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022 『死ンデナイカラ、シンデナイ 2』

 さきほどルーファティは、思念によってダイサンボクに大方の連絡をとった。彼女らにツァルンベの山々に向かってもらったのは、氷の王者を静めるために必要だったからだ。

 第一の部屋、第二の部屋、第三の部屋、そして第四の部屋。最後の部屋には、昔ルーファティ自身が作り上げた37個もの魔法式が描かれている。

 魔法式は本来ならば簡単に風化してしまうが、特別にあしらえた精霊石を使って魔法式に宿った魔力の消費を極端に減らし、保存を可能にしている。

 

 いくら氷の王者がルイスを狙っているとはいえ、魔女として王者を殺すわけにはいかない。第四の部屋に仕掛けた魔法式は攻撃用ではなく、氷の王者専用の――簡単に言えば催眠魔法だ。


 問題は、37個の魔法式は風化を阻止しているとはいえ物理的なダメージには弱い。暴れる王者が魔法式をむっちゃくちゃにすればそれだけで魔法は発動しなくなるため、第四の部屋に連れていく際にできるだけ弱らせなければならない。

 

 分厚い瘴気壁を持つレベル6の魔獣を弱らせることが、どれほどいまのルーファティにとって無理難題であるか分かると思う。しかし嘆いたところで、状況は変わらない。



 氷の王者は地面のなかで蟻の巣のように空洞を作り、地中を這いずり回って移動している。

 その空洞の一つに、ツァルンベの山々へ続くものがあるはずだ。


 まずルーファティは大穴に飛び込んで空洞に身を滑らせると、氷の王者に攻撃をしかけながらツァルンベの山の方角に先導していた。

 先導方法はいたってシンプル。彼女はさきほどルイスを触っており、彼女がまえを走るだけで狂乱した王者が追ってくるというもの。


 ただ、風の魔法で走力をあげても、氷の王者の地を這うスピードは巨体に似つかわしくないものであった。走り、魔法をあて、避け、ひたすら疾走する。

 

 轟音を響かせながら追いかけてくる巨体に恐怖を抱かないわけではない。

 それでも彼女は、彼女なりの意地で持って体に鞭をうち、走っては魔法をうち、魔法紙でゴーレムを放つ。


 ゴーレムたちが王者の頭を囲っているあいだは、少しだが注意をそちらにもっていくことができる。氷の息吹、礫、氷塊等の攻撃もすべて受けてくれるだろう。

 ルーファティは地面を蹴りあげてアイスバークに接近。ゴーレムを相手にしながらも、やはり注視するのはこちらというわけか、ゴーレムの隙間から睨んできた王者は、身の内に蓄えたエネルギーを直接光線へと変換させ、発射した。


「きつっ」


 三十枚も無詠唱で展開させた土の壁は、絶対零度の光線によってあっけなく崩れる。


「…………八又の接合部さえ切り落とせば……」 


 かれこれ何時間は走っている。もうすぐツァルンベの山々だ。第一、あるいは第二の部屋で地上に浮上する算段である。

 そろそろ、本格的に王者の体力を削りにいかなければならない。

 そのため狙うのは王者の弱点。一番痛覚を感じるところであり、接合部を切り落とせば再生するのに時間がかかる。やっかいな頭部と骨触手をゴーレムに任せ、懐に飛び込みたいところ。


 が、王者はすぐこちらの気配に気づいて攻撃を放ってきた。

 さてと、一応当代の魔女相手に攻撃を放っている王者の心情は如何に。


 ――シンデない。死ヌワケナイ。


 乱れた意思の波長が脳に伝わる。

 雑念などまるで考える暇もなく、無詠唱で岩槍を五十本ほど王者の体にうちこむ。八又で打ち払った隙をついて一気に懐へ――という算段は王者自身の強固な瘴気壁によって阻まれた。

 八又からは氷のエネルギーが一点に凝縮していき、猛烈な疾風ともに迫った。

絶対零度アイスフィニッシュ

 レベル6の魔獣がもつ特有の攻撃だ。魔獣には魔法が使えないが、かわりに自らの体内で溜め込んだエネルギーをもってして様々な超常現象を引き起こす。さきほどの光線もそうだが、今回の氷塊は放たれたその瞬間に空気を凍てつかせる。10度の気温を零下50度へ変異させる強烈な瞬間冷凍だ。

 そして氷塊にふれた生命体は、一瞬にしてその組織を破壊される。


「――――――腕、一本か」


 瞬間に守ってくれたゴーレムたちの消滅と、ルーファティ自身の左肘から先に接触。一瞬で紫にふくれあがり、皮膚内部から破裂して鮮血が飛び散る。

 

 痛みなど感じるひまなどない。


 体など消耗品だ。壊死が広がる前に左腕をかき斬れば、すぐ新しいモノが生えてくる。

 ルーファティは自身の化け物じみた生命力を達観した目で見つめたあと、氷の王者を見つめた。


「……いいこと? お母様は死んだ。死んでしまったのよ」


 再びゴーレムを作り、瞬時に一斉攻撃。ルーファティも迫りくる光線を避けながら胴体へ接近。氷の王者は絶叫を上げて瘴気を噴射し、進路を阻もうとする。

 しかし瘴気など通じない。無視してやつの胴体に強烈な踵落としを――


「消えた?!」


 どうしたことだ。円環状に割れたのは地面だけであって、そこにあったはずの大きな胴体がなくなっていた。しかしあれだけの巨体、そんな一瞬で視界から消えることなど――



 ――ミルフィハ、ドコニイル?



 上ッ!?


 見上げると、顔がこちらを見ていた。八又の《絶対零度》の予兆現象、さらに口からは氷の息吹。

 氷の王者は、上からの広範囲攻撃で一気に仕留めるつもりだ。


「お母様は、死んだって…………言ってんでしょがッ!!」


 ――チガウ。

 

 答えたのは本当に反射的。そして直上に土の壁を二十枚張るものの、やはり王者の攻撃になすすべもなく破壊されていく。

 ルーファティは、ただ押しつぶそうとする氷のエネルギー放射を物理結界でとめた。


 自分の魔力が、一段と吸い取れていく感覚が襲う。



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