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014 『土の最高位精霊』

「ねぇアリエル、コレはなに?」


『え!?』


 今の今までぐっすり眠っていたはずのルイスが、いきなり目を覚まして大岩を指さすのだから、妖精一同跳び上がるほど驚いた。特にシルフィは、巨大猪すら半日眠らすという強い催眠をかけたはずなのに、わずか数十分で目を覚ましたルイスに衝撃を受けていた。


 この場所は、こちら側の世界に土の最高位精霊が安定して顕現できる祠である。

 緑苔のびっしり生えた大岩の上に、腐りかけたずず黒い古代樹の端くれ……のようにみえる山姥の顔……のようにもみえる木の仮面が、酒のお椀を口に銜えたまま静かに鎮座していた。その横には、何種類もの果実の種がばらまかれ、岩の後ろにはこれでもかというほどに酒樽が何重も積み重なっている。これが最高位精霊なのか、と思われても不思議ではないくらい珍奇な光景であった。

 そんなダイサンボクの姿を見たルイスは、好奇心のままに指を指してくれるので、シルフィは大慌てで何を喋り出すかもわからない少年の口を手で塞いだ。もごもごとしながらも「酒くさい」「ばばあみたい」と喋ってくれるので、シルフィの顔が更に青ざめていく。


『ダイサンボク様を怒らせたら、世界中のあらゆる土という土が君に襲い掛かるからね! 一応言っておくけど、普通はどの最高位精霊様も人間の前には姿を現さないんだからね!? くれぐれも、くれぐれも粗相のないようにサ?!』

 

『まぁ、確かにルイスの言いたいことは分かります。だって精霊の代表格の一人と言わしめる方がコレですよ。最高位精霊ですよ、世界で三人……三匹、三頭? いややっぱり三人ですかね、まぁ三人しかいない精霊なのに、酒を飲みながら眠ってるってそれはないでしょう』


『アリエルさんまで!』


『アリエルはシルフィと違って、果樹園の見回り責任者の任務を授かっていませんからね』


 シルフィが普段どのような気苦労(お酒の相手、果物の収穫、仮面を磨く、掃除、愚痴の聞き役等)を背負わされているか知らないアリエルにとっては、さして興味のない話である。

 ともあれ、


『起きてこない、ですね。ダイサンボク様ってどうやったら起きてくるんですか? いっそのことあの仮面を足蹴してもいいですかね』


『アリエルさん、それはさすがに冗談なのだね? いつもなら、祠に誰かが入って来た時点で起きてくるサ。だからもうそろそろ起きてくるんじゃないかな、きっと待っていたら』


『えいっ!』


 ……ひどく可愛らしい声がしたあと、何かがぐらついて、男とも女ともとれないか細い声が聞こえてきたような。しかもその声が、さきほど椀を銜えていた仮面の口から発せられたような……。

 シルフィの顔が見る間に青ざめ、わなわなと口が震えた。

 しかし可愛らしく仮面のデコを蹴った想い人は、これまたいじらしいくらい可愛く首を傾げる。

 

『あれ、本当にこれがダイサンボク様なんですか? 酔っ払いの顔立ちとその場の雰囲気で、この木の仮面がダイサンボク様だと判断したんですけど。……憑依物ってコレですよね? そこらへんの小石なんかじゃないですよね?』


『そうだよ、そうだよ! というより、アリエルさんもしかしてダイサンボク様を見たのは初めてなのサ!?』


『誇れるもなにも、おじじからダイサンボク様への接近自粛命令が出てました。したがって、会うのは初めてです!』


『それ誇れることじゃないからアリエルさん! 全然! ……最悪の初見合わせになるよ!?』


 ちなみにアリエルのダイサンボクへの初めの第一歩ファーストアタックはルーファティと全く一緒である。彼女もダイサンボクを蹴り飛ばして叩き起こし、そのあとすかさず酒を浴びせにかかるのだ。

 主従は似る、とはまさにこのことなのだろう。アリエルは中身がある酒樽を持ち出して、高い場所からダイサンボクめがけて酒の雨を降らせた。

 ただしこの仮面、目は開けずにしっかりと口を開けて美味しい葡萄酒を飲んでいく――


 なんという酒への執着。


『酒の執念なのサ…酔っ払いの代表サね』


「面白そう……僕もやっていい?」


『君は絶対に駄目!! 死にたいのかい!?』


「えー……」


 ひどく残念そうに頬を膨らませて腕を組むルイス。

 ルイスを抑えるのに両手両足を使用しなければならないシルフィ。

 二人の注目の的——アリエルは空になった酒樽を投げ飛ばすと、ダイサンボクの顔をぺちぺち叩き始める。その際『おはようございます』と『初めまして、アリエルです』と丁寧な声かけも忘れない。


『声かけと行動が合ってないよアリエルさん』


『え、でも、ルゥお姉さまは『蹴ればいいのよ』とか言ってたんですね、なので蹴りました。それでも、挨拶は大事だと聞いてたんで、挨拶も忘れずに』


『あの魔女様らしい発想なのだね……、って、魔女様のやることを僕ら妖精がやるのは危険だと思うね!』


『そうですか?』キョトンとするアリエルに、シルフィはルイスを押さえるかアリエルを止めに行くか逡巡する。男としてアリエルに降りかかるかもしれない危険を事前に回避すべきか、すでに人間が踏み入れるべきではない場所に入っているのにも関わらず、好奇心の対象となっている仮面を前に何かをやらかしてくれそうなルイスを止めておくのが筋か。でもなぁ、

 ――と、そのとき。


『なんじゃ、なんじゃなんじゃなんじゃ。なんなのじゃ、朝っぱらから騒々しい』


 ――反応遅ッ! ……と、そう思ったのはおそらくシルフィだけだったろうが。

 木の仮面から、もはや少女としか思えないような高い声が響き渡った。


『痛い。痛い痛い痛い! ……ぬぅ、依り代の体に不可解な損傷が。はて、この額についている不自然な窪みはなんじゃ?』


『あ、えっと……それは…………』


 ぎろりと睨まれ、シルフィの背筋がぴーんと伸びた。そしてダイサンボクの視線が、ルイスを捉える――――より手前で。


『そして……、ダイサンボク様が起きてこられたその一瞬を狙いすませ、アリエルちゃん必殺、空中跳び膝蹴りィ!!』


 見事な実況中継をかましたアリエルは、爽やかな汗とともに感極まる表情でとても晴れやかだ。対して真下からの跳び膝蹴りをもろに喰らってしまったダイサンボクは『どふぇ』と、何とも間の抜けた声を響かせ、よいしょよいしょと、手足もないのにそんな掛け声が聞こえてきそうな動作で岩をよじ登り、定位置に戻る。木でできたはずの口をカタカタと震わせた。


『んぅ? よぉくみたら、ファルベんとこの妖精か。……それで合っておるな、シルフィ』


『は、はい! こちらの方は、アリエルさん。当代魔女様の世話役兼監視役を任されています』


『なーるほど。よぉ似てる似てる。……ほほー、よもやファルベんとこの二世がこの妖精に陥落されようとは……こっちの世界に来るのもたまにはいいもんじゃなぁ~……』と、ダイサンボクが興味深そうにアリエルを見ているなか。

 

『お、怒っていらっしゃらないんですか? ダイサンボク様』


 戦々恐々、といったシルフィがおずおずと聞いた。何に、という対象物を示さなかったのは、彼なりの配慮あってのことなのだろう。

 しかし意外にも、ダイサンボクは気分を害されていない。むしろ楽しそうにしていた。


『ファルベんとこの妖精のことはギャレオからよく聞いておった。元気、活発なのは大いに結構。我が同胞たちも負の感情より正の感情を好むもんじゃ…………結構結構』


 そして、今の今まで何もしなかったのが不思議なくらいなのだが、シルフィによって拘束されているルイスは、その不思議な喋るお面に釘付けになり、視線を逸らせないでいた。


「お面が、喋った…………」


 怖さ半分、好奇心半分。

 ただ目の前にいる不思議な物体のことを解き明かしたい、無邪気な少年の好奇心。見たことがない喋るお面。しかも声は少女。これはなんだろうという純粋な探求心がルイスの口を動かしていた。


「お面さん、どうして喋れるんですか?」


『……同胞が騒ぎ始めたのもおまえさんのせいじゃな。ふむ……黒髪黒目…………おまえさん、もしかして純血か?』


「お面さん、どうして喋れるんですか?」


『聞いておるのか? 私の質問に答えよ。……いやまて、まず、なぜ人間がこのような場所におるのだ? ファルベはまだこのことを知らないのか?』


「お面さん、どうして喋れるんですか?」


『誰か私の質問に答えておくれ~』


 しびれをきらしたように唸るダイサンボク。ルイスはめげずに続けようとしたが、シルフィが翅によって再び口を塞ぐ。これ以上墓穴を掘らないでくれと、心中願うシルフィであった。



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