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カリロボ  作者: 広瀬ジョージ
学園祭編
15/95

15.白雪姫の会

 金曜日の放課後、高二フロアA組。

 学園祭の劇に携わる全員が集められた。


 たかだか、白雪姫。されど白雪姫。

 主役級から後ろの木Aなど多くの役の人が集まった。

 キャスト以外にも当日大道具を動かす係や音響を担当するものも揃っている。


 集まった同級生は椅子を半分ずつ分け合ったり、ロッカーの上に座ったりしている。

 放課後の独特の開放感に満ちている。


 部屋のあちらこちらで塊を作って群れていて、騒がしい。

 その中で樹は珍しく教室の一番前の真ん中に陣取っていた。


 普段は隅の方で小さくなっていただろうが、いつもの習慣で騒がしいところから離れて座ったら、自動的にこの位置になっていたのだ。

 席を分けたり、ロッカーに座ったりする人がいる割には、最前列はがら空きなのだ。


「隣、座っていい?」


 顔を見なくとも誰の声か樹にはすぐ分かった。

 体が緊張するのと、熱くなるのを同時に感じた。


「いいよッ。」

 もうちょっと、落ち着いてゆっくりと答えたかったが、間髪いれずに樹は答えた。

 そんな樹の様子を気にするわけでもなく、真華は樹の隣に腰を下ろした。

 すとんと腰を下ろすその姿を樹は横目で盗み見た。


 それが当たり前のような動作だったので、樹にはかなり嬉しかった。

 真華は他の席も空いているのも関わらず、樹の隣を選んだ。

 今自分の顔を鏡で見たら人生で一番良い笑顔をしているかもしれない。


「そういえば、樹と放課後こうやって残るのってはじめてだよね?」

 真華は何気なく言葉をかけるが、その一言一言が樹には嬉しい。


「ああ、そうだね」

 意識するあまり、素っ気無い返事になってしまったが、真華は気を悪くする訳でなく、また樹に話しかける。


「だよね!それと樹、劇に出るのも初めてだよね?」

「うん。結構楽しみ。」

 本当は想像すると腹が痛くなるぐらいだが…

 見栄を張ったにすぎないが真華はよかったと笑った。


「私が前に、出たらいいのに、って言ったから無理してるのかなと思って…」

「大丈夫。別にそんなことないから。」

 本当はそんな事大ありだ。

 その言葉のためといっても過言ではない。


 でもそんな心配をしてくれていた事も嬉しい。

 もう自分ではどうしようもないぐらい。

 やっぱり、やってよかった…


「ならよかった。でもちょっと残念だな…」

「えっ何が?!」

 幸せを噛締める樹の横で、真華はいたずらっぽく笑った。


「私のためだと思ってたのに。」

 樹には、だって王子役だし?と笑う真華の声も聞こえなくなっていた。

 顔が赤くなっていくのを感じる。


 今、本当はそうだよって言ったら?!

 今、全部あなたのためですって言ったら?!

 駄目だろ重過ぎるだろ!!!

 でも、『私のためだと思ってたのに。』って…!


 樹が赤くなったり青くなったりしているうちに、真華は全身を少し前に傾けて樹を覗き込んだ。

 正確に言うと樹の隣に座る永久を覗いていた。


「そういえば、永久はなんでいるの?」

 机に突っ伏して、二人のやりとりを横目で見ていた永久は、少し顔をこっちに向けた。

 その顔にはハッキリと不快感を表に出している。


 真華が永久を見ている隙に、樹は机に頬杖をつくフリをして、こっそりと赤くなった頬を手で冷ました。

 永久とはいつも一緒にいるので、何の違和感もなくって気付かなかったが、今日はキャストだけの集まりだったはずだ。

 自分も興味があったので、樹も二人の会話に耳を傾けた。


「別にいたって良いだろ。僕もキャストだし。」

 そう言ってまた机に伏せた。

 当然ながら真華は頬を膨らませる。


 あぁ…なぜこうも仲が悪いのだろう。


 真華の一つ一つの言葉と動作でいちいち左右されている樹とは違い、永久どこまでもドライだ。

 樹にはそれが少しうらやましくもある。


「永久は何役なの?」

 樹が場を取り繕うように聞くと、永久は伏せたままボソボソと呟いた。


「…森のリス…」

 聞いた途端、キグルミを着せられて不機嫌そうに仁王立ちする永久の姿が目に浮かんだ。

 よく永久がそんな役引き受けたなと思いながら樹はへえ、と言った。


「プッ。可愛いじゃん。」

 反撃のつもりだろうか真華はわざと吹き出した。


「笑うな!好きでやったんじゃない!」

 永久は起き上がり睨みをきかせる。


 本人は怖い顔しているつもりだろうが、クリクリの団栗眼なので全く怖くない。

 しかも起き上がっても背が低いからどうしても見下ろされている状態になる。

 真華は、それを見てうっすら余裕の笑みを浮かべていた。

 永久はぐう、と唸ってまた机に伏せた。


 勝負あり。

 真華は意外といい性格をしている。

 意地悪そうに笑う顔を眺めていたら目が合い、微笑み返してくれた。

 永久には悪いが顔を見るとなぜか許せてしまう。


 三時三十分になった。

 時刻ピッタリに、開け放ったままにしてある前の扉から細長い人影が現われた。


「どーも!」


 赤と黒の独特のヘアスタイル。

 にやけた口元。

 間違いなく和馬だ。

 

 樹と目が合うと彼にしか聞こえない声で、ハローと言った。

 なんとなく苦手意識のある樹は、曖昧に笑い返した。


 なぜ彼がここに…?


 和馬が登場した後に、愛希がプリントの束を手に後から入ってきた。

 愛希は樹を見つけると、頑張りなさいと言ってエールを送った。


 はい師匠。

 樹は強く頷いて見せた。

 

 それでいい。

 愛希は口元だけで笑った。


 二人が入って来た時に、教室は大きな声からヒソヒソ声に変わり、静かになった。

 ヒソヒソ声が鮮明に樹の耳にも入ってくる。


「松田君がこういう所にくるの珍しくない?」

「だよね。人多いところにこないし。」

「なんかクラスの集まりとかも来ないもんね。」

 その声の中に非難めいた響きがあるのを感じ取って、樹は思わず縮こまる。


 もちろん自分の事ではないのは分かっている。

 たぶんここにいる皆は一つ一つの声が聞こえているなんで思っていない。


 でも、そういうのって言われている人が一番よく聞こえている。

 樹はよく分かっている。


『王野君って日本語喋れないんじゃない?』

『なんか、冷たそう。』

 そういうのって結構傷つくんだ。


「いいよ。言わせておけば。」

 誰がそう言ったのかしばらくわからなかった。

 上を見上げると和馬がこちらを見て笑っていた。


 今のって松田君?

 気遣って声をかけてくれたのだろうか?

 だとしたら自分の頭の中を見透かされたようですこし恥ずかしい。


 和馬は注意を引くように2度手を鳴らした。


「はいはい!高2学年劇、監督兼スポンサーになりました。松田和馬でございます。」

 いつもとのギャップに戸惑う樹をよそに、和馬は高らかに宣言した。


「スポンサー?」

 樹の斜め後ろの少女が聞き返した。

 

 演劇部の前橋さんだ。確か魔女役。


「そう、スポンサー。」

 愛希が松田の変わりに説明した。

「今回の学園祭。皆も知っての通り、賞品が出る。どの学年も去年より力を入れてる。だから普通じゃ勝てない。」

 確かに…と教室中が頷いた。


「そこでスポンサーがついたわけ。」

 今度は愛希に代わって和馬が話し始めた。


「お金と人手があれば、舞台のセットも豪華になるだろう?そのためのスポンサーさ。学年企画でスポンサーがつくのはおそらく学園始まって以来だろうね。」

 和馬の少し芝居めいた話し方にほおっと納得の声を上げる。


「それに今年は、井上さんと王野君が出てくれる訳だし。それに音響、照明もプロがつく訳だし。これなら一番取るのも夢じゃないよ!」

 

 おお!

 歓声がさらに大きくなる。

 凄い!

 でも井上はともかく俺を勘定に入れないでくれ…!

 複雑な気分で樹も浮かないようパチパチと手を叩いた。


「で、僕はスポンサー兼監督だからね。ちゃんと言う事聞いてよ!」

 ちゃんと言う事聞いてよ!と言うのはハッキリと樹に向けられた言葉だった。


 やっぱり松田君は松田君なんだね…

 少しいい人なのかもと思ったが、勘違いだったらしい。


「監督だって?!聞いてないぞ!そんなこと!」

 聞き捨てならない。

 永久が噛み付くように言った。


「はい?森のリス君、何か質問かい?」

 和馬はわざとしゃがんでピアスジャラジャラの耳を近づけた。


「永久君リスなの?!」

「かわいい!」

 小人役の少女達が後ろでキャーと騒いだ。

 永久はキッと後ろを睨み付けた。


「好きでやってるんじゃ…!」

「そっかぁ!王野君も出るから長居君も出たかったんだよね。可愛いねぇ!」

 可愛い!と女子たちも茶化す。

 永久が顔を真っ赤にしている。

 

 永久のぷくぷくした小さな手は、ぎゅう、と握り締められている。

 ヤバイこれ以上言ったらキレる。


 樹は長年一緒にいた直感で感じ取った。


「あ!えっと、監督!それで今日は何するんですか?!」

 永久に集められていた視線が一気に和馬に注がれた。

 その間に、永久の手を引いて席に着かせた。


 永久は何も言わずうなだれた。

 永久…相手が悪すぎたよ。


「あっそうだった!遊んでいる場合じゃなかったよ!良くぞ聞いてくれたね。」

 そう言って和馬はニヤリと笑った。

 その笑顔は不吉なものを感じさせた。


 聞かなければよかったな…

 しかし、いずれは通る道だ。


「宮野君、配ってくれたまえ!」

 芝居がかった感じで和馬が言うと、愛希はわざとらしいぐらい事務的に手にしていたプリントを配り始めた。

 教室の右端から、順に配っていき、樹の前に来たときに、それがいくつかの束になっている事が分かった。


「台本?もうできてるんだ。」

 前橋が感心したように言った。


「そうだよ!中見て中見て!」

 

 高二学年企画・台本。

 大きな余白を残して真ん中にデカくもなく、小さすぎもせず印刷されていた。

 高校生の学園祭アイテムにしてはシンプルだ。

 脚本・松田和馬

 その下に同じサイズの字で、

 作・宮野愛希


 それでこのシンプルさ…

 妙に納得がいった。


 台本をめくって、中を見た。

 表紙に反して中はシンプルとは到底いえない内容だ。


 これ白雪姫だよね?

 王子って終わりにだけフラッと出てくるだけだったよね?

 台本には予想外に『王子』という単語が並んでいる。

 いくつもの疑問が頭の中に浮かんでは駆け巡る。


 キャー!

 などの女子の歓声や

 うわー!

 などの男子の笑い声が部屋を埋め尽くした。


「どうだい?王野君?」

 和馬は呆気に取られる樹を満足気に見下ろした。


「これ俺がやるの?!」

「当たり前じゃん。他に誰がやるの?」

 でもデモでも…


「井上だって嫌なんじゃ…」

 同意を求めるように真華を見たが、言葉に詰まった。

 真華はキラキラした目で台本に見入っていた。


「井上さんはいいみたいダヨ?」

 教室の反応を確かめながら和馬は言った。

 教室を見回したところ、この台本に異議を唱えているのは自分だけだった事に樹は今更ながら気付いた。


「松田…!学園中全女子を代表して言う!すばらしい!」

 前橋は和馬に負けないほど芝居がかった言葉で言う。


「そうだろ?!みんなが求めているのは萌えだ!!!」

 それに対しても芝居がかった台詞で返す。

 ノリのいい者ばかりが集結しているこの教室からは、あちこちから拍手がきこえた。

 和馬の方がよほど役者向きなのではないだろうか。


 それから今後の予定表が配られ、その予定通りに来れないものは連絡するようにと言った


「役名の上に数字がついてまーす!1がついている人は明日から練習。なるべく台詞覚えてきてね。」

 和馬は最後だけちゃんと監督っぽい台詞を残して、今日はお開きになった。


 よく見ると王子と書かれた文字の上に1がついていた。

 隣の永久の『森のリス』の上には3だ。

 そのキャラクターが出てくる頻度や場面ごとに分かれているらしい。


 樹も1なんだと真華ははしゃいだ。

 白雪姫の上にも1がついていた。


 今更ながらえらい事引き受けちゃったんだと思い知った。

 部活のあるものは、さっさと出て行って。

 この後、用のないものだけ教室に残った。


 永久は終わるなり「特にようはないから」といって、教室を飛び出していった。

 皆と話したりするという事は頭にないらしい。

 その素早さたるや、運動部よりも早い。

 樹、真華は後者だったので座ったまま、ボンヤリしていた。


「真華も1だね!」

 樹の斜め後ろに座っていた前橋が気を乗り出して真華の肩に手を置いた。


「そうだよ。唯も?」

 下の名前唯って言うんだ。

 樹は頭のなかに記憶しておいた。

 そうみたいと、唯は頷く。


 魔女も王子同様、よく知る童話ではそれほど多く出る役ではないが今回の劇ではそれぞれに見せ場が作られているようだ。


「王野君は?」

 いきなり話しかけられて、少し驚きながら答えた。


「俺も…!前橋さんは魔女役だったよね?」

 そういうと、唯は猫目を丸くした。


「お!感動。王野君が私のこと覚えてくれているなんて!」

「そんなことで感動してくれるんだね。」

 普段喋らない人と喋れるから、やっぱり学園祭って楽しい。


「当たり前じゃん!なんかイメージ的にウルサイ女子なんて眼中にない…って感じかと思ってた。」


 ああ、やっぱり…

 嫌なヤツだと思われていた。

 陰で言われずに、面と向かって言われると悪意が感じられない。

 これを機にイメージを払拭する事にした。


「そんなこと無いよ!女子好きだよ!」

 唯はそれを聞いてヒャヒャヒャ、と笑った。

 すでに役に入っているのかと思った。


 真華は冷たい視線を樹に向けた。

 思わず熱が入り、言った後で後悔した。


「そっか、女好きか…!」

「いや、違うよ!」

 普段あんまり喋らないせいで咄嗟にでる言葉のチョイスがおかしい。

 嫌いじゃないというべきだったか?

 しかし、それだと高飛車に聞こえてしまうのでやはり『好き』が正しいのだろう。

 話すのは難しい。


「そっか、樹モテるもんね。」

 唯は一目でからかっていると分かる笑い方をしていたが、真華は本気で軽蔑しているような顔をしていた。

「え…それは…っ!」

「どうした王野君?」


 弁解すればいいの?

 どうすればいいの?

 樹は恥ずかしいやら、焦りやらで、コロコロ顔の色を変えた。


「唯。そう虐めないでやって。」

 愛希が唯の隣に腰を下ろした。


「お、愛希お疲れさんです。」

「お疲れ様です。」

 樹もかしこまって挨拶する。

 その瞬間、ジロリと真華に睨まれた気がした。

 目を合わせようとすると、プイッとそっぽ向かれた。

 俺が何をしたというんだ…


「まあ、そんなに仕事して無いけどね。台本と予定表作っただけだし。」

「そんなこと無いよ!台本メッチャ分かりやすい!」

 真華は未だに樹のほうを見ずに、愛希だけに目を向けていた。


「この数字のヤツ良いと思うよ。いつ来ればいいかとか分かりやすい。」

 今度、演劇部でも使ってみる、と唯。


「人多すぎたりとかするとごった返したりするもんね。」

 三人の話に樹は完全に置いていかれた。

 

 そうか…ベテランは違うな…


「あぁ、その数字のヤツ考えたの松田君よ。」

「え、そうなの松田君なの?!」

 唯の反応を見て愛希は笑った。


「結構、頑張ってくれてる。」

「凄いな松田君…」

 思ったことが無意識のうちに口から漏れた。

 それを聞いて、愛希が睨みを聞かせてきた。


「自分も頑張りなさい。」

「はい!」

 師匠にいい返事をする。


「そうだ、せっかく演劇部員がいるんだから、あんた発声練習とか教えて貰いなさい。」

「はい!」

 樹のいい返事を聞いて唯も不敵に笑った。


「いいよ、手取り足取りやさしく教えてあげるから。」

 ヒャッヒャッヒャ…本物の魔女のような笑い方だ。

 この調子だと、とてもやさしく教えてもらえそうに無い。

 黙っていた真華が不機嫌そうに呟いた。


「なんか宮野さんと話すときだけ返事よくない…?」

「えっ?」

 聞き返す樹に真華はなんでもない、と不機嫌そうに言った。

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