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008 『ピクシーって個性強すぎじゃない?』

 

 アリエルと同じ黒妖精族ブラック・ピクシーだ。別にアリエルと同じように黒髪を持っていたからではない。むしろアリエルの黒髪黒目は珍しい部類に入る。この隣に座っている、ゆるやかに波打つ金髪と丸み帯びた碧眼が、黒妖精族にとって共通的な容姿であった。

 じゃあなぜ黒妖精族という共通名称で、しかも隣に座ったこの中性的な顔立ちをした妖精を黒妖精族だと思ったのか。答えは簡単、天樹海にいる妖精は黒妖精族限定で、しかも全員が全員だいたいものすごい個性を発揮するからだ。

 その代表格がアリエルなのだが、この隣に座った男の子もそうだ。左目のふちギリギリまで木のお面をかぶせている。斜めにかぶっているのは見た目を気にしてなのだろうが、お面を被る必要などあるまい。しかもその木のお面、顔が芸術的過ぎて何とも言えない。笑ってるのか怒ってるのか……。

 それでも、妖精族のなかにも裁縫職人といえるような匠がいるのか、服は男の子らしくフツーでホッとした。


「あなた、ものすごく癖が強そうね。お面といい、その雰囲気といい……。ここのブラックピクシーってみんなそうなの?」


『妖精は個性を出していかないと毎日がつまらなくて死んでしまうのサ。そういう性分、誇りなのだね。妖精族って何年ぐらい生きるのか知ってる?』


「……四百年、……いいえ、ジジイが長生きしすぎてるのかしら……、三百?」


『三百なんてほんと稀サ、ギャレオ様はたぶん最年長を更新しているのだね……。まぁ、最高では三百だけど、百年単位で生きる妖精がほとんど。毎日毎日、蜜集めなりなんなりしてるとね、飽きるのサ。ちなみに僕はまだ百年も生きてないよ』


 どうでもいい相手の個人情報は右から左に流しておく。


「だから妖精族はニンゲンを脅かすのが好きなのね。私は眠ることで忙しいけど」


『共通してそういう認識を持たれてるらしいね。でもあながち間違っちゃいない。……僕もたまに外に出かけては、悪戯を仕掛けに行くよ。これも妖精族の根っから持つ性分なのだね』


「楽しそうでなにより」


『これらは個々の考え方なのサ、僕に干渉できる枠内じゃない。……っとそれより魔女様こそ、なかなかの個性の強さだと思うのサ。先代魔女様よりも遥かに』


「あら、それはどうも。褒め言葉として受け取っておくわ。……あなたには負けるけれど」


 まぁ魔女のくせしてちまちましたり、魔女のくせしてお布団と友だちだったり、魔女のくせしてうんたらかんたら、挙げ始めればキリがないが、ともかく私も個性が強いのは認めよう。

 しかしこの妖精、なぜか下瞼をあげて微笑んでやがる。

 

『あなたは先代魔女様よりも遥かに個性が強い。何よりも先代魔女様が持っていらっしゃらなかったものまでも持ってるのサ』


「お母様が持っていなかったものを私が持ってる? ……冗談にも聞こえない台詞だわ。私が持っているものは当然お母様も持っていたものよ。そして、私が持っていないものはすべてお母様が持っていたわ」


 言い切ると、妖精はきょとんと首を傾げた。それこそ、心底意外だというように。

 

『ふむ。……まぁ僕も格別に鼻が利くわけじゃないからね……』


 ふつりと呟きながら、私の周りをぐるりと飛ぶ妖精。今さら気付いたけど、彼の翅の数は六枚だった。アリエルは四枚だったのに。


村長むらおさ……?」


『あ……、そういやまだ名乗っていなかったのだね』


 思い出したかのように正面を向き、癖なのだろうか、木の面を撫でながら。


『お初にお目にかかり誠に光栄なのサ。僕は天樹海生まれ天樹海育ち、天樹海の妖精の村で、二代目の村長を務めさせていただいているシルフィという者サ』


「あなたが六枚翅…………」


『そう驚くことでもないよ、個性の強さと翅の数は比例しないのだからサ。…………その言い方だと、やっぱりアリエルさん伝いで聞いてるみたいだね』


「寝言混じりの愚痴に登場したのが何度かと、大泣きしながらあなたに対する不満をまきちらしていたことと、あとたまーに出てくるわね、あなたの名前」


 寝言や愚痴大会によく出てくる単語として記憶している。アリエルはよく『シルフィにまた負けた』『シルフィに泣かされた』などと、よくシルフィとの出来事を語ってきたものだ。ジジイから村長の代を継いだシルフィは、実力においても村一番らしい。村二番のアリエルは、いつも飄々としているシルフィが気に入らないらしく、よく勝負をしかけては適当にあしらわれて連敗中なのだとか。

 アリエルを負かし続けている相手が、目の前にいる彼だとは。


「なるほど、確かに……アリエルに負けず劣らず癖が強い」


『お褒めにあずかり光栄なのサね。でも……、アリエルさんが僕の不満を言っていたことは、ちょっぴり驚いたな……』


「なに? アリエルはもしかして、あなたの前ではおしとやかな女の子を演じてるの?」


『ううん。たぶんアリエルさんはどこへいってもアリエルさんなのだよ……。アリエルさんが僕のことを魔女様に話してたってことは、アリエルさんは少なからず、僕のことを気にしてるってことじゃないかな?』


「は……?」


『僕は前々から不満でたまらなかったんだよ。アリエルさんは、実は僕のことをこれっぽっちも気にしていなんじゃないかって…………でも本当に良かった。僕の存在が、少しはアリエルさんの中にある……これだけでも大きな収穫なのサ……』


「はぁ?」


 遠くを見るような目をするシルフィに、いろいろと言いたいことは募るばかりだ。


「危ない匂いがぷんぷんするけれど……、なに、あなたアリエルのことが好きなの?」


『そうサね。なかなか伝わらなくて困ってる最中』


 妖精も恋愛感情を持つことは知っていたが、実際に目にするのはこれが初めてだ。だいいち、子を成せない一族に恋愛は必要ないというのが持論であった。妖精は世界中のどこかに点在する、妖精が誕生する場所で生を受けるためである。結婚という概念は共同生活のうえで必要不可欠という認識で成り立っているらしい。

 

「アリエルは……やめておいたほうがいいわよ。私がこんなこと言うのもあれだけど」


『僕は自分の目で見たことと感じたことを優先するサね』


 なかなか意志の強いことだ。はっちゃかめっちゃかするアリエルと、癖が強いが比較的冷静な思考ができるシルフィ。ふむ、つがいとしては合ってるのかもしれない。……興味はないけど。


「それで……ここはどこなの? 見たところ、地下通路って感じだけど…………」


『そういう認識で合ってるサね。魔女様は知らないのも無理はないサね。これを作り始めたのは、あなたが妖精の村に来なくなったあとだからね』


「……なるほどね。……で、私をここに運んできた張本人はどこにいるのかしら?」


『ギャレオ様のところじゃないかな。……ギャレオ様の部屋はこの通路のもっと先にあるよ』


「ジジイの部屋か……」


 指を指され、その部屋に足を向けた。

 正直に言うと、今からでも大樹ノアに戻り冬眠を始めたかった。全身を覆う倦怠感や睡魔が、温かい羽毛布団へ誘おうと囁き続けている。ぶっちゃけ言うと、帰りたい。

 それにジジイの部屋に行くということは、ジジイと対面する可能性が高いということだ。ジジイとは喧嘩別れしてそのまま。あの時以来顔すら会わせていない。

 

 なぜ、体がそちらに向かうのか――――


 分からない。たぶんそのひとつに、ジジイの部屋に匂うものがある、っていうのもあるのだろう。ただそれだけではない。アリエルが私をあんなところに寝かせた理由を確かめたい、というのが一番かもしれなかった。

 アリエルはいつもあんな調子だが、私の言いたいことをよく感じ取っているところがあった。ちっぽけな自尊心が邪魔をして前に進めないときに、アリエルが手を指し伸ばしてくれる。アリエルがこの場をセッティングしてくれたのだから、ねじ曲がった私は私なりに応えるべきではなかろうか。そしたらもしかしたら……。

 

 ……私とて望んでいるのだろう。ジジイと仲直り……できることを。


「勘違いしないでね、私はアリエルに文句を言うために行くのよ」


『当代魔女様はなかなか自我が強いのサね。こういうのを人間の言葉で「ツンツン」してると言うのだね』


「うっさい。そんな言葉私は知らないわ」


『どうだかね。魔女様は頭がよろしいので、一度見て聞いた言葉は覚えていると思うのサ』


「ふん。……というより、どうしてあなたついてくるの」


 一定の距離を保って並走する妖精は『どうしてって』と首を傾げながら、指を振り回す。


『アリエルさんが久しぶりに村に帰ってきたから、ご挨拶に向かおうと思っていたのサ。その途中でほっぽり出された魔女様に出会ったのだから、進行方向が一緒とて不思議ではないね』


「意外にアリエルにぞっこんなのね」


『ぞっこん、というのが僕に当てはまるか分からないサね。僕は自分の気持ちを正直に表現しているのだね』


「そう。私には関係ないことだけど。……あんまり目の前でいちゃいちゃしないでね、目障り」


『いちゃいちゃなんて、夢のまた夢だね』


 と、そんな無駄話をしているうちに、湾曲をえがく通路のつきあたりまできていた。左に通路、右に何らかの部屋へ続くであろう道があるが、迷うことなく左の通路に入る。しばらく直線を進んでいると、途中でぼこっと膨らむ丸めの部屋に辿り着いた。

 その先に、丸い木の扉がある。

 引っ提げられた木板には「おじじの部屋」と少々乱雑な字で書かれている。果たして、これを書いたのがアリエルなのかジジイ本人なのか…。そんなところも少し気になるところであるが。


「よし。開けるわよ」


『中に入るのにそんな緊張する必要があるのか僕には分からないのだね』


「うるさいわね、これでもジジイと喧嘩別れした仲なのよ。気持ちを落ち着けないと、もし何かの拍子で感情が昂って、瘴気が抑えられなくなったらあなたたち妖精は全滅――――……って、勝手に入らないでっ!!」


『みなさーん。独りぼっちにされて寂しくて寂しくて泣きそうになってる魔女様が久しぶりに妖精の村にいらっしゃいましたのサ~』


「寂しくなんてしてないっ! あと泣きそうにもなってない!」


 踊るように中へ飛び込んでいったシルフィが、目を丸くしているアリエルを見つける。

 私の叫びは、部屋のなかでむなしく響いた。



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