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005 『追い払うと殴り飛ばすは同義』

「……まさかピクニック道中でこのクラスの魔獣に会うとは……」


 低木地帯を越え、背丈数センチの雑草とまばらに小さな木が立つ草原地帯にさしかかったころになって、ソイツはいた。アリエルの言う通り、メーヤの丘は深い霧がかかっていて数メートル先も見えないような視界不良を誇っているが、微かに放散される瘴気の強さでだいたいどの階級の魔獣かくらい分かる。

 先に進もうとすると、ケットロンが嫌そうに首をふり、蹄で地面をひっかいた。

 魔獣の嫌がりようを見ても一目瞭然。このメーヤの丘のどこかに魔獣が、それもレベル5がいる。

 私はほぉと息を吐きだして、ケットロンから降りる。この先この子は連れていけない。長い灰色の毛並みを撫でて落ち着かせ、それから元いた場所に帰るよう催促する。帰りは、別の魔獣を見つければいい。


「……アリエル、あなたそこでなにしてるの?」


 ゆったりのんびり歩き始めたケットロンの後ろ姿を見ていたら、腰のうえで弁当をむしゃむしゃたべるアリエルとバッチリ目が合う。しばらく無言で見つめ合っているのにも関わらず、アリエルはそのまま弁当を食べる行為を再開。


『わぷっ。ふぅ~……、満腹満腹』


 風を起こして眼前にまで持ってくると、幼児体型の腹をさらに幼児にさせ、お腹を撫でながら幸せそうに唸るアリエル。いや……、何が満腹よ。


「全部食べたのね……」


『……あ。ほ、ほほほほら、ルゥお姉さまは小食だからかわりにアリエルが食べてあげようと、思って! あははははは』


「あとでゆで釜に入れたげる。そうねぇ、何分くらいで茹であがるかしら」


『ひぃ!! ルゥお姉さまが怒ったぁあ!!』


「怒ってない。これっぽっちも怒ってない。ただ何分煮詰めたらうま味成分が出てくるか実験するだけよ。――――それより、もうちょっと前に進むわよ。メーヤの丘は確かメーヤとメーヤロウの生息区域のはず。レベル5の魔獣なんていなかったはずよね」


『煮詰められる。煮詰められる……っ! アリエルちゃん特製スープじゃなくて、アリエルちゃんの特製スープになってしまいますぅ。うぅ、美味しかったら後で感想聞かせてくださいねルゥお姉さま。不味かったらいいです、心が折れそうなので』


 ……いや、もうそのときには死んでるでしょあんた。と言おうかどうしようか迷ったが、話がこじれそうなので放っておく。ひっきりなしにこの調味料を入れればいいだとかなんたらスープを隠し味に、だとかコイツまさか自分を料理する気じゃないだろうな、と思うような発言が飛び出ていたが、それも一応無視。

 調理計画を黙々と立てるアリエルを風で運びながら、できるだけ音を立てずに進むと、姿こそ見えないが瘴気が誰のものか何となく分かるようになった。それでもまだ距離は、二百メートルはあるが。


「……レベル5……雪達磨アルセルタ…………霧を発生させていたのもこいつね」


 姿は雪だるまと相違ない。動物図鑑か何かで見た針鼠の針をさらに太く鋭くさせたような剛毛がびっしりと生えているが、丸まっているときは剛毛が滑らかに格納されている。顔は赤くヒヒのような、ニンゲンの赤子のようなしわくちゃな顔をもっていたはず。

 普段はメーヤの丘ではなくツァルンベの山々の洞穴で生息している魔獣だ。確かにこの魔獣は寒いときのほうが活発になる魔獣だが、だからってこんなところまで来る必要はない。しかもあれだけ大きくて白い毛むくじゃらだ、こんな緑しかない場所では目立つのは当たり前。

 それともわざと目立っているの? いや、まず目立たないように白い霧を出してたのよね。


「あ! あんたまさか、私にコイツを退けさせようとここに連れてきたの?」


『え? あ、はい。まあ、そっちの方がついでと言いますか、……いえ、あ、はい。その通りです』


「なに、その返事のしかた」


 まさか、今の今までずっと自分が煮込まれる味付けを考えていたんじゃなかろうな。真顔になってるぞ。

 アリエルはそれでも、ちょっと考え込んだ顔をしたあと、


『まぁ、ここにあの大きな魔獣さんがいるとですね、密集して越冬するメーヤやメーヤロウさんが困るんですね。あの大きな魔獣さん……アルセルタって言ってましたっけ? そのアルセルタさんが、どうやらここを狩場にしているみたいなんです。アリエル一人じゃ、ちょっと手に負えなかったんです。だから、ルゥお姉さまに手伝ってもらおうと思って』


 なるほど、アリエルらしい考えだ。アリエルなら弱小魔獣を助けようとする心理が働いてもおかしくない。それにアルセルタはメーヤなどではなく、ツァルンベの山々にいる他の動物を食するのだから、余計にそう思ったのだろう。


「ピクニックじゃなくてそう言えば良かったんじゃない? 回りくどい言い方しなくても」


『いえ、ピクニックに行きたい気持ちの方が大きかったのと、ルゥお姉さまもきっとピクニックに行くと言った方が素直についてきてくれると思ったんです! ですです!』


「……。私、そんなにピクニック好きじゃないんだけど」


『さあルゥお姉さま、一緒にアルセルタさんを追い返しましょう! そしてピクニックの続きをしましょう!!』


 アリエルのピクニック愛を再確認したところで、私も乗り気ではない気分をどうにかしようと思う。

 あの魔獣を追い返すにあたって、私の前に立ちふさがる問題点は二つあった。

 一つ、冬眠前は一番体力がない時期であり、魔力量も全体の4割程度しかないこと。悲しいかな、ただでさえ母の劣化版と烙印が押されている私は、レベル5の魔獣の制御をとてつもなく苦手としている。

 母が声一つでレベル5を屈服させ、首輪もつけずに手懐けている猛獣の使い手であったならば、中型犬ですら手こずる私はただの道化師でしかない。

 二つ目、《魔法紙グリモア》を持ってこなかったということだ。

《魔法紙》とは、特別な紙に特別な製法で作ったもの。無詠唱はもちろん、即座に何枚でも展開が可能な点などで重宝しているオリジナル魔法具の一つ。

 愛用の紙束が鞄に入っていないことに、今さらながら焦りを覚える。


「アリエルはこの瘴気、耐えられそう? もし耐えられるんだったら、支援魔法をお願いしたいのだけれど」


 白い霧にうっすらと混じる魔獣の瘴気。耐性のないものなら、例えこの程度のものでも眩暈や吐き気を催すかもしれない。妖精族はかなり瘴気に耐性がある種族だと認識しているが、レベル5の瘴気ではどうだろうか。


『……この程度なら大丈夫……ですけど、一応一定の距離を保ちます。といっても、アリエルはいつも後ろで見てるだけの事が多いんですけどね。ルゥお姉さま、いつも一人で解決するから』


「天樹海の魔女がもう私一人なんだから仕方ないの。お母様からの魔法の指導も、一族からの支援も受けられないんだからね。……何のために毎日、魔法紙の開発やら魔法式の研究やらで大樹の中に引きこもってると思ってるのよ」


 母の劣化版であることは重々承知。それを悲観しても何にも始まらないので、日々どうやったら魔獣たちと対等であれるか、もしもの時にどう対応できるかを考え、記録を書き連ねている。

 これが私の引きこもる原因の約8割だ。2割はただ外に出たくないだけである。


「もし身に危険があったら、私に当てないように浄化の魔法の行使も許可するわ。ただし、絶対に当てないでよね」


『当てませんよ。そこくらいは信じてください! 百発中九十九発は的のど真ん中に当てられるほど制御力はありますから』


「その一発が不安なのだけど……」


 ともあれ、妖精族の魔法技術を疑っているわけではない。魔法に必要不可欠な元素精霊、土、水、火を少なからず扱え、声を聞き届けることができる希少種族の一つだ。

 ちなみに魔法とは、自分の魔力を引き換えに三つの元素精霊や派生精霊の力を借りて、自然的超常現象を生み出す力のことだ。よく使っている『風を起こす』という魔法は、土の精霊の派生である風の精霊の力を借りている。ただ風を起こすと言っても、微弱な風なら少ない精霊の数で事足りるし、突風や竜巻クラスのものなら多くの精霊の力を借りなければならない。大技であればあるほど、精霊は力を貸し過ぎて消滅してしまうという現象も起きる。精霊の大量消滅は生態系に多大な影響を及ぼすこともあり、燃費をよくできないか考えて開発したのは、さきほど述べた《魔法紙》である。

 まぁただ単に、若かりし頃(今でも見た目は若いわよ)の私は今以上に気が荒くて、無駄に精霊を消費させてしまう黒歴史があったがために作ったものなのだが――――

 ともあれ、私という劣化版を差し引いても、魔女は元素精霊すべてと意思疎通を図ることができた。

 確かに私は圧倒的に土の精霊に懐かれ火の精霊に嫌われるというトンデモ使役能力スクラーヴェを持っているが、それでも火の精霊と会話することくらいはできる。

 しかし、そんな魔女でも絶対に意思疎通のできない精霊がいた。

 無属性精霊だ。

 彼らは唯一魔女と意思疎通を図らず、妖精やエルフや稀だがニンゲンにしか興味を示さない。破魔性を帯び、自然界の瘴気を少しずつだが浄化し続けるという不思議な精霊である。

 言うまでもないが浄化の魔法は瘴気を浄化する魔法なので、魔獣にはもちろん私にも通用する。特に私は魔獣とは違い、瘴気壁を展開していないのでまっさき身に宿る瘴気から浄化される。これがまぁ、想像を絶する痛さなのだ。頭の中がぐっちゃぐっちゃにされる、みたいな。

 

「アリエルは離れた場所から自己判断で支援魔法。麻痺、催眠、幻惑。効きそうなやつをぶちこんでやって」


『了解であります!』


 コートを脱ぎ捨てて、私はさらに身を軽くする。

 寒い、寒い、寒いっ! 長いスカートは動きにくくて嫌だから短いスカートにしているのだけど、この冬期には自殺行為だったかもしれない。ただでさえ首元がすーすーしているのに、太ももまで冷たい風が撫でていく。布団が恋しい、コートが恋しい。さぶいぃ……!

 それでも何とか、指先に血がめぐるようぐっと力を込めながら体を前傾姿勢にする。


「追っ払うって…………、殴り飛ばせばいいのかしら……?」


 誰にいうでもない独白をこぼす。

 霜のついた数センチの草の下――硬い地面にブーツの底を食い込ませ、じりじりと深く穿つ。両手は自然と後方にさがらせながら、前方二百メートルの雪だるまを見据えて一気に疾走。

 瘴気は出していないはずだが、残り百メートルをきったところで霧でぼやけたアルセルタのヒヒ顔がぎろりとこちらを見た。白い霧の中に入っただけで、何となくでも縄張りに入って来た羽虫がいると気付いたのだろう。

 私も瘴気の中心源目指して白い霧の中を突撃しているわけだから、驚きはしない。ただ近づいてみると、その大きさが三メートルほどあってちょっとびっくりする。

 風の魔法をフル活用しても私の非力なグーパンチでは、あんまり殴り飛ばせないかもしれない。

 いまはとりあえず、思い切り殴ることだけを考えておこう。


「土のC難度魔法……《ガリットシュペア》」


 詠唱はいつもの通り省略。ただイメージしやすいよう技の名前だけつぶやき、瞬時に土の精霊と契りをかわして発射準備。

 左右に具現化した三十本もの岩柱とともに体を突っ込ませ、やつの剛毛が逆立つまえに柔らかな表皮めがけて、思いっきり右拳を打ち込む。と、ともに岩が雪だるまの巨体に命中。

 不意打ちは、どうやら成功したらしい。

 雪だるまの巨体が――――動く。


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