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002 『寝るときは薄着と相場が決まっている』

『この可愛らしいアリエルちゃんを見て、いまからピクニックに行こうって思いません? 触発されません?』


「全然。むしろ行きたくなくなる」


 頭上で舞いあがるアリエルの姿は確かに可愛らしい。可愛らしいが、それだけだ。私の心は布団ともにあり、布団にうずまる幸せの方をかみしめていたいのだ。つまりいうと、アリエルの魅力は布団に負けたのだ。このふわふわぬくぬくな羽毛布団が、自分の体温でじんわりと温かくなっている間こそ極楽。


『くらえ、アリエルちゃんの魅力電波っ!』 


「……。相手の神経に干渉する魔法は確かに黒妖精族お得意のものだけど、魅了とよばれる魔法はそのなかでも最高難度を誇るものなのよ。あなたにそんな高等魔法が使えるかしら?』


『え~。世界で一番かわいくてベリーきゅーとな妖精アリエルちゃんを見て、何も感じないわけはありませんよ。目が節穴なんじゃないですか? イタイタイ草の汁を目薬にして指したらどうですか? ……びびび~!』


「口先だけじゃない。魔力の練り方も粗いし、魅了を発揮するだけの水の精霊との契りに成功してないし…………。――じゃない、そうじゃなくて、例え何を言われようとも私はピクニックには行かないわよ」


『いえきっと、きっとアリエルちゃんの魅力に気付いてルゥお姉さまはアリエルと一緒にピクニックに行ってくれます! きゅーと妖精アリエル、ここに見参です!!』


「何がきゅーとよ何が可愛いよ。可愛い妖精さんなら妖精さんらしく大人しく花のうえで飛び回って蜜でも集めてなさいよね。肉食の妖精なんて四百年生きてきた中で初めて聞いたわよ」


 と、何気なく言い放った言葉を受け、アリエルはきょとんと首を傾げた。なんだその顔、可愛い。


『……ほぇ? でも、猫目妖精族ケットシーは肉食ですよね? 自分より十倍も大きな獣を集団で狩りに行くじゃないですか? 妖精の中でも珍しいですが、肉食はいますよ?……』


 流れる沈黙。

 ただいま間違えて喋った内容について言い訳をするべく目くるめく思考を繰り返すものの、いい感じの言い訳は思いつかなかった。

 とりあえず悔しいので、おもむろに手をあげ、おもむろにアリエルの頭を挟む。


「がぶっ」


『うにゃぁぁああ!? そ、その攻撃はナシですよ。いくら言い返せなかったからといって、アリエルより先にがぶってやるのは駄目ですよ! せっかく今から味見しようと思ったのに!』


 アリエルならやりかねない。なにしろ、見た目が美味しそうだからといって未知なるキノコを一口で食べてしまうような子なのだ。あのときは一日中笑いまくるアリエルが酔っ払いのようにネチネチ絡んできて面倒だったと記憶している。

 と、食べると言っておいて、今度はそれが自分に返ってくると思ったのか、ぷいと顔をそむけるアリエル。


『アリエルは食べられませんからね。たとえ翅を毟り取り、皮をはいでも美味しくないですから』


「私は妖精なんて食べないわよ」


 なによ、その意外そうな眼は。本当よ。食べたことないわよ。まず、なんか身なさそうだし。それに魔女ってそんな肉食じゃないわよ。世間一般の目がどうだか知らないけどね。

 本当よ。


『でも、魔女は真夜中に女の家に忍び込んで、むしゃむしゃと食べたって言い伝えがありますよ。真夜中の邸宅に忍び込み……背後からわぁあああ!! と』


「誰から聞いたの?」


『おじじです』


「…………………………あのクソジジイ」


『え? ……本当に食べたんですか!? どんな味でした!? やっぱり酸っぱいんですか!? というより生で食べてお腹を壊しませんでした!?』


「だから食べてないってば!!」


 これだけは否定しておこう。私は決して食べていない。

 たぶんアリエルは、内容は何でもいいから私が言い淀んだ隙をついてピクニックの話題に逆行させようとしているのだろう。あわよくば連れてってもらおうとしているに違いない。

 だからアリエルは、握った拳をぷるぷるさせて『ぐぅ』と唸った。

 

『話を戻しますけど、アリエルはピクニックに行きたいのです! 連れてってください!!』


 憤慨する小さな妖精はちゃっちい胸を張る。むぅと膨らませるほっぺを、私はうりうりと指の腹を押し付けてやる。


「行かないわよ、ちっちゃい妖精さんは今すぐ村に帰っておねんねしてきなさい」


『ぬぅ!! なんで、一回くらいいいじゃないですか、減るもんじゃあるまいし。……非道! 性格最低!』


「魔女は性格が悪いと言われてこそ華なのよ。その言葉は褒め言葉としていただいておくわ」


『人でなし!』


「魔女よ」


『魔女でなし!!』


「そういう問題じゃないんだけど」


『とにかく行きましょうよ~! ピクニックぅ!』


「絶対に嫌よ。どうして今から眠ろうとしているときに、寒いなか出掛けないといけないの。ピクニックなんて冬期が過ぎてからでいいでしょ? そしたら瀑布からの飛び降りだろうが巨大毒虫の観察だろうが地下洞窟の探検だろうがしてあげるわよ」


 天樹海産の高級羽毛布団という名の、温かな世界が待っているのだ。極寒の冷気に包まれるくらいなら常夏の暖気を味わっていたいのが定めであり、私の権利でもある。

 しかしピクニック大好きっ子であるアリエルはここで引き下がるほどピクニック愛は小さくない。言い合いを重ねるごとに欲求を重ね続け、塵も積もれば何とやら、最後はものすごく駄々をこねて私を連れ出そうとするのだ。

 もし聖母のような慈愛を私が持っていたら大喧嘩に発達することもなかろうが、残念ながら私は自他ともに認める素晴らしき性格の悪さ誇っているため、そう簡単に妥協はしない。

 特に、初冬とはいえこの冬! このクソ寒いなか! 外に出るなんて自殺と一緒!!


『ルゥお姉さまの冬眠は、この寒さが厳しくなる前に始まればいいんでしょう?』


「だからもう寝ようと思ってたんだけど。どうせ外寒いし」


 だからさっきまで安らかに眠っていたんだけど。


『今日だけでも外に出ましょうよ。まだ眠らなくても大丈夫なはずですよ、だってルゥお姉さま、起きてるじゃないですか。起きられたってことは、まだ大丈夫っていう合図ですよね』


「またあなたはそう言ってどんどん自己解釈を広げて……」


 冬期明けの活動期に備えて、魔女は魔力を、大樹は生命エネルギーを蓄積することが冬眠の目的だ。冬期の長さは実にさまざまであるが、短いときは二年から五年ほど、長い時は十年とか二十年とかもありうる。逆に言えば、冬期が終わるまで私は絶対に起きてこないのだ。一度だけ《大冬時おおふゆどき》っていう二十年続いた冬期が終わったときは、大泣きのアリエルに出迎えられたことがある。

「私と違ってあんた妖精の仲間がいるから独りぼっちじゃないでしょ」という私の反論をそっちのけ。『ざみじがったー』とか鼻水混じりのアリエルがまぁ悲惨なほどストレスをためこんでおり、そのあとの鬱憤晴らしに随分と引き回された思い出がある。

 どうであれ、毎回冬期の直前になるといつもにまして甘えん坊になるアリエルなのだが、今回も私はいつもの私の「布団から出たくない」という心情を優先する。


『外に出ましょうよ~、ピクニックに行きましょうよ~、アリエルちゃんこれからルゥお姉さまがいないせいで暇になっちゃうんですよー。暇で暇でこの天樹海一周コースを何度も繰り返しちゃうのですよ~』


 羽毛布団の上で、ゴロゴロし始めたアリエルが上目遣いで私を見る。

 いや、たとえどれだけ寝転がった姿が可愛かろうが嫌なものは嫌だし、まずどれだけ外が寒いか知らないわけではあるまい。

 アリエルから羽毛布団を奪われまいと手を伸ばす。


「じゃあ一周コースをあと百回繰り返したら? いつの間にか冬期も終わって、私が起きてくるかもよ」


『えー。アリエルちゃんなら百周しても二年もかかりませんよ。二年で冬期が終わるなんて、そんな珍しいことが今回起こるとは思えないですよ』


 すると、アリエルも負けじと羽毛布団を引っ張ってきた。お主もこの柔らかさに気付いたか。だが渡さんぞ。


「……あなたのすばしっこさにはお手上げね」


『えっへんなのです。尊敬に尊敬を重ねてアリエルちゃんのことは《はーとふる閃光》のアリエルと呼んでくださいまし』


「絶対にイヤ」


 アリエルの背中についた四枚の翅をつまみ、眼前に持ってくる。

 さてとこの妖精、私と同じでとんでもなく自我が強く、なかなか引き下がることはない。

 だからよくアリエルと喧嘩するのだが、何故か私がいつも負けている。根負けするのだ。しょうもないことで喧嘩するから、いつも私の方が馬鹿らしくなり諦める。

 甘辛苦楽鍋の味見を無理やり食べさせられそうになった時も、雨期に溜まった水溜りで魚釣りをしようと誘われたときも、私は嫌がっていたのだが、いつのまにかアリエルに負けていた。

 はたしてこれが黒妖精族お得意の幻惑魔法であるのか、ただ単に私がアリエルに弱いだけなのか――できれば後者であってほしくないが――どちらにせよ、アリエルに勝ったことはほとんどない。


 今回もそれと同じで、やっぱり私はアリエルに負けてしまう。

 ついでに訂正しよう。私は毎回冬期前に「布団から出たくない」と主張するのだが、その主張が通ったことは一度たりともない。

 

「はぁ……どうしていつも、こうなるんだか……」


 布団を脇にどけ、うーんと背伸びをして立ち上がる。布団の中にあった温かな空気が肌から離れた瞬間、体をかけ上がる猛烈な拒否反応。はて、これは――


「うん。寒いわ」


『寝ないで!!』


 布団に潜行して頭をおおうと、コミカルにアリエルが布団を引っぺがしにくる。舞い上がった布団に未練がましく視線を送っていると、アリエルが半目でこちらを睨んできた。

 寒かったんだもん……。


『だいたいなんで寒がりのルゥお姉さまは寝るとき薄着なんですか』


「冬の間は呼吸しかしなくなるから寒いなんて思わないの。あと布団の中はあったかいのよ」


 羽毛布団をきちんと四つ折りにし、そばに放置しておいた服を掴む。寝ているときの身軽さを重視したキャミソール(確かに薄着)の上から、これまた軽さを追求した薄手の服を着る。

 寒がりだが服の好みだけは捨てられない。黒基調のところとか、スカートが異様に短いだとかはツッコまないでいただきたい。上に外套を羽織るし、羊毛ウールの裏地入りブーツを履くとかなり体温が保持されるから。……というより前に寒い時期に外に出ないから問題視していなかっただけなのだけど。


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