023 『最終決戦へ』
集中力と魔力が全然足りない。
本日、アルセルタに物理結界を破られそうになったときも感じたのだが、冬眠前はいささか集中力が散る。ただでさえ苦手意識の強い物理結界に、冬眠前独特の睡魔と倦怠感、魔力不足が同時に襲い掛かり、目の前で攻撃を受けているにもかかわらず、手をゆるめそうになる。
圧倒的なエネルギー量。歯を食いしばらなければ、今すぐにでも結界ごと吹き飛ばされる。
――また、だ。
ルーファティの脳裏をよぎる、幼いころの記憶。
あれはいつだったか、いつものようにジジイに喝を入れられ、ひとりイジけていたとき。唇を噛みしめて涙をこらえるものの、お腹に入れられた三発の足蹴りのせいで内出血がひどく、痛い。
それよりもひたすら悔しい。
できないのが悔しい。怒られる理由も分かってる、何がいけないのかなんとなく分かる、でもできない。
しばらくジジイに会いたくなくて、普段は行かないような森の奥まで歩みを進めた。するとなぜだろう、凶悪な面構えをした様々な魔獣に取り囲まれた。
なぜ魔獣が怒っているのか。なぜ悲しんでいるのか。泣きたいのはこっちなのに、魔獣は悲嘆に叫びながら襲い掛かって来た。
なぜ、いまそのことを思い出したのだろう。
「だから」
ルーファティは音がなるほど奥歯を噛みしめる。何度も味わっていた自分の実力不足と、相手に分かってもらえない歯がゆさと苛立ちとで、己の胸の奥底で眠っていた獣性が雄たけびをあげ、衝動のままに腕を大きく振るう。
彼女の真っ赤な瞳に、さらに強い光が宿った。
「……いいかげんに、しなさい…………っ!」
土のE難度魔法《アースタクト》。物理結界の手前から金剛石の刃を左右挟み込むように十二枚展開させ、そのまま一気に絶対零度を放つ点までさかのぼる。天井に張り付いていた王者の八又に、それぞれ金剛石の刃を衝突させると、その勢いで王者の攻撃が止んだ。
大きくあがる白煙。夜目を十二分に使用して目をこらしてみると、ほぼ無傷と思われる八又がぐるんとその場で回転した。
違う、王者自体が天井から横壁へと移動したのだ。
「…………むしろこんな化け物相手に、ニンゲン風情がよく絶命寸前にまで追い込んだものよね……」
400年間眠らなければならないほどの傷を負い、地中深くで眠っていた氷の王者。ルーファティは戦場から一番離れた場所に匿われていたので詳しいことは知らないが、さぞかし大人数の部隊を組まれていたに違いない。
なにしろ大昔の魔女の瘴気を与えられた魔獣だ。この瘴気をまえに平然としていられるのは、ルーファティを始めとする魔女か、あるいは最高位以上の精霊くらいなものだろう。
ともあれ。
「……ここでやるべきなのは、八又を切り裂き王者を上の部屋に引きずり出すことのみ」
目的を確かめるように呟き、再び地を蹴りあげる。
王者はどうやら瘴気の充満した場所では早く動けるという特異性があるらしく、天井から壁へ半重力世界を腹ばい進行を始めた。この空洞を進行すれば、やがて第四の部屋の真下に辿り着く。
真下から浮上されれば計37個もの魔法式は木っ端微塵だ。この計画自体が破綻してしまいかねないので、その前で浮上させないといけない。
「今ならッ」
風の魔法で落ちた脚力の補強。こちらに気付いた八又と骨触手による打撃攻撃をすりぬけ、あるいは着地地点として利用しながらも、大きく跳躍。王者の胴体に体を転がすように着地し、そのまま八又の付け根に向かう。
そして、巨大な金剛石でできた刃を右手に持ち、自分をガードさせる役割を担う岩槍も一緒に浮遊させ。
「せやぁああああああああっ!!」
迫りくる八又を避け、八又の付け根部分に体を滑り込ませると、遠心力を加えながら刃を突き刺す。王者の瘴気壁が展開される手前部分で、微々たる量の魔女の瘴気で干渉し、一気に引き裂いた。
が。
「っ浅い!」
王者が絶叫の雄たけびとともに体を大きく動かす。胴体がうねり、ばらばらに動かされた八又がルーファティを弾き飛ばす。そうされれば、壁にぶち当たるまで止まらないのが物理法則というもので。
がんっ! という頭蓋を響かせる音と、両膝と右腕に奇怪な音が走った。
胃液がこぼれでそうな衝撃と、吐き気。
すぐさま魔女の生命力が身体を再生させようとフル稼働するが、それとともに強烈な睡魔におそわれる。
頭を振り払って顔を上げると、ちょうどこのとき王者が立ちふさがるゴーレムたちをなぎ倒してる場面だった。体当たりでゴーレムが王者を食い止めようとしているが、容赦のない《絶対零度》攻撃ですぐ土塊と化してしまう。
もはやルーファティに興味はないのか、悪臭の発生源に興をそそられたのか。
「……つれないじゃない……無視だなんて……。………魔女を無視したこと、後悔させたげる」
ルーファティは一瞬だけ上半身をふらつかせたあと、再び疾走を開始した。自分の使役能力をめいっぱい活用して風を作り出し倍加する。こちらの存在に気付いた王者は、頭だけ寄越して氷の息吹を発射させた。
朦朧とするルーファティの意識にちらつくのは、ただひたすら、王者を屈服させるという執着だった。でないと、いますぐにでも冬眠に入ってしまいそうな体を起こし、王者に立ち向かうことなんてできない。
さきほど入った接合部の切れ目。
あそこにもう一発、渾身の一撃を入れれば八又を斬れる!!
土のD難度魔法《リッカー》――何百もの岩槍をぶつける、そのなかに魔法紙で作った《アースタクト》もまぜた。金剛石の刃は一直線に八又の接合部に吸い込まれ――――しかし、王者のエネルギー掃射によって一掃される。
ならばということで残り数の少なった魔法紙でゴーレムを作り上げ、頭部と骨触手の動きをそちらに任せる。
再び胴体にのぼりつめ、鱗と肉のはざま…………接合部に向かって、右手に持った巨大な即席刃を振り下ろす。その瞬間、王者の瘴気壁と魔女の瘴気がぶつかりあい、高い悲鳴をあげながら拮抗し、やがて。
やがて、魔女の瘴気が瘴気壁を無効化して、金剛石の刃が接合部に吸い込まれる。
「せやぁあああ!!」
ぶちぶちと引き裂かれ、最後は自身の肉圧で爆ぜた。
「切った」
再び絶叫。ルーファティは振り落とされる前に自ら王者の背を下り、走りながら吹き出る血の雨を見上げた。
王者が走るのをやめ、その場でぐねりと身を跳ねさせる。
痛みにもだえ苦しんでいるのは一目瞭然。
しかしいくら弱点とはいえ、八又を切り落としたくらいで奴の底なし生命力は留まることを知らない。
すぐあの傷口を塞ぎ治しにかかるだろう。
――そのまえに、王者を浮上させ第四の部屋に移動させねばならない。
王者の視線と膨れ上がる感情の渦を静かに受け止めたルーファティは、次はやつを浮上させ、さらに体力を削るために、再び疾走を開始した。




