第三十話 これでは終わらない
■???
ギデオンが歓声に沸く。
フランクリンが予告した刻限になっても、ギデオンの街にモンスターが解放される様子はない。
ギデオンの民衆は喜び、それを成した者達を賞賛した。
逆に、フランクリンに与するPKは失敗を嘆くか、フランクリンの不甲斐なさを侮蔑した。
殆どの反応はそのどちらかであったが……ギデオンの中にいくらかの例外があった。
一人はユーゴー。
フランクリンの身内であるために、次に何をするのか知っていた。
そして数名の実力者も確信していた。
これでは終わらない、と。
◆◆◆
【大教授】Mr.フランクリンは今宵、ドライフ皇国の宰相派と練った計画を実行している。
同時に、レイ・スターリングへ個人的な雪辱戦を挑んだ。
自身の計画を打ち崩したルーキーを、完全な対策を施した改造モンスターで打ち倒し、ギデオンに氾濫するモンスターによって自身の無力さを見せつけて心を折る。そのはずだった。
しかし、雪辱戦の結果は無残なものだ。
今、フランクリンの眼下では一億リルの巨費を投じて作成した対レイ・スターリング用の純竜クラス改造モンスター【RSK】が塵になっている。
そう、フランクリンはレイ・スターリングに二度敗北した。
想定外の……いや、想定することは出来た要素が複数積み重なった結果だ。
フランクリンはどうすべきだったのか考える。
どうすれば今回の縛りプレイでレイ・スターリングを打倒できたのかと考える。
いくつか案は浮かんだが、それを実行しても超えられる気がした。
それは、相手がレイ・スターリングだからだ。
レベル0の時点で上級職に匹敵する亜竜クラスの【デミドラグワーム】を倒した。
<UBM>である【大瘴鬼 ガルドランダ】に挑み、打倒。
ギデオンでは悪名高きゴゥズメイズ山賊団の首魁を討ち、それらの怨念が<UBM>と化した【怨霊牛馬 ゴゥズメイズ】を撃破している。
既に幾多の奇跡を起こしたルーキー。
今ここで奇跡が起きる可能性は十二分にあり、フランクリン自身もその可能性を頭の片隅に置いていた。
もっともフランクリンの予想は「都合よく第三形態に進化するのではないか」というものであったが。
今、【RSK】を倒されたフランクリンは考える。
――自分の目論見を潰し、負かした相手とはいえ相手はルーキーだ
――ルーキーに全力を費やすのはあまりにも大人気がない
――それに身内が世話にもなった
――だから“純竜クラス一匹分”のコストの改造モンスターで相手をしよう
――そんな風に考えていた自分が大バカだった
突き詰めれば「最初から縛りプレイなんて考えなければよかった」、という後悔。
――私は一度だって負けたくないのに、二度も負かされた
――しかも対策を打った上で負かされた
――許容できない
――許せない
――全力で“殺して”やる
ドライフ皇国の<超級>であるフランクリンは、この時点で決意していた。
自分にとって最大の敵は同国他派の【獣王】や【魔将軍】ではなく、王国の四人の<超級>ではなく、カルディナの誇る最強のクラン<セフィロト>の九人の<超級>でもない。
コイツだ、と。
ルーキーのレイ・スターリングこそが<Infinite Dendrogram>において最小にして最大の仇敵だと、フランクリンは判断した。
―― 次は、何の躊躇も制限もなく、対<超級>決戦用改造モンスター【MGD】――【メカニクス・ゴッド・ディラン】で塵にしてやる
だが、それは次の話だ。
【MGD】はまだ完成していないし、今のフランクリンには他にすべきことがある。
レイ・スターリングへの雪辱戦はあくまでフランクリンの個人的感傷であり、皇国の<超級>として宰相に任された役割は他にあるのだから。
そう考えて冷静さを取り戻したフランクリンが最初に起こした行動。
それは……。
◆◆◆
□<ジャンド草原>
相打ちとも言える形で【RSK】を撃破し、ギデオンの人々に勝利を宣言したレイ。
しかし、彼にとってもそこが限界であり、気を失ってそのまま仰向けに倒れこんだ。
「レイ!」
黒大剣から人へと変じたネメシスがその体を支える。
リリアーナやリンドス卿、他にも戦線に復帰した近衛騎士団の【聖騎士】がレイの周囲に駆けつける。
「レイさん、大丈夫ですか!! 《フォースヒール》!」
「MPに余裕がある者は交代で彼や、復帰できていない騎士団員の回復を! それ以外の者は私と共に姿を消したフランクリンと攫われたエリザベート殿下の捜索も行う! 絶対にあの男を逃がすな!」
「「「了解!」」」
リンドス卿の指示で近衛騎士団が散る。
レイの傍にはリリアーナと二名ほどの近衛騎士団員が残った。
リリアーナはレイに回復魔法を掛けながら……苦い顔をする。
「体力は回復できる……けれど」
その視線の先にあるのはレイの左腕。
今はもう【火傷】を通り越し、【炭化】してしまった左腕だ。
これほどの重篤な傷痍系状態異常は上級職の回復魔法でも完治は難しい。
あの【聖騎士】の天敵とも呼べる怪物【RSK】を倒す対価として、重大なものを差し出した形だ。
不幸中の幸いといえば、<マスター>であるレイはデスペナルティからの復活時には全ての状態異常が完治することであろうか。
レイがそれを望むかは別として、だが。
「今は命を繋いでほしい。レイもここで退場するのは不本意だろうからの」
「ええ、わかっています」
そうしてリリアーナ達がレイの治療を続けていると――不意にどこからか拍手の音が降りかかった。
「!」
ネメシスとリリアーナがその音の発生源を探れば、空中にいつの間にかプロジェクターの如く立体映像が映し出されていた。
ネメシスたちには知る由もなかったが、それは街中に投影されているものと同じ映像。
今、そこにはフランクリンの姿が映し出されていた。
『中継をご覧の皆様、見えましたでしょうかねぇ? 私の作成したモンスターは哀れにも撃破されてしまいました。悲しいことですねぇ。いえいえ、ここはまずそれを成した【聖騎士】諸君に拍手を送ろうではありませんか。はい拍手拍手』
フランクリンはそう言って拍手をする。
しかしこの場に他に拍手をする者がいるはずもない。
むしろ、中継先の歓声すらもフランクリンの行動によって静まり返っていた。
『はい。まずはおめでとうございます。現在は当初のモンスター解放予定時刻より251秒経過しておりますねぇ。あー、やっぱりリモコンは壊れたみたいですねぇ。改造モンスターが解放されていないようです』
フランクリンは額に手を当てて無念そうに首を振る。
それから懐に手を伸ばし、
『はい、こちら予備のリモコンでございます』
先ほどのものによく似たリモコン装置を取り出した。
「貴、様……!」
『ハハハハハ、現場の人は『今までの戦いは何だったんだ』って顔してますねぇ? 中継先の人達もそうでしょう?』
怒りを込めたネメシスの言葉を遮るように、フランクリンは言葉を発する。
『今までの戦い? ただの余興兼雪辱戦ですけど? やだなぁ、故障したときのために予備くらい作りますよ。大事なものなんですから』
そう言って再びニヤニヤとした笑みを顔に貼り付ける。
『ちなみにこちらタイマー機能ないんですよねー。だから押しちゃいますねぇ。ポチポチポチポチ』
そしてフランクリンは何でもないことのように――ギデオンに仕込まれた五百体のモンスターの解放装置を起動させた。
「フランクリンッ!!」
ネメシスが怒りの声を上げるが、それに構う様子もない。
『ハハハハハ、君らの戦いはイイ余興だったよ。うん、結果は面白くはなかったけど今の君を見ていると愉快だった気がしてくる。レイ君が起きていればもっと良かった。どんな顔を見せてくれたのかねぇ』
そうしてフランクリンは嗤う。
リリアーナはフランクリンを一度だけ睨み、それから部下の団員に「レイさんの治療の継続をお願いします」と伝えて立ち上がる。
『おや、副団長閣下は今から救援に行く気かい? それともここで私を倒す気かな? その満身創痍で? 頑張るねぇ。でもダメ、《喚起――【DGF】、【KOS】》』
フランクリンは右手のジュエルを掲げて、その内部から二体のモンスターを呼び出す。
その二体は、ネメシス達のすぐ傍に出現した。
一体は全身から赤いオーラを漲らせるパキケファロサウルスの如き恐竜、【DGF】。
もう一体は闘技場でフランクリンが呼び出した【オキシジェンスライム】を数倍化したような巨大な青いスライム、【KOS】。
「…………こやつ、ら!」
行く手を阻むその二体を見てネメシスは直感した。
この二体が、今苦心の末に撃破した【RSK】よりも遥かに強力なモンスターである、と。
『何も不思議なことはないよねぇ? 私は超級職【大教授】であり<超級>。私の手駒が【RSK】一匹の訳はないし、あれが一番強いわけでもない。むしろ一品物の改造モンスターの中では弱い部類だよ? あれは純竜クラスだけど、こいつらはそれ以上。戦闘系超級職の<マスター>や伝説級の<UBM>くらいの戦闘力はあるからねぇ』
『君達もうっすらと予感してたんじゃないかなぁ?』、とフランクリンは言葉を続ける。
『【RSK】を使ったのは単に、レイ君に亜竜クラスの【デミドラグワーム】を倒されたから、今度は純竜クラス一匹分のコストで仕返ししてやろうかと思っただけだよ。対策を万全にして完膚なきまでに圧し折ってやろうとはしたけどねぇ。結果は……また負けたけれど』
フランクリンはそう言って溜息をつき……笑みを浮かべずに宣言した。
『そう、私はレイ君に二戦二敗している。この借りと屈辱はいずれ必ず返却するわ』
「…………」
その宣言を受けて、ネメシスも実感する。
あの【RSK】も、フランクリンにしてみれば戯れの範疇であった、と。
大人気ないように思われたレイへの対策を施しながらまだ甘さがあった、と。
しかし今、二回目の敗北を喫したフランクリンには最早甘さなどない。
百人に満たない最強のプレイヤー層、<超級>に名を連ねる者がレイを敵と見定めていた。
『けれど、それはそれとして今夜の計画まで負けるつもりはないんだよねぇ。さぁて、街はどうなってるかねぇ。この子らと比べたら見劣りするけど、街の中のモンスターもそれなりに厄介な奴を何体か混ぜて…………?』
街へと視線を向けたフランクリンが不思議そうに首を傾げる。
ネメシスもまた、フランクリンが何を疑問に思っているかに気づいた。
――ギデオンが静か過ぎる。
五百体のモンスターが放たれたにしては、あまりにも静か。
多少の戦闘音は聞こえてくるが、非常に散発的だ。
『……一部しか解放されていない?』
フランクリンは手元のスイッチを再度押下するが、ギデオンの様子に変化はない。
『リモコンの作動不良じゃない。そうなると装置側に何か問題が…………』
そこで、フランクリンは思い出す。
街中に隠し、設置した無数の装置。
それをどうにかできる存在を、フランクリンは今宵目撃していた。
それは、黒い靄に包まれた男か女かも不明瞭な人物。
その名は……。
◇◆◇
□ギデオン市街地某所
「あー、間に合ってよかった」
路地の片隅に腰を下ろし、空中に投影される映像を見ながらある人物が独り言の後に大きく息をついた。
その人物――<超級殺し>マリー・アドラーの隣には大きな袋があり、中身がぎっしりと詰まっている。
袋の中身はジュエルが埋め込まれた機械のようなもの。
それが大量に“壊れた状態で”詰め込まれていた。
それはフランクリンが街中に設置していたモンスター解放装置。
【奏楽王】ベルドルベルとの戦いの後にマリーが街中を駆け回って集めたものだった。
この計画の要とも言える解放装置は、当然ながら計画の決行まで隠されていなければならなかった。
ゆえに、フランクリンの作成した装置には遠隔操作でジュエルの中のモンスターを解放する機能と併せ、高度な《隠蔽》の機能も備わっていた。
設置から数日経っても不審物として発見されていなかったことからもその性能は確かだった。
しかし……。
「生憎、ボクは隠れるのも見つけるのも得意なんですよね」
マリーは隠密系統超級職【絶影】。
隠密系統は《隠蔽》に精通する。
それは自分が行うだけでなく、他者の《隠蔽》を見破ることにも通じているということ。
マリーが極めた《隠蔽感知》のスキルは、フランクリンが逃走に用いた【ナイトラウンジ】の《隠蔽》さえも見破っている。
また、その際に《隠蔽感知》を使用していたことで街中にモンスター解放装置が《隠蔽》されていることにもマリーは気づいていた。
ゆえに彼女は戦いの後、《隠蔽感知》を駆使しつつ、街中を駆け回って隠された装置を集め、壊して回った。
そうして処理された装置の総数は403。
設置されたものの80%以上を回収し、破壊している。
既にフライングで解放され、倒されたモンスターを除けば残りは数匹いるかどうかであろう。
もっとも、この結果は彼女の力だけではない。
レイ達が【RSK】と戦い、撃破して得た時間があればこそ、被害を最小限に出来たのだ。
そしてこの結果にはもう一つの意味があった。
闘技場にいる上級以上の<マスター>が外に出られるようになったということだ。
彼らが出られなかった理由は、結界への攻撃によるモンスター解放を恐れたため。
その心配がなくなった以上、いま少しの時間で結界を破り反撃に打って出るだろう。
いずれにせよ、此処にフランクリンの計画は瓦解した
――かに思われた。
◆◆◆
数名の実力者は知っている。
彼らは<超級>の規格外さを知っている。
フランクリンの執念深さと周到さを知っている。
だから、数名の実力者は確信していた。
これでは終わらない、と。
To be continued
次回の更新は明日の21:00です。




