言うので、いつも冗談だと思って受け流される。
「そうかい、そうかい。」
剛も冗談だと受け取っている。
悲しい事に愛希本人にもネタだと思われている。
「あーあ!愛希ちゃんなら文句言わずに手伝ってくれるのにな……」
今日はいないが愛希はよく仕事を手伝ってくれて、一杯六百円のパフェを報酬として貰う。
一日働いてもそれ以上受け取らないのだからほぼタダ働きだ。
「はいはい。すんませんでした!」
愛希がいたらもう少しやる気が出ていたかもしれない。
優太は拗ねたように窓の外を向いた。
優太の父親は運送業を営んでいる。
この地区限定の小規模なものだ。
説明する場合、運送業なんてカッコイイものじゃなくて運び屋と言う方がしっくりくる。
運ぶだけでなく、お客の要望に合わせて引っ越しを手伝ったり、誕生日サプライズに協力したりと、便利屋っぽい事もしている。
革命後ロボットが大量に普及し、多くの運送業従事者が職を失ったが、木林森家は家業を続けることが出来た。
それは今日のように不定期的に、されど頻繁に修理会社に雇われる為である。
そのおかげで木林森家は安定した収入が得られる。
今日はお引越しでも、お誕生日サプライズでもなく、壊れたロボットの運送だ。
修理会社に雇われてロボットを取りに行くのだ。
壊れたロボットは大きさも重さもさまざまで、宅配用ロボが運べないものも多い。
大きいものを運ぶ技術はまだ出来ていないし、人件費を下回る値段で運用されるのにはまだまだ時間がかかる。
宅配用ロボの守備範囲外かつ、壊れたロボット一体のみという小規模な仕事を請け負うこの家業は修理会社に重宝されている。
壊れたロボット運送はサプライズなどと比べると事務的で退屈だが、これも立派な仕事だ。
優太は仕事を手伝うこと自体はそれほど嫌いじゃない。
今日は予定を塗り変えられたので不機嫌にしているが、ゆくゆくは自分もこの仕事を継ぐことになるだろうから、今のうちにこういう仕事にも慣れておこうという考えもある。
この仕事もそれなりに好きで、ユニフォームであるツナギをゲームのアバタ―に着せたりもしている。
それに、車以外にバイクで運送することもあるので、親たちは優太が原付を乗り回していることにも割と寛大だ。
窓の外はお店が立ち並ぶ工業地帯から、少し奥まった住宅街に切り替わった。
剛が軽トラを止めたのは優太の通う学校から少し離れたところにある洋館だった。
「うわっ!スゲー……!城かここは?!」
優太は軽トラから飛び降りると洋館をしげしげと眺めた。
一つの部屋にしては狭い間隔で窓があって、中は区切られているようだった。
だとしたら相当な部屋数があるはずだ。
しかしどの窓もカーテンが閉められていて、生活感は感じられない。
城と言うのにはやや語弊がある佇まいだが、優太からすると西洋風の大きな建物はやはり城だ。
近くの民家と比べるとデカいが、その落ち着いた佇まいは景観を損ねる事はない。
むしろその地区のシンボルのようだった。
退屈かと思われていた回収作業も俄然やる気が出てきた。
「おい優太!一番でかい荷台下ろせ。」
「へいへい。」
滅多に使う事のないものだが、優太はテキパキと大きな荷台を出し、これから使うであろう覆い布とロープ代わりの布紐のセットも待ちだした。
その間に剛は洋館にのんびりと歩いていた。
優太が荷台を抱えて追いついたところで玄関の呼び鈴を鳴らした。
ビリリリと耳慣れない音がしたがレトロでこの建物とよく合っている。
剛がキョロキョロとしている優太を肘で突いた。
優太は姿勢を正して家主の出てくるのを待つ。
「はいはい。」
返事とはずいぶんタイムラグがあって中から出てきたのは、この洋館によく似合う老人で、笑顔に人の良さがにじみ出ていた。
「六木運送です!」
しっかり身についた腰を80度曲げる挨拶をする。
「お世話になります。」
老人はのほほんとした笑みを浮かべて優太達を招き入れた。
「失礼します!」
体育会系の挨拶と共に屋敷に足を踏み入れた。
「靴はここに入れてください。」
洋館なので靴のまま上がるのかと思われたが、そこは日本式のようだった。
老人が指示した靴箱には何種類かの靴が整頓されている。
女物のスニーカーから運動靴、泥付の上履きなど様々だ。
もしかしたらここはまだ集合住宅として機能しているのかもしれない。
まだ大分余裕のある大きな靴箱に親子は並べて靴を置いた。
「ロボットの方はどちらに?」
老人は場所を示す代わりに奥の扉に向かって呼んだ。
「樹くーん。」
ドアの向こうから優太のよく知る人物が出てきた。
「あれ?!樹じゃん!」
優太は知っている人を見つけた時の条件反射でヨウと手を挙げた。
それはクラスメイトの王野樹だった。
家の中だというのに、雑誌から抜け出したかのような恰好をしていて、優太はおシャレ度の違いをまざまざと見せつけられる。
芸能人と付き合っているという噂があっさり信じられるほどの美形。
最近では謎の部屋着少女『葵』とよくいる謎多きクラスメイト。
そして最近仲良くなった『カノジョ』が現在片思い中の男である。
優太は頭に浮かんだ彼の肩書を箇条書きっぽく並べてみた。
優太が驚いたように、樹も驚いて藍色の目をしばたかせている。
親しげな優太に反して、樹は戸惑っているようだった。
優太は馴れ馴れしすぎたかと思い笑顔で誤魔化す。
真華がいつも樹、樹と話しているので大分身近に感じていたが、言葉を交わしたことは二、三度しかない。
ややあって樹も微笑み返した。
整った顔はどこか冷たい感じがする。
最近とっつきやすくなったって本当か?!
優太はクラスの友人の言っていた事を疑い始めた。
意外とピュアでいいヤツだよと聞いていたのだが……
「お、知り合いか?」
剛は優太と樹を交互に見た。
「うん。クラス一緒。」
優太が言うとなるほどと剛は古典的な納得ポーズをとった。
「なら梱包は任せた。」
剛は声色と体の向きを変えて依頼者の老人に向き直った。
「梱包は倅が担当しますので!こちらの同意書にサインお願いしますっ!」
修理会社と老人、ダブルで雇われているので普段はしない長い書類の手続きがある。
老人は快く返事をすると樹に向かってのほほんとした笑みを浮かべた。
「樹君。案内してくれるかい?」
「うん。」
樹は頷いて老人が広間に行くのを見届けた。
剛もあとは優太に任せたという感じで老人の椅子を引いたり、書類の内容を要約したりし始める。
ほったらかしになった優太と樹がその場に残された。
お互い面識はあるが喋ったことがあまりない。
妙な間が空く。
「お、おはよう!……にはもう遅いか……。」
樹は誤魔化すように笑った。
恥ずかしそうに笑う姿は先ほどよりも人っぽさがある。
樹の言うとおり確かに今はお昼過ぎだ。もう遅い。
自分で言ったことに乗り突っ込みするようなヤツに悪い奴はいない!
と、優太は勝手な自論を展開して警戒を解いた。
そう思うと単に緊張しているようで可愛く思えてくる。
優太は樹のピュアな部分を垣間見た気がした。
「そうだな!」
優太が笑みを見せると樹もホッと息をついたような表情になる。
「で、ロボットは?」
優太は梱包材を持ちながら樹に尋ねた。
「あ、こっち……!」
樹は自分がさっき出てきた扉の方を指差した。
よく見るとその扉は映画に出てきそうな金のドアノブがついている。
ところどころ金が剥げていたが、それがより年季の入った感じがしてよい。
優太はここが依頼者の家から同級生の家に変わった事で、ある程度視線を動かす事が許されるような気がした。
実際樹はドアの前に来ても開けずに、優太と一緒になってスタンドグラスを眺めている。
扉に関わらず、天井や照明に至るまで、この建物全体がタイムスリップしてきたような雰囲気を醸し出していた。
優太は樹が登場してから抱いていた質問を口にした。
「ここ住んでるの?」
樹は首を振った。
「ここは、おじいちゃんの家。俺の家、違うとこ。」
樹は緊張のせいからか片言に答えた。
日本人離れした顔立ちなのでこうして話すと日本語が苦手なように見えたが、噂によると彼は日本語しかしゃべれないらしい。
「へぇ……広いなぁ。」
「昔は学生寮だったらしいよ」
少し緊張がほぐれたのか、今度は流暢に答えた。
「今はやってないの?寮生活って楽しそうだよな……」
特にこんな年季の入った洋館で仲間と暮らしたら楽しそうだ。
「楽しそうだよね。ちょっと憧れる。」
樹はドアノブに手を掛けた。
この部屋の真ん中にはこの洋館によく似合う、古い型のロボットが物悲しく立っていた。
物悲しく見えるのは、その腕のひじから先が無くなっていて、コードがたれていたからだ。
一目で壊れていると分かる出で立ちだった。
「階段から落ちたんだ。」
「あちゃぁ……」
樹が辛そうに言うので優太は悪い事聞いたなという気持ちになった。
それだけ大切なものだという事だ。
優太はいつもよりさらに丁寧な扱いを心掛けた。
「じゃあ、包みたいと思います。」
「はい、お願いします。」
優太が改まって言うと、樹も改まって応じた。
覆い布を取り出して、袋状になっているそれを頭からかぶせる。
覆い布は中にたっぷりと綿が入っていて、そのまま緩衝材になる。
樹はロボットが覆われていく様子を、固唾をのんで見守っていた。
作業をまじまじと見られた事は無いので緊張する。
優太が樹の様子を横目で窺った時、樹の視線がまだ布で覆われていない腕に注がれているのに気が付いた。
樹はまたも誤魔化すように笑った。
「今日は障害物がたくさんあったから。それ避けようとして……」
「そうか……」
優太が重々しく頷く。
「普段はそんなことないんだ。家の地形は全部インプットされてて間違えることは無かったし……知ってる限り20年近くも!11号の平行感覚は今の二足歩行型より……」
云々。
樹が説明している間優太はポカーンと口を開けていた。
思わず作業する手が止まってしまう。
饒舌な樹にも驚かされたし、その情報量。
さっき緊張で片言になっていたのが嘘のようだった。
優太に理解できたのはこの壊れたロボットを樹が『11号』と呼んでいることだけだった。
樹は優太が衝撃を受けていることに気付かず、また何事もなかったかのように静かになった。
「……」
「あ……!平行感覚の問題じゃなくて空間認識機能の問題だって話?」
そこじゃねーよ。
思わず口に出して突っ込みそうになった。
樹は何が問題か分らないというように困惑の表情を浮かべ、首を傾げている。
優太に確信できた事が一つあった。
「王野さぁ……ロボット好き?」
樹は首を正常な位置に戻して、なぜか辺りを気にするそぶりを見せた。
それからやや間が空いて口を開いた。
「うん。大好き。」
少し恥らいながら、シッカリとした口調で言った。
この顔、ロボットの真華にも見せてやりたい。
樹は笑顔を隠すと唇の前で人差し指を立てた。
「秘密だけど。」
樹は目尻から星のかけらが落ちそうな程完璧なウィンクをして見せた。
「お、おう!」
その威力に圧倒されて優太は尻込みした。
なにが秘密なのか?
樹はその後も、誰もいないのに周囲を気にするような仕草を見せた。
別に秘密にする事でもないと思うし、隠す必要もないと思うのだが。
確かに学園一の美形が重度のロボットオタクというのは意外だ。
たが、それも悪くないと思う。
樹の笑顔を見て真華を思い出さないはずはなかった。
もしかしたら、樹は彼女がロボットである事を知っているのかもしれない。
突飛な発想だがそんな希望を持った。
優太は興奮を抑えながら頭の中で次にどうやって切り出すか考えていた。
『だよなぁ、いいよなロボット!隣のクラスの井上なんてどう?超ハイスペック!』
冷静に考えると真華にとってお節介にしかならないような気がしたし、急に告げられてもクラスメイトが変になったと思われるに違いない。
それに樹に関する噂を一つ思い出した。
モデルの安藤姫乃と付き合っていると言うものだ。
もし、屈託のない笑顔で『そうだよ』と言われたらこれから真華を応援できなくなりそうだ。
優太が11号の腕で引っかかっていた布を治すと、足の部分まで布がすとんと降りた。
布をかぶせたその上から布紐で緩すぎず、きつ過ぎないように縛る。
作業の工程を見守っていた樹が口を開いた。
「……木林森君は、バイト?」
優太は違う違うと首を振った。
「タダ働き!うちの家業なんだ。木林森で『木』が六個あるから六木運送!」
「へぇ……!」
樹がちょっと笑ったので優太は少しいい気分になった。
学校の樹と言えば見る限りいつも無表情だ。
学校でももう少し笑ってればいいのに。
そうすれば近寄りがたいと敬遠されることもなくなることだろう。
一瞬考えたが自分を含む学園中の男子に氷河期がきそうなので今のままでいて欲しい。
優太はもう一つ小さい布袋を取り出して、完全にとれている腕をその中に入れて包んだ。
そしてはじめからそうしてあったように、11号の足元に立てかけておいた。
本来ならここで荷台に乗せて運ぶ所だが一人では無理そうだし、一応お客である樹に手伝ってもらう訳にはいかなかった。
ここで仕事はいったん中断だ。
「よしっ!悪いけど親父が来るまでちょっと待てて!」
樹はニッコリとして頷いた。
作業を終えて控えめに伸びをして、優太が何気なく窓の外に目をやる。
建物も大きければ庭も広い。
二人のクラスメイトには桁違いな金持ち松田和馬がいるが、この家も結構なお金持ちなのではないかと優太は思った。
優太が窓の外を見ていると、窓の左端から背の高い青年がダンボールを器用に積み上げて歩いてきた。
中身が空なのか軽いのか、大量に抱えている。
一見インドア風のその男に、見覚えのある小柄な少女がジャレ付いていた。
「あれ?あそこにいるのって葵?」
樹も窓の外を眺める。
「うん。片付け手伝ってくれてるんだ。」
葵は手伝っているように見えなかったがそういう事らしい。
あの荷物はもしかしたら11号が壊れた原因を作ったものなのかもしれない。
男は早々に荷物を置いて、来た道を戻っていた。
空いた手で鬱陶しそうに葵を追っ払おうとしていたが、その素気なさが却って葵とその男が親しい関係にある事を示していた。
葵は懲りずに男の後をつけている。
学校でも葵があのように樹の後についているのをよく目にする。
「そういえば王野って葵と仲いいよなぁ……?」
「まぁ、一緒に暮らし始めたからね。」
「へぇ……」
ここがかつては寮生を受け入れていた洋館だったから優太は何も違和感を覚えなかった。
葵はこの洋館の一室に住んでいるのだろう。
祖父の家に住んでいる同い年の子がいれば仲が良いのというのも理解できる。
クラスの連中が二人の関係を不思議がっていたが、そういう事情らしい。
「一緒にいるのって葵の兄さん?」
「うん。うちのアネキと仲がいいんだ。」
「アネキ?姉ちゃんいるんだ!今日来てないの?」
樹はなぜだか肩を震わせた。
「いや、来てない……!」
「なんだ、玄関に女っぽい靴あったからいるのかと思った!美人でしょう?」
優太の問いかけに樹は顔を渋らせた。
「いや、そんなに?」
樹は興味を持つほどの物ではないと素っ気く態度で示した。
「ちょー見てみたい!」
「全然面白みないよっ?!」
「そんな馬鹿な!その動揺っぷりが怪しい!見たいなぁ……」
「えー……」
一人っ子の優太には分らないが姉を見せるのって恥ずかしいのだろうか。
ドアが開いて書類にサインをもらった剛が樹の祖父と入ってきた。
「終わったか?」
「モチのロン。」
優太は樹の方に向いて耳打ちした。
「美人なねーちゃん、いつか見せてよ!」
「美人って……ハードル上げないでよ!まぁ、いつかね……」
樹の口調から見せる意思がないのはよく分った。
優太は父と共に11号を運び出す体制を整えた。
樹は11号の腕の入った布袋を大切そうに抱えて、二人の様子を心配そうに見つめる。
「大丈夫ですか?人呼びましょうか?」
樹は剛がいるので敬語に切り替えた。
11号を斜めにした事で優太の腕にグッと重みが加わった。
「何のこれしき……」
「ほ、本当に大丈夫ですか?!」
プロ根性で何とか踏ん張った。
それにしても重い。
階段から落ちたと聞いたがどうやってこの部屋に運んだんだろう?
そんな風に思うぐらい重かった。
何とか荷台に乗せて一息つく。
優太と剛以上に樹の方がホッとした顔をしていた。
樹は荷台の上に自らが持っていた布袋を置いて、その様子を見ていた樹の祖父は布袋越しに11号を撫でた。
「いってらっしゃい。」
家主は別れを惜しむように言って、名残惜しそうに手を離した。
「では、お預かりします。ありがとうございました!」
剛は頭を下げるとガラガラと荷台を押して行った。
祖父がゆっくりと屋敷の中に入っても、樹は11号を見送っていた。
「大丈夫?」
樹本人は気付いてないだろうが、そう聞かずにはいられないぐらい悲しそうにしていた。
「うん。」
「まぁ、すぐ良くなるんじゃない?」
完全に治ると言いきれないのが辛いところだ。
修理するのは優太ではなく、優太達を雇った修理業者だ。
ロボットの知識は梱包と運び方以外は素人だ。
「ありがとう。」
樹が笑顔になったので優太はとりあえず安心した。
じゃあ、また学校でと言おうとしたらドアの向こうでパタパタと足音が聞こえた。
軽い足音で女性のようだった。
そして間もなくドアが開き、よく知った顔がひょっこり顔を出した。
「イツキィ?」
「……っ?!」
優太は目を丸くさせた。
茶髪のゆるふわカールに、白い肌、藍色の瞳。
なぜこんなところに安藤姫乃が?!
今日はテレビや雑誌では見られない家庭的なエプロン姿だった。
髪の毛も無造作に横で束ねられていたが、それでも彼女の美しさは健全だった。
メイクもあまりしていないようで、テレビで見るより幼くみえた。
「あ!なんで出てくんの?!」
「コンビニでパン粉買ってきてほしいなぁと思って……」
姫乃は特に悪びれる様子もなく唇を尖らせた。
姫乃は硬直している優太に目を向けた。
見るからに驚いている優太に、姫乃はニコリと微笑んだ。
「こんにちは。樹のお友達だよね?樹がお世話になってます!」
ペコリと桜は頭を下げる。
その時にふわりとフローラル系のいい香りがした。
「樹って全然私に友達とか紹介してくれないんだよ!」
姫乃は優太に同意を求めるように愚痴ったが、あまりの衝撃の為口をきくことも出来なかった。
顔ちっさ!!!
脚長っ!!!
何喰えばこうなるんだ???
生物学上で言うと同じ人間というから驚きだ。
「わかったから中入ってよ!」
樹がジェスチャーで姫乃を館に押し込めようとした。
「えー、パン粉は?」
姫乃は樹が困っているのを見て楽しんでいるようでもあった。
「えーじゃない。買って来るから!」
普段からこのようなやり取りをしているのも目に見えた。
わがままで少し年上の彼女に樹はいつも翻弄されているのだろう。
これから会うであろう井上真華に、良い土産話を持って行けると思っていたが、姫乃の登場でそれが出来なくなった。
優太は眩暈を感じてよろよろと後ずさった。
付き合ってるって本当だったんだ。
「やっぱり……?」
「うん。そうだよ。やっぱり判っちゃうよね……一応、隠してるんだけど。」
隠しているといってもこうして見せつけられたら、驚きを隠しきれない。
「これも秘密にしておいて!」
樹は姫乃を中に押し戻しながら言った。
「イツキ、『これも』って?」
「だから秘密なんだってば!!!」
二人の間には入れる隙間がないぐらい親密な何かがあった。
並ぶと対になる様な不思議な感覚だ。
それが二人の顔の造形によるものだとは気づかなかった。
茫然と佇んでいる優太に気が付いて樹は姫乃を放っておいて照れ隠しに微笑んだ。
「驚いた?」
驚いたなんてもんじゃない。
優太は何とか気分を立て直そうと明一杯の笑顔、身振り手振りで誤魔化した。
「ですよねぇ!やっぱそうですよね……」
樹は急に慌てだした優太を不審そうと言うより心配そうに見ていた。
そりゃあそうですよね。
ロボットより普通の女の子が好きだよな……
しかも相手は人気モデルの美女。
「じゃ、また学校で……」
優太はフラフラと定型文のような別れの挨拶をした。
それに対して樹はパッと表情を明るくした。
「うん!またね!」
樹はまた学校で会えるのを本当に心待ちにしているかのようだった。
友人の言っていたピュアと言っていたのも頷けた。
その純粋な笑顔が優太の精神を痛めつける。
本人に悪気がないのは分かる。
そもそも本人に悪気があるかないかを判定する事すらも見当違いだ。
しかし、たった数分間で希望と絶望を体験させられた優太からすると、どうしても裏切られたという気持ちになってしまう。
「俺、どうすればいいんだ?!?!」
優太が大きすぎる独り言を言いながら車に飛び込んできたので、剛は思わず尋ねた。
「ど、どうした?!」
「いや……」
夜な夜な例の場所に歌いに行っている事を隠している以上、真華の存在も口にする事が出来ないので、こう答えるしかない。
剛は外国人のように肩をすくめて意味わからんと言って、車を発進させた。




