03.EVE11号
夏休みが終わった最初の休日、日曜日の事。
祖父の書斎は360度、円柱型の広い空間どこを向いても本だらけだった。
もはや本も部屋の壁と化している。
現在図書館ではほとんどの物が電子化されているため珍しい光景と言える。
樹の通う学校の図書室にも校長の意志で残された本のシリーズが一角にあるだけ。
数十年前にはどこの図書館もこのように紙媒体であふれた状態だったらしい。
今や本は昔の産物となりつつあり、唯一国立図書館が規則により現像されたものが一部だけ本の形で保管されているだけである。
そこに行かなければ、本はほぼ目にすることはない。新刊を手に入れたいのならば、手持ちのタブレットに有料でダウンロード、もしくは期間、数量制限ありのダウンロードを行うかだ。後者のものだと見られても延滞手続きをしなければ約一カ月で消えるし、数量が限られているため見たい時に見られるという保証はない。
書籍の電子化が行われてからは、本の制作に必要な原価がいらなくなり、純粋な印税費とわずかな手数料しかかからなくなった。
消費者の財布にはありがたい。
しかし印刷会社にはかなり大きな打撃になったようで、このことは歴史の教科書でも大きく取り上げられていた。
人々の職業を獲得するための競争が激しくなり、多くの人があぶれた。
この頃からこの国ではあぶれた多くの人を見放す方向へ進み始めた。
教科書でしか知らない過去の遺物が祖父の家にはたくさんある。
ここにはこんなにあるのに、見ないまま一生を終える人もいるのだと思うと感慨深いものがある。
なので樹はこの本に囲まれた空間が嫌いではない。
書斎には樹の他に、古い大きなロボットがいる。
ロボットは長年イブじいが愛用している総合生活援助ロボット「EVE11号」だ。
旧式ゆえに大きくってゴツい。
そこにいるだけで存在感がある。
11号は町の中にロボットが溢れるようになる以前から販売されていた初期の総合生活援助ロボットだ。
今では総合生活援助ロボという物がそもそも少なくなっていて、掃除、介護補助、炊事それぞれに特化した生活援助ロボが多数存在している。
11号と同じ型のものは初期のロボットゆえ、何をやらせても性能が良くない。
もう所有している人は少ないだろう。
それでも当時は家庭用に売り出された最初のロボットだったため人気はあったようだ。
そんな11号は只今充電中。
壁に背を向け項垂れるように佇んでいる。
かれこれ2時間はこの態勢だ。
充電に時間がかかるのも手放す人が多い理由の一つだろう。
11号の所有者であるイブじいは懐古主義者という訳ではないが、他に新たなロボットに買い替えることなく使い続けている。
樹は腰を下ろし、充電中の11号の足元にもたれかかっていた。
樹は今日も、知り合いの藤木からもらった流行りものを着ていて、見た目だけはいい。
服に無頓着な樹のワードローブは制服、寝間着、流行物しか入っておらず中間層というものが存在しない。
11号は特殊樹脂で出来ているのでこうしてもたれかかるとヒンヤリして気持ちが良く、重量があるため樹がもたれかかってもビクともしない。
樹は自分のスマホを見ていた。
スマホは彼の性格を象徴するように、飾り気がなく地味だ。
ストラップも何もついていない。
樹は片眉をつり上げて画面を凝視した。
画面上では昨日の夜、知り合いのアバター「ロッキ」から受け取った手紙が表示されている。
手紙には暗証番号を入力するための5つの四角い升目がついている。
ここまでなら樹も見たことがあるので理解できる。
アバター同士で特定の人に情報を与えたいときに使われるロック機能だ。
ただし、この手紙の上には見慣れないタイマーがついている。
スワイプすることで手紙の裏を見ると
『信頼できる人に渡すこと。一週間で消えるよ。』
と書かれている。
そこに書いてあるとおり、タイマーは一週間で「0」になるようになっていた。
タイムリミットは丸々五日間あるからまだ余裕だが、ずっとカウントダウンをマイクロ秒単位で続けるこの手紙に樹は困惑していた。
これ「0」になったら爆発するんじゃないか?
そんな自分のアホらしい考えに一瞬驚いた。
ケータイにそんな危ない機能ついているわけない。
これって……チェーンメールじゃないか?
だとしたら、誰かに回す必要はない。
しかし、チェーンメール特有の『十人に送れ』とか『送らなければ不幸になる』とかいう文句がないのは気がかりだ。
昨日の夜は興奮していて何も考えずに受け取ってしまったが、後の事まで気がまわらなかった。
世界的プレイヤー青サマの存在と、ロッキが『一番信頼できる人』と言って手渡してくれたという事で、その後の対応などこれっぽっちも考えていなかった。
樹がスマホを睨みつけていると、扉から樹の姉の王野桜が入ってきた。
今日は安藤姫乃としての仕事がなく、弟と一緒にイブじいの家の片付けを手伝いにきていた。
綺麗に整頓された書斎を見回して、嬉しそうな顔をしたが、11号にもたれかかる樹を見て露骨に顔を顰めた。
「樹。離れなさい。」
樹は桜の表情をチラリと見て、名残惜しく思いながら、無言で11号から離れた。
桜は満足気に微笑んで、11号と樹を隔てるように真ん中に腰を下ろした。
樹は桜が、心底安心したのがわかった。
桜はこの11号に関わらず、病的な程までにロボットが嫌いだ。
おかげで王野家にはロボットがいない。
桜がこうなってしまったのは、彼女と樹の父親が大きく関わっている。
桜は樹のスマホを覗き込んだ。
「樹、何見てたの?」
「これ……」
樹は開いたままのスマホを手渡しながら、簡単に説明をした。
「青サマ?ふーん……で、これチェーンメールなわけ?」
「さぁ……チェーンメールもらったことないからわかんない。」
桜は唇に人差し指を当てて画面を眺めた。
このポーズは彼女が考え事をしている時の癖だ。
そして突如口を開いた。
「これ、私もらう。」
手にはすでに、自分のスマホが握られていた。
桜は了解を得るためチラリと樹の方を見やる。
「いいけど。」
桜はRPAを起動させ数分もたたないうちに、桜のもとに手紙が送られた。
桜のリスのアバターの頭上に『アイテムget!』の文字が浮かんだ。
とりあえず樹の目標は達成されたわけだが、桜は樹ほどRPAをやりこんでいないし、これからどうするつもりなのだろう?
桜は樹の心配をよそにスマホをパーカーのポケットにしまった。
「桜ちゃん。樹くん。」
扉の方から二人の名を呼ぶ優しい声が聞こえた。
扉の前に見事な白髪の小さな老人が立っていた。
イブじいは曲がった腰を細い脚と杖一本で支えながら、危なっかしい足取りでこっちまで歩いてきた。
それを見て樹は慌てて立ち上がり、イブじいのもとに向かった。
よろけて転びそうになったイブじいを、間一髪で助ける事が出来た。
「ありがとう。樹くん。」
イブじいはしわだらけの顔でホワワンとした笑顔を浮かべた。
この笑顔には、いかなる物もかなわない。
怒る気も失せてしまう。
「危ないよ。」
それでも一応注意はするがイブじいは11号の方へ歩いていこうとする。
樹は仕方がなく、イブじいを支えながらついていった。
「まだ充電中だよ。」
11号の足元にはまだ充電中の赤いランプがついていた。
しかしイブじいは11号の前を動こうとしなかった。
「イブじい?」
桜もイブじいの横に立ち呼びかけた。
相変わらず、反応はない。
樹はイブじいの前にまわって、彼の顔を覗き込んだ。
「充電できたら、イブじいの部屋にいかせるよ。だから部屋で待ってて。」
イブじいは孫の言葉に頷き、ゆっくり腕を上げて、孫の顔の輪郭をなぞるように撫でた。
祖父の不思議な行動に首を傾げながらも、樹は彼の前では笑顔を絶やさなかった。
「樹くんは、本当に安藤くんに似ているね……」
安藤くんと言うのは、桜と樹の父親の事だ。
樹は体格、顔の造形にいたるまで父親に似ていた。
本来父親にそっくりな息子とは微笑ましいものだが、祖父の言葉に樹は焦りを感じた。
「全っ然似てない。」
案の定、真っ先に反論したのは桜だった。
桜は唇をきつくつぐみ、拳を握りしめていた。
桜にも祖父に悪気があるわけではないことはわかっているだろうが、敵意を隠そうともせず睨みつけていた。
「桜ちゃん、どうして怒っているんだい?」
イブじいは心底不思議そうな顔をして樹の表情をうかがった。
イブじいは孫達が姉弟ゲンカしたと思っているようで、自分の発言により桜が不機嫌になったとは思っていないようだ。
「さぁ……?」
樹は笑って曖昧にごまかしたて、姉に視線を向けた。
「悪気はないんだから……」
樹が耳打ちすると桜は決まり悪そうに、そっぽ向いて部屋から出ていった。
呼び止めようと思ったが、祖父の目がこちらに向いている事に気づき、開きかけた口を閉じた。
「桜ちゃんは何を怒っているんだろう?」
イブじいは一人言のように呟いた。
樹は調子を合わせるようになんでだろうねと返した。
「安藤くんの事かなぁ。」
突然確信をついたその呟きに樹は驚いて、おもわず目を見開いた。
本当はイブじい、なぜ姉があんな態度をとったかわかっているんじゃないか?
「最近、なかなか帰ってこないもんねぇ……。」
祖父が次に言ったとぼけた台詞で、樹は自分の思いすごしだった事に気づいた。
イブじいは多分知らないんだ。
安藤くんが自分の娘と離婚した事も。
家族よりロボットの方が大切だった事とかも……
「ねぇ……イブじい、俺たちの名字って知ってる?」
孫の唐突な問いかけに少し疑問に思いながらも、イブじいは自信あり気に応えた。
「『王野』。『安藤』になって、安藤くんと別れた時また戻った。」
当たっているでしょ?と孫に微笑みかけた。
「そうそう……」
樹は腕を組んで首を傾げた。
イブじい、どこまで理解しているんだろうか?
孫に簡単なテストをされたとも気づかすに、イブじいは11号の足元を見つめた。
まだ充電出来てない。
それを確認すると、11号に向かってホワワンとした笑顔で話しかけた。
「じゃあ、僕は部屋に戻っているよ。」
まるで生きているような接し方だ。
当たり前だがその言葉に11号は反応しない。
イブじいはそれでも微笑んで、孫に支えられ自室へ向かった。
樹は長い廊下を祖父の歩調に合わせてゆっくり歩いた。
この家は、老人一人が住むには広すぎる。
実際に部屋の数が多すぎて、使ってない部屋が殆どだ。
だからこうして孫である王野姉弟がたまに来て掃除をする事になっている。
掃除と言っても窓を一定時間開けて再び閉めるだけで、掃除機をかけたりするのは11号の役目だ。
部屋を掃除するのが遅く、一日に全部屋掃除することは出来ないが、各部屋1週に一回掃除されるペースなので丁度いいと言えばちょうどいい。
イブじいは廊下の真ん中で急に自分より身長の高い孫を見上げた。
「どうしたの……?」
「樹くん。知っているかい?ロボットには心があるんだ。」
唐突にそんなことを言い出した。
イブじいはたまにおかしな事を言う。
そんな祖父にも樹は真剣に耳を傾けた。
「そうなの?」
こんな会話、まわりから見たら馬鹿らしいかもしれないが、今は二人以外まわりに誰もいない。
「そうだよ。大切にしなきゃ……」
イブじいは何かを決意したようにうんうんと力強く頷いた。
「そうだよね。」
祖父のために、樹は笑って頷いてみせた。イブじいはそれを見て満足そうに微笑む。
「樹くんは優しいねぇ。」
優しい?
優柔不断なのが柔和に見えるからかもしれない。
桜にもイブじいにも厳しい態度が取れないから時たま桜がふててどこかに行ってしまうのだ。
複雑な気分になりながらも、樹は笑みを崩さなかった。
「そういえば、昔あったよね……」
「なにが?」
「昔樹くん、ロボット捨てないでって、泣いていた事。」
樹は祖父の言葉に心底驚いた。
内容にも驚いたが、イブじいが十年前の事を覚えていた事に驚いた。
自分でも忘れていたのに、数時間前の事も忘れてしまうイブじいに思い出させられるとは思わなかった。
王野家、その時はまだ安藤家に、ロボットがいた時代。
今じゃ考えられないが、かつてはこの家族にも当たり前のようにロボットがいた。
技術者だった父親が作った、試作品の世界に一つしかなかったロボット。
父は量産型になるものは滅多に作らず、組み立てやプログラミング全て一人で行っていた。
町中を飛んでいるロボットは企業がいくつかの部署で役割分担して作っているものなので、とても珍しい事らしい。
すべての工程を一人で行うため、それは父にしか作れない特別なロボットだった。
父もそのロボットだけは手放さず家に置くぐらい大切にしていたし、世界に一つだけだったから、幼い樹もそのロボを気に入っていた。父が家を出ていった後も大事にしていた。
名前もついていたはずだが、その名前は忘れてしまった。
姉がそのロボを捨てる時、泣いて止めようとしたくせに、名前だけは記憶からころりと消えている。
動かなくなったうえ、修理できる人もいなくなったので、姉の行動はごく当たり前のことだが、樹にはそれが我慢ならなかったのだ。
「イブじい、よく覚えてるね。」
「そりゃあ。その後樹くん、そのロボット探しに行って……」
樹は恥ずかしさから顔を赤くした。
その後のエピソードはよく覚えている。その事件は十年近くたった今でも、王野家の食卓の話題にしつこくのぼってくる。
「あぁ……その話は……!」
「迷子になって、皆総出で探しまわっていたよね。」
「エヘヘ……」
言われてしまったら仕方がない。
樹はやけになって笑ってごまかした。
この皆というのは、中津芸能事務所の人々、母親の大学生時代の友達や近所の方々達が含まれている。
中津芸能の人達が仕事そちのけで探してくれたおかげで、テレビ局やイベント会場までもが大混乱になった。
「桜ちゃんなんて見つかるまでずっと泣きっぱなしで……」
「エヘヘ」
樹は結局、そろそろ警察に連絡しようとした時に見つかった。
樹は自宅から少し離れた公園で見つかり、姉の現マネージャー山下によって保護された。
皆が探してくれていたというのに、本人は呑気に遊具の中で寝ていたらしい。
「俺、なんであんな所居たんだろう?」
少し懐かしく思いながら呟いた。
「でも、見つけてもらえてよかったね。」
「うん、本当そうだね。」
昔話をしている間にイブじいの自室にたどり着いた。
「ありがとう。樹くん。桜ちゃんと仲直りしておくんだよ。」
イブじいは未だに二人が喧嘩したと思い込んでいるようだ。そういえば、書斎から出て行ってほったらかしだ。
「うん、わかった。」
イブじいに背を向けて、樹は姉を探しに行った。
この広すぎる家の中では姉はなかなか見つからない。
この家は地下室から三階まであり、一階から三階、各階に机とベッドのある部屋が十室ずつある。
あまりにたくさんあったので、子供の頃部屋に隠れて遊んだ。
この大量部屋のどこかに隠れると、なかなか見つからなくって、隠れている方は楽しかったが、探す人はけっこう大変だった。
隠れんぼするにはもってこいだが、本気で人を探している時には広すぎる。
母から聞いたところによると、昔は学生むけの寮、兼民宿だったそうだ。
あの書斎も学生達のために、昔イブじいが作ったものらしい。もう利用することがなくなったので電子化も行われず、あの状態のままになっているそうだ。
書斎もそうだがこの建物も今じゃ誰も使うこと無くこざっぱりしていて、寂しい印象だ。
昔の学生達が使っていた部屋を一つずつ開けて回った。
「アネキ?」
三階の一番北側の部屋に呼びかけてみた。
ここが最後だ。
呼びかけても返事はない。
窓から見える夕焼けがより虚しさを演出した。
まさか先に帰ってしまったのだろうか?
今日は姉の愛車でここまできたので、もしそうだった場合家に帰れなくなる。
まさかそんなはずは無いと言い聞かせたが彼女ならやりかねない。
念のため部屋の奥まで入って行った。
やはり人の気配は無い。
ふと窓の外を見ると、庭に植えてある、大きな杉の木の下に姉の姿を見つけた。
わざわざ、部屋を一つずつ開けていかなくとも、はじめからそこにいたようだ。
よかった。
帰ってなくって。
樹はホッと息をつくとゆっくりとした足どりで姉のもとへ向かった。
桜は大きな杉の下の古い小さなベンチに腰かけていた。
モデルらしい長い足を高々と組んで、肘置きに頬杖をついて人差し指は唇に当てていた。
その姿は映画のワンシーンのようだ。
しかし彼女の藍色の瞳だけはつまらなそうに、どこかを眺めていた。
その表情は怒っているようにも、悲しんでいるようにも見える。
「アネキ。」
桜はもの思いにふけっていたからか、よばれるまで弟の存在に気付かなかった。
ちらっと見ただけで、すぐに顔を背けた。
ついさっき、大人気ない態度をとってしまったので顔を合わせづらいのだろう。
樹はそんな姉の性格を知っていたから何も言わず、ベンチの横の地面に直接腰かけ姉を見上げた。
またしても桜はちらっと弟を見て、目があったらすぐにまた目をそらせた。
かといって弟と一緒にいるのが嫌な訳ではなく、その場を離れる事はなかった。
樹は忠実な犬が飼い主を見つめるような視線を送り続けた。
桜は横からかなり視線を感じているはずだ。
樹は視線で語りかける。
なんか言う事あるでしょ?と。屈託のない笑みを浮かべる。
「……」
しばらくして桜がボソボソと何か呟いた。
樹が聞こえなかったようで首を傾げたので、今度ははっきり聞こえるように言った。
「だから、ごめんって……」
「うん。」
樹は気ない返事をして、子供のようにふてくされている姉を見て笑った。
ひとまずは、一件落着。
息をついたら、桜が頭上から語りかけてきた。
「樹……?」
「なに?」
「樹はいなくならないよね?」
「はい…?」
樹は姉の唐突な問いかけに首を傾げた。
なにを急に妙な事を……
「父さんみたいにいなくならないよね?!」
桜は立ち上がってもはや、怒鳴りつけるように言っていた。
「あっ、その事……」
樹はあっけにとられて、間抜けにこたえてしまった。
「『あっ、その事……』じゃないよ!私がどれくらい心配してると思ってんのっ?!」
桜は次の瞬間声を上げて、子供のように泣き出した。
「アッアネキ?!」
「ウワーンッ!」
仰天する樹に桜は体当たりするように思い切り飛びついた。
ゴツッ。
そのせいで後ろの幹に頭を強打した。
「いっ!」
桜は弟が悲痛な叫びをあげたのは気付かなかったらしい。
桜は構わず樹の胸に頬を埋める。
「樹最近冷たいし、父さんに、似てきてるし、11号といちゃついてるし……」
桜は泣いているせいで途切れ途切れになりつつも、一方的に話し続けた。
「アネキ……」
もうわかったから。
もうこれ以上言わなくても平気だし。
しかしなおも桜はペラペラとしゃべり続けた。
「ロボットのCM釘付けになってたし、いいなぁとか言ってたし?」
「……」
たしかに見ていたし、言った。
「昔はアネキじゃなくって、お姉ちゃんって呼んでたし。よく女の子と間違えられて、泣いてたのに~!」
樹は少しずつ暴走し始めた姉の背中を軽くたたいてなだめた。
桜はやっと顔を上げて、弟と向かい合った。藍色の瞳からボロボロと大粒の涙を流している。
「馬鹿だなぁ……いなくなるわけないよ。」
姉のためにキッパリと言った。
もとからそんなつもりはないが、少しも心配させないために。
確かにロボットは好きだ。
正直言うとオタクと言われるぐらいには好きだ。
でも父さんのようにはならない。
父さんが出ていったあの日も姉はこうして泣いていた。
姉を置いて出ていくなんて自分には出来ないし、したくもなかった。
父の事は話題に出すだけで嫌がる姉だが、それは彼女が父の事を愛していたからだろう。
よく似ているとは言われるがボンヤリとしか思い出せない父。
今はどうしているだろうか。