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カリロボ  作者: 広瀬ジョージ
学園祭編
14/95

14.継母モーニングコール

 金曜日の朝。


 耳障りなバイブ音で山下は目を覚ました。

 その横では、額が触れそうなぐらいの位置にモデルの安藤姫乃、桜が寝ている。

 つやつやとした茶髪が顔にかかっていた。


 山下と同じ年代の男なら誰もが羨むべき状況だが、実はそうでもない。

 二人の頭上では桜の母、妃がソファーで寝ていた。

 腕がダラリとソファーから落ちている。

 

 したがって山下は、モデルとその母の三人で何のロマンもない『介』の字型で寝ていたのだ。

 寝ている間にソファーから落ちなかったのは奇跡的だ。


 メールだけならすぐに止むだろうと思っていたが、スマホは唸り続けている。

 ゆっくり体を起こし、スマホを昨日どこへ置いたか思い返してみる。


 枕の横に置いたはずだ。

 案の上、枕代わりに使った丸めた上着の横でスマホが震えていた。


 掴み取ると同時に時間と誰からかかってきたのか確認する。

 時間は9時少し前、高校生である樹はとっくに自分たちを置いて学校へ行ったらしい。

 

 山下は電話をかけてきた相手を見て、眉をひそめ無言で廊下へ出た。

 表示された名は『仁科美由』。

 山下がこの世界でもっとも苦手とする女だ。

 

 しかし、用もなく掛けてくる訳がないので、仕方がなく通話ボタンを押す。


「もしもし?圭?」

 媚を売るような話し方。

 聞いているのも嫌になる。

 間違いなく仁科美由だ。


「そうだ。」

 短く苛立った口調で答える。


「いやーん!久しぶり!元気にしてた?そろそろ戻ってきていいのよ?」

 誰が行くかと心の中で毒付いた。


「さっさと用件を言え。切るぞ。」

「冷たーい!久しぶりにママが電話してきてるんだから少しは優しくしてよ。」

「お前を母親だったと思った事は一度もない。」

 山下はわざと傷つける言葉を意図的に使った。


 仁科は本当の母親ではない。

 戸籍上の義母だ。


「なら恋人になりましょう!」

「それくらいなら死ぬ。」

「簡単に死なないくせに。」


 フフフと受話器の向こうで仁科が笑った。

 人が気にしている事をずけずけと、本当に嫌な女だ。


「早く用件を言え。」

 山下は一刻も早く電話を切りたかった。


「葵が逃げたの。」

「なに?」

 聞き返すと、そうなのよ。と全く困って居なさそうな仁科の相槌が聞こえた。


「朝起きたら、葵のRPCが空になってて……なんて言ってたかしら?田邊さんとか言う刀もなくなってたわ。」

 せっかく居間に飾ってあったのに……!と残念そうに言う。

 この女は17歳の少女の安否より居間のディスプレイの方が大事なようだ。


「葵、あなたが出ていってから一度も家から出たことないのに……車に跳ねられたりしてないかしら?」

 心配そうな口ぶりで話しているが、電話越しに含み笑いが聞こえた。

 本当はそうなることを望んでいるようだ。


「ママ心配なのよ!見つけて一緒に帰ってきてちょうだい!」


 山下は頭を抱えた。

「あぁ……わかった……」

 一緒に帰るかはともかく、葵は何か問題を起こす前に見つけなければならない。


 うっかり監視ロボや警備ロボを攻撃したり、屋根の上を跳ねまわってたりしていたら注意勧告ぐらいじゃ済まされないだろう。

 しかしRPAの中で育ってきた葵だ。分別がつかず平然とやりかねない。


 山下が受話器を外すのを感じたのか仁科が叫ぶ。 

「切らないで!今度の日曜日……!」

 かまわず通話を切った。

 

 葵は何を考えている?

 なぜ突然外に出た?

 少女が家出したんだ。警察に連絡するべきか?

 いや、あいつ刀を持っている。

 捕まったら少年院行きだ……


 まあ、葵が鈍い監視ロボに捕まるとは思えないが……

 こんな事なら葵にGPSをつけておくんだった……

 山下は、頭を抱えながらヨロヨロとリビングに戻った。


 リビングに戻ると桜が起きていて、目を擦って伸びをしているところだった。


「おはよ、山ちゃん。何か電話かかってきてなかった?」

「あぁ、特に重要ではなかった。」

「そうなの?」

 桜は答えに納得してないようで首を傾げた。




 それから少し時間が経ち、金曜の昼。 

 中津芸能事務所では桜、オリ、ユウ、そして藤木によるトークイベントが開催されていた。

 本来なら書類が置かれているテーブルの上には、駅前で買ったロールケーキが並べられている。


 事務所の隅の畳スペースでは所長の中津と演歌歌手の東雲が日本茶と茶菓子を傍らにくつろいでいた。

 東雲はお茶を楽しんでいるようであったが、中津はお茶を横に置きテーブルを囲う4人をボンヤリ眺めている。


「で、なんか山ちゃん朝から元気ないの……」

 ふーん、と聞いていた人々は相槌を打った。

 当の本人は外回りに出ていて席を外していた。

 彼は基本的にムスッとした表情を崩さないが、意外と分かりやすくて、他ごとを考えていると返事がおざなりになったり、酷いと返事自体もしないことがある。


 今朝も彼は要領を得ない答えを繰り返していた。


 例えば『パンとご飯どっちがいい?』という質問に『食べる。』と答えたり、『醤油とって』という簡単な頼みにもボンヤリしていた。

 その後我に返り、何のごともなかったかのように醤油を差し出したが、これは絶対に何かある。


 今朝かかってきた電話が原因のようだ。

 それをさかいに彼がおかしい。


「私から言わせて貰うと、何で朝から一緒にいたかが気になるんだけど?」

 オリはロールケーキをフォークで切り崩しながら冷やかすような笑みを浮かべた。


 桜は急に思い出したように顔を華やがせる。

「そういえばね!昨日お母さんが帰ってきたの!」

「ああ、そういう事。」

 オリはソファに深く腰をかけ直した。

 過去にオリも経験した事があるので説明としてはそれで十分だ。


「んまぁ!妃さん帰ってきたの?!」

 藤木明が大げさに驚く。

「また急だねぇ。」

 ユウはおっとりとした口調で言う。


「それで、原因に心辺りは?」

 桜はしばらく考えた。


 明らかにかかってきた電話のせいだが、その一本の電話で心が乱されるような内容はおそらく……


「そういえば、昨日、うわ言で『葵さん』がどうとか……?」

「何?!女?!」

 オリは身を乗り出した。


「あの山ちゃんが?!」

 藤木はキャーと奇声を発して身をくねらせる。

 他人の事となると皆喰いつきがいい。


「もっとなんか聞かなかったの?」

「うん。」

 桜が平然と答えたのでオリはあからさまに残念そうな顔をした。


「なんで?!」

「だって樹が、天使みたいな顔で、『酔った人から色々聞きだすのはよくない』ってお告げを……」

 桜は似たような顔なのに天使みたいななどと無駄なブラコンぶりを発揮した。


 オリはチッと舌打ちした。

「余計な事を!」

「人生いい子ちゃんだけじゃ駄目なんだぞ!」

 ユウもオリに加勢する。


「そこが樹の可愛いところだもん!」

「可愛いんじゃ駄目なのよ!男らしくないと!」

 くねくねしながら藤木が言う。全くもって説得力がない。


「残念だよねぇ、でも好き……」

 ユウが何気なく呟いた一言に桜は敏感に反応した。

「私が許さない!ユウはこれから樹に近づかないで!」


 その後は話は、樹から樹の学校生活、交友関係、ネットの中の友人と連想ゲームのようにコロコロ変わって、なぜか最終的にRPAの噂話になっていた。

 樹からRPAに話がシフトチェンジしたのは彼が桜に渡した『青からの手紙』の影響が大きい。


 リゴレルーンが運営しているRPAには数々の噂が存在する。

 アバターを作るときに出てくる、背景はよく見ると文字のように見え、それは何千年前にほろんだ文明の文字だとか。

 丑三つ時に三人で消したいアバターの名前を言えば消えるとか、色々ある。


「ねえ、こういうのは知ってる?」

 怪談を話すような口調で藤木は言った。

 彼女もまた、RPAのプレイヤーだ。

 ペンギンのフジピィを操り、服の着せ替えを楽しんでいる。

 彼女のブランドの宣伝をRPAを通じて行うこともあり、この中では一番RPAに精通している。


「なにそれ?」

 オリとユウは興味津々で話に聞き入る体勢だ。

 怪談が苦手な桜は少し隣のユウに身を寄せて、聞く体勢に入った。


「夜になるとこのゲームって三日月が出てくるじゃない?」

「うんうん。」

 桜はコクリと頷いた。

 三日月というのは、リゴレ・ルーンという会社の名前にちなんで作られたらしい笑う月の事だ。

 夜になるとアバター達を明るく照らし出す。


「本当にたまになんだけど、あの口から人を吐き出すのよ!」

「へえ……なんで?」

「キモくない?」

 オリとユウは余計に前のめりになった。


 桜はあの月から人が吐き出されるのを生々しく想像して顔をしかめた。

 前々から不気味に思っていたので余計に嫌だった。


「そうでしょ?色々解釈の仕方があって、規定違反した人が食われて、骨だけ吐き出されているとか……、青さまに戦って負けると食べられちゃうとか……、それと吐き出された人がどこに行くか分からないの」


 不気味な感じで藤木が話を終えると、ユウがアッと声を上げた。

「そういえば、友達にすっごくRPAオタクの子がいて、その子から聞いた話なんだけど……」

 そう言ってユウは話を切り出した。


「RPCを使っても、私たちじゃどうしても行けないところがあるんだって。その行き方は青様しか知らないらしいの。フィールド内のノコギリ山って言って、青様がその山頂まで行くと急に消えちゃうらしいよ」

「ノコギリ山?」

 桜が聞き返すとユウは頷いた。

 

「そうそう、ノコギリって言っても、富士山みたいな分かりやすい山なんだけど、普通の人がそこを通るとなんともないんだけど、青サマだけ消えちゃうんだって。別のところに行っちゃうかららしい」


 桜と藤木がヘーと言う中で、オリが遠慮がちに口を挟んだ。

「……私が聞いた話だと、青サマってのが人間じゃないらしい」


「人間じゃないって言うのは?」

「青サマがRPAの中でしか存在しない人間で、実際には存在してないって事」 

 そうかと、桜は心の中で納得した。


 VIPプレイヤーの顔は実際に見ることができないから、そんな事が起きても不思議じゃないわけだ。

 むしろその方が青の以上なまでの強さも簡単に説明する事ができる。

 ゲーム内なら生身の人間よりも、コンピューターの方が強いに決まっている。


 ということはこの前の『青からの手紙』は人ではなくコンピューターが作った代物だったのだろうか?

 

 そういえば、山下は手紙を誰かに渡せただろうか?

 もしかしたら例の葵さんに渡ったのかもしれない。


「RPAって、何かと謎の多いゲームなんだねぇ。」

 ユウがしみじみと言うと、今まで黙って傍観していた中津がニヤリとこちらを見て笑った。


「俺もRPAの噂、知ってるぞ!」

 皆一斉に中津に注目した。

 お茶を飲んでいた東雲さえも耳を傾けた。


 中津は注意を引くために逆に聴衆に問いかけた。

「RPAは、たった二人の人間のために作られたって知ってたか?」


 数あるRPAの噂の中でも始めて聞く物だったので皆すかさずくいついた。


「しらなーい!」

「ロマンチックじゃない!」

 中津は上々の反応に満足すると、揚々と話し始めた。

 

「まず、皆がRPAを使えるようになったのはここ数年で、今の社長が社長の座に就任してからなんだ。知ってたか?」


 桜はただただ感嘆するばかりだった。

 リゴレ・ルーンの現社長は確か『仁科美由』という女性で、就任当時は雑誌などでも多く取り上げられていたのを覚えている。

 彼女の一見社長に見えない容姿はあまりにもインパクトが強かった。

 彼女があのRPAを世に出したのかと意外に感じた。 


 ほかの面々も今始めて知ったようで、熱心に耳を傾けている。


「RPAを作ったのは、その前の社長だ。その時のリゴレ・ルーンは、今とは比べものにならないぐらいの小さい会社だったんだ。技術は今よりも高かったのにな……中でもRPAは前社長の代表傑作だった。それを世に出せば億万長者になれたかもしれたのに、そうはしなかった。」


 なぜだと思う?と中津は目配せした。

 桜とユウは目配せし合い、オリは肩をすくめ、藤木は続きを促した。


「なぜなら、RPAは前社長の、二人の子供へのプレゼントだったからだ。前社長は、世界を丸々一個作って、二人に上げちゃったわけ!」


「おお!」

「素敵!」

 単純かつ純粋なオリと藤木は真っ先に感嘆の声をあげた。


 RPA売ってお金持ちになればよかったのに……とユウは呟いたが、そんな事を言ったら今の感動秘話はチャラになる。


 桜にはそんなRPAなのになんで今私達が使ってるんだろう?という疑問が頭の中に浮かんだ。


「……実は、その話には続きが……」


 中津が再び口を開いた時、事務所の扉が開いた。


「ただいま。」

 いつもの仏頂面で山下が事務所へ帰ってきた。

 そんなに大きな声ではなかったのだが、女子たちの視線は確実にそちらの方向に向いた。


「山ちゃん。待ってたよ。葵さんって誰?」

「いつからなの?」

 山下はオリと藤木の総攻撃に遭い、無理やりソファーに座らされ囲まれた。

 桜もこれ幸いとばかりに山下を囲んだ。

  

 自分だけでは聞きにくかった葵さんの事を4人もいれば上手く聞き出せるだろう。

 山下が面倒くさそうに顔を顰めているのを見ると、少し卑怯だとも思うが知らずにはいられない。




「おーい……」

 4人は電脳世界の噂話よりも、今は現実の色恋沙汰に夢中になっていた。

 アロハな中年にはもう誰も聞く耳を持っていない。


「誰も聞いてないか……」

 中津はガックリと肩を落としてうなだれた。


「大丈夫。私は聞いていますよ。」

 東雲は肩を落とす中津に上品な笑みかけた。


 あぁ、これぞ天使のほほ笑み……!

 少なくとも皆から見放された中年にはそう見えた。


「さすが、お嬢!」

 中津は礼を言って咳払いすると語り出した。


「で。RPAを完成させたところで、前社長は病気でそのまま亡くなるんだけど……悲しみにくれた妻は子供をおいて消えてしまい。リゴレ・ルーン、当時は笑月しょうげつには、まだ幼い二人の子供が取り残されたんだ。

 その数日後、社長の座を今の社長に譲るって言う内容の遺書が発見されたんだ。息子はその遺書が偽物だってすぐに分かったんだが、当時中学生になったばかりの少年がそんなこと言ったってどうにもならない。

 会社は乗っ取られ、名前も変えられ、二人のためのRPAも、現社長の資金源として世に放たれた。現社長の魔の手は会社だけでなく、兄妹の家庭にまで及んだ。そこで少年は妹に、必ず迎えに来るから待っていてくれ、といって家を飛び出した。今もその少年は、現社長仁科に復讐する機会をひそかに窺っているんだ。」


 東雲は空になった湯飲みを、お盆の上に置いた。


「やけにお詳しいですね。」

 中津はまぁね、と笑った。


「これにも続き?というかオチがあって……」

 中津は前に向き直った。


「いい加減答えろ!」

「白状しろ!」

 部下は女子たちに囲まれて、ちっとも嬉そうでない顔をしていた。


「その少年ってのが、山ちゃんの事なんだよね……」


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