13.マドンナの一撃
妃が酔いつぶれたのと同じ頃。
無法地帯。
「ガンバレー!!!」
久しぶりにこんなに声を張って応援した。
こんなに声を張ったのは幼馴染の全国大会以来だ。
彼のよく通る大声も、他の声のように熱気の中に消えていく。
どんなに優太が声を張り上げても、ちゃんとリングの上にいる彼女に届いたかわからない。
真華はリングの上でロボットと対峙していた。
前回戦っていたロボットとは桁違いにでかい。
大きさは真華よりも頭一つ分大きい。
その分、この試合にかけられている掛け金も桁違いに高い。
彼女は生活のためどうしても戦わなければならず、手元に入る金額が大きいこの試合は外すわけにはいかなかった。
真華を支持しているほうも、相手を支持しているほうも半々らしい。
今まで負け知らずの真華も今度の相手は手ごわいようだ。
相手のロボットGDは、ここに捨てられた中古とはいえ、警備専門の傭兵型だった。
戦闘用に作られたロボットは耐久性が強く、攻撃が効きにくい。
それに加え、対人間ように作られているので、簡単な攻撃は先を読まれてなかなか当たらない。
真華の強みはロボットらしからぬ自由度の高い攻撃なのに、それを読まれてしまっては手も足も出ない。
GDは守備に先読みだけでなく、なかなか強烈な一撃をかましてくる。
右の肩から石が飛び出した。本来なら犯人確保用のペイント弾が発射されるはずだが今回の試合のために違法で改造されている。
真華は腕でガードしたが、当たった瞬間肌色の物がはじけて群衆の中に飛んでいった。
それがGDに破壊された真華のパーツであることには気付くのが少し遅れた。
「飛び道具は汚いぞ!!!」
「うるせーぞガキ!」
優太のヤジにヤジが返ってくる。
真華は飛んでいったパーツに気を取られたが、再び目の前の相手だけに注意を向けた。
GDに内蔵されている色識別機能が仇となったのだろう。
GDは飛んでいったパーツを新たな敵がもう一人いると思い込みパーツの方向を向いた。
その一瞬の隙を突いて真華はGDの間合いに飛び込んだ。
真華はGDの胴と頭部の間に手を突っ込んだ。
異常を感じ取ったGDは半狂乱で動き回った。
「キャー!!!」
腕がGDの間に入ったままの真華は振舞わされている。
人間の少女の形をした細腕は今にもちぎれそうで優太は目を手で覆った。
指の隙間からリングを見ると真華がリングにペタンと座り込んでいるのが見えた。
優太は慌てて、腕の先を確認した。
真華の腕は無事だった。
手にはコードが数本つながった本体とつながったパーツが握られていた。
GDの心臓部を引っぱり出したかのように見えた。
それでも尚GDは止まらない。
座り込んだ真華に体当たりを仕掛ける。
真華は弾き飛ばされたがまだ心臓は持っていた。
真華はそれを口に運び噛みついた。
ブチ。
コードを噛み切られ、GDはあまりにも緩やかに停止した。
生命線を切られたロボットはもう動けない。
勝負を終えた真華はゆっくりとGDから離れた。
あっけに取られていたレフリーが軍配を上げた。
「GD戦闘不能ぅ!!!よって、Mac‐Aの勝ぅ利ぃ!!!」
会場が一気に沸いた。
罵る者もいれば、勝ちは勝ちだ!と叫んでいる者もいる。
優太は試合が終わるなり、リングの下まで人を掻き分け進んでいった。
「井上!」
リングから降りた真華はヘヘッと笑った。
「何がヘヘッだ……腕見せてみろ。」
強引に真華の腕を引っ張った。
見ると長方形の型に皮膚がなくなっていた。
その中を緑の血液が、ドクン、ドクンと脈打っている。
目を丸くして傷口を凝視する優太を見て、真華は慌てて手を引っ込めた。
「どうするんだよ?!これ!」
優太は焦っていたが、当の本人の真華は冷静だ。
優太を落ち着かせるように明るく振舞う。
「大丈夫だよ!この位置でこの大きさなら、リストバンドとかで隠せるし。」
「駄目だって!無理だって!俺探して来るから!」
優太は人ごみに飛び込もうと真華に背を向けた。
「いいってば、ほんとに……」
真華は優太の腕を掴んで引き止める。
その言葉にはあきらめも混ざっていた。
「お前はよくても俺が駄目!」
「本当にいいって。もう帰りなよ……」
呆れたように真華が言った。
何でそんな平気でいられるんだよ?!
自分の一部だろ?!無くなったら嫌だろ?!
今日見つけなかったらゴミと間違えて捨てられるかも知れないんだぞ!
「駄目だ~!」
「いいから!」
「あの……!」
騒がしく引っ張り合う二人の背後から、リズミカルな美声が聞こえてきた。
振り返るとそこには眼帯頬傷の男、牧原が立っていた。
「あっ!」
牧原が手にしているものを見て二人は声を上げた。
彼は肌色の長方形のパーツを手にしていた。
「ありがとうございます!」
真華はなくしたパーツに飛びつこうとしたが、牧原はスッとをパーツをポケットに入れた。
その動作を見て優太は違和感を覚えた。
そんな取り上げるようにしなくてもいいのに。
しかし、その違和感は牧原の次の一言でかき消された。
「直してあげるよ。スタジオまでついてきて。」
そう言って天井を指差す。
「ほんと?!牧さん、直せんの?」
優太の足はすでにスタジオへ向かう螺旋階段に向いていた。
「まあね。DJよりこっちが本職だから。さあ、早く。」
牧原はそう言って真華の手を取った。
拒否を許さないやや強引な動作だった。
真華は不信そうにしながらも、おとなしく牧原に連行された。
「牧さん、直る?」
傷を食い入るように見ている牧原に、優太は心配そうにたずねた。
牧原は直るよ、と傷を見ながら言う。
その間も真華は訝しげな視線を牧原に向けていた。
「心配しないで。機械には強いんだ」
牧原のセリフは歌うような美声と相まって、とても胡散臭く聞こえた。
「見せてもらってもいいかい?」
傷を見ていた牧原は不意に呟くように言った。
「見せてって……何も……」
「もう見ているじゃん?」
真華の曖昧な返事を承諾と受け取ったのか、一度真華の手を離しておもむろに、自分の手を頭の後へ回した。
「何してんですか?!」
牧原は眼帯の結び目を解いていた。
優太はその様子を食い入るように、真華は気味悪がるように見ていた。
眼帯の下は前から気になっていたが、ふれてはならない理由があるのかと思い、ふれないでいたのだ。
不謹慎だが興味がある。
眼帯の結び目が取れ、眼帯が膝の上に落ちた。
眼帯の下には、右目と同じ色の瞳があった。
何の変哲も無い、まっさらな目だ。
優太はしばし呆気にとられる。
「さあ、見せて。」
何事も無かったかのように、牧原は再び真華の手を取った。
そもそも眼帯なんてしていたのか、疑わしくなってくるほどだ。
真華も抵抗するのを忘れてまっさらな瞳に見入っていた。
「えっ!牧さん!眼帯。コスプレだったんですか?」
牧原は優太の言う事を聞き流し、ジーと傷を眺める。
ふざけた事をして置きながら、牧原の目は至って真剣だ。
まるで医者のような雰囲気に、真華は警戒心を解き、診断を待つ患者のように体を緊張させた。
牧原はむき出しになった部分に手を当てながら、腕時計の秒針を確認する。
その様子はまるで脈をはかっているようだった。
やがて、牧原の表情が曇った。
「いつから充電してないんだい?」
「4年ぐらい前からです……」
「そうか。」
牧原はそう呟いて、悲しそうに傷に目を落とす。
何だよ、この光景……
どっかで見たことあるぞ。
そうだ。
悲しいドラマでよくあるシーン。
医者から良くない宣告されるヤツだ。
優太はただ呆然と二人の様子を眺めていた。
そしてその予感は的中した。
「分かってるよね?もって一ヶ月だ。」
「分かっています。」
持って一ヶ月……
残酷すぎる言葉が優太の耳に入り込んできた。
牧原はポケットから部品を取り出して、真華の腕に戻した。
見たこと無い工具を使って、どこが無くなっていたか分からない程綺麗に元に戻った。
途中細く煙が上がり、熱くないか?と尋ねたら、真華は何も感じないと答えた。
真華は傷のあった場所を指でなぞった。優太の目から見ても滑らかそうに見えた。
「ありがとうございます!」
真華は直らないと思っていたので、余計に喜んだ。
「そこ、まだ脆いからあんまりいじっちゃ駄目だよ。どっか壊したらまたおいで。」
牧原は嬉しそうに腕を振ったりする真華を見て念を押した。
「はい!ありがとうございました!失礼します。」
真華は席を立ち、ぺこりと頭を下げるとスタジオを後にする。
「えっ!ちょっと?!牧さんありがとう!」
置いてきぼりにされた優太は慌てて礼を言って真華の後を追った。
牧原は二人が出て行った後、眼帯を付け直した。
「ユーセン君、ちゃんと獲れてた?」
二人がいなくなったのを確認すると、牧原は机の上のパソコンに話しかける。
原っぱの風景のディスプレイだったが、パソコンの枠からひょっこりユーセンが顔を出した。
松田カンパニーのパソコンに入っていたユーセンと寸分違わぬ姿だが別の個体である。
「オウ!ばっちりだぜ!」
小さなウィルスバスターは完全に姿を現し、そのマシュマロボディの後からユーセンサイズの映写機を取り出した。
ユーセンはこちらに背を向け、ちょこんと地面に腰を下ろした。
さりげなく唐草模様の刺繍が施されているマントが可愛らしい。
早速、ユーセンは映写機を回した。
3、2、1、と昔の銀幕映画のように始まって、その後にカラー付きの高画質な映像が映し出された。
『えっ!牧さん!眼帯。コスプレだったんですか?』
緑の血管が脈打つ腕と、若い男の素っ頓狂な声が鮮明にとらえられている。
『いつから充電してないんだい?』
『4年ぐらい前からです……』
『そうか。』
機械の腕を持つ少女が牧原のセリフに受け答えする様子もおさめられている。
自我を持つロボットの技術と存在を証明するのには十分な資料になるだろう。
「さっすがマキ!盗撮においてマキのみぎにでるものはいないな!」
ユーセンは映像に見入りながら、牧原を讃えた。
「ユーセン君。許可を取ったから盗撮している訳ではないんだよ。」
ユーセンはこちらに顔も向けないが、一応訂正を入れておく。
映像の最後に先程素っ頓狂な声を上げた若い男、木林森が慌しく頭を下げて退出していった。
「よさそうだね。この画像、リーコに届けて。」
「ガッテン!フリルにとどけければいいんだな?」
後で金平糖あげるからと約束してユーセンを送り出した。
ユーセンはポムポムと助走をつけて、ふわりと宙に浮いた。
唐草模様をなびかせ、緑の地平線の果てまで飛んでいった。
その頃優太はスタジオを出た真華を追いかけていた。
「おい!さっき言ってた充電って何だよ?!」
螺旋階段を下りた所で、真華に追いついた優太は、早足で追いかけながら問いかける。
スタジオと違い色々な雑音がする中で声を張って言った。
「充電は、私たちロボットの寿命のようなものなの。」
優太と違い、真華は普通に話すのと対して変わらない音量で言った。
優太は必死で耳を傾ける。
本人はさも何でも無さそうに言ったが問題ありありだ。
「じゃあ、なくなっちゃ駄目じゃん!」
真華は面倒臭そうに優太を見た。
「何で充電……!」
優太が全部言い切る前に、真華は手を口の前にかざし制する。
「色々事情があるの!口出ししないで。」
今度は、声を上げてハッキリと優太を見据えて言った。
その目からはもう話し掛けるなという意が伝わってくる。
迫力に押され、優太は唸った。
もう真華から言う事は無いようで、くるりと背を向けるとスタスタと自分の部屋に向かって歩き出していた。
しばらく追いかけるのを忘れて、その背中を見ていたが、優太はまたしつこくついて行った。
ここで逃してしまったら、もう説得するチャンスがなくなるかもしれない。
「だって!充電すれば死ななくっていいんだろ?!」
もとから生きていないロボットに死ぬも何も無いが、優太は数少ないボキャブラリーで必死の説得を試みる。
「何がいけないんだよ?」
優太が何を言っても真華はスタスタ振り返らず歩いていく。
心なしか、ドンドン早足になっていっている気がする。
足が疲れてきた。
優太は必死で言葉を探した。
真華が聞く耳持つような……
「生きていればなんだってできる!」
「長生きしてほしいだけなんだって!」
真華は光の届かない暗闇に足を踏み入れた。
真華の部屋まで行く明確な道は彼女にしか分からない。
だからここで止めなくてはならない。
「樹も……!」
その名を口にした途端真華がピタリと動きを止めた。
優太はホッと息をついた。
何言っても駄目だったのに、本当に好きなんだ。
「樹も……っ!」
その先を考えていなくって言葉に詰まる。
「きっと知ってれば、充電して欲しいて言うと思うなぁ……?」
咄嗟に言った言葉なので最後の方は曖昧になっていく。
しかしするなとは言わないはず、と自分に言い聞かせる。
「記憶無くしても?」
「ふぇ?」
いきなりこっちに向き直った真華に、優太はアホ丸出しの返事をした。
充電するのと、記憶をなくすのが頭の中で結びつかなかった。
充電。
あ、電源切れそう、繋いどくか……。
あるいは、
今使わないから抜いておこう。エコエコ……ブチ。
くらいの感覚だった。
充電ってそんなに重いものなのか?
「充電しに行ったら、記憶全部消されちゃうんだよ。私が気に入らないから、逃げ出したから。樹の事とか、楽しかった事とか、嬉しかった事とか全部!」
真華の声は震えている。
相当怒っている。
ごめんなさい知らなかったんだ。
無神経なこと言ってすいませんでした。
もうそれ以上言わないでください。
どれかを言おうとしたが、口が動かなかった。
そして同時に今、口が動かなくってよかったとも思った。
今何を言ったって、取り返しがつかない事ぐらい優太でも分かっていたからだ。
「私はそんなの嫌だ。樹のこと好きになったの、忘れたくない。充電して帰って来たら二度と好きになれないかもしれない。それくらいなら、記憶があるまま死にたい!」
言い終わった後、真華は震えをとめるためフーと息を吐いた。
言わせちゃった……
ものすごく後悔した。
真華は走り去るように闇に紛れて行った。
カンカンカン…と足音だけを響かせていた。
真華は最後まで泣いていなかった、自分だったら泣いていたかもしれない。
優太は真華がはじめてロボットだと知ったとき言っていた事を思い出した。
『泣けないよ!ロボットだから。』
ロボットはどんなに悲しくっても、涙を流せない。
真華が泣きながら自分の部屋まで走って行った事を想像すると、余計に取り返しがつかない事をしたという後悔の念が押し寄せてくる。
俺は馬鹿か……!
優太は近くの壁によりかかりその場に座り込んだ。
だって口出ししないでと言っていたじゃないか。
あぁ……駄目じゃん……俺……。
考えれば、考えるほど自己嫌悪に陥っていく。
どれだけそこでそうしていたか分からない。
「キバ?!何してんの?」
昨日の服装と違い、制服姿の真華が後に立っていた。
一方キバは昨日ここに来た時のままだ。
日にちは変わり今から学校に行くところらしい。
要するに5時間以上そこでウジウジしていた事になる。
優太は慌てて跳ね上がった。
「ずっとそこに居たわけ?!」
真華は呆れたように言った。
「よし!学校行くぞ!」
優太は強引に誤魔化すと右向け右で歩き出した。
「乗っけてって!」
原付を出そうとしている優太に、一度乗ってみたかったんだよね、と期待の眼差しを向ける。
「エー。ここ愛希の席。」
いまだ乗せた事が無いのは黙っておく。
「いいじゃん。私、家電だし。」
「確かに……」
言われて見れば、真華は家電だ。
カテゴリー分けすれば、冷蔵庫、電子レンジなどと同じ。
自らがロボットであることを自虐ネタのように扱う真華を見ると、昨日の事は水に流してくれているように思えた。
優太は昨日の謝罪の意味も込めて乗せてやる事にした。
「じゃあ、いいや。乗れよ。」
真華はそれでよしと満足気にして後部座席に座る。
よく考えたら、冷蔵庫とかに話しかけているようなもんなんだよな……。
思った事は口に出さず、優太は原付を発進させた。
「スゴ!同じ家電のくせに早いね!」
当たり前の事を言いながら真華ははしゃぎまくった。
本当に余命、余電?一ヶ月のロボットなのか疑わしくなるようなはしゃぎ方だった。
でもこれからは、こいつに少し優しくしよう。
残りの時間を有意義に過ごせるように。
「そういえば、キバ荷物は?」
「しまったぁ!!!」
家に制服も含め全部忘れてきたがきっと何とかなるだろう。




