02.RPA
RPA。
ローリング・プレイング・アクション。
インターネット上の架空世界。
日本が誇るゲームメーカー、リゴレ・ルーンが開発し、今では全国共通の人気ソーシャルゲームになっている。
RPAの中では人々がスマホ、パソコンなどの電子機器などで操り、アカウントを取得すれば自分のアバターで自由に遊ぶ事が出来る。
アバター同士でチャットを楽しんだり、日記風の記事を書いたり、アイテムの売買をしてアバターを着飾ったりすることが可能だ。
アイテムの売買はRPA内の通貨Gが必要になるが、これはミニゲームや記事を書いたり、イベントに参加したりすることで得ることが出来る。
それが面倒な人は1000Gを百円で買える課金システムもある。
RPA内には無数のコロニーと呼ばれる活動場所があり、それがフィールドと呼ばれる緩衝地帯で繋がれ、大きな一つの世界となっている。
コロニーのテイストは都会風、田舎風、ジャングル風、宇宙ステーション風など様々だ。
企業が宣伝料を払い、商品に合わせた世界観のコロニーを作り上げることもある。
期間限定でアニメ映画の舞台がコロニーとして出現した時には、大きな話題となった。
このコロニーにはアバター達が気に入った仲間達と、家を建て住むことが出来る。
新たに家を建てたり、増築したり、別コロニーに引っ越したりする際にはGが必要になってくる。
コロニーNo.332『ウインドビレッジ』
ここは風と風車の、のどかなコロニー。
アバター数218。
夜空にはリゴレ・ルーンの象徴である満面の笑みの白い三日月がのぼって、アバター達を明るく照らしている。
樹はその夜、クマのイッキとなり、RPAに入り浸っていた。
ウインドビレッジの中心から少し離れた住宅街の中に、レンガ作りの小さな家がある。
このタイプの家はウインドビレッジに住み始めると初期設定で与えられるもので、同じタイプの物が数件軒を連ねていた。
このコロニーは運営のリゴレ・ルーンが直営しているコロニーで、風車小屋のある異国の田舎風景をイメージした、特にこれといった見どころのないコロニーである。
しかしリゴレ・ルーン直営なので引っ越しにGはかからないし、何よりプレイ中に他社の広告に邪魔されることがない。
アバター同士の交流やミニゲームを目的とするプレイヤーに人気のあるコロニーだ。
初期設定の家から二等身の三白眼のクマが出てきた。
クマのくせに、黒色のつなぎを着ている。RPAのアバターは、みんな動物の形をしていて、眼鼻口のパーツを選択する形になっている。
イッキは出てくるなり、走って広場に向かった。
今はウインドビレッジの住民がみんなログインする時間帯なので、黄色いタイルで舗装された道の上にはカラフルな動物達が戯れている。
イッキは他の住民を器用によけて進んでいった。
実世界の樹ではこうはいかない。
樹は脚よりも手を動かすのが得意な人間だ。
広場にもやはり動物達が溢れていて、巨大な吹き出しに意味不明な言葉を書き込んでいる者もいれば、噴水の周りを走り回っているアバターも見受けられた。
イッキはアバター達でカラフルに彩られた広場をしばらく眺めて知り合いがいないか確認した。
広場が混んでいてなかなか見つからなかったが、ふと目に黒いつなぎが飛び込んできた。
イッキは迷わず噴水の前にいるシマウマに駆け寄った。
シマウマはイッキと同じ黒色のつなぎを着ている。
この黒いつなぎはカラフルな色遣いが多い中で仲間同士の目印になる。
イッキを見るなりシマウマは耳をピンと立てた。
「おっ!来たか、イッキ!」
シマウマはブンブンと蹄のついた手を振った。
「どうも、ロッキ。」
イッキはヒョイと片腕を上げた。
この2体は「チーム〇ッキ」のメンバーだ。
RPAの中では仲が良い人同士チームを組む事が出来る。
おそろいの黒いつなぎは「チーム〇ッキ」のユニフォームだ。
チームと言っても、特にする事はなく、ただ名前が〇ッキと言うアバターを誘い、同じ恰好をして夜な夜な集まって雑談やミニゲームをするだけだ。
チーム〇ッキを創設したこの二人も「おっ!名前が〇ッキだ!」と言う軽い気持ちで作った。
ロッキを操っているのは、名前は知らないが同い年の学生で、行動パターンが似ているのでよく一緒になる。
今は二人を含め、五人の〇ッキでチームアップされていて、イノシシのマッキ、ネズミのミッキ、リスのリッキがいる。
残念ながら他の三人は、今日は不在のようだ。
「なぁ、聞いてくれよ、イッキ!!今日凄い人に会っちゃったぜ!」
ロッキは手をバタバタさせながら興奮気味に話した。
「誰?誰?」
イッキが聞くとロッキは腰に手を当てて胸を張った。
「なんと!RPA最強プレイヤー青サマに会っちゃったのだ!!!」
「えぇっ!嘘!どうして?!なんでいたの?!」
イッキ目は見開き口をあんぐり開けた。
RPA最強プレイヤー青サマ。
RPA界では名の知れたプレイヤーだ。
RPAにはパソコンなどの電子機器でアバターを操る他にもう一つ、楽しむ方法がある。
それは、自分自身がRPAの中に入る事だ。
そういった方法で遊ぶプレイヤーは『VIPプレイヤー』と呼ばれ、動物ではなく、人の形をしているのが特徴だ。
RPA専用コントローラーRPCで自分自身を読み込ませ、その姿がそのままアバターになる。
そのため顔(個人情報)を隠すために、仮面などで顔を隠している事が多い。
青も顔をすっぽり覆い隠す装備をしているため、素顔を知るものはいない。
VIPプレイヤーになるにはRPCが必要という金銭的な問題があるため、一般プレイヤーよりもプレイ人数が少ないが、年に二回、現在登録数314人のVIPプレイヤーの頂点を決める「RPコロシアム」が行われる。
参加者は自らの身体能力に加え、自分が集めたアイテム、RPA内で取得した能力全てを使い勝負に挑む。
まだまだサッカーや野球程の視聴率はないものの、テレビでも試合が放送されるぐらいの人気はあり、小学生のなりたい職業の上位にVIPプレイヤーがランクインしている。
格闘技としてのスポーツ要素と観客を視覚的にエンターテイメント要素の両方を併せ持つのが『RPコロシアム』だ。
その頂点に現在君臨しているのが、青だ。
青は未だかつてない、6連勝という快挙を打ち立てている。
足には鋼の竜を討伐したものに与えられる『鋼鉄のブーツ』。
手にはトロール相手に素手で勝利した者のみに与えられる『トロールグローブ』。
体をスッポリ覆うのは地下迷宮を一番早く攻略したものに与えられる『常闇の鎧』。
常闇の鎧は青しか持つ者がいないのでVIPプレイヤー青の代名詞となっている。
VIPプレイヤーは普通、モンスターの出現するフィールドで活動しているので、コロニーにはめったにこない。
ましてやここのようなアイテム出現率の低いコロニーには現れない。
「俺も驚いたよ!休日の昼なのに一人寂しくコロニーを彷徨ってたら青サマが~!!!」
ロッキの興奮を抑えきれない様子が吹き出しから見てとれた。
腕をブンブン振りながら興奮するロッキとは対象的に、イッキはガクンと肩を落とした。
「いいなぁ……会いたかったなぁ……」
「お前本当についてないな!いっっつもいるのに今日にかぎって……」
「今日にかぎって、昼食べにいってたんだよ。」
「あ~あ!青サマがいたってのに!どこ行ってたんだよ!」
「イタリアン!」
「お、いいなぁ」
「美味しかったよ……ザ・パスタ。ってお店」
イッキが芸能人ご用達の有名店の名前を出したのでロッキは目を丸くした。
「超有名店ジャン!よく予約とれたな!」
「そうなの?!知らなかった!どーりで美味しいと思った!」
「誰かいた!?芸能人とか!」
「安藤姫乃ならいたよ(笑)」
「なにぃ!!!サインもらった?!」
ロッキには三次元の芸能人に会うほうがよっぽど嬉しいらしい。
「いや、もらってない。」
「なんでだよ!どんな感じだった?!」
「え……なんというか、普通……?」
「あー意外と気取ってない感じなんだな!」
イッキが言葉を濁すとよい方向に受け取って貰えた。
ここではなるべく個人が特定できるような発言は控えねばならないのでイッキは青の話に戻した。
「それにしてもショックだなぁ……イベント告知もないのに青サマがこんなところに来るなんて……」
ロッキがうんうんと頷いた。
「でも、気が付いたの俺だけ!」
「RPCコロシアム、皆見てないのかね?」
二人は欠かさず大会があるたびに観戦しているが、世の中ではあまり一般的ではないらしい。
少なくともRPAのライトユーザーの多いこのコロニーでは、青に気が付いたのはロッキだけだったらしい。
「まぁ、そのおかげで話しかけれたんだけど!」
「いいなぁ!何話した?」
「俺に言わせてもらうと安藤姫乃の生で見れたのもスゴイと思うんだけどな……」
「そんなことないよ!それでそれで?」
イッキが急かすのでロッキはうーんと記憶を辿るように斜め上を見上げた。
「青サマの中身って人なワケじゃん?」
「まあ、俺らもそうだけど(笑)」
「まぁ、そうだけども!でもなんというか人型だし緊張すんじゃん!話しかけていいかとかさ!AIだって噂もあったし!」
その通り、青はあまりに強過ぎるため運営が用意したAIという噂も流れていた。
とにかく勇気をもってロッキは自分から話しかけに言ったらしい。
「『すいません!RPコロシアムの青さんですよね?!』って」
「それでそれで?」
「『うん。そーだよ!』だって!ホントにいるんだ!と思ったね。意外と気さくな感じだったよ!まぁ、声は聞こえないからどんなテンションで言ったかは分からんけどさ!」
VIPプレイヤーとのコミュニケーションは今二人がしているように、外面の文字での会話になるらしい。
ロッキは思い出しながらしゃべるようにうんうんと頷いた。
「それで……!なぜここに……?」
「それが『今、人探ししてるんだけど手伝ってくれない?』って言うんだよ。もちろんイエス!!!」
「いーなー!!!共同イベント?!」
ロッキはニヤリと笑って蹄の付いた手でイッキを制した。
「話に重要な続きがあってだね……!」
ロッキは懐から小さい茶封筒を取り出し、イッキは丸い顔を傾けた。
「青サマから直接!手紙を頂いたのだ!!!」
「なにそれ?!」
イッキの三白眼が輝き出す。手紙を手にロッキは得意気にほくそ笑む。
「俺が思うにコレ配達系のクエストの一部だと思うんだよね。これをイッキに託そう!」
ロッキが手紙を差し出した。
その行動にイッキは一歩後ずさり困惑する。
「託そう!……って?」
しばらくの間があった後、ロッキは喉の調子を整え手紙の裏に書いてある事を朗読した。
「『この手紙を一週間以内に信頼出来る人にまわせ。』……だからハイっ!!」
再びロッキは手紙を前に突き出した。
今度はイッキも迷わず受け取った。
イッキの手が手紙に触れた途端、イッキの頭上に『アイテムget!』という文字が浮かんだ。
「こうして俺らは、光栄にも青サマのクエストの手伝いが出来るわけだ!」
ロッキは『アイテムget!』の文字を眺めていたがやがてそれは消えた。
イッキは手紙を感動で打ち震えながら見ていたが、それをアイテムボックスの中にしまい込んだ。
「ありがとう。ロッキ……」
「青サマから直々のクエスト!……頼んだぜ!」
二人は硬い蹄のついた手と柔らかい肉球のついた手で、スポコン漫画のようにがっちり握手した。