第二十五話 魔人VSマジン
□西門周辺
時間は僅かに遡る。
決闘都市ギデオン西門。
決闘都市ギデオンとフィールドマップ<ジャンド草原>を繋ぐ出入り口であり、街全体を覆う対空結界を抜けるための四つしかない出口の一つ。
その西門に数十の<マスター>の氷像が立ち並び、【女衒】ルーク・ホームズと【高位操縦士】ユーゴー・レセップスの戦闘が繰り広げられている。
しかし、西門で起きている戦いはそれだけではなかった。
「霞! 壁サモン割れた!」
「再構成の、リキャストまで、あと……55秒」
それはレイやルークに同行した三人の少女。ルーキーの<マスター>である霞、イオ、ふじのんの三人の戦い。
彼女らと対するは――肉食恐竜のようなモンスターだった。
『VAGUUAAAAAAAAAA!!』
【PBS】と名前が表示されているそれは、牙を剥き出しながら前衛を務めるイオに突進する。
「ティラノ、サウルス……?」
「どちらかと言えばアロサウルスに見えますね」
「言ってる場合じゃないってー! こいつ絶対やばいってー! コイツも絶対亜竜クラスより強いってー! ふじのんなんとかしてー!」
「了解。私が止める……アルマゲスト」
イオの後方に位置するふじのんが先端に回転する球体の嵌った杖――<エンブリオ>アルマゲストを構える。
「《マッドクラップ》、及び《星写し》を三重展開」
宣言の直後にふじのんの足元に魔法陣が一つ。
その魔法陣を中心に衛星の如く回る三つの魔法陣が展開する。
「起動」
彼女の言葉と共に衛星の魔法陣の一つが弾ける。
直後、【PBS】の足元の石畳と土が粘液の如く動き、その足を掴む。
【PBS】は突進していた勢いのままにその拘束を引きちぎるが、体勢を崩して激しく転ぶ。
「起動、起動、起動」
残る二つの衛星魔法陣と足元の魔法陣も弾ける。
すると、【PBS】が倒れこんだ周囲の地面が三箇所同時に粘液化し、【PBS】の体を拘束する。
ふじのんの<エンブリオ>、アルマゲスト。
星を象った球体が付属した杖のTYPE:アームズ。
その能力特性は自身が使用した魔法のコピーアンドペースト。
自身が使用した魔法を最大三つまで衛星魔法陣としてコピーし、任意のタイミングで放つことが出来る。
欠点としては衛星魔法陣がある状態では本人が身動きを取れないこと。
天動説の代名詞たるアルマゲストの名を冠する<エンブリオ>らしいデメリットとも言える。
ふじのんが使用した《マッドクラップ》は地属性の下級拘束魔法だが、それも複数重ねれば、亜竜クラスの強化改造モンスターである【PBS】の動きを数秒程度は止めることが出来る。
そうして出来た間隙に、
「イオ!」
「オッケー! ブチ割るよー! ゴリン、モード【断砕】!!」
――五メートル以上の柄と数トンはあろうかという巨大な片刃を併せた大斧を持ったイオが突撃する。
「どっせーい!!」
イオは身動きできない【PBS】の延髄に超重の斧を全身全霊で振り下ろす。
中世の処刑人か神話の怪物の如く、斧の刃は肉食恐竜の首を裂き、頚椎を砕き、喉を通り、勢いあまって石畳の地面を広範に渡って破壊した。
さしもの改造モンスターといえど、首を断ち切られては生存できず、すぐに塵になってドロップアイテムを残して消滅した。
「よっしゃー! っとぉ!」
「イオちゃん、後ろの上……!」
「先刻承知だぁ!! モード【粉砕】ッ!!」
イオは振り向きざまにその視線を自らの後方上空――夜闇に乗じて飛来するプテラノドンに似たモンスターへと向ける。
同時に、イオの握り締めた武器――<エンブリオ>ゴリンが変形する。
柄の長さは五分の一に、代わりに柄の先端から二十メートルはあろうかという鎖が伸び、その先端にはイオ自身よりも遥かに体積の勝るトゲ付き鉄球が形成される。
イオの<エンブリオ>、ゴリン。
複数の形態へと変形する超重武器のTYPE:アームズ。
片刃斧のモード【断砕】、巨大鉄球のモード【粉砕】など様々な超重超硬の武器へと変形する。
レイのネメシス同様に使用者は重量を感じない特性もあり、純粋な攻撃力に特化した<エンブリオ>である。
欠点は巨大武器であるために重量を感じずとも動作は遅く、命中率が低いこと。
イオは巨大鉄球へと変形したゴリンを、自らへと迫るプテラノドン型のモンスターへと振り回す。
プテラノドン型のモンスターはそれを回避しようと試みるが、空中で唐突に何者かに掴まれた。
『BOBOBOBOBO……』
それはマシュマロマンにも似た風船の巨人。
<Infinite Dendrogram>においては【バルーンゴーレム】と呼ばれている召喚モンスターだ。
「押さえて……バルルン」
霞は【召喚師】のジョブに就いている。
【召喚師】は自身の魔力で戦闘の都度モンスターの体を形成し、使役するジョブ。
【バルーンゴーレム】は霞の手持ちの一体であり、《物理攻撃耐性》と《浮遊能力》を持つ壁役だ。
ゆえに呼び出したこと自体に不思議はなく、不思議なのは……バルルンが唐突にプテラノドンの背後へと現れたことである。
そしてそれは霞のタイキョクズの力だった。
霞の<エンブリオ>、タイキョクズ。
<マスター>の位置を探るレーダー型のTYPE:アームズ。
欠点は直接戦闘能力を一切持っていないこと。
しかしタイキョクズにはレーダー機能以外にもう一つ固有能力がある。
それは、自身のキャパシティ内の従魔、あるいは召喚モンスターを地図内の任意の地点に瞬間移動させる能力。
自身から離れるほど消費するMPが増大するが、50メートル以内であれば然程の消費にもならない。
バルルンに押さえ込まれて身動きの取れないプテラノドン。
そこへ――
「ヒィィィッッットォォ!!」
イオの振り回したモーニングスターが直撃し、プテラノドンの全身の骨格を粉砕し、肉を潰した。
そのダメージでプテラノドンは即死し、【PBS】同様にアイテムだけ遺して塵へと還った。
「これで五匹目ー!」
「やった……ね……」
霞とふじのんが足止めと拘束に全力を注ぎ、上級クラスの攻撃力を持つイオが攻撃をクリティカルヒットさせる。
このコンビネーションで彼女達三人は、西門へと集結してくる亜竜クラスのモンスターを五体討伐していた。
亜竜クラスが下級職一パーティ六人相当の戦力であることを考えれば相当の物だ。
<マスター>の場合は<エンブリオ>の能力が加味されるため、必ずしも亜竜クラスに要する戦力は下級職六人ではないがそれでも彼女達の戦果は大きい。
それは三人それぞれがお互いの特性を熟知し、欠点をカバーしながら長所を重ねているからだ。
レイやルークといった例外を除けば、中央闘技場から出陣したルーキーの中では彼女達が最も総合戦闘力に優れている。
そうでなければ、続々と集結する亜竜クラスの改造モンスターを退けることは出来なかっただろう。
「ふぃー、ようやく一息つけるよー!」
「だめ……まだ……ルーク君……戦ってるから……援護……」
そう、彼女達は本来ならルークとユーゴーの戦闘開始時点で援護に出るはずだった。
しかし、一匹目のモンスターが西門へと姿を現し、そちらへの対応に出ざるを得なくなって今に至っている。
「そうだったー! どうなってる!?」
「何やら立ち止まり、話をしている。ここからでは聞き取れないな」
「よし! アタシのモード【爆砕】で……」
イオがそう言ってゴリンを第三形態へと変形させようとするが、それを霞とふじのんの二人が止める。
「だ……め……」
「その通りだ。今攻撃するのは悪手と見た。少し様子を見よう。霞、周囲に他の<マスター>の反応は?」
「ない……よ。外のレイさんも……まだ……大丈夫。…………フランクリンも……いるけど」
「そうか」
「よーしっ! 今のうちにドロップアイテム拾っちゃうぞー! 亜竜クラスだからガッポリだー!」
イオはそう言って周辺に落ちているアイテムを拾いに走った。
「イオちゃん……また何か来るかも……しれないから……注意……」
「分配は市場売却金額の頭割りねー! あ、ボス箱からアタシが装備できそうな鎧とか出たら欲しいかもー! 【蛮戦士】だから装備できるのが少なくてー!」
「聞いて……くれない……よぅ」
イオはアイテム拾いに夢中になり、霞はそれを涙目で見ている。
そしてふじのんだけが、ある疑問に行き当たっていた。
「ドロップアイテム……? 待て、そもそもどうして……アイテムが出る? テイムモンスターは、倒してもアイテムドロップはしないシステムだろう?」
それは本来ならありえないことに対する疑問。
テイムされ、人の支配下にあるモンスターは倒されてもアイテムをドロップしないという、この<Infinite Dendrogram>のシステム的なルールの一つ。
「それ以前に、普通は致命ダメージを受ける前にジュエルに戻す設定にしているはずだ。その設定をあえて外しているのだとしても、やはりアイテムが落ちる理屈が……」
あれらのモンスターがフランクリンの手により作成され、支配下に置かれたモンスターであることは間違いない。
だからこそ、王国側の<マスター>であるふじのん達を排しようとしていたのだから。
「もしや、あれらはテイムモンスターでなく、命令ですらなく……作成段階で刷り込まれ……だとしたらフランクリンがやったことは……まさか、そんなことをすれば……」
ふじのんの脳内である推測が形になろうとしていたとき、
――――――■■!!
空気が破断するような激突音が響き渡った。
その音に、霞、イオ、ふじのんの三人は振り返る。
それは氷の地獄……《地獄門》の内部から発せられた轟音。
激発した<マジンギア>が動き、ルークに向かって全力でブレードを振り下ろしたゆえの衝撃音。
音の後、その地獄の中のどこにも銀髪の美少年の……ルークの姿はなかった。
ルークだけでなく、彼が連れていた<エンブリオ>のバビの姿も、従魔のマリリンの姿もない。
ルークが倒されたことによって、<エンブリオ>も従魔も消えた。
三人はそう思ってから、気づく。
「誰?」
霞の疑問の声が、静寂の世界に流れる。
ルーク達の三つの影はそこにない。
代わりに――見知らぬ誰かがそこに立っていた。
◇◇◇
『何が……起きている?』
この場において、ユーゴーは誰よりも疑問を抱いていた。
敵対するルークの言葉に激高し、ブレードを振り下ろした。
だが、ルークに放ったブレードは受け止められている。
目の前の誰かが右手に持った長柄の得物で、人外の力を持つ<マジンギア>のブレードが受け止められていた。
目の前の誰か――ルークではない何者かに。
背には悪魔の翼。
体には竜の鱗。
頭部には悪魔の角。
右手には竜の角を三つ束ねた銀色の突撃槍。
それはあの銀髪の美少年が数年を経たような顔の……見知らぬ美丈夫。
『誰だ……君は!?』
ユーゴーが誰何すると、ソレは薄く微笑んで……答えた。
「《ユニオン・ジャック――“竜魔人”》」
『ッ!』
美丈夫――“竜魔人”はそう名乗り、<マジンギア>に肉薄して蹴り飛ばした。
十トンを超える重量を持つはずの<マジンギア>。
その足が地から離れ、後方へと数メートルも蹴り飛ばされている。
『クッ……!』
ユーゴーが驚愕と物理的衝撃から体勢を立て直そうと着地。
それと同時に、<マジンギア>の懐へと入り込んでいた“竜魔人”の左手が、<マジンギア>の胸部装甲に触れていた。
「《リトルフレア》」
零距離で発射された火属性魔法が胸部の氷結装甲を融解させ、<マジンギア>の内部にも衝撃を伝える。
『これは……あの<エンブリオ>の使っていた魔法スキル!』
しかし“竜魔人”の使用した《リトルフレア》の威力はバビのそれから数段上になっている。
「《トライホーン・アッパー》」
“竜魔人”が再度距離を詰め、手にした竜角の槍を振り上げる。
ユーゴーはその技にも見覚えがあった。
角と槍という違いはあるが、マリリンが<マジンギア>に放ったものだ。
ユーゴーは右のブレードで弾こうとするが、衝撃に耐え切れずに半ばからブレードが折れる。
『これ以上は……!』
直後、ユーゴーは腰部にマウントされていた【スモークディスチャージャー】を起動させる。
一瞬にして視認阻害の効果を持った煙幕が展開され、僅かに“竜魔人”の動きが鈍る。
『《モータースラッシュ》!!』
残る左のブレードで渾身の一撃を放つが、“竜魔人”はそれが来るのが分かっていたかのように後方へと跳んで回避した。
その動き方は、ユーゴーがこの戦いで何度も見たものだ。
『なるほど……そういうことか』
“竜魔人”の動きから確信を得て、ユーゴーは口を開く。
『君は……彼か。そして、今は<エンブリオ>やモンスターと“融合している”。それが、最後に使ったスキルの効果なのだろう?』
ユーゴーの言葉に、“竜魔人”――ルークは微笑で返した。
先刻のユーゴーと同様、スキルの詳細を言い当てられたからといって「正解」などと返す必要はない。
しかし、それが正解であることは事実だった。
これこそが<エンブリオ>バビロンが第三形態で獲得したスキル、《ユニオン・ジャック》。
<マスター>と<エンブリオ>と従魔の三身融合スキル。
レイの影響を受け、“力を重ねて共に戦う”二人の姿に憧憬を抱いたから生まれた、彼らとは似て非なる姿。
《ユニオン・ジャック》は三者のステータスを合計し、全てのスキルを得た一体の魔人を生み出す。
それは即ち、竜のステータスと魔のスキル、そして人の知恵を併せ持つということ。
ゆえに、その号は“竜魔人”。
現状のルークが行使しえる切り札である。
『それほどのスキル……何の準備もなしに発動できるものなのか?』
ユーゴーの疑問は正しい。
融合・合体系のスキルは《ユニオン・ジャック》以外にも存在する。
しかしいずれも、融合前にある程度のチャージ時間が必要であったり、合体そのものに時間が掛かったりと効果を発揮するまでにタイムラグが生じる。
それが融合・合体系のスキルの欠点だ。
だが……。
「スキルの発動準備? していましたよ、ずっと」
ルークはユーゴーの疑問にあえて微笑ではなく、言葉で返す。
その言葉で、<マジンギア>のコクピットにいるユーゴーの思考が無意識に回想へと回されようとするのを察し、その間隙に再度接近して攻撃を仕掛けている。
『ッ!』
「さっきよりも……よく見えていますよ」
迎撃の刃を交わし、逆に脚部関節を狙って槍を突きこむ。
元より高い強度を持ち、なおかつ氷結装甲で耐久を上乗せされているためすぐには壊れない。
だが、《ユニオン・ジャック》によるステータス合計の結果、マリリンをも上回る力を得たルークによって少しずつ氷結装甲を砕かれていく。
「さて、いつでしょう。僕はいつから準備していたのでしょうか? 考えてみてください」
優しげな言葉と共に、“竜魔人”ルークは苛烈な攻撃を仕掛けていく。
正解を言えば、ルークが「“王手”」と口にしたときからバビは《ユニオン・ジャック》を使用するためのチャージを始めていた。
そしてバビが「“おわってる”」と終了を示す言葉を述べたときにはもうチャージは完了していた。
それは二人が事前に決めていた符丁。
また、徐々に体が【凍結】し、時間のなかったルークが……なぜ長々とユーゴーに自分の推理を聞かせていたのか。
それは事実確認と《ユニオン・ジャック》を発動させる時間稼ぎのため。
マリーとの模擬戦では、模擬戦の間のインターバルに準備が済んでいた。
実戦ではその時間をどうやって作るかがルークにとっての懸念事項だったが……今回ルークは少しの策と話術でその時間を作り出していた。
「さて、お気づきとは思いますが……もうコキュートスの《地獄門》は僕に対して効果がありません」
ルークの言葉の通り、“竜魔人”と化したルークの左腕は既に氷の呪縛から解き放たれている。
それどころか、凍りつく気配は微塵もない。
「今の僕の種族は“人間”ではなく、僕が討伐カウントを持つ種族でもないのでしょうね。だから、《地獄門》も効果を発揮できない」
“ドラゴン”と“悪魔”が融合した結果、今のルークの種族は“キメラ”となっている。
ルークが“キメラ”を倒したことはなく、今のルークにとって氷結地獄の《地獄門》はただの背景だ。
ルークは、自らの種族を変えることで《地獄門》の裁定から逃れたのだ。
「ここからは……只の力比べです、ユーゴー・レセップス」
『《地獄門》に意味はなく、君の力も単騎でこちらに届く、か。それゆえの力比べ……いいだろう。受けよう、ルーク・ホームズ』
ルークは飛び退いて、距離をとる。
それは逃げるためではない。
現在保有する攻撃用のスキルで最大の威力を持つマリリンの突進攻撃スキルの発動に必要な助走距離を得るためだ。
対するユーゴーとコキュートス、<マジンギア>も構えを取る。
発動するのは《モータースラッシュ》や銃火器による攻撃ではない。
コキュートスの固有スキルの中で唯一の直接攻撃型スキル。
MPの消費が激しく、長時間結界を維持するため使用を避けていた。
だが、事ここに至り、結界の維持よりも眼前の敵を生きてフランクリンのもとへと送らないことを優先した。
そう、もはやユーゴーは確信している。
眼前の相手が危険すぎる相手で、決してレイの援軍になど向かわせてはならないと。
(……彼は危険だ。強弱じゃない。人を見透かしすぎる彼を、“あの人”に会わせるわけにはいかない。ここで、私が……葬る)
訪れる静寂。
それはまるで、振動を伝播する空気さえも凍てついたようで。
無音の氷結地獄の中で“竜魔人”と<マジンギア>は向かい合ったまま静止する。
無数に立ち並ぶ氷像の中、彼ら自身も異形の芸術品の一つであるように佇む。
そんな張り詰めた空気は――西門の向こうから聞こえてきた遠い爆発音によって引き裂かれた。
それは何者が起こしたものであったのか。
今ここにいる二人には知る由もない。
しかし二人はその音に振り向きはしなかった。西門を見はしなかった。
ただ、爆発音を伝える空気振動を引き金に――駆け抜けた。
“竜魔人”は銀色の竜角槍を構え、地を擦るような低い姿勢で石畳を疾走する。
亜竜マリリンの突進を、融合により上昇したステータスとバビの有するパッシブスキルによる多重強化で研ぎ澄ます。
もはやそれは亜竜の域にあらず、純竜をも穿つ必殺の撃槍。
――《トライホーン・グランダッシャー》
<マジンギア>は失われた左のブレードを再構築。
しかしそれは先刻までと同じ氷により成るブレードではない。
熱に歪む空気によって幽かに形が見えるそれは、純粋熱量のブレード。
《地獄門》によって吸収した熱量を、攻撃エネルギーへと変換するコキュートスの切り札。
――《煉獄閃》
そして両者は交錯し――西門の戦いが決着した。
◇
その決着を見ていたのは、三人。
霞、イオ、ふじのんの三人だけがこの場に居合わせ、二人の戦いを見届けていた。
「あ……」
交錯の後、倒れ伏したのは……ルークだった。
互いの最も威力の高いスキルを打ち合った結果、“竜魔人”の槍が<マジンギア>のコクピットを貫くよりも早く“竜魔人”が限界に達した。
瀕死のダメージを負ったことで“竜魔人”への変身が解け、バビとマリリンが地に伏す。
ルーク自身も満身創痍だ。
「威力で……競り負けましたか」
一言で言えば、ルークは運がなかった。
もしも、《地獄門》の餌食となった<マスター>の中に王国最強の炎熱使いであるビシュマルがいなければ、吸収熱量を用いる《煉獄閃》の威力もあそこまで跳ね上がることはなかっただろう。
そうであれば、バビの保有する《炎熱耐性》と“竜魔人”亜竜以上のステータスで耐え切れたかもしれない。
『…………』
対する<マジンギア>……ユーゴーとコキュートスも決して無傷ではない。
機体前面の氷結装甲は砕け散り、【マーシャルⅡ改】の胸部装甲も大きく歪み、コクピットまで穿たれて貫通している。
ユーゴー自身も自分の視界に飛び込んできた銀色の槍の穂先を見ていた。
あと僅かに撃破が遅れれば、内部にいるユーゴーがデスペナルティに至ったことは疑いようもない。
だが、未だ【マーシャルⅡ改】は健在。
コキュートスの媒体である<マジンギア>がまだ残っているのなら、《地獄門》は展開し続けられる。
その証拠に“人間”に戻って倒れているルークもまた少しずつ【凍結】していく。
『次は……あの三人か』
そしてユーゴーの視線は霞達三人に向けられる。
――その僅かな動作こそが、今宵のユーゴー最大の悪手だった。
――状況確認よりも何よりも先に、ルークの頭を踏み砕くべきだった。
――なぜなら、ルークという少年は、
「直接倒す体力が残ってないなら、ハッチだけ開けてほしいな……“リズ”」
――常に幾つもの企みを張り巡らせているのだから。
ルークの言葉の直後、【マーシャルⅡ改】のハッチが勢い良く開放された。
「な、……あッ!?」
驚愕するユーゴーが見たのは、ハッチの開閉ボタンの上で揺らめく銀色の液体金属。
ミスリルアームズスライムのリズ。
決闘開始時の名乗りのときから隠され、戦闘中もユーゴーに気づかれないように密かに使われていたもの。
リズこそが竜角の槍の表面にコーティングされた銀色の正体であり、槍が穴を穿つと同時にコクピット内部に忍び込んだもの。
本来ならそのまま内部のユーゴーを切り刻む手筈だったが、《煉獄閃》の熱量で体積の大半を蒸発させており、そこまでの力は残っていなかった。
だからリズに出来たのは……【マーシャルⅡ改】のハッチ開閉ボタンを押すことだけ。
それだけでよかった。
ハッチが空き、ユーゴーと彼らを隔てるものがなければ……
「――《雄性の誘惑》」
「――《小淫魔の誘惑》」
【女衒】と淫魔の真価が発揮される。
「王手」
その一言と共に、西門の戦いは決着した。
To be continued
次回の投稿は明日の21:00です。
( ̄(エ) ̄)<ルークVSユーゴー、決着クマ
( ̄(エ) ̄)<ちなみに《ユニオン・ジャック》は
( ̄(エ) ̄)<オードリーなら炎魔人、リズなら鋼魔人になるクマ
 




