表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
カリロボ  作者: 広瀬ジョージ
学園祭編
30/95

30.協力者あり

 RPA内、ノコギリ村にて。

「プレイヤー青、圭ログイン。」

 どこからともなく無機質な音声が響く。


 機械音というものを他で聞いたことのないノコギリ村の住民には呪文のように聞こえるらしい。

 その呪文は自分らがこちらに来る時の合図になっている。


 気付けばRPCのあったゲームセンターの喧騒は消え、圭は静かな村に妹と二人では立っていた。

 目の前には、この村の村長の白壁と茅葺屋根の家がある。

 村の家はどれも同じような家だが間違えることは無い。


 早速ドアノブを回そうとしたが、自分が開けるよりも先にドアが開いたので面食らう。

 ドアを開けたヘナーがこちらを見上げていたので、ヒョイと手を上げた。


「久しぶりだな。」

 ヘナーは一瞬の早業で圭の仮面を奪い取った。

 イキナリ装備を奪われ呆気にとられる。


「『久しぶりだな。』じゃないよ!連絡も寄越さないで!私らといる時ぐらいコレ取なさいって言ってるでしょ!」

 ヘナーは取り上げた仮面を突き付けて威圧する。


「ごめんなさい。」

 思わず誤ってしまうほどの迫力だった。


「この前だって来たと思ったら一言もなく帰って!あんたって子は!」

 青は説教されている横をくぐり抜けて家に入った。

 青はあちらの世界の服装のまま、ダボダボのスウェット姿だ。


 シャツには『謹慎中』の文字。

 こっちには漢字を読める人はいないので問題はない。


「ただいま!」

 青は定位置の椅子にお尻で着地した。


「お帰り青。」

 青は食卓にいた村長に温かく出迎えられる。

 兄が叱られていようがお構いなしだ。


 同じく食卓についていたガロンはこちらを眺めている。

 ヘナーを止めるタイミングを窺っているようだ。


 圭は怒られながら助けてくれとガロンに視線を送るが、ガロンは無理だと首を振った。

 

「あっちの様子はどうだったかの?」

 村長の問いに青は満面の笑みで答えた。


「楽しかったよ!アオ学校にも行ってきたよ!」

 青の様子を見て村長はホホホと景気よく笑った。


 このタイミングでやっとガロンがヘナーを止めた。

「まあそう怒んなさんな。」


「そうじゃよ、折角帰ってきたんだ。」

 まだ足りなさそうなヘナーだったが村長の一言で大人しくなった。

 圭はほっと息をつくとやっと解放され食卓に着いた。


「最近なんで帰らないんだい?」

 席につきながらヘナーは面白くなさそうに呟いた。

 

「忙しくてな。」

 本当はここに来るのに莫大な費用が掛かるというのが主な理由だ。

 言ったところで村長達に心配をかけることは目に見えていたので黙っておいた。

 

「そうかい。」

 ヘナーは溜め息交じりに呟いた。

 その呟きには寂しそうな響きが混じっているが、慰めの言葉も思いつかないので黙ってしまう。


「仕事ならしょうがないさ。」

 ガロンが黙った圭に気にするなと声をかける。


「まぁ、そうだね。」

 ヘナーも気を取り直し、青に目を向ける。


「アオ、兄ちゃんはちゃんと働いてたかい?」

「うん!」


「当然だ。」

 ちゃんと見てなかっただろ?というのは言わないでおいた。


 妹が外の世界に赴いたのは元々、自分の仕事ぶりを見にくるためだったようだ。

 それがなぜか、葵は仕事上のパートナーである桜にベッタリだ。

   

 ヘナーは続けて質問した。

「姫乃はどんなだった?」

 彼女の事をどう思っているか興味があったので聞き耳をたてた。

 

「可愛かった……!」

 青はへへへと笑った。

「料理も上手なんだよ!」


 その言葉にガロンは驚いたように言った。

「青までご馳走になったのか?」

「食わせて貰ってばかりで申し訳ないね。そうだ!今度姫乃を連れてきなさいよ!」

 ヘナーが急に思い立ったように手を合わせた。


「出来ればな。」

 連れてこられたらどんなにいいだろう。

 金銭面をクリアすればそれも可能だろうか。



 青はあちらの世界での体験を語り始めた。

 圭はあちらの世界の事をあまり話さないので、三人は珍しそうに耳を傾けていた。


 新しくできた友達の話。

 体育の先生の話。

 あちらこちらに飛んでいるロボットの話。

 時たま村長が質問を挟む。


 それを青は憶測を交えて答え、誤りがあれば横から訂正した。

 ここで過ごす時間はあっと言う間に過ぎる。


「そういえば、お前が留守の間妙なヤツらが来てたぞ。」

 葵が話終え、そっちは?と聞き返したらそう返事が来た。


「妙なやつら?」

 青が身を乗り出した。


 青は眉を顰めていたが、ガロンの様子からそれほど心配することもないだろう。 

 一方圭は落ち着いて、椅子に深く腰を掛けたまま聞いていた。


「どんなんだった?」

 青が聞くとガロンは左斜め上を眺めた。


「頭が大きな生き物で、喋ってた。二体で。シュガープラスと撃退したんだが…」

「なら安心だね!」


 そう言えば今日はSPと顔を合わせていない。

 おそらくは今日も見張り台の上で金平糖をかじっているのだろう。


「シュガープラスが言うには、お前を探していたみたいだ。」

 ガロンが急に視線を合わせたので、ピクリと眉を動かした。


「俺をか?」

 ガロンは歯切れの悪そうな顔で頷いた。


「後々考えてみると攻撃してくる様子も無さそうだったし、悪かったかもな……」

 話を聞くところ、頭の大きな生物と言うのはおそらくアバタ―だ。


「どんなんだった?」

「二匹とも黒い布を纏っていて、一匹は白と黒で、もう一匹は茶色で目付が悪かった。」

 それを聞いて青は首を傾げた。


「白黒?パンダ?シマウマ?ウシ?」

「ほ?なんじゃそれは?」

 あちらの世界の生き物に興味を持った村長が、またしても青に質問する。

 青は紙とペンを持ち出して絵を描いて見せた。


 青はままごとをするよりも絵を描いて遊ぶ子供だったので、中々絵が上手い。

 アバター風にディフォルメされた白と黒の動物を描いていく。 


「ガロンが見たのはシマウマだろうな。」


 青がコレ?とシマウマを指さすとかもしれないとガロンは応えた。

 青の描いた絵は四足歩行の一般的なシマウマだったのでガロンは曖昧に返事をした。

 おそらく二足歩行の物を描いていたらそれだ!と手を打ったはずだ。


 黒い布を纏っていての辺りで薄々察しがついていた。

 圭は青と違い滅多に他のプレイヤーの前に姿を現す事はない。

 圭を知っているアバターとなると限られてくる。


 前に仕方がなく、アバター達の前に姿を現した事があった。

 ガロンが言うそれは、その時に見たアバターの特徴に当てはまった。


「大丈夫だ。多分そいつら知ってるぞ。」

「なんだ……友達か?」

 ガロンは安心したようだが、なら余計悪かったなという表情になった。


「いや、友達ではない。」

 圭は勘違いしないでくれと眉間に皺を寄せた。

 知り合いと言うのも違う気がする。

 インパクトのある出会い方をしたタダの他人だ。


 しかし、なぜ彼らがここに入ってこれたんだ?

 それが気がかりだ。

 長い間誰も入ってこなかったのになぜ今になって?


 このRPAが仁科の手に渡って以来いろいろな場所を勝手に作り変えられている。

 その影響だろうか?


 圭の思考を遮るように天井からアナウンスが流れる。

 『延長されますか?』

 ここで時間を長くする事も出来たが二倍の料金を払う事になる。


 青はパンダ、シマウマ、ウシの横に新たなものを書き込もうとしていた。

 圭は立ち上がって三人から離れた。

 自分達が消える際に強い光を放つらしいのでその配慮だ。

 こんな事で目を傷められたら申し訳ない。


「時間だ。」

 圭は動かないでいる青を急かした。


「じゃあ、続きは今度ね!」

 青も立ち上がって圭の側に立った。


「青も行くのかい?」

 立ち上がった青を見てヘナーが声を上げた。

 青は今までのようにここに留まっていると思っていたようだ。


 以前は家に置いてあったRPCで来ていたので、時間にとらわれる事はなかった。

 ゲームセンターの割高なRPCでここに来ている今はそうはいかない。


「うん。じゃあね!」

 青は頷いて、体の前でパタパタと手を振った。

 青は別れを憂いている様子ではない。

 制限付でしかここに来られない事の重大さをまだ青は分かっていないのかもしれない。


 一瞬先にログインした青が光を放って先にいなくなった。

 あとに残された圭は茫然とする三人の顔を見て、自分が彼らから青を奪ってしまったような気分になり言い訳のように言った。


「大丈夫だ。ユーセンもいるし、じきに前みたいに暮らせるようになる。」

 言い終わると同時に目の前がブラックアウトする。

 彼らの安心した顔は見られなかった。


 あと二、三秒長くいられたとしても見られたかどうか定かではない。

 一瞬にして現実に引き戻される。


 騒がしい機械音と人の声がした。

 ここは中津芸能事務所から少し離れたゲームセンターだ。


「圭兄、早く行こ!」

 一足先に機械から出ていた葵が外ガラスに張り付いていた。

 鼻がつぶれて豚っ鼻になっている。


 この後、SPシュガープラスを派遣した牧原のところに行こうと話をしていたのだ。

 頷いて返事すると、早速その足で牧原の元へ向かった。






「こっちこっち!」

 葵は得意げに前を歩き先導した。

 葵の案内された先は無法地帯だった。


 ここから葵のいた元山下邸もとい仁科邸は随分離れた場所にあるが、得体のしれない巡回ロボを避けて移動したらここにたどり着いたらしい。


「家から出た時に寝るところ探してたらここに来てたの。」

 と葵は言った。


「やっぱりか。俺も家を出た時、最初にここに来た。」

「へぇ……!やっぱきょうだいだね。」

 妙なところで兄妹の絆を確認して二人は再び足を進めた。


 葵はあたりをキョロキョロとすると見覚えのある建物に向かって歩き出した。

 しばらく歩くとまたキョロキョロしだした。

 随分頼りない道案内だが山下はそのあとに続いた。


 目の前を歩く葵は有名スポーツブランドの長細い巾着を背負っていた。

 中には日本刀田邊が入っている。

 剥き出しのまま持ち歩くと危険なので買い与えたのだが気に入ったようだ。


 スポーツブランドのロゴのおかげで野球バットのようにカモフラージュされている。

 誰も日本刀が入っているとは思わないだろう。


「あった!ここ、ここ!」

 葵が案内したのは倉庫をいくつも横に並べたような建物だった。

 山下が全貌をよく見る前に葵が目の前の赤茶けた扉を開けた。

 その途端爆音が耳に入る。

 葵は中に飛び込んでいった。


 道案内だと言うのに彼女は山下が後ろをついてくるのを確認せず進むので、よく見ていないとずんずん先に進んでいく。

 爆音の中声を張り上げるのも面倒そうなので、葵と三歩以上離れないようにしながら歩いた。


「あ・れ・だ・よ!」

 葵は山下にも聞こえるように、区切って声を張り上げた。

 葵は高い天井まで続く螺旋階段を指差した。

 三階建程の高さの天井に箱のような部屋がくっついている。


 中継地点には何もない。

 ただあそこに行くためだけの階段なのだろう。


 その様子はジャックと豆の木を連想させた。

 葵が再び動きだしたのでそのあとを追った。


 螺旋階段を上がると葵は山下の後ろに回った。

 自分で開けろと言う事らしい。


 中の様子は全く窺いしれない。

 中にいる人物の得体はしれないが、山下には自分に勝てる相手などいないと言う絶対的自信があったので躊躇いなくドアノブを回した。


 ドアを開けてまず山下を驚かせたのはその人数だった。

 牧原と呼ばれる男一人だけかと思っていたがそこには5人の人がいた。


 何やら話し込んでいたようだがドアが開いた事により中断された。

 ドアの一番側にいた女二人と目が合う。

 下の階から聞こえてくる喧噪がやたら大きく聞こえる。


 沈黙の後、二人の目から涙がこぼれた。

 それを合図に静寂が打ち破られる。


「うわーん、先生!!!」

 フリルの少女が身長からは想像つかない程高く飛び上がり飛びついてきた。

 山下は首に引っかかった少女の正体を模索する。


「せんせぇ!」

 次に変わった関西風のイントネーションで叫んだ金髪碧眼の美女が山下に抱き着いた。

 山下は圧迫感と重みに顔をしかめた。


 二人はおいおいと泣きながら山下のシャツを濡らした。

 離してくれ。と言おうとした山下の前に、百キロはゆうに超えているであろう巨漢と病的に痩せた骨のような男が迫ってきていた。


「せんせえ!!!」

 顔中の穴という穴から汁を垂れ流している。

 山下はすかさず両手を前に出し制した。

 が、それを無視して突進された。


 葵がポカンとした表情で見上げていたので、引っぺがそうとしたが「せんせー」と泣きじゃくる彼らを引っぺがす事は出来なかった。


「このシャツのセンス……!」

「この童顔…!」

「せんせー!!!」

「会いたかった……!」


 山下はそこで彼らが自分を見ているのでなく亡き父の姿を見ているのだと悟った。

 次第にシャツが湿り気を増していくのを我慢して落ち着くまで待つことにした。


 山下は奥にもう一人だけいた男に視線を向けた。

 眼帯に頬傷。

 葵の言っていた牧原とはあの男のようだ。


 彼は抱き着いてきたりはしなかったが眼帯をしていない片方の瞳を潤ませていた。

「一応久しぶり。驚いたよ。ホントにそっくり……」

 山下は葵と目を合わせた。


 久しぶりと言ったからには会った事があるのだろうが全く覚えがないのだ。




 山下兄妹は牧原に聞いた後やっと納得した。

 葵は最後に彼らを見たのは六歳の時だった。


 道理で覚えてないわけだと葵は頷いた。

 一方、山下が彼らを最後に見たのは十二歳のころだった。


 幼い頃は六歳も違えば違う生き物のようなものなので、彼らと話したり遊んだりした記憶はないが言われて朧気に思い出した。


「じゃあ、お前らは父さんの弟子か……」

 五人の顔を見ると、確かにそれぞれ面影がある。


 リーコと名乗った少女は最後に会った時から十二年も経っているのに代わっていないような気がする。

 三十手前のはずなのだがどっからどう見ても子供のようだ。


 他の面々も年は取っているが変わっていない。

 しかし、牧原だけは山下の記憶と大きく変わっていた。


 父と一緒にいるのをよく見かけたので彼が一番記憶に残っていた。

 山下の記憶の中の彼は、常に何かの発明品を持っていて完成するたびに父に見せに来ていた。

 生意気そうに、そして得意気に持ってくる彼の発明品を父は楽しみにしていた。

 当時からひねくれた山下は彼の事をお人よしそう。と評していた。

 

 その時はもちろん顔に大きな傷も眼帯もなかった。

 山下の父は生前体調が良かったころ、玩具会社の笑月しょうげつの社長を務めると同時に、その技術を自ら中高生に教える教室のようなものを開いていた。


 父は病床につくまで、そこで簡単なロボットをつくったり、プログラミングを教えたりしていた。


 山下の記憶では父は社長と呼ばれるより、先生と呼ばれていた時の方が多かった気がする。

 だから山下は大きくなるまで父親の職業は先生だと思っていた。


 この五人はその教室の生徒だ。

 父は五人の事を一番優秀な生徒と言っていて、兄妹に弟子だよとおどけて紹介していた。


 山下の知る限り、父が病気で倒れた後、会いに来た生徒は彼らだけだった。

 父が亡くなってから彼らの姿を見ていなかったし、山下も彼らの事をすっかり忘れていた。


 それから思い出す間もなく、仁科が家にやってきて山下は家を飛び出す事になったからだ。

 山下と葵が再会したのもそれから十年後、ついこの前だ。


「お前たちは今何してるんだ?」

 近状報告を兼ねそんな事を聞いた。

 彼らは皆白衣を着こんでどこかの研究員のようだ。


 フリルをふんだんにあしらったドレスを着ているリーコですら、その上から白衣を羽織っていた。

「今は皆松田カンパニーに勤めてるよ。」

 彼らは誰もが知っている有名企業の名をあげた。


「バラバラに入ったんだけど結局集まっちゃった。」

「しかもおんなじ部署にね!」

 面々はなぜか顔を見合わせて不気味に笑った。


「今圭は何してるん?」

 キャシーがそっちはどうなん?と聞いてきた。


「今は芸能人のマネージャーだ。」

 桜の事は名前を伏せて芸能人と呼んでおいた。

 和泉とリーコがおお!と言って身を乗り出す。

 ミーハーなのはこの二人だけらしい。


「誰々?!」

「まさか有名な人なのでは?!」

 葵が横から得意気に口をはさむ。


「安藤姫乃だよ!」

 彼女の名前を出すと和泉とリーコだけでなく他の面々も息を呑んだ。


「そうなの?!」

「凄いです……!」

 上々の反応である。

 何故だか自分の事のように鼻が高い。

 安藤姫乃が無名の芸能人であった頃から彼女の売り込みをしていた山下にとって、彼女が多くの人に知られている事は大きな喜びである。


 葵も皆の反応が嬉しかったらしく、誇らしそうな表情だった。

 山下は皆が好色を示す中、牧原の表情だけ優れないのに気付いた。


「安藤姫乃って確か安藤夜の娘じゃ……?」

 騒いでいたリーコと和泉の表情が凍りつく。

 山下の表情も強張る。


 彼らの情報網に驚いたというのもあるが、やっと見つけた協力者を失うかもしれないという恐れが脳裏に浮かんだ。

 安藤夜は敵対しているリゴレ・ルーンの中枢の人間だ。


 その肉親というだけで復讐の対象になる事は十分にあり得る。

 葵は不穏な空気を肌で感じとったのかソワソワしだした。


 牧原は二人の表情を見て笑った。

「大丈夫。俺たちは彼女に危害を加えるつもりはない。」

 葵はホッと息をついた。

 山下も表情を和らげた。


「圭と葵もだよね?」

 牧原は確認を取るように兄妹の顔を交互に見た。


 葵はムッとした表情をつくった。

「当たり前だよ!!!」

 山下は彼女に同意するように頷いた。


 山下は牧原達の表情が和らぐのを見た。

 おそらく彼らこそ山下が桜に危害を加える事を危惧していたのだろう。

 確かに仇の娘と親しくしているのは不自然な事かもしれない。


「彼女はこの事を知っているのでありますか?」

 和泉の問いに山下は首を振った。

「あいつは安藤と離れて以来連絡を取っていない筈だ。」


 桜は山下の過去に何があったか、そして父の現在の行いを一切知らない。

 一時期彼女には全て言ってしまおうと考えた事もあったが、話さずじまいになっている。


「話してもいないんだね。」

 山城の言葉に頷いた。

「何も知らない彼女を巻き込みたくはないわけだね。」

 牧原は口数の少ない山下の代わりに言葉を発した。


「そんなにかっこいい理由でもない気がするがな……」

 確かに牧原の言ったことも頭の片隅にはあるんだろうが、大部分を占めているのはもっと利己的な理由だ。


「隠さないでいいよ!」

「一度は言われてみたいわ……」

 リーコ達には謙遜だと思われたようだが本音だった。


 キャシーがニヤケ顔で近づいてきた。

「なぁ圭!甘ぁ~い関係になったりせんのぉ?」

「ないな。」

「面白くないわぁ……」

 またしても葵が口を挟んできた。


「でもねぇ、圭兄二人で遊びに行ったりするんだよ!」

「その話詳しく!!!」

 キャシーとリーコは葵を部屋の隅に連行した。


「変な事言うなよ。」

 一応釘をさしておく。


「なに?なんか言えんことしたん?」

 ニヤニヤとキャシーは笑った。

 していない筈だが、弁解すると余計におかしな風にとられそうなので目を細めて睨み付けた。

 キャシーは意味ありげな微笑みで返してきた。


 今思い出した。

 昔もこのように微笑み一つで軽くあしらわれた事を。

 子供のころはそのたびに腹立たしかったが今は受け流せるだけの忍耐を持っている。


 ただこちらをチラチラ見てくるのが少々気になるが、山下は牧原と向き合った。

「遅くなったが、これを返しておく。」

 山下は財布の中に挟んでいたユーセンの絵柄付のカードを取りだし、牧原に手渡した。


 今現在カードの中は大金がごっそり抜けた状態になっている。

 それでも尚、カードの中には抜き出した金額の倍以上のお金が入っていた。

 だからやはり今返しておくべきなのだ。

 これ以上持っていると、ここから使った分が返せなくなってしまう。

 牧原は別に気にする風でもなく、カードを受け取った。

 

「使った分は今度返す。いつになるか分らんが。」

 感謝の言葉をあえて言わなかったのは、ちゃんとそっくりそのまま返すからという意味合いもある。

 今は返せるお金は一銭もないが時間をかけてでも返していくつもりだ。


 家出した葵がこのカードを使ってRPAに帰ってくる前、いなくなった葵の代わりに山下が毎晩見張りをしていた。

 仁科から葵がいなくなったと報告が入った日から、昼は仕事、夜は見張りの生活をした。

 その間も何度か敵襲に合ったので決して無駄な時間だったという訳ではなかったが、もちろん有料だ。

 その時貯金は殆ど使ってしまったのだ。


 またしてもマイホームの夢が遠ざかっていく。


「それはいいよ。」

 牧原は平然と言い放ってカードをポケットにしまった。

 山下の決意がやんわりと無駄になった。


 今日はおごりでいいよ程度の金額ではない事を山下は知っていた。

 感謝の前に驚き、そしてそんな大金をポンと出す牧原に不信感を抱いた。


「なぜだ?」

 いくら知り合いと言え施しを受けるのを山下は良しとしない。


「先生にお金借りてたからさ。君たちが受け取ってくれないと僕らがかえって困るんだ。」

 そう言われると受け取らざるをえないが、父の生前高校生だった彼らがそんな多額の借金をする事などあったのだろうか。


「それより、SPはちゃんと機能してる?」

 山下は一度頷いた。


 山下と葵が今こうして気兼ねなくRPAの外に出られるのは、紛れもなくSPのおかげだし、SPを送ってくれた彼らのおかげでもある。

 金銭的な問題なら後で倍で請求したり、返させたりなんとでもさせる事が可能だがこのSPの事は純粋に自分達を助けるためだ。


「してる。礼を言おう。」

 山下は素直に感謝の言葉を述べた。

 偉そうな口調でいまいち感謝の気持ちが見られないがこれでも物凄く感謝している。

 牧原は急に懐かしむような表情になった。


「圭は変わってないね。」

 牧原は笑ったが馬鹿にした訳ではない。

 昔の自分を知っている人とは非常にやりにくい。


 山下はこのむず痒さを打破するべく、こちらから問いかけた。

「なんでお前らまで復讐とか考えてるんだ?」

 牧原は笑うのを止めて考え始めた。


 彼らは父の教え子ではあるが、それだけと言えばそれだけだ。

 そして今日自己申告したお金の話も解決した。

 彼らが自分達を助ける義理や義務は無いように思われた。


「俺は仁科に個人的な恨みがあるんだ。」

 牧原は頬の傷を指でなぞった。

 気になってはいたが頬の傷と何か関係があるらしい。


「僕らは哲がやるならって感じ。」

 山城が付け加え、和泉が頷いた。

 確かに、リーコやキャシーは葵との話に夢中になっているし、本格的に仁科達に恨みがある訳ではないのだろう。


 彼らの結束力は変わりがないようだ。

 それは当時からもそうで、山下には理解しがたかったが同時に羨ましくもあった。


「しかし、まぁ。恩師の会社が実質上不本意な形で乗っ取られている訳でもありますから、僕らも何とかしようと言う気も、無くはない訳なんですよ。」

 和泉は眼鏡のフレームを細い指で持ち上げた。

 要するに彼ら山下とは同じ目的を持っているという事だ。


 家を出てから十年目にしてようやく同志を見つけた。


 牧原は山下に尋ねた。

「君はどうしたい?」

 牧原は復讐の手段を聞いているようだ。


「どうするといわれてもな……」

 何とかしようとは思っていても明確な手段は考えた事がない。

 復讐を誓って家を出たはいいが、その後は目の前の事で手いっぱいで考えた事がなかった。

 今になってみると本当に復讐を考えていたか疑わしい程だ。

 何も答えない山下を見て牧原はニヤリと笑った。


「俺たちの最終目標はリゴレ・ルーンを潰す事。」

 牧原は明言した。

 それに和泉が付け加える。


「潰すというのには少し語弊がありますな。先生の作った会社はそのままに。上層部だけを一掃するのであります。」

 それに同意するように山城が頷いた。


「出来るのかそんな事?」

 山下はすぐさま聞き返したが、牧原の表情は変わらなかった。

「上手くいけば。」

 かなりの自信がありそうだった。


「そしたら君に返そうと思うんだ。先生の作った会社を。」

 牧原はいたって真面目な表情だ。

 それが一番妥当であるとでも言っているようだった。


 確かに親の作った会社をその子が引き継ぐというのはよくある事だ。

 山下は言われて初めてそういう人生もあったのかと気付かされた。

 もし父が死なず、仁科が家に来る事がなかったとしたらそうなっていたのだろうか。


 何故だか社長と呼ばれふんぞり返る葵の姿は想像出来たのだが、自分が社長と呼ばれる姿は想像できなかった。

「……俺はいらん。」

 決断するまで時間はかからなかった。


 牧原は一瞬意外そうな顔をしたが、安堵の表情を浮かべた。

「そうなんだ……ならよかった。すごく欲しがってる子がいるんだ。」

 その口振りから父の一番優秀な弟子であった牧原も、会社を自分の物にしようという考えはないようだ。

 引き取り手がいるならそれに越した事はないが、山下はその口調に違和感を覚えた。


「欲しがってる?」

 思わず聞き返した。


「僕たちのボスです。」

「と言うか王様?」

 山城が頭の上にその人物を思い浮かべながら言った。


「面白そうなヤツだな。」

 山下が言うと牧原が笑顔で提案した。

「今度会って見るといいよ。ボンきっと喜ぶよ。」


 和泉と山城がぶんぶんと首を振った。

「おススメはしません!」

「止めておいた方がいいよ!」


「言われると余計見たくなるな。」

 するなって言われる程したくなるのは人の性だ。


 まあ何にせよ同志も見つかり、目標に大きく前進した事は間違えない。

 完璧にもとに戻る事はないだろうが生活は改善される事だろう。


 いつまでだって好きなだけ時間にとらわれることなく、RPAにいられる。

 RPAの存在を意識すると、自然とノコギリ村にいる三人の顔が思い浮かぶ。

 作戦が成功した暁には一緒に喜びを讃え合う事だろう。


 しかし、そこに違和感がある事に山下は気付いた。

 何かわからずに気持ちが悪い。

 頭の中で体をクルリと反転させても足りないものなど見当たらない。

 ガロンにヘナーそれに村長と葵。


 そして気が付いた。

 なんで気付かないのか不思議にすら思う。

 桜や樹、中津芸能の人々がRPAにはいないのだ。


 『もう帰るのかい?』

 ヘナーの言葉が頭の中でリフレインする。

 もうその言葉は聞く必要ない、帰らなくていい。

 いつまでだっていていいのだから。


 しかしその言葉を聞かなくなったら、いつ桜達に会えばいいのだろう?

 考えてみれば彼女に会わなくてはいけない理由などないのだ。


 いつの間に頭の中でこちらにいる現実世界の人々から桜一人にすり替わっていた。


「圭兄ぃ。なに怖い顔してんの?!」

 葵が愉快そうに山下の顔を覗き込んでいた。


 彼女はどうするつもりなのだろうか?

 今日ヘナー達に話していた新しい友達、この世界の友達。

 あちらとこちら選ぶ時が来たらどっちを選ぶのか。


 ふと見つめ返した妹の顔は悩みの無さそうな清々しい笑みを浮かべている。

 実際悩みなんてないのだ。


 悩みおろか、問題すらも牧原達が行う『作戦』を耳に入れた途端消えてしまって、葵頭の中には期待と喜びしかない。

 山下は時たま彼女のこの楽観的な頭が羨ましくなる。


 山下はそのことを考えるのはひとまず後に回した。


「この顔は元からだ。」

 山下がニヤリとすると葵もニシシと笑みを見せた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ