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カリロボ  作者: 広瀬ジョージ
学園祭編
12/95

12.懐かしの酒 

 朝起きると下の階から朝ごはんらしい異臭がした。

 おそらく母か姉がトーストを黒焦げにしたのだろう。


 ボクはパジャマのまま下の階におりた。


 母と姉はおそろいのチェックのエプロンをつけて台所に立っていた。


「おはよう。焦がしたの?」

 台所で母と姉が誤魔化すように、エヘへと笑った。


 台所に行って背伸びして調理台を見ると、焦げた部分だけ取った薄いパンが置いてあった。

 頑張って焦げを取ったらしい。

 今日の朝ごはんだ。


「樹!パパ呼んできて!」

「はぁい!」

 ボクははしゃいで父のいる部屋へ向かった。

 

 ボクは嬉しかった。

 『危ないから。』『パパの邪魔しちゃうから。』

 母はそう言って、あまりボクを父の部屋に行かせてくれなかった。

 言いつけを真面目に守っていたボクは、使命を与えられた時しか、父の部屋には行かなかった。


 父は技術者。

 ただの鉄の塊やプラスチックを思いもよらない方法で一つにしてしまう。

 魔法使いのような人だ。


「パパ?」

 扉を開けながら、ボクは父の部屋をキョロキョロした。

 父の部屋にはボクの目から見ると新鮮なものが溢れ返っていた。

 父はボクを見つけると腕を広げて、おいでと手招きした。

 ボクは父の胡坐の上に座った。


「ミテ。」

 口下手な父はそれだけ言って後は黙っていた。

 ボクは体を横に傾けながらそれを見た。


「……ハチ……?」

 ボクの言葉に父は笑った。


「ちがうよ。これは×××。まだ世界に一台しかいない。」

「そうなんだ!×××!」




 焦臭いニオイがしてきた。

 だんだん意識がハッキリしてくる。


「キャー!ちゃんと見ててよって言ったのに!」

「見ていたぞ。ちゃんと。」

「常識的に考えて!焦げないように見ててって意味なの!ホーチキなるじゃん。早く窓あけて!」


 姉の桜とそのマネージャー山下の声が台所から聞こえてきた。

 樹は眠っていた態勢から体をひねって台所を見やった。

 テストの暗記でもしようと思って見ていた電子端末画面はいつの間にか消えていて、体を起こした拍子にソファーの縁に落ちた。

 端末を拾い上げて再び電源を入れると『一炊之夢』という四字熟語が目に入る。


 姉は夢と同じように、またしてもパンを焦がしていた。

 この匂いで昔の記憶が蘇ったに違えない。


 桜と一緒にいるのは母ではなく山下で、エプロンは輸入雑貨屋で買った花柄だった。

 今では昔と違い、周りの人が俺、俺と言い始めたので『俺』って言うようになった。

 昔から周りに流されやすい性格なのだ。

 夢に出てきた父の部屋も今では物置になっている。

 桜が買ってきた服や貰ってきた物で、部屋を埋めるようにしまい込んでいるからだ。


 そんな桜は今日、朝からパスタを作っていた。

 グルメ番組を見ていたら急に食べたくなったそうだ。

 

 山下は、桜に美味しいもの食べさせてあげるから!といって桜に無理やりつれてこられた。

 そのためいつものスーツとは違うジャージ姿だ。

 その格好から、今日は休日を謳歌しようとしていたのが伺える。

 にもかかわらず、朝から粉を練らされたり、パスタマシンをクルクルさせられたりしてこき使われていた。


 二人が苦労して作ったパスタはもう出来上がり、今はその付け合せのパンを焼いていて焦がしたらしい。


「樹!ご飯だよ!」

 食卓にはメインのカニクリームスパゲティとサラダが置かれた。

 まだ少し眠かったが、食欲の方が勝っていたため跳ね起きた。


「旨そうだね!」

 素直にそういうと桜はそうでしょうと胸を張った。


「これとパンがあったんだけど、山ちゃんが焦がしちゃったの。」

「俺のせいではない。」

 山下は涼しい顔で空いている席に座った。


「山ちゃんのせいでしょ!」

 愚痴を言いながら桜も席に着いた。

 二人は樹が見るたびに喧嘩をしている。


「だって見ててって言ったら、だいたい……!」

「焦げてきてるって教えただろ。」

「出せるでしょ!そのくらい!」

「早く食べようよ。」

「そうだ。腹が減った。」

「誰のせいで怒ってると思ってんの!」

 山下は桜を無視しフォークを手に取り、窓の外を眺めた。

 もう日も落ちたのでカーテンは閉じられている。


「どうしたの?」

「……誰か来たぞ?」


 山下の五感は非常に優れている。

 しばらくして、桜と樹にもガチャガチャと玄関を開ける音がした。

 王野家の鍵を持つものは、いま食卓を囲んでいるメンバーの他にあと一人しかいない。


 彼女の帰宅はいつも突然だ。


「帰ってきた?!」

 桜は慌てて立ち上がりドアのほうへ向かった。

 桜がドアを開ける前に、蝶番が壊れるほどの勢いでそれが開かれた。


「ただいま!」

 ドアの向こうから小柄な女性が飛び出してきた。

 まず一番初めに目に飛び込んできた桜と抱き合った。


「桜ちゃーん!」

「お母さん!」

 王野妃は仕事の都合上いつも家にいない。

 だが、こうして何の前触れもなく、時たま家に帰ってくるのだ。

 二人はギュウっと抱き合いながらピョンピョン飛び回った。


「あぁ、可愛い……愛してる……」

 妃は桜に擦り寄りながら、呻いた。

 誰から見ても凄い親ばか、または馬鹿親だ。


「いつ帰ってきたの?!」

「さっきだよ~!」

 あっけに取られる樹を見つけて、次はそちらへ突進した。


「樹!大きくなったね……かっこいい。ティ・アモ……」

 樹は恥ずかしそうに笑いながら、お帰りと呟いた。

 最後にはそろそろと席を外そうとしていた山下を見つけた。


「山ちゃん!」

 赤の他人でも妃は訳隔てなく抱きつく。

 山下は、質のいい営業スマイルを浮かべた。


「お久しぶりです。」

「山ちゃん久しぶり!メガネ似合ってるよ……イケメン」

 山下の営業スマイルに若干の苦笑いが混じる。


「母さん、帰ってくるなら言ってくれればよかったのに……ご飯、今から作るね!」

 台所に行こうとする桜を山下が呼び止めた。

「俺はもう帰るぞ。」

「えっ帰るの?」


 山下はまた営業スマイルを顔に貼り付ける。

「親子の邪魔をしては悪いだろ。失礼しました。丁度3人分あるので。」

 そのまま帰ろうとする山下を妃が食い止めた。


「待ってよ。どうせ帰ったらカップ麺でしょ?多めに作ったからあるよ!」

「食べてってよ。桜ちゃんのスパゲティ美味しいんだから!」

 半ば強引に引き止められた山下はまた席に座らされた。

 しかも妃の隣だ。

 この強引さは王野家の女の特徴だ。

 桜もきっちり受け継いでいる。


 間もなく、桜が妃の分のスパゲティを運んできた。

「では!いただきます!」


 妃が音頭を取って皆一斉に食べ始める。


「母さんどこ行ってたの?」

「マダガスカルとかその辺。」

 妃に言わせれば、世界地図に載っている所ならどこでもその辺だ。

 そして妃は思い出したというように立ち上がり、鞄の中から怪しげなラベルの付いたワインボトルを取り出した。


「見てこれ!お土産。ヌクヌク族伝統のお酒だよ!樹には南国育ちのマンゴージュースだよ。」

 樹は内心ほっとしながら、安全そうな飲み物を受け取る。

 桜と山下は顔を見合わせた。

 こういう困ったお土産を持ってかえってくるのは毎度の事だ。

 ラベルに描かれた怪しげな動物も気になるが、中身が全く見えないようになっている構造もかなり気になる。


「このお酒凄いんだから!中華にも、日本食でも、イタリアンでも何でも合うんだから!」

 そう言って妃は三人分のワイングラスを用意した。


「俺、車運転できなくなるんでいいです。」

 山下がもっともな言い訳を考えて言った。


「ズルイ!」

 桜が憎憎しげに山下を睨みつけた。

「何とでも言え。」

 一人難を逃れニヤリと笑う。


「あ、そうか……」

「はい、非常に残念です。」

 山下に本日で一番良い笑顔がでた。


「ならば、泊まっていきんしゃあい!」

 すでに酔っているんじゃないかという口調でそう言って妃は栓をあけた。


「抜け駆けダメよ?」

 桜が山下をあざ笑う。


 樹は甘いジュースを飲みながら二人の醜い争いを横目で見ていた。


 あぁ……

 成人するのが怖い……


 ついに怪しい液体が3つのグラスに注がれた。


「急に泊まるの悪いですよ……」

「だいじょうぶ!気にしぃだな!」

 薄緑の液体が二人の前に配られた。


「さあ、乾杯!」

 チンといい音をたてて乾杯して、妃は一気にグラスを飲み干した。


 山下はブツブツ何か呟いて、意を決して飲み干した。

 桜もそれを見て二人を真似て飲み干した。





 樹は酔いつぶれた母をソファーまで運んだ。

「グヒヒッ!ナイト君!ヒョヒョヒョ……!」

 妃は、クッションを抱き寄せて元夫の名を呼ぶ。

 我が母ながら不気味だ……


 桜が聞いていないかと冷や冷やしたが、聞こえていなかったようだ。

 王野家では、父の名前を出すものはなかなかいないが、妃だけはたまに帰って来ては名前を出し桜の機嫌を悪くさせる。

 母は別れた後もなお父に惚れ込んでいる。


 さっきはいつの間にか寝てしまったので、樹は暗記用の電子端末片手に再び席に着いた。

 母の持って帰ってきた酒はまだ食卓の上に置いてあり、今はほとんどが空になっていた。


 桜は初めの一杯だけでそれっきり飲んでない。

 山下はというとこの酒懐かしい味がする。と言って何杯も飲んでいた。

 さっきまであんなに嫌がっていたのに、今度はちゃんと味わって飲んでいた。


 今にも『マスター、水割りを』と言い出しそうな雰囲気である。

 彼は全く酔っ払う気配はなく山下を中心に半径一メートル、バーのような雰囲気を醸し出していた。


「お酒が、懐かしいって?」

 笑う桜に山下は大真面目に頷いた。

「まあ、この世には色々あるんだ……」


 こう見えてけっこう酔っていたらしい。

 いつもより大げさな言い回しで話している。


「色々って何?」

「色々は色々だ。」

 山下は酔うと饒舌になるタイプらしい。

 桜の質問に一々答えている。

 樹はチラリと二人のやり取りをみた。


「例えば?」

「所長が霊能力者だったり。」

「そうなの?!」

「嘘はつかん。なんで俺たちが都市のど真ん中に事務所が建てれると思ってるんだ。」

 桜は面白いよと言って樹に笑った。


「アネキ、酔ってる人から話を聞きだすのはよくないよ。」

「えー……?ウフフ」

 姉も少し酔っているらしい。


 酔っ払いは放っておいて、自分はさっさと風呂に入ろう。

 樹は端末の電源を切って席を立った。


 樹が席を離れると母は寝ているので、山下と実質二人きりになる。

 桜は少し前のめりになって山下に身を寄せた。

 桜の視線に気づき、山下が顔をあげる。


「ねえ、ねえ。山ちゃん今一番欲しい物はなに?」

 もうすぐ山下の誕生日だ。

 樹はああ言っていたけど、これなら罰は当たらないだろう。


「お金。」

 山下が即答する。


「生々しすぎる。」

「『お』を頭に付けただけいいと思え。」

 えらそうに鼻で笑う。


「うーん……他には?」

「家。3LDK」

 山下は現在、アパートの一室に住んでいる。

 彼は芸能マネジャー、スタントマンの他にも仕事を掛け持ちしている。

 なぜそんなに働くの?と以前聞いた時も、一軒家が欲しいと彼は言っていた。


「だから、もうちょっと小さいもの……!」

 誕生日プレゼントとしてあげられそうなもの。とは言えなかった。


「なら、葵。2メートル以下。」

「人?誰それ?」

 いきなり人名が出てきた。

 しかも女っぽい。聞かなければよかった。


「仁科葵。元は山下葵だ。」

「どういうこと?」

「この世には色々あるという事だ。」

 酔っていないようで実際には酔いが回っていたのだろう。

 山下は机に突っ伏してしまった。



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