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カリロボ  作者: 広瀬ジョージ
学園祭編
31/95

31.洋館とロボ

 平日の慌ただしさが嘘のような日曜の朝、樹は祖父の家に来ていた。


 どんなに文化祭の準備が忙しかろうが休日は学校に行けるはずもなく、遠ざかるほかない。

 ここに来ると自分が学生である事を忘れそうになる。

 立地的には学校に近いが、ここの雰囲気は日常から切り離され、ゆったりとした時間が流れているようだ。

 学園祭の関係で慌ただしく動いている生活とはかなり異なる。


 そう思わせるのは、この古い洋館とここに暮らすイブじいのおかげだろう。

 イブじいの黒目はさっきから端から端に移動し、せわしなく動いている。

 瞳が捉えている対象物が忙しなく動いているせいだ。


「大きい!お城みたい!!!」


 葵は駆け出したかと思うと側転して、飛んで、転がって、跳ねて、全身を使って楽しさを表現した。

 長い髪に落ち葉が絡むと、犬のように身震いして落として再び駆け回った。

 葵が王野家に出入りするようになって数日が経ち、彼女の行動にも慣れ始めてきた。


「元気だね。」

 イブじいが穏やかな笑みで葵を眺めている。


 元気だねと言う表現は葵には生易しい。

 しかし樹は同意するように静かに頷いた。


 体育の授業などを見て思ったが、彼女の身体能力はずば抜けている。

 CG加工が施されているように大袈裟でダイナミックな動きをするのだ。


 この前の体育種目はバレーボールだったのだが、葵はネットの上に顔が出る程飛び上がって皆の度肝を抜いた。

 そしてその高さから放たれたアタックのせいで樹は腰を抜かした。


 葵はイブじいを見つけると駆け寄ってきた。

 樹は葵が突進してくるような勢いだったので身構えたが、そんな心配はいらずぴたりと目の前で止まった。


「こんにちは!葵です。16歳です。」

 葵は兄から教えられていた挨拶と自己紹介をしっかり行った。

 樹は横から山ちゃんの妹だよと補足した。


 程なくして、裏に車を止めにいっていた山下と桜が戻ってきた。

 この数分もない道のりの間に二人は肩を並べ仲良く歩いてきた。


 桜は『葵さん』の正体が彼の妹である事がわかり、以前よりも彼にベッタリだった。

 彼女なりに遠慮していたのかもしれない。


 山下達が集まったところでイブじいはのほほんとした笑みを浮かべた。

「今日は手伝いに来てくれてありがとう。」

 口下手な山下はそれに対して少し微笑んだ。

 それを見て桜も笑った。


「よしっ!じゃあ早速始めようか!」

 桜がパンと手を叩き開始の合図をした。


 今日このメンバーがここに集まったのは、イブじいの家を急遽大掃除することになったからだ。

 イブじいの住んでいる洋館が取材される事になったのだ。

 洋館がのることになる雑誌は、毎月素敵な建築物を一つ紹介する事になって、今回はイブじいの家が選ばれたようだ。


 この洋館は聞くところによると、イブじいのおじいちゃんの代からあったようで、この辺で昔のままになっているのはこの洋館だけらしい。

 その取材が来る前に綺麗にしておこうという事だ。

 

 まずは玄関の吹き抜けに施されたステンドグラスを綺麗にする事にした。

 吹き抜けは一階から二階にかけてあるが、一階の天井が高いので実際には三階ほどの高さにステンドグラスはある。


 他の場所はEVE11号がゆったりと掃除しているが、ここはさすがに手が届かない。

 そこで山下兄妹の出番だ。

 二人がいれば業者はいらない。


「葵、上に行きたいか?下がいいか?」

 山下の問いかけに葵は『上!』と答えた。

 山下は両手の指を組んでバレーボールのレシーブのような形を作った。

 葵がその手の上に裸足になって乗った。


「行くぞ。」

「はいさ!」


 山下の下から押し上げる力と、葵のジャンプ力で葵は上に飛び上がった。

 葵はグラスの桟のところに足をおろし、ステンドグラスに張り付くような形になった。


「スゴイ……」

 こうするとは聞いていたが目の当たりにすると驚きが隠せない。

 樹はイブじいと一緒に階段に腰かけ、その様子を一歩退いた場所から見守っていた。


「葵ちゃんもスタントマンかなにかなのかね?」

「うーん……なれそうではあるよね。」


「葵ちゃん!そこ埃たまってるから!」

 桜は上空にいる葵を見上げながら叫んだ。

 山下兄妹ももちろんスゴイが、その二人にアイデアを実行させる桜も十分にすごい。


「うわっホントだ!」

 葵は足の裏を見て驚いていた。


「気を付けてね!」

「はぁい!」

 ここは彼らに任せるとして、自分も仕事を始めなければ。


 樹はそう思い立って立ち上がった。

「イブじい、俺はどこやればいい?」

「おぉ、屋根裏の掃除をお願いしようかな。」

「分かった。」

 樹は常識の範囲内の仕事を任された。


 屋根裏とはあるのは知っていたが樹も初めて入る場所だ。

「屋根裏も取材来るの?」


 階段を上ってきた桜がイブじいの代わりに答えた。

「屋根裏の中じゃなくて、屋根裏の窓から見える風景がとりたいらしいよ。」

「へぇ……」

 屋根裏自体入った事はないのだから、そこからの風景というものも樹は見たことがなかった。


「だから道開けておく程度でいいよ。それとこれ鍵ね」

「はぁい。」

 樹は鍵を受け取り、一人で最上階へ向かった。

 最上階だけは部屋数が他の階より部屋数が少なく廊下も短い。


 その代り、行き止まりには小さな扉があってそれが屋根裏への入り口になっていた。

 樹は渡された鍵でその扉を開けた。


 鍵はこの洋館が建てられた時からついているようで、まだ機能していることが奇跡のような古い鍵だった。

 樹は年甲斐もなくわくわくしてきた。

 こんな鍵が出てくるといよいよ普段の生活と違う場所に来たような気持になる。


 その扉の中には梯子があり、その空間にはそれだけしかなかった。

 扉を閉めると閉所恐怖症の人は入れなさそうだ。


 樹は閉所恐怖症という訳ではなかったが、古い鍵にもしもの事があった時の事を考えて開けっ放しにしておいた。

 上を見ると暗くてどうなっているか分らない。


 スマホについているライトをつけてパーカーのポケットの中に入れた。

 布越しにぼんやりとした光が付いて、それを頼りに上に上がった。


 こんな場所を小さい頃に見つけていたら絶対に秘密基地にしていたはずだと樹は思った。

 しかし今の樹には梯子を上がるのも少し窮屈だ。


 そんなに高く上がってきてはいないと思うが、暗闇の中なので距離感覚があやふやになる。

 樹の手が空を掴んだ。

 ここが一番上のようだ。

 

 樹はスマホであたりを照らした。

 最後に手をかけた梯子の向こうに開けた空間がある。

 足を延ばして床を踏みしめ、ゆっくりと床に降りた。

 

 樹はスマホの光と雨戸の隙間からの光を頼りにこの部屋の明かりをつけるスイッチを探した。

 その時樹の頬を何かが掠めた。


「ヒィ!」

 樹は当然の如く叫んで、いろんなものに足を引っかけながら窓の方へ向かった。

 雨戸が吹っ飛びそうな勢いであけて部屋に明かりを取り入れた。


 樹は何か得体の知れないものに触れた頬を何度も擦った。

 恐る恐る振り返ってみると、ユラユラ揺れる蛍光灯のスイッチを発見した。


 どうやらそれにあたったらしい。

「な、なんだ……」

 恥ずかしい……

 誰も見ていなくってよかった。


 それに窓を開けた事でもう明かりをつける必要はなくなった。

 冷静になって屋根裏を見回してみるとそこが人の部屋らしい事に気が付いた。


 散らかってはいるが勉強机らしい机もあるし、ハンモックもある。

 ただし机はかなり古いもののようだった。


 その上に置かれているものを見てそれが誰の部屋かわかった。

 机の上には真新しい写真が何枚か乗っていて、映っているのは樹自身だった。


 自宅のソファでうたたねしていて、うっすら口も開いているうえに涎が垂れている。

 撮られていると知っていたら真っ先に抹消したい写真だ。

 こんな写真を喜んで現像するのは一人しかいない。

 そして撮った本人は意地悪してるわけでなく、本気でかわいいと思っている。


 樹の母、王野妃だ。

 おそらくこの写真はこの前の一時帰国の際に撮られたものだ。


 母は自分のただいま兼行ってきますパーティにこの洋館を使う。

 その時ここに置いて行ったのだろう。


 そういえば母は幼少期からこの洋館に住んでいたと聞いているが、母の部屋というものを見たことがなかった。


 寮生と同じように数ある部屋の一つを自分の物として使っているとばかり思っていたがここにあったらしい。

 そして時たまここに舞い戻ってきているようだった。


 妃はここを自分の部屋というより自分専用の物置としての使っているようで、世界各国のお土産が無造作に置いてあった。

 なるほど母の部屋と思って見てみると母の要素がよく見られた。


 樹がさっき足をぶつけたのは、床に転がったトーテムポールだった。

 他にも怪しげな木製の仮面もあった。顔につけるのには大きすぎるのでおそらく飾り用。


 樹は腕まくりして部屋の一番奥の窓に続くまでの道にある物を脇に寄せた。

 ひとまずトーテムポールを立てて、仮面は部屋の角に置いてあった段ボールの上へおいやる。


 床に散乱しているものほとんどがこういったものだ。

 ごろごろしているものだったので片付けも比較的楽だ。締め切っているためか埃もなかった。


 赤い飾り羽根のついた矢を手に取った時、再び何かが樹の頬をかすめた。


「ヒィ!」


 今度はなんだ?!


 その正体を見て樹はあっと声をあげた。

 それは見た事のない蝶々だった。

 アゲハ蝶より少し大きめの蝶だ。


 種類は分らないが、蛾ではなく蝶だと一瞬で見分けが付くほど鮮やかな色をしていた。


 樹は矢を仮面の側に立て掛けて、指を一本立ててみた。


 こうやって捕まえるのはトンボだっけ?

 そう思ったが蝶はちゃんと樹の指先に止まった。

 思わず笑みがこぼれる。


 樹はそのままそっと移動して窓の外へ逃がした。

 蝶はパタパタと飛んで行った。


 高台にあるこの洋館はその周辺にある街並みがよく見渡せた。

 番組がわざわざこの窓から景色を取りたいと思ったのもよく分る。


 蝶はヒラヒラと弱々しく飛んでいるように思えたが、ぐんぐん遠ざかって見えなくなった。


 蝶は今さっき開けたばっかりの窓から入ってきたのだろうか。

 わざわざこんな高いところの小さな窓に。

 それは少し考えにくい。


 もしかしてずっとここにいたんじゃ……?


 蝶は綺麗だが、この部屋のどこかにサナギを作り蝶になったと思うと不気味だ。

 樹は背筋を凍らせたが、ふと母の事を考えた。


 もし母がここにいたら『生命の神秘!!!』とか言って喜んだかもしれない。


 今どこにいるか知らないが帰って来たらこの事を教えてあげよう。

 道も片付いたので、そろそろ下に戻る事にした。


 その前に机の上に出してあった写真も片付けさせてもらう事にした。

 涎の写真の他にもパーティの時の集合写真や、ユウとオリが被写体になった写真もあった。


 写真達を綺麗にまとめて、人物が入っていない風景画を一番上にして風景画の束のように見せかけ、樹は屋根裏を後にした。


 樹は一つの冒険を終えたような気分で下へ向かった。


 既にステンドグラス掃除を終えていた山下兄妹は桜の指示のもと、イブじいの部屋から荷物を運び出していた。

 他の部屋からも運びだして来たらしく、階段付近には大小さまざまなダンボールが置いてあって、階段にまで及んでいた。


 働いているのは兄妹はというより山下で、葵は荷物の上に乗って妨害している。

 とはいっても、山下が葵ごと何事もない様に荷物を運ぶので特に支障もなく、叱られることもなかった。


 人が運ぼうとしている荷物の上に乗っかる葵の神経もおかしいが、顔色一つ変えずにそれを運ぶ山下も大分おかしい。


 邪魔しちゃダメと言うにしてはそこまで邪魔にもなっていない。

 なんて言おうか迷った末放置する事にした。


「イツキどこ行ってたの?」

 葵はダンボールと運ばれながらたずねた。


「屋根裏。」

 樹が答えると葵はふーんと言って荷物の上から降りた。


 山下は葵が荷物の上に乗っても気にしないようだが、下敷きになっても気にしないようでさっきまで葵がいた位置に重たい荷物を容赦なく置いた。

 うっすら潰そうとしているようにも見えた。

 葵は攻撃をかわしてニシシと笑っている。


「樹、屋根裏片付いた?」

 桜が部屋から顔を出した。


「うん、まぁまぁ。」

「捨てるものあった?」

「ほとんどお土産ばっかだったから、なかった。」

「ならいいね。」


 桜はそう言ってから次なる指令を出した。

「この荷物ひとまず倉庫にお願い!」


 山下は大きなダンボールを二箱程抱えて、危なげなく運び出した。

 二つ抱えると正面から見ると彼の姿は見えない。

 作業効率は良さそうだが樹にはとても出来そうにないので、小ぶりの箱を選り好みした。


「重っ!」

 しかし持って見ると思いのほか重い。


 何が入っているのかと思って中を見ると、古本が隙間なく入っている。

 データにすればさほど量はない筈なのに、紙媒体はずっしりと重い。

 中身を少しずつ持って行こうと考えていると、葵が樹の正面に立ち、箱の下に手を滑りこませた。


「重いよ?」

 樹の忠告の傍ら、葵は軽々とそれを持ち上げた。


「樹、どうしたの?」

「いや、なんでも……」


 男のプライドを傷つけた事は知る由もなく、葵は樹を首で使った。


「あそこの荷物乗せて!一緒に持ってく!」

 葵の言う箱には同じようにギッシリ古新聞が入っていた。


「無理だよ。重いよ?」

「へーき。」

 樹はしぶしぶ言われた通りにした。


「重い……」

 樹は苦労して持ち上げて、よろよろとそれを葵の方まで運んだ。


「いい?ホントに大丈夫?置くよ?」

 よろけるのを少し期待したが、葵は樹が持つ以上の安定感でその荷物を支えた。

 イメージとしては頑丈な机の上に荷物を置いたようだった。


「ありがとー!」

 葵は兄の後を追って階段を跳ねるように降りて行った。


「……」

 立ち尽くす樹の後ろで桜が嬉しそうに手を合わせた。


「思ったより早く終わりそう!」

「俺なんもしてないけどね……」

 桜は樹の頬を人差し指で突いた。

 拗ねている樹を面白がっているようだった。


「卑屈にならない!二人と比べない!」

 樹がやんわりと手を振り払おうとしたら桜はあっと声を上げ、ポケットの中を探った。


「忘れてた。樹、鍵開けてあげて!」

 樹は桜から鍵を受け取った。

 この古い洋館にはいたるところに鍵がついている。


 桜は樹に鍵を渡すと一人だけ逆方向に向かった。

「そろそろお昼準備するね。」

 だから代わりに開けておけとのことらしい。

 

「わかった。」

 樹は鍵だけ持って山下兄妹の後を追った。

 一階に降りたら、掃除のため開け放ってある裏口を通って外に出た。


 書斎から行けば倉庫とつながっているため、靴を履く必要もないが、荷物を運ぶには外から通った方が都合がいい。

 鍵が開いていないので二人はその前で待っていた。

 樹は靴を完全に履かないまま扉の前まで小走りで向かった。


「ごめん、ごめん!」

 樹は鍵を開けて先に入って扉を持っていた。


「どこ置くの?」

「まだ、荷物あるからできるだけ奥に!」


 入り口付近は日の光が入るが奥までは光は届かないようだ。

 樹はドアストパーを下ろして倉庫の電気をつけた。


「ここも広いね!」

 葵は荷物を下ろして、探検気分で中に入って行った。

 山下は荷物を置くとまた戻って行った。

 葵を呼び戻さなかった事から、彼は葵の仕事ぶりにはあまり期待していないようだ。


 樹も戻ろうかと思ったが、役にたてそうもないので山下に任せる事にした。

 その代わりに葵が危ないことしないように見ておく事にした。


「葵!埃っぽいから気を付けてよ。」

 樹は入らない方がいいよと言う意味を込めて言ったが葵には通じなかった。

 それどころか葵はぎゃははと楽しそうな奇声を発している。


 何事かと樹も奥へ進む。


「じゃーん!見てみて!」

 葵には少し大きいようだが人型の発砲スチロールの中にスッポリ入っていた。

 ピシッとミイラのように収まっているので樹は不覚にも笑ってしまった。


「なにそれっ?!」

「なんだろう?」

 葵はスチロールを壊さないようにそっと出てきた。

 樹はそのスチロールに貼ってある黄ばんだシールを見た。


「あ!これ11号が入ってたヤツだ!」

 樹は11号が箱詰めされていたであろうダンボールを探したが、それらしきものは無かった。


「あー無いかぁ!」

 悔しがっている樹を葵が不思議そうに、一歩離れたところで見ていた。


「ねぇねぇ!11号って?」

 樹はよくぞ聞いてくれたと藍色の瞳を輝かせた。


「そっか、葵はまだ見てないよね!これくらいの大きくって古いロボットなんだけどね!」

 樹は葵の入っていたスチロールを指差した。

 葵がスッポリ入ってしまう大きさだ。

 おそらく葵が今まで見た中で最大級の大きさだろう。


「大きいね!」

「でしょ?!でしょ?!今じゃポンコツ扱いだけど当時は最先端のロボットで、初めて特殊合金で作られたんだ!あー箱と説明書があれば最高なんだけど……!」


 マニアならばロボット本体でなくそれと一緒に入っている説明書も一緒にしておきたい。

 更にマニアなら買ったロボットを一度も開けることなく『保存』しておく人もいるようだ。


 ロボットは動いてこその物だと思っている樹はそんなことはしない。

 と言うよりも動けるものを箱の中に入れておくのは可哀相に思えて来てしまうのだ。

 こんな考え方を持っているのは常々『ロボットには心がある』と言っているイブじいの影響かもしれない。


 樹が新発見に心を躍らせていると、背後から山下が仕事を促した。


「おい。運んできたぞ。働け。」

 樹は作業中だった事をすっかり忘れていた。

 山下は両腕に三つずつ積み上げ、計六つを一気に運んできた。

 いよいよ人間離れしている。


「危なくない?」

 彼一人に仕事をさせていた事を労うより先に遠まわしに丁重に扱うよう注意した。


「一つも落としてきてないぞ。」

 腰を低くしてギリギリの高さで扉をくぐった。

 彼はそれを下ろして、樹にビニール紐を手渡した。


「古新聞は縛っておけとのことだ。」

 山下はまた新たな荷物を取りに行こうとした。

 樹はその前に呼び止めた。


「山ちゃん、申し訳ないけど一番上届かない……」

 と言うよりも下ろせない。

 だるま落としのようにするわけにもいかない。


「葵はどうした?」

「圭兄、チビに対する嫌味だな!」

 葵は箱の重さがどうこうではなく手が届かなかった。


「あーすまん、すまん。」

 山下は上に積み上がっていた物を一個一個下ろした。

 それだけで床がいっぱいになった。

 山下はあたりを見回した。


「先にこっちを片付けるべきか。」

「そうだね。」

 山下は地べたに胡坐をかいて座り、古新聞の向きを揃えて束にし始めた。

 葵は傍ら広告で紙鉄砲を作り始める。


 樹はチャンスだと思った。

 桜は今昼食の準備中で、しばらくここには来ない。

 家の中が気まずくなる事無く、山下兄妹の謎を暴く絶好の機会だ。


 なにから聞けばいいんだ???

 どこから手を付けていいか分らない。


「ねぇねぇ、樹。」

 樹がもたついている間に葵が先に口を開いた。

 葵は広告で作った兜を被っていた。

 彼女には珍しく声のトーンを落とした静かな問いかけだった。


 出鼻をくじかれたが、無視できるほど樹は冷たくは出来ていない。

 言ってごらんよと樹は耳を傾けた。


「なんで桜はロボット嫌いなの?」

 葵は恐る恐る樹の様子を窺った。


 話してしまえば、うっかり葵が桜の目の前でロボットの話をすることはなくなるだろう。


 出て行った父さんがロボット作ってたから。

 自分達よりロボットの方が好きだったんだ。

 それだけの理由だが父親を悪く言う事はなぜかできないし。

 自分達が同情されるのも嫌だった。


「わかんない。」

 結局微妙な間を置いてもそれだけしか言えなかった。


「ふーん……」

 葵は作った紙鉄砲を振りかざした。

 不発だった。


 山下兄妹からすると王野姉弟も謎があるようだ。

 お互い様だ。


 樹は今が楽しければなんだっていいじゃないかと自分に言い聞かせ、二人について詮索するのを止めた。

 その方がお互いのためだ。


 静かになったら完全に外野を決め込んでいた山下が突然口を開いた。


「あれはどうなんだ?あの円盤っぽい掃除機。」

 山下が言っているのは地上五センチメートル程に浮いてハウスダストを吸い取る掃除ロボットの事だ。

各メーカそれぞれ違うモデルで出している。


「……グレイゾーン。」

「KM‐05は?」

 葵は最近覚えた家事ロボの名を挙げた。


「アウト。」

 それは断言できた。

 向かいから歩いて来たとき露骨に避けて歩いたのを目撃した事がある。

 葵はうーんと唸る。


「食洗機はいいのか?」

「セーフ。」

 それは実際に家にある。


「基準がよく分らないな。」

 山下は古新聞を紐でくくった。


「そうだね……何とかならないかな……」

 山下はふっと手を止めて意外そうな顔で樹を見た。


「お前、未だに隠してるのか?いっそカミングアウトしたらどうだ。」

 樹は激しく首を振った。


「ナニ恐ろしい事言ってんの?!家に閉じ込められるよ!」

 山下は古新聞を積み上げながら樹に憐れみの視線を向けた。


「愛が重いな。」

「桜そんなことするの……?」

 葵は本気で怯えているようだ

 冗談だよね?と葵は山下に同意を求めた。


「やりかねんな……」

「ヒィ!」

 葵が樹のマネだとしたら相当上手い悲鳴を上げた。

 しばらくして山下が作業している手を止めた。


「喉が渇いた。」

「運動してるときは細目に水分補給しなきゃ。」

 樹が言うと山下は頷いた。


「お前口ぶりが姫乃とそっくりだな。」

「そう?」

 彼はすっと立ち上がると館の方へ向かった。

 桜に飲み物を貰うつもりだろう。


 丁度風が吹き込んできていい匂いがしていた。

 桜の料理の匂いが換気扇から漂ってきたようだ。


「俺達もそろそろ行こうか。もうすぐご飯かも。」

「やった!行こいこ!」

「ちょっと待って、これ結んだらね。」

「うん。」

 葵は古新聞の束を掴むと、樹を盗み見しながらマネして手伝った。

 最後に古新聞が入っていた箱を畳んで、縛った古新聞を端に寄せた。

 それだけで大分片付いたように見えた。

 こうしておけば午後に作業がしやすい。


 樹と葵は倉庫を出て館に向かった。

「ねぇねぇ、11号ってどこにいるの?」

 葵は館まで行く道の間に樹に尋ねた。


「書斎にいなかったし……どこ行ったかな?」

 樹は首を傾げた。

 11号は大体どこかの部屋で充電していて、一番出入りする書斎にいる事が多い。


「動きまわるの?」

「遅いけどね。」

 ついでに電気代もかかる。

 葵は館に入るとキョロキョロし始めた。

 今携帯も持ってるしお昼になったら桜も連絡してくれることだろう。


「見に行く?」

 葵は満面の笑みで頷いた。

 11号はさっき見た時にはイブじいの部屋にはいなかった。


 寮生の部屋のどこかにいるかもしれないが、11号は命令がない限り意味のないところにはいかない。

 勝手に動いているように思われがちだが、11号が動いている時にはイブじいが指示を出した時なのだ。

 決して闇雲に動き回っている訳ではない。

 しかし、任務の遂行中に電池が切れて途中で充電したりして、あまりに時間がかかるのでイブじいがなにを指示したか忘れてしまう事もよくある。

 だから結果的に勝手に動き回っているように見えてしまうのだ。


「どこかな?」

 葵は荷物がまだ置いてある階段を二段飛ばしでピョンピョン上がって行った。


「多分二階のどこかかな?」

 書斎にいないとなるとその可能性が高い。

 二階にある11号の行けそうな場所となると限られてくる。

 キッチンと食物庫しかない。

 その二つの部屋は使い勝手の都合で隣接している。

 樹は念のためキッチンを覗いてみた。


 キッチンには桜と山下がいた。

 山下は樹と葵に気が付いたが特に気にする風でもなく、テーブルに座って桜の料理が完成するのを待っていた。

 料理の手順を見ると終盤に差し掛かっているようで、あまり時間がなさそうだった。


 樹はコッソリ食物庫の扉をあけた。

 中にいた11号と目が合う。


 樹は静かに葵を呼び寄せた。


「大きいロボット!!!」

 葵は興味津々と言った感じで11号の周りを回って観察した。

 桜に聞こえないように声を潜めてくれていたのはありがたい。


「古いんだ。僕らより年上だよ。」

「何歳?」

「イブじいに聞かないとわかんないな……」

 樹がそろそろ戻ろうと扉を引いたら、仁王立ちの桜が立っていた。


「「ヒィ!」」

 葵と共に小さく悲鳴をあげる。


「樹?こんなところでなにしてるの?」

「いや……なんでも……?」

「そうなの。イブじい呼んできて。ご飯できた。」


『りょーかい。』

 返事をしたのは樹じゃなかった。

 二人の背後で11号が起動し、ゆっくりと前進した。

 樹と葵は11号のために道をあけた。

 桜はそれだけ言うと何も言わずキッチンに戻った。


 樹は動き出した11号と、桜どっちの方へ行くべきか悩んでオロオロする。

 葵はこういう時だけ何事もなかったかのように山下に甘えに行った。


 後で怖そうだから桜の方へ行こうと思った。

 しかし、この日は妙に後ろ髪ひかれる。


「イツキぃ。」

 桜がキッチンの出入り口で立っている樹に催促する。

 それでも樹が動かないので、桜は樹の腕を掴んだ。


「ご飯なの!座って!」

 桜は料理よりもロボットを気にしていることが気に食わないらしい。


 樹の視線の先では11号が階段の側に置いてある荷物で立ち往生していた。

 物が置いてある時は、それをよけて目的地に行くようになっている。


 11号は階段を少し降り、荷物をよける選択をしたようだ。

 階段なんていつもの11号だったら遅くとも簡単に降りる事が出来ただろう。


 しかし今日は違った。


 避けた先の足元にも荷物があった。

 11号はどんなに不安定でも、荷物に足を下ろすということはしない。

 片足を上げたまま方向転換をしようとする。

 ただでさえ不安定な11号は当然の如く傾く。


 その時には桜の手を振り払って駆け出していた。

 桜が驚いて悲鳴を上げたがそれにも構っていられなかった。


 ここから階段までの短い距離を駆け抜ける。

 とっさに11号を掴んだ左手が、強い力で引っ張られた。


 ぐらりと視界が傾いだ。

 手を離そうとは思わなかった。

 足を踏ん張ろうとしたら既に足は地面にはついていなかった。


 ヤバイ。

 身体全体も傾いていた。

 樹の視界はほぼ11号で埋まった。


「イツキ!!!」

 桜の悲鳴のような叫びが、より樹を焦らせる。


 身体が11号と共に宙に投げ出された。


 自分の死とまでは行かないが、激痛を覚悟した時、11号に引かれるよりも強い力で逆方向に引っ張られた。


 その拍子に手が離れた。

 遠ざかる11号。


 ドンと階段を転がり落ちるよりも柔らかい衝撃があった。

 気づけば自分の足でしっかりと立っていた。


 11号が視界から消えた。

 数秒もたたないうちに、ガシャンガシャンという耳を塞ぎたくなるような音が響いた。


「大丈夫か?」

 放心している樹の頭上から山下が話し掛けてきた。

 右腕は彼に掴まれていた。

 彼がすんでのところで引き戻してくれたらしい。


「あ、ありがとう山ちゃん!」

 山下は頷くと手を離して一歩下がった。


 それと入れ替わるように桜が樹に飛びついてきた。

「もう、なにしてんの?!」

 桜は何度も山下にお礼の言葉を述べた。

 桜に抱きしめられて、ふと我に返る。


「11号は?」

「そんなのいい……!」

 桜は一層強く樹を抱き寄せた。


「どうしたんだい?」

 背後の部屋の扉が開き、樹の背中にイブじいが優しく声かけた。

 杖を突きながらゆっくりとコッチヘ向かってくる。


 桜は樹を抱きしめたまま離さないし、樹はうつむいている。

 葵は階段の手すりに手をかけて、その惨状を見ていた。

 ほどなくしてイブじいも葵の視線の先にあるモノに気づいた。


 イブじいは王野姉弟の元へ来た。


「桜ちゃん、大丈夫かい?」

 イブじいが声を掛けた事で桜がやっと顔を上げた。


「うん、大丈夫。」

 イブじいは樹に視線を移した。


「イブじい、ごめんなさい。」

 イブじいは腰を伸ばして孫の頬を撫でた。

 そしていつものようにのほほんと笑った。


「いいんだよ。」

 樹は泣きそうになるのを必死にこらえた。


 『ロボットにも心がある。』

 それはイブじいの口癖だった。

 壊れてしまった今その心はどうなっているのだろうか。


 樹と山下で11号を立て直した。

 体は立て直したのに、腕まだ床にあった。


 11号の体の中は何本ものコードが複雑に絡みあっていて、樹の知っているものの構造とはだいぶ違っていた。

 それが剥き出しになっている部分で綺麗に切断されているのも分かった。


 もし自分の手でつなぎ合わせられたら。

 もし自分の手でもとに戻してあげられたら、どんなに良かっただろう。


 樹は11号の体を起こしながらその断面をジッと眺めていた。

 ロボット嫌いな桜もこの時ばかりは何も言わなかった。


読んでいただいている方、本当にありがとうございます。

次回は11月11日の更新になります。ゾロ目ですね!

プツンと更新止まると、最後まで書ききらないんじゃないか……?

と思われるので、『後書き』にてお知らせさせていただきます。

それ以降はまた普通に更新していきたいと思います。

ちなみに、キリが悪いですが51話で完結予定です。

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