第二十八話 垣間見える奇跡
□【聖騎士】レイ・スターリング
<超級>が俺を倒すためだけに創ったモンスター【RSK】。
「なるほどな、リリアーナ達が苦戦しているのは【聖騎士】だからか……」
俺と同じジョブだから、俺への対策がそのまま当て嵌まってしまう。不幸な一致だ。
仮に彼女達が【聖騎士】でなければフランクリンも別のモンスターを出しただけだとは思うが。
……あいつ、今も追加でモンスターを出そうと思えば出せるんだよな。
ただ、“俺の心を折って完膚なきまでに負かす”ことと、“街を守る人間が一体のモンスターに成す術もなくやられる”って構図の都合で出してこないだけだ。
【RSK】を倒しても、追加でまたモンスターを出すだろう。
しかしそれでも、【RSK】を倒せば都市に仕掛けられたモンスターの解放は阻止できるし、バリアが消えれば王女を助けるチャンスも生まれる。
「つまり、今すべきことは変わらない。【RSK】を……【レイ・スターリング・キラー】なんてバカみたいな名前のクソモンスターを倒すだけだ」
『そのためには、何ゆえ《復讐するは我にあり》が通じなかったのかを知らなければならぬのぅ……』
「それはもう予想がついてる」
『え?』
「今からそいつを確かめる」
俺は手綱を引き――シルバーの動きを止める。
『レイ!?』
俺は右目を瞑り、左目だけを開く。
静止した状態で、急所への直撃を避けるために左手で顔を覆い、その隙間から目線だけは【RSK】へと向ける。
奴は今も亀裂から光と共に無数の光弾を撃ち続けている。
当然、そんな奴を直視すれば突き刺す光で目が灼ける。太陽を望遠鏡で直視し続けるようなものだ。
だが、俺は左目の網膜が焼きついても構わず、光の発生源……奴の亀裂の奥底にあるものを見ようとする。
文字通り目を灼く光の中で実像はまるで見えない。だがそれでも、見えるはずのものを見るために目を開け続ける。
そこに、必ずあるものを確信して。
そして――
「そうだと思ったよ」
俺がそれを確認すると同時に、光弾が俺に命中する。
先刻食らったダメージと合わせて、HPは五割を切った。
「レイさん! 《フォースヒール》ッ!」
攻撃を受けた俺に、リリアーナが少し離れた場所から回復魔法をかけてくれる。
俺が使えるものよりも高度な回復魔法によって俺のHPはすぐに九割程度まで回復する。
『レイ……このバカ! 半ば自殺行為だぞ!?』
「レイさん! 幾らなんでもさっきの行動は危険すぎます!」
ああ、ステレオでめっちゃくちゃ怒られてる。
「ごめん……けど、その甲斐はちゃんとあったよ。見えたから」
リリアーナの回復魔法でもまだ左目は回復していない。
しかし、その対価としては十分なものを得た。
「光の中に名前が見えた」
『名前?』
「あの光る亀裂の中に、【RSK】とは違うモンスターの名前表示が、ボンヤリとだが見えた」
『それは、まさか……』
「――【RSK】は一体じゃない。俺達を攻撃しているのは、別のモンスターだ」
◆◆◆
<Infinite Dendrogram>には【邪神の落とし子】と呼ばれるモンスターが存在する。
彼らの種族としての特徴は、“種族として特定の形状を持たないこと”である。
スライム種のように不定形というわけではない。
【邪神の落とし子】は、肉体の部位や器官を自在に生やせるモンスター。
生まれたときは一様に肉の球体。
しかしそこから環境に応じて“生やす”部位を変化させる。
外敵の多い地域では危険を察知するために無数の耳目を備えたものに。
断崖の多い地域では岩壁を掴むために無数の手を備えたものに。
必要に応じてとはいえ、自身の細胞を分化させて体器官を数多生やす様は人間の美観に則れば正視に耐えるものではない。
また、狙いやすい獲物として子供――動物だけでなく人間や【邪神の落とし子】の幼体さえも含む――を食らう習性も合わさり、【邪神の落とし子】の名で呼ばれ、忌避されているモンスターだ。
フランクリンは【RSK】を作成する際、【邪神の落とし子】の体器官を分化させる能力をベースにすることを考えた。
【邪神の落とし子】が体器官として分化できるのは耳目や手足などに限らず、光弾を発射する攻撃器官なども生やせる。
フランクリンはそれをもう一段押し進めた。
攻撃器官として、“別のモンスターを生み出す”能力へと改造したのだ。
分化して生やした攻撃器官が【RSK】の一部ではなく、【RSK】とは別のモンスターであると認識されるほどに分化を強化する。
さらに、そうして作り上げた攻撃器官モンスターが別個体でありながら【RSK】の完全な指揮下に入るように調整した。
普通ならばそこまで原型と変えたモンスターの作成は《モンスター・クリエイション》ではできない。
《モンスター・クリエイション》は研究者系統のスキルであり、基本的にはモンスターの素材を大量に集めて同種のモンスターを作成するもの。
作成する際に追加の素材で多少のステータス変更やスキルの追加は出来るが、振れ幅は少ない。
だが、フランクリンが有する<超級エンブリオ>パンデモニウムの必殺スキル、《改胎神所》はそれを可能にした。
結果として生まれたのは……攻撃器官モンスター生成スキル《眷属生成》と数多の無効化スキルを持ち、本体は何もしないモンスター【RSK】である。
攻撃器官を別のモンスターとすることに意味はない。
無効化スキルも無効化されない属性で攻めれば問題はない。
ゆえに、手は込んでいても【RSK】はただの純竜クラスモンスターだ。
――ある一人の<マスター>を除けば。
◇◇◇
「別の、モンスター? けれど、フランクリンの《喚起》では【RSK】一体しか呼ばれていませんでした」
「じゃあ召喚された後であの目蓋の中にモンスターを生み出したんじゃないか。植物系モンスターでも仲間を増やす奴はいるしな」
株分け、あるいは種子を飛ばしてモンスターを作るモンスターは、ギデオンに来るまでの道程で何度か見た。
「それに何の意味が……」
「ああ、普通は変わらないよ。あいつ自身がそれをやっていても、他のモンスターが攻撃していても、起きることは変わらない」
だが、その手段の違いは俺にだけは……俺とネメシスにだけは決定的な違いになる。
「あの【レイ・スターリング・キラー】は俺を倒すためのモンスター。そして俺とネメシスの切り札は相手から受けたダメージを叩き返すカウンターの《復讐するは我にあり》」
そう、つまり……。
「ダメージを相手に叩き返すスキルは――“そいつ自身が攻撃してこなければ何の効果も発揮しない”んだからな。俺達に対抗するのに、何もしない以上の手はない」
それが不発の理由。
俺達にダメージを与えているのはあくまで【RSK】の作ったモンスターであり、【RSK】ではない。
だから《復讐するは我にあり》を使えない、と言うよりも使っても意味がない。
0のダメージをいくら倍加しても、0だ。
付け加えれば、あの発光は複数のモンスターの集合体であるということを視覚的に隠蔽するためだろう。
「ふ、む」
ともあれ種は割れた。
《復讐するは我にあり》では【RSK】を倒せないし、攻撃用のモンスターを幾ら倒してもまた生み出してくるだろう。
「絶望の再確認は済んだかい?」
「フランクリン……」
「いやぁ、早いねぇ。もっと状況が理解できずに慌てふためくかと思ったよ。まぁ、理解できても意味はないんだけどねぇ!」
そう言ってフランクリンはまた嗤う。
たしかに奴の言うとおり、【RSK】の手品の種が分かったところで意味はない。
それは事実だ。
だが……。
「俺達の《復讐》が効かない理由があって安心したよ」
「……安心?」
俺の言葉に、フランクリンが笑みを消し、眉根を顰める。
「<超級>のお前でも、理由なく無敵のモンスターなんて創れなかったわけだからな」
「…………」
プレイヤーの、<マスター>の、<エンブリオ>の到達点。
最終第七形態へと到達した百人足らずの最強層。
そんな相手でも、無敵の存在は作れなかった。
「なら手の打ちようはある。たとえ零に限りなく近くとも……可能性がそこにあるのならそれを掴むことを諦めはしない」
かつて兄が教えてくれた言葉を、【ゴゥズメイズ】との戦いで思い返した言葉を口にする。
「クハッ、諦めないのは構わないが残り時間は270秒を切ったよ。四分少々で何ができる?」
俺は【黒大剣】のネメシスを構え、【RSK】に向ける。
「あいつに勝てるさ」
「……フン」
さて、あと四分か。
こっちにはいまだ有効打なし。
リリアーナやリンドス卿も同様。
《復讐するは我にあり》だけでなく《煉獄火炎》も効かない。
状態異常系スキルは使ってこないから《逆転は翻る旗の如く》も使えないし、【RSK】の周りに人が倒れているからこっちも《地獄瘴気》は使えない。
いや、あいつの言葉が正しければ使っても効かないんだったか。
「……?」
――《復讐するは我にあり》は効かない。
――状態異常なんて与えない。
――《煉獄火炎》は効かない。
――《地獄瘴気》は効かない。
――《聖別の銀光》も効かない。
――もし仮に《グランドクロス》が使えるようになっても効かない。
フランクリンの言葉だ。
フランクリンの言葉だが……この言葉には二つほど穴がある。
一つは、俺の持つスキルを“効かない”とわざわざ宣言していること。
言わずにおけば、俺がそのスキルを試した分だけこっちの残り時間を無為に出来る。
俺が一つ一つ持ちえる手を試して、それが効かなかった様を楽しむこともできるだろう。
それを……わざわざ口にする?
ただ興が乗って口を滑らせただけなのか、あるいは別の理由があるのか。
もう一つは……あいつの打った対策が万全ではないこと。
「……ああ、そうか。二十四時間、とか言っていたよな」
俺の情報を送信していた【PSS】の維持期間は昨日の朝から二十四時間。
それなら、知らなくても不思議じゃない。
だが、この一つだけじゃ恐らくあれには勝てない……いや。
先に挙げた奴の発言の穴と複合して考えると……いけるか。
『レイ?』
「起死回生の手が一つある。多分、フランクリンは知らない」
『……“あれ”か』
「“あれ”だ。“あれ”ともう一つ賭けを重ねれば、あれに勝てるかもしれない。読みが外れたときのリスクはでかいけどな」
恐らく、半ば自爆の形で負けるだろう。
『このまま負けること以上のリスクがあるか?』
「違いない。だけど、まだ問題がある」
俺は【RSK】を……【RSK】の足元を見据える。そこには【RSK】に倒された近衛騎士団が何人か倒れていた。
彼らを何とか助けない限り、この手は使えない。
俺が彼らを助けるため動こうとしたとき、
「何か手があるのだな?」
【RSK】と戦っていたリンドス卿が俺に声をかけてきた。
「一か八かってところだけど……上手くいけば、モンスター解放のリミットはどうにかできますね」
「私に何か手伝えることは?」
その言葉を聞いたとき、俺は自分でも目が丸くなるのを感じた。
この人と会ったのは昨日と今朝の二回だけだけれど、あまり<マスター>に良い感情を持っていないように思えたから。
「……何を言いたいかは分かる。だが、私個人の好む好まないなど些細なことだ。大事は」
「ギデオンの人達と王女様、ですよね」
「左様だ」
そう言ってリンドス卿はフッと笑った。
俺もまた、笑って答える。
「それで、私やグランドリア卿にできることは?」
「二分以内に、【RSK】の足元の近衛騎士団の人達を移動させてください。最低でも百メートル……メテルは」
恐らく、“溜め”で二分は掛かる。
「それと、あいつをあそこから動かさないで。そして、俺が近づいたら絶対に離れてください」
そうでないと、やばい。
「存外指示が多いな。だが心得た。聞こえましたな! グランドリア卿!」
「はい! 救助は任せてください!」
「ならば私が動きを止めよう!」
そう言って二人は【RSK】の足元へと移動する。
リリアーナは【RSK】の光弾を掻い潜りながら近衛騎士団の人達を助け、リンドス卿は一人で【RSK】を足止めしている。
俺より熟達した【聖騎士】である二人の動きに、素直に感動を覚えた。
「俺達もやるぞ……シルバーッ!」
俺の声に応え、シルバーが嘶く。
そして――
「《風蹄》……発動!!」
俺はシルバー――【煌玉馬 白銀之風】の装備スキルを起動させた。
To be continued
次回の更新は本日の22:00です。
( ̄(エ) ̄)<二話、更新、クマー!
(=ↀωↀ=)<息が上がってますよー




