第三章エピローグA <超級>達の場合
追記(2017/7/2)
(=ↀωↀ=)<クマニーサンのパートに誤字が在ったので修正
八ヶ月前くらい→一年くらい前
□■【記者】/【絶影】マリー・アドラー
フランクリンが起こした迷惑な騒動から数時間が経ち、もうすぐ夜が明けようとしています。
昨夜の騒動で私は【奏楽王】との交戦、傍迷惑な装置の破壊と回収、“スーサイド”シリーズからの防衛など多くのことをしていました。
極めつけは<ノズ森林>の再現のように【破壊王】の砲火を潜り抜けて、パンデモニウムからエリちゃんを助けて、助けた後は気絶したままのエリちゃんを近衛騎士団の生き残りの人達に預けて……しんどかった。
私、一昨日も駆けずり回っていたのですけど。
超級職のステータスでもきついものはきついのですけど。
もっとも大変なのは私だけでなく、レイやルーク君も大変な戦いを潜り抜けたようです。
特にレイなんて両腕がなくなっていました。
おまけにフランクリンのデスペナルティで消失したパンデモニウムから落下していました。
それはネメシスちゃんとシルバーという煌玉馬が拾い上げてどうにかしていましたが。
で、右腕の方はネメシスちゃんが拾っていたので、居合わせた<マスター>の上級回復魔法スキルでくっつきました。
従来通りに使うにはこっちの時間で一週間程度は掛かるでしょうけど、こちらは大丈夫です。
問題は左腕。【炭化】していた腕が崩れてなくなってしまっていたので、もうどこにもありません。
部位の完全欠損は上級の回復魔法では対処できない。
上級でも<エンブリオ>の必殺スキルならば……とも思いますが他者修復の必殺スキルを持った上級って多分王国にはいません。私の知る限りですが。
この王国であの傷を治せる人物は……一人だけいます。
司祭系統超級職にして<超級>である彼女――【女教皇】扶桑月夜ならばあっと言う間に治せてしまうでしょう。
けれど、それは本当におススメできません。
何せ相手は宗教団体のトップですので、借りを作るのが怖すぎます。最悪、<Infinite Dendrogram>の中だけに収まらない可能性すらあります。
等々の事情を考えると「正直デスペナルティになった方が早いですよ?」とレイさんにお伝えはしました。
ただ、レイはそうする気はないらしく、「右腕は使えるし、やろうと思えば口でもできるって分かったから、暫くはこのままでいい」というワイルドなお答えを頂いています。
ネメシスちゃんの方は「あれはキスに入るのかのぅ……」とかなんだか遠い目をしていました。
多分大剣モードで柄を咥えてもキスにはならないと思います。
そんな話をした後、レイは倒れるようにログアウトしてしまいました。
体感疲労と精神的疲労が限界を突破していたようです。
無理もありません。
それとルーク君もリズに体積補充用のミスリルを食べさせたらすぐにログアウトしました。
そんな訳で私だけがログインしたまま朝を迎えたわけです。
私もすごく眠いですけど、【記者】と本職……漫画家の両面で最高の取材タイミングだったからログアウトできなかったんですよね。
テロ事件解決後の現場って中々居合わせられるものじゃありませんし。
さて、身内以外の出来事も大まかにまとめておきましょう。
“スーサイド”シリーズの殲滅から一時間ほど後にギデオン伯爵から事態の終息が宣言されました。
エリちゃんの救出とフランクリン一味の壊滅。これによって事件は解決したと宣言されたわけです。
実際のところ逃げ延びたPKがちょっといそうですけど、まあ今のここで何かやらかすバカはいません。
……やらかしたら【破壊王】と【超闘士】にデスペナされそうですしね。
ちなみにギデオン伯爵からは【破壊王】やレイを始めとして、今回の事件の解決に助力した<マスター>には何らかの形で恩賞を出すそうです。
壊れた街の復旧で相当の予算が飛ぶでしょうに太っ腹です。お金持ちなのか人がいいのか。
そういえば私と【奏楽王】の戦いで壊れた区画って直すの幾ら掛かるんでしょうね。
下手するとあの辺りが一番被害大きいような……考えないことにしましょう。
なお、終息宣言の後の人々の動きは二分化されました。
騎士や衛兵、役所の人達は被害の把握や事後対応でてんてこ舞い。
一般人や<マスター>はお祭り騒ぎです。
まぁ、そうですよね。お祭りの最中にフランクリンに思いっきり水を差され、恐怖の只中にあったのです。
主犯が倒されて事件が解決、大勝利ともなれば反動で騒ぎたくもなるでしょう。
<マスター>はともかく、民衆の切り替えの早さはさすが決闘都市の住人といったところでしょうか。
と言ってもさすがに空が白んできた頃からはギデオンを出る馬車や竜車が相当数ありましたね。無理もないです。
皇国から最も遠く、最も戦力が整っていると言われたこのギデオンであんな騒動が起きたのですしね。
さて、振り返ってみると今回の件はどういう結果になったのでしょう。
フランクリンの目的は王国の<マスター>の無力さを知らしめて王国の戦意を削ぎ、戦争の再開よりも先に外交で王国を併合することだったのでしょう。
しかし、ルーキーや闘技場の結界を逃れた<マスター>の抵抗に遭い、プランBまでは失敗します。
この辺りで特に大きいのは、フランクリンが中継していたレイと改造モンスターの戦闘ですね。
あれはむしろ逆効果でした。一方的に嬲って心を折るつもりだったのでしょうが、レイが奇跡的な勝利を収めたことでむしろ民衆は高揚しています。
ちなみに<マスター>……というかリアルの掲示板や動画サイトでもあの戦いはそれなりに話題になっています。
<Infinite Dendrogram>関連のニュースでは三番目くらいの盛り上がりですね。
一番の話題はやはり【破壊王】が表舞台に立ってフランクリンと戦ったこと、二番目はフィガロと迅羽の<超級激突>です。
今回の件でレイにも色々と通り名がつきそうで、こちらやリアルの掲示板でも様々なネタが出されています。
今も中央闘技場前の広場では、そんな催しがなされています。
ええ、普段は闘技場にデビューした人相手にやるものらしいですけど、今回はレイやルーク君の名前も挙がっています。あと“正体不明”でなくなった【破壊王】の通り名なんかも募集されています。
レイについて今挙がっているものは、【聖騎士】なのに装備が【聖騎士】に見えないせいで“暗黒の聖騎士”とか、シルバーに乗っていたから“銀馬の王子様”とか、「誰が考えたんだ」と言いたくなる“黒紫紅蓮を纏いし光と闇合わさりし勇者”とか、年齢層で反応が真っ二つになりそうな通り名です。
本人は知ったら悶絶しそうですが。
ただ、中にはシンプルながら良いものもあり、私はそちらを気に入っています。
で、話をフランクリンの計画の結果についてに戻します。
プランBまでは完全に潰されました。
けれど、プランBまでが潰れた上で「抵抗したからもっとひどいことになった」と、プランCを発動させるのはフランクリンも最初から織り込み済みだったのでしょう。
私も含めた少数の<マスター>で時間稼ぎをしていましたが、あのままなら間違いなく被害は拡大していたはずです。
けれど【破壊王】の参戦が全てをひっくり返しました。
ギデオンを蹂躙するはずだった数万のモンスターは、そのまま【破壊王】の力をアピールするかませ犬に成り果てます。
これはフランクリンの想定からすれば真逆でしょう。
王国の<マスター>は無力であると信じさせるはずが、桁違いに強いと示してしまったのですから。
少なくとも、これで戦うことなく王国が敗北するという線はなくなりました。
と言うとまるで王国にとっていいことだったように思えますが、決してそうではありません。
今回の戦争は王国の<マスター>の力と共に、もう一つの事実を王国全土に、そして<Infinite Dendrogram>全体に示してしまったのです。
それは、<超級>の有する戦力が他とは次元が違うということ。
<超級>の力なら単騎で都市一つ……いえ、国を滅ぼすことも可能です。
五万を超えるモンスターを生み出したフランクリン。
それらを殲滅してみせた【破壊王】。
はっきり言って、どちらも<超級>というステージにいるから勝負の形が成立したのであって、<超級>以外ではただ蹂躙されるのを待つだけでしょう。
それこそ、<超級>以外で<超級>に抗するのはほぼ不可能です。
もちろん例外はあります。
例えば私のアバター、マリー・アドラーです。
マリーに<超級殺し>の通り名がついているのは、その名の通りかつて<超級>を倒して“監獄”に送り込んだからです。
けれど、あの勝利はいくつもの要因が重なった結果です。
相手の能力。私の能力。そして様々な条件と作戦。
幾多の要因が積み重なり、私は<超級>――【疫病王】キャンディ・カーネイジをキルできました。
広域制圧型にして広域殲滅型。
ティアン最多殺傷者。
“国絶やし”。
……あんな相手によく勝てましたね、私。
話を戻します。
前の戦争のときは<超級>同士の戦いがなく、王国が一方的に負けました。
けれど、今回は同じく<超級>である【破壊王】がいたから勝てました。
つまりは以前から囁かれていた<超級>の有無が戦争の形勢をも決定づけるという話が証明されてしまったわけです。
そうなると、問題になるのは次の戦争に参加する<超級>の数です。
皇国はもちろん先の戦争で活躍した三人。
今回の事件を起こした“最弱最悪”【大教授】Mr.フランクリン。
“矛盾数式”【魔将軍】ローガン・ゴッドバルト。
そして、“物理最強”の【獣王】。
変化がなければこの三人だけですが、皇国は初の戦争イベントで勝利した国です。功労者への厚い褒賞もあるので……他にも<超級>が移籍している可能性は高いです。
対して、王国側で戦争に参加する<超級>は……多く見積もっても二人しかいません。
ログイン自体が不定期な“酒池肉林”のレイレイ。
そして今回表舞台に出てきたことから戦争にも参加が期待できる【破壊王】。
この二人だけです。
当日にレイレイがログインしていなかったら一人ですね。
もちろん他にも<超級>はいます。
この決闘都市の象徴であり、昨日も他国の<超級>である迅羽に勝利した【超闘士】フィガロ。
王国最大のクランのオーナーであり、集団戦最凶とも呼ばれるスキル《月面除算結界》を行使する【女教皇】扶桑月夜。
この二人が参戦すれば、極めて大きな戦力になるでしょう。
けれど、フィガロはソロ専門であることを常に公言しており、多人数が入り乱れる戦闘である戦争には参加しません。
扶桑月夜にしても、前回の戦争で『王国の国教を我々の教えに変更すること』などという有り得ない要求をし、参戦を断っています。
前者は最強のポリシー、後者は無理難題のかぐや姫。
この二人が参加するのは難しいでしょうね。特に扶桑月夜なんて皇国が条件を飲んだら寝返りそうな怖さがあります。
さらには<超級>以外の戦力も<マスター>、ティアンの両面で向こうの方が多いときました。
戦わずに負けることはなくなりましたが、このままだと戦っても負けます。
この辺りのことを<超級>の皆さんはどうお考えなんでしょうね?
◇◆◇
□決闘都市ギデオン十二番街 【破壊王】シュウ・スターリング
『今夜は疲れたクマー。この疲れはアルコールで誤魔化すクマー』
「お疲れさま。ここの払いは持つから、好きに呑んで。迅羽もね」
「応。まー、オレは未成年だからジュースだけどナ」
俺を含めた三人の<超級>が対面しながら酒精やドリンクを飲んでいる。
ここは十二番街にあるギデオンでもトップクラスの高級クラブの個室。
この店は予めフィガロが予約していたものだ。
もっとも本来は<超級激突>の終了後に来るはずだったので、予約時間よりは大分後になってしまった。
けれど、店側の好意もあり、事件が解決した後でも一室を借り切らせてもらうことができたそうだ。
この状況で店を開けていること自体が大したプロ根性とも言えるが。
『正直助かったクマー。今夜は俺達が外にいたら人集まりすぎるクマー』
ま、俺は暴れまわっていたときと今では格好が違うから見つからないかもしれないが。
あっちの北欧風狂戦士な格好は動くには楽だが、やっぱり着ぐるみの方が落ち着く。
「ああ、僕もそう思っていたから予約したんだ。ログアウトしてもいいのだろうけど、良い試合をした後はこうして少し冷ましたいからね」
「そうかイ。しかしこの店、ジュースうまいナ」
迅羽はジュースを飲み干しておかわりを注文していた。
あー、この辺は年齢相応っぽいな。
身の丈が俺の倍あるけど。
『札越しにチラチラ見える顔や、《変声》の符でそうじゃないかと思っていたけど、やっぱり子供なんだな』
「今年で十歳。二桁だからもうレディでいいと思うゼ」
『せやろか?』
あの長いと言うにも長すぎる手足は遠くに行きたいって願望以外に、大きくなりたいって願望の写しなのかね。
<エンブリオ>を管理するハンプティあたりなら詳しく診断できそうだが……あいつは俺をトラブルに誘引するか、俺のトラブルを眺めるかしかしねえからな。
「迅羽はこれからどうするんだい?」
「皇子の護衛の仕事が残ってるからナ。しばらくは王都に滞在ダ。あとは王国のダンジョンでも潜ろうかナ」
国によってドロップするアイテムも違うからそれもいいだろうな。
……アイテムといえば、今回バルドルが使った弾の素材……補充しないとだな。
大まかに見積もって……三十三億リルはかかりそうだ。
「あァ、でも一人だとダンジョン探索もナ。神造ダンジョンの深層行くとなるときついカ」
フィガ公でもなけりゃ効率悪くなるだろうな、ソロ探索。
あと<エンブリオ>が喋れるタイプじゃなけりゃ一人で延々潜るのきついだろうし。
「一緒に行かないカ?」
「僕はソロ専門だから」
『俺もしばらくはギデオンから離れないつもりクマ』
「つれねぇナ」
……この街に居残ってる爆弾放置したまま離れられないからな。
「ああ、でも良かったら何人か決闘ランカーを紹介するよ。彼らも君と手合わせしたいだろうし」
『なら俺も知り合いの討伐ランカーを紹介するクマ? あ、でも居場所分からんクマ』
今どうしてるんだろうな、キャサリン金剛。
「ああ、紹介してくれるなら助かるゼ、って……あレ? フィガロが王国の決闘の一位で、クマが討伐の一位だよな?」
「うん」
『そうクマ』
あ、この話の流れは……。
「じゃあクランの一位は」
「『あいつはやめとけ』」
フィガ公と発言がステレオになった。
「……やばい奴なのカ?」
迅羽の問いに俺とフィガ公が揃って頷く。
あの似非カルト雌狐は……知り合っちまった後ならともかく、会ってないなら会わない方がいい。
「だいたいわかっタ。クラン一位はどの国もやばいのしかいないらしいナ」
『いやいや、そんなことはない…………クマ?』
王国の雌狐、アウト。
皇国のクソ白衣、アウト。
グランバロアのミリオタ、アウト。
レジェンダリアのロリショタ変態仮面、レッドカード。
天地はよく知らないし、黄河も迅羽の口振りからすると駄目そうだ。
おい、マジでまともな奴がいないぞクランの一位。
カルディナ……<セフィロト>のオーナーくらいじゃねえか?
あいつもライオンの群れと暮らすウサギみたいな空恐ろしさはあるが。
っと、そうだカルディナで思い出した。
『話は変わるけどよ。……闘技場の方は誰が動いた?』
俺の質問はそれだけでは不明瞭かもしれなかったが、この二人にはそれで十分だった。
「地下にいた奴は動く前にコア潰して終わったゾ。自爆モンスターダ」
「ドライフの“物理最強”に動きなし。ただ、カルディナの“魔法最強”は動いていたらしい」
らしい?
『不明瞭なのは何でだ?』
「……オレが始末したモンスター、微動だにしなかったからナ。終わってからスキルでその周辺の土を採ってみたのが……これダ」
そう言って迅羽がテーブルに置いたのは小石ほどの大きさの……“小石”に見える何か。
俺はそいつを手にとって、一割の力を込めて握るが……壊れない。
『フンッ』
壊れない“小石”に対して、三割程度の力を込めるとようやく壊れた。
『……あいつが多重強化した拘束魔法に使った土か。こんなもんで周りを固められたら動けなかっただろうな』
体に密着した棺桶みたいなもんだ。
俺も一回やられたからなー……。
「僕はあまり頭が良い方ではないから分からないのだけど、結局あの二人は何をしに来たのかな?」
「オレとお前の試合を観に来たんだロ。……けど“物理最強”はドライフのはずだけド、あの白衣と協力しなかった理由がわかんねーナ」
『…………』
観客席に俺達以外の<超級>が来ていたのは、フィガロと迅羽の試合が始まる前には分かっていた。フィガロにも伝えていたことだ。
それ自体は不思議でもなんでもない。
<超級>が<超級>の手の内を探るのは普通だ。
なにせ、<超級>が何かしようとするなら、競争相手となるのはまず他の<超級>になる。
<UBM>の討伐、特殊イベントのクリア、あるいは戦争。
競う機会は幾らでもあり、他の<超級>の手の内や切り札を知っておくのは決して無駄にならない。
<超級>同士の戦闘なんてイベントがあれば、偵察に来るのは自然だ。むしろドライフやカルディナと同じく近隣国なのにレジェンダリアが来なかった理由が不明とさえ言える。
なお、偵察される二人――フィガロと迅羽もそれは百も承知なので、あの試合でもまだ切り札は切っていないはずだ。
今回使われなかったフィガロの必殺スキルは俺も知らないし、迅羽は必殺スキルを使いこそしたが……まだ何か隠し持っているんだろうな。
ま、それはさておき。
『推測になるが、“物理最強”――【獣王】はフランクリンの計画とは無関係な別の目的でやって来て、逆に“魔法最強”――【地神】はフランクリンのテロを知っていたから来たんじゃねえかな』
「……逆じゃないのカ?」
ま、そう思うよな。
『ドライフどころか西方三国でも最強と言われる【獣王】が今回のフランクリンと協力関係にあったのなら、テロ計画自体が【獣王】を中心とした形になっていたはずだ』
それをああも自前の戦力だけで策を重ねていたんだから、フランクリンは【獣王】を使えなかったってことだろう。
『逆に【地神】はフランクリンの計画を一部妨害している辺り、最初からそのために来ていたとも考えられる。ま、これは【地神】自身ではなくカルディナという国の立場を考えて、だな。あそこはドライフに王国を併合してもらっちゃ困るんだよ。周辺国がバラバラの方がやりやすいからな』
海洋国家のグランバロアを含め五つもの国に囲まれているカルディナにとって、二つの国が一つの大国になることは問題だ。防ぐために手を打つだろう。
ま、最終的に漁夫の利も狙ってんだろうけどさ。
しかし、このギデオンに来たのが【地神】の奴だったってあたりにカルディナ側の本気が見える。
今回、俺が出ていなかったら【地神】の奴が何かやらかしていた可能性だってある。
…………その場合は、最低でも<ジャンド草原>が<ジャンド砂漠>か<ジャンド荒野>、<ジャンド沼地>に改名されていただろうな。
「しかし“物理最強”に“魔法最強”ねェ。オレは直接やりあったことないガ、そこまで大層なものカ?」
「たしか、シュウが【地神】とは戦っていたよね?」
「ああ、その噂は聞いたことあるナ。どっちが勝ったんダ?」
あれは戦争より前だからこっちの時間で一年くらい前だっけな……。
『……引き分け?』
「おい、何で首かしげタ」
『いや、引き分け。ノーコンテスト。無効試合。水入りで途中終了クマー』
「……その対決、何があれば水入りにできるんダ?」
「そろそろ決着つけるか」ってあたりでハンプティと環境担当の管理AIに文句言われたからな。
ま、あれは戦いの余波で神造ダンジョンを一つ潰した俺達が悪かった。
しかし、【地神】か。
『こっちまで来てたなら挨拶くらいしていきゃいいのに』
◇◆◇
□■決闘都市ギデオン東部<クルエラ山岳地帯>
<クルエラ山岳地帯>。
アルター王国と砂漠の大国カルディナの国境地帯の一つであり、決闘都市ギデオンとカルディナの都市を繋ぐ交易路の一つでもある。
朝日が昇るか昇らないかという薄明の時間、この山道には幾つかの竜車の姿があった。
それらはいずれもカルディナの商人の竜車である。
カルディナは砂漠地帯であるため、気温の低い日が昇らない時間から移動を始めて距離を稼ぐ。
そんなカルディナの竜車の中の一台に、一人の男が座っていた。
それは同じ竜車に乗っている商人達とよく似た格好をしていた。
違いがあるとすれば……彼の左手の甲に<マスター>であることを示す刺青があることだろう。
そんな彼は鶏の燻製を挟んだサンドイッチを摘みながら、夜明け前の山林を眺めていた。
「おいしいですね」
彼が食べているその燻製は、昨夜の<超級激突>の観戦で隣の席だった男性からもらったものだ。
テロが終結した後のお祭り騒ぎの際に、彼の店で売っているものだと言って燻製を幾らか持ってきてくれた。
その燻製の残りをパンに挟み、夜食とも朝食ともつかぬ時間にモグモグと食べながら、彼は竜車でカルディナを目指している。
「スモークチキンのサンドイッチ、今度オーナーにもリクエストして作ってもらいましょうか」
自身が所属するクランのオーナーを思い出し、それからふと気づいたように自身のアイテムボックスをゴソゴソと探る。
「えーっと、お土産は……ありますね。マニゴルドの分以外はちゃんとあります。彼に使うお金は一銭もありませんが……今回の戦闘映像だけでも彼には十分でしょう」
フンフンと頷いてから、
「《魔法発動加速》“ノータイム”、《魔法多重発動》“二八”……いえ、“一四三”、 《魔法発動隠蔽》、《魔法射程延長》“八千メテル”――《ボトムレスピット》」
何事かを呟いた。
◆
<クルエラ山岳地帯>の山中で、道行くカルディナ商人の竜車を、山の中腹から眺める集団がいた。
彼らはいずれも左手の甲に紋章を持つ<マスター>の集団であり……<ゴブリンストリート>というPKクランのメンバーだった。
「オーナー、カルディナの商隊のようですが、どうしますか?」
「…………」
<ゴブリンストリート>のオーナーである【強奪王】エルドリッジは瞑目し、考える。
自分達のメンバーの殆どは、現在カルディナから王国に入り、PKやティアン相手の山賊業を営んでいる。
王国内でのことなので、カルディナでは指名手配されていない。
それでも、カルディナの商隊を襲撃し、もし生き残りでも出せばカルディナでも指名手配されるだろう。
しかし同時にこうも考える。
(そろそろ王国から完全に移動する時期かもしれん)
ここに来る前は、王都周辺で活動している最中に“酒池肉林”のレイレイによって不在だったエルドリッジ以外は全滅させられた。
ここに来てからも“応龍”の迅羽によって今度はエルドリッジも含めて全滅している。
迅羽に負けた一件でエルドリッジへの信頼も薄れ、メンバーも王都周辺での全滅時からさらに半減した。
どうにも上手くない。
ならばいっそのこと、大胆に河岸を変えてはどうか、と。
「あの竜車を襲う」
「いいんですか?」
「ああ、この襲撃の後は、グランバロアに……海に出る。今度は山賊ではなく海賊だ」
エルドリッジはそう言って不敵にクランメンバーに笑いかける。
「いくぞ! カルディナとも縁切りだ! ここで荒稼ぎして亡命するぞ!」
エルドリッジのその言葉に、彼にまだついて来ているクランメンバーは意気と共に応じる。
「はい」
「よっしゃあ!」
「俺、この襲撃が成功したら海賊になるんだ」
彼らがそんな言葉を口にした直後、
――落とし穴がぽっかりと彼らの足元に空いた。
「ッ!?」
咄嗟に飛び退くことができたエルドリッジ以外のメンバーは、その落とし穴に落ち……土中に埋葬されてデスペナルティになった。
「何が起きた!?」
答える者がいない山中であったが、エルドリッジはそう叫ばずにはいられなかった。
◆
「一人避けた、と」
竜車に乗った男はそう呟いて、
「じゃあ、次は少し大きめで――」
◆
エルドリッジは山中を駆けていた。
何かが起きている。
また得体の知れない何かが自分達を攻撃している。
それは分かっていても敵の姿も攻撃の兆候も読めない。
迅羽との戦いにもならなかった戦いより、輪をかけて何も分からない。
それでも持ち前のステータスと勘でエルドリッジは逃げ出し、不意におかしなことに気づいた。
「遠い?」
空が遠い。
先ほどよりも空が高く見える。
また、他の山も先ほどより高く見える。
エルドリッジはまだ山を下りてはいなかったので、それを不思議に思っていると……。
――エルドリッジから見える四方の風景が全て土壁になった
いや、正確には異なる。
今起きている……。
「こ、この山が丸ごと地面の中に沈んで……!?」
そう、彼の言うとおり彼のいる山が……それこそエレベーターのように地下へと丸ごと動いていた。
なにをどうすればこんなことが起きえるのかとエルドリッジは考え、
「ま、まさかカルディナの【地――」
――直後、沈降した山は四方八方から押し寄せた土砂で噛み砕かれ、エルドリッジはどうすることもできずにデスペナルティになった。
◆
「……野生動物は先に逃がしていたから、あとは山賊とモンスターだけだっただろうね。あ、レベル上がった。強い人でもいたのかな?」
竜車に乗った男の呟きの直後に土の匂いが風に乗ってきたが、竜車の商人達は誰も気づかなかった。
近くの山が一つなくなっていることに気づかないまま……商人達は雑談を続ける。
「いやぁ、この交易路がまた安全に使えるようになって助かったよ」
「何でも一昨日にこの辺りを根城にしていた山賊団が<マスター>さんに倒されたんだってさぁ。ありがたいこって」
彼らは知らない。
たしかに近辺で最も有名であった<ゴゥズメイズ山賊団>は壊滅したが、未だ多くの山賊団がこの山岳地帯にはひしめいていたことを。
彼らは知らない。
多くの交易品や金銭を所持してカルディナへ向かう彼らを襲おうとしていたPKの山賊団があったことを。
彼らは知らない。
彼らを襲おうとした山賊と、それ以外にも近隣の山々に巣食っていた百を越える山賊が全て、ただ一人の人間の手で瞬く間に“土葬”されたことを。
彼らは知らない。
自分達と同じ竜車に――“魔法最強”と呼ばれる男が乗っていることを。
「あ、そういえばシュウに会っていませんでした。……けど、仕方ありませんね」
“魔法最強”――【地神】ファトゥムは忘れ物を思い出したが、諦めた。
なぜならば……。
「会ったら手合わせしたくなりますからね。けれど」
――さすがにあの街は潰せませんし
自分と彼がやり合えば街の一つは簡単に消える。
そう声に出さず呟いて……人知れず王国に侵入していた“魔法最強”は王国を去った。
To be continued
次回の更新は明日の21:00です。
(=ↀωↀ=)<<ゴブリンストリート>、都合三度目の<超級>遭遇による壊滅
( ̄(エ) ̄)<呪われてんのかあいつら




