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024 『最終決戦へ 2』

 走りながら何度となく上を見上げる。目的のものは部屋に浮上するための通路。少々細くても、怒りに任せた氷の王者なら通り抜けてくるだろうと、ルーファティは予想している。

 

 しばらくして通路を発見。地面を隆起させ、その道を駆け上がることによって上へ上へ登っていく。穴の中に突っ込んだあとは、壁から出た小さな突起物に足をかけて跳躍を繰り返した。

 第一の部屋に転がり込んだルーファティの約二十メートル下。巨大でゴツゴツした蛇の頭が少々乱暴なかたちで狭い穴に突っ込んだ。顔にぶちあたる岩壁を削りあげ、砂塵をまき散らしながら進む。


 頭部が入れば首回りは細いので容易く抜けられる。とはいえ、問題は太い胴回りである。通路より二回りも大きい胴はこの通路を抜けられないはずだ。


 しかし、今の氷の王者に対してそんなの愚問であろう。


 勢い殺さず穴に突っ込めば、鉄より硬いといわれる大蛇の鱗が硬い土を粗削りし、急ピッチで穴の拡張作業が行われる。嫌でも響く破砕音はツァルンベの山自体を揺らしているかのように、とてつもなく大きかった。


 

 ――氷の王者(アイスバーグ)、第一の部屋に浮上。



 第一の部屋に王者の瘴気が溢れ、勢いよく隣の第二の部屋にまで流れ込む。

 第三の部屋に瘴気を持ち込みたくない理由があるため、ルーファティは第二の部屋に向かいながら逆風を吹かせ、瘴気を第一の部屋に流し込む。

 それでも王者が放つ瘴気の量が多い。第一の部屋を瘴気の溜まり場にしたところで、すぐあふれ出してしまうかもしれない。


 しかし、これ以上思考を繰り返すほど余裕はない。とにかく今は、瘴気を第三の部屋に送らせないことと、残っている魔力量のことだけを考える。


「残り十四枚であんたの体力……半分はいただいてくわ」


 残る魔法紙のうち、一気に七枚を抜き取って解き放つ。

 魔法式のかわりとして魔法紙の代用試験を続けること何十年。

 やっと完成した最上級の魔法紙。上等物の精霊石を多量に使い、かつ製紙作業に頭を悩まさせてくれた至高の一品。

 ルーファティが使用できる土の魔法で、最高難度を誇るものだ。


「土のF難度魔法……《歯車狂い花サルタンディア》……ッ!!」


 努力のかい実ってか、王者の左右に顕現した二本の土の柱。土砂崩れのように王者の背に乗りかかると、木の根のような模様が作り上げられる。切り落とされ血の滴る接合部、何発もの金剛石が突き刺さった穴、太い胴体、そして長い首にいたるまで、黒い土が締め上げる。

 まるで蕾から咲く花のよう――

 黒く咲いた花の内部から、爆裂的なエネルギーが炸裂する。

 単純にして明解。圧倒的な質量でもって王者の硬い鱗を破り皮膚を焼き焦がす魔法。


「……これで少しでも大人しくなってくれれば、すぐにでも第三の部屋に向かいたいのだけどね」


 土塊の爆ぜる様子を見つめながら呟いたルーファティは、険しい表情を浮かべている。

 地下空間で彼女が自分の瘴気を使ったのは、あくまでそこが地下であり、使わなければならないと判断したからだ。しかし、ここは山の洞窟とはいえ地上に他ならない。なので彼女は瘴気壁の干渉を行わず特上級の攻撃魔法を放った。


 土煙から覗いた四つの眼は、じろりとこちらを睨んでいる。


 魔法紙を七枚も使用し、多量な精霊を消費したにも関わらず、今だその首を地面に落としてくれない。


 災六の魔獣と名付けられ、精霊から警戒されてきただけはある。この底なしの体力と生命力はレベル5ですら比にならない。まさに災厄のレベル6。その一体で現存する魔女にも匹敵する瘴気を宿すというのは、あながち嘘ではない。


 ところでこちら「現存する魔女」の一人であるルーファティは、右手で顔半分を覆いながら襲い来る睡魔と倦怠感と吐き気に耐えていた。

 残り、大技魔法一発分の魔法紙となけなしの魔力を残すのみ。

 魔女の魔力は底なしだ、なんて誰が言い始めたのだろう。アレは冬眠終わりの数年間限定だ。そのあと日々少しずつ魔力は削られていき、冬眠前になれば魔女の残す魔力は4割程度になる。

 それがいまや、2割にも満たない。


 これ以上の魔力の消費は、天樹海を覆う監獄結界にすら影響出かねなかった。


「…………いつ……まで悲壮感漂わせよてるのよ…………今さら、ひとりなのを悔やむつもり……?」


 一族は400年前全滅した。それを今さら、何を今さらのたまう。

 さきほど宣言したではないか。

 この氷の王者を使役すると。屈服させてみると。

 なら、いつもの傲慢さを取り戻せ。

 立て。立てないのならそれは――


「――魔女として失格だ」


 ルーファティは再び疾走を開始する。自分に取り付けた枷を、自らを奮い立たせる道具とし、言葉にせず魔法を放つ。二体のゴーレムの顕現。さらに体力をけずるべく、魔力ではなく足を使う。


 ゴーレム二体による打撃攻撃と同時に、巨大な岩槍が王者の骨触手を狙う。


 避ける。打撃。ゴーレムの足が崩れる。攻撃。攻撃。ゴーレムの頭が飛ぶ。避ける。

 王者の氷の息吹による広範囲攻撃のおかげで、ゴーレム一体の消滅とルーファティ自身の左足への裂傷。土壁で防いだが、集中力の欠損で氷の礫すら防げなくなっていた。


「――あうっ!」


 ルーファティを体を襲った衝撃。胴体から伸びた首よりも長い骨触手が、体を縛り上げる。

 魔法を出せる余裕もなく、容赦なく地面に叩きつけられる体。

 痛みのあまり呼吸を忘れた一瞬。すさまじい倦怠感にも襲われ、思考すらストップした。


「……まず…………い、……こんなところで……睡魔が…………」


 もう体が、冬眠しろと警告を放った。

 レベル6の目の前ですら魔女の本能が動き始め、徐々に瞼が視界を遮っていく。

 

 王者の体が、いつのまにかすぐそこにまで迫っていた。

 瞼が完全におりきるまえに見た王者は、なぜか、悲愴にみちた声で鳴いた。

 再び骨触手が迫り、ルーファティを襲い掛かろうとした手前で、何か大きなものが弾いた。白くて丸いものは、ものすごいスピードで再び骨触手に打撃する。

 その白くて丸いモノは、まるで少女を守るように、背を向けて佇んでいた。


「どう……して……」


 ダイサンボクに送った思念に、彼はルイスとともにこの場から離れるよう伝えていた。いくらレベル5とはいえ、王者相手に怪我程度で済むはずがない。危険だから、ルイスと一緒にいろって伝えていた。


「アルセルタ……」


 アルセルタは、赤いヒヒ顔を少しだけこちらに向けると、満足そうにふんっと鼻を鳴らした。


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