第二十三話 ルークVSユーゴー
□過去 ルシウス・ホームズ
それは僕の過去と現在。
僕は英国のロンドンに生まれた。
我が家は資産家ではなく、貴族ではなく、かと言って貧民でもなかった。
しかし決して普通でもなかった。
父は未解決事件専門の興信所経営者――探偵。
母は美術品専門の窃盗犯――怪盗。
僕は探偵と怪盗の間に生まれた。
それは冗談でも何でもないただの事実。
父は推理小説の主人公さながらに未解決事件を解き明かす名探偵であったし、母は映画や古典小説さながらに世界を股にかけて暗躍する女怪盗だった。
お互いの家系は数代前から探偵、怪盗を続けている。
ホームズという家名は父の曽祖父が探偵業を始める際に世界一有名な名探偵にあやかって変えたものだと聞いている。
水と油のような二人がどこで出会い、結婚し、僕という息子を得たのかは今となっては永遠の謎。
昔、父に「お母さん捕まえないの?」と尋ねたが「探偵の仕事は犯罪者を逮捕することじゃなくて真実を明らかにすることだからなぁ」と返された。そういうものだろうかと不思議に思った。
なお、母は美術品を盗み、愛でると、一ヶ月以内に返却する。どちらかと言えば、非合法な手段で入手した持ち主ではなく警察に届ける割合が多かった。
どうやら金銭ではなく盗むことそのものが目的であるらしく、「怪盗は盗むのが仕事であって売りさばくのは仕事じゃないのよ」と言っていた。本音を言えば、怪盗は仕事じゃないと思った。
二人ともは自身の仕事を愛し、没頭していたので家族三人揃うことはあまりなかった。
そんな己の才能を発揮し活躍する両親であったからか、二人とも僕が幼いうちからあることに気づいていた。
――ルシウスには破格の才能がある
洞察力、観察力、想像力、器用さ、運動神経、容姿。
それは探偵としての才能、そして怪盗としての才能。
僕は両親の才能をどちらも受け継ぎ、上回る形で発現させていると両親揃って太鼓判を押していた。
さて、前述の通り自分の家業に熱心であった両親は考える。
――この才能は惜しい。
――ぜひ探偵(怪盗)の才能を伸ばしたい。
――けれど愛する妻(夫)の願いも無碍には出来ない。
そこで二人はある提案をした。
お互いが順番に英才教育を僕に施す。
父は観察の手法や読唇術、世界各国の言語や習慣、人間の心理を。
母は仕掛けの外し方、人の死角の見つけ方、他者を魅了し操る手管を。
そして二人でプランを練った基礎的な学習や体作り。
僕がそれらの技術を教え込まれるのは幼い頃からの決定事項だった。
ただし将来探偵や怪盗になれとは一度も言われなかった。
才能を伸ばしはするけれど、どう生きるかは自分で考えなさいと子供の頃から何度も言われていた。
そもそもこんな技術を教え込んでいる時点で、探偵か怪盗に絞られてしまっているけれど、幸か不幸か僕はそれを苦に思わなかった。
今だから冷静に人生を振り返ることが出来るけれど、物心ついたときからそのように教育されていればそれが“普通”であり、自身の基準になる。
もっとも、英才教育に含まれた一般常識や社会学、“国内で普遍的に考えられている価値基準”のお陰で、自身の基準が世間一般とは異なることは知っている。
自分の状態が決して普通ではないことを理解していた。
それでも最終的な結論としては『僕の家はそれで普通であり、他の価値観を持つ相手の前では話が合うように取り繕えばいい』という考えに至るあたり、僕はしっかり両親の子供であったのだろう。
そうして僕は五歳のころから十年に及ぶ英才教育を受け、両親の持ちうる技術のほぼ全てを吸収した。
独学での学習も行い、この時点でトータルの能力では両親を凌いでいたはずだ。
あと五年で成人する。
「そのとき僕はどんな未来を選択しているのだろう」と考えていた矢先、ある出来事が起きる。
――両親が飛行機事故で死んだ。
珍しく二人揃って海外に出かけているときに、飛行機が墜落したと連絡があった。
僕は両親の死を悲しむと共に「あの二人がそのくらいのことで死ぬかな?」と冷静に考えてもいた。
現実を否定したかったわけではなく、両親の能力を想定すれば飛行機が落ちても無事に脱出できるように思えた。
しかし翌日、パラシュートと救命胴衣を装着した子供が数人、洋上で保護されたというニュースが届いた。
子供達は皆、僕の両親が死んだあの飛行機に乗っていた。
ニュースのインタビュー映像で、子供達は「背の高いおじさんと綺麗なお姉さんがパラシュートをつけてくれた」と言っていた。
それで僕は納得した。
どうやらあの両親は、落下する飛行機の中で自分達の脱出よりも子供達を生かす可能性に賭けたらしい、と。
遺される僕のためにも。自己の生命の保存を優先して欲しかったという気持ちもあったが、同時に少しの誇らしさが胸にあった。
その行動が出来た両親を尊敬する思いが胸にわいた。
なぜか、涙が零れていたけれど。
◇
両親の死後、身辺整理を済ませて僕は一息ついた。
諸々の手続きの手法も両親から教わっていたので、何の問題もなく土地や邸宅、財産を引き続き使用できる。
僕一人ならば死ぬまで不自由なく暮らせるが、何もしないわけにもいかなかった。
そう、僕は……、僕は…………?
「あ」
そこで、僕は気づいた。
ようやく……気づいた。
今の自分が――未来のヴィジョンを何も持っていないことを。
両親から教えられた全てを修得して天才とほめられていた僕は……間抜けなことにこのとき初めて気づいたのだ。
両親の教えに従って腕を磨き、両親に愛されて、そんな生活に心地よさを感じていた僕は……自分自身では一度として何の選択もしていない。
全て両親の敷いたレールを通り、両親の出す課題をクリアして生きてきた。
だから……自分で生き方を選ぶという行為をまるで経験していないのだ、と。
いずれ来る未来も、“いずれ”であって、“今”ではなかった。
未来の僕は選べていると漠然と思っていた。
けれど、今の僕には何の指針も存在しなかった。
両親の愛の中で受動的に生きていた僕は、こうありたい、という未来が何もなかった。
「僕、どうやって生きればいいんだろう?」
まるで荒野の真ん中にただ一人放り出されたようなもの。
水はある。
食料はある。
コンパスはある。
生き抜く知恵も能力もある。
けれど……行き先だけはまるで分からない。
東西南北どちらに進もうと、そこに何があるかは分からない。
何かがあるとしても何をすればいいかが分からない。
至極迷った。
迷っているが選べない。
ああ、これはいけない。
このままだと僕は最後に……ただ生きているだけのものになる。
僕は「さてどうしようか」と冷静に途方に暮れた。
◇
両親が何かメッセージでも遺していないかと二人の私室を漁ることにした。
両親の死後も、両親に自分の行き先を求める自分を責める声が内から聞こえた気もするけれど、無視をする。
先に母の部屋から捜した。
……母の部屋には一歩間違えると部屋が全焼して証拠隠滅するトラップが仕掛けられていた。
僕は外せたけれど、家が人手に渡っていたら大事件だったなと、他人事のように考えた。
母の部屋には仕事道具が置いてあるだけだった。
美術品はない。
まぁ燃える仕掛けがある部屋においてあるとも思えなかったけど、母の残した日記を読んでみると今は盗んだ状態の物は一品もないらしい。
もしも母がまだ返していない美術品があったら、僕が返しに行かないといけないところだったので助かった。
あるいはそうであれば、次にすべきことが見つかって良かったと言えたのだろうか。
仕事道具以外であったものは強いて言えば……作りかけだった手編みのセーターくらいだ。
そして父の部屋。
こちらは普通の鍵だけで特に罠も何もなかった。罠なんて普通はないけれど。
そしてすぐに気づいた。父の文机に見慣れない物体があることを。
それはヘッドギア型の電子機器だった。
「……これって<Infinite Dendrogram>の?」
一般常識としてそのゲームの存在は知っている。
世界的に流行している“本物”のダイブ型VRMMOだと有名だ。
僕は訓練と学習で遊ぶ暇はなかったし、ゲームも父とのチェスくらいしかしていなかったから興味もなかった。
「父さんがプレイしていたのかな?」
普段から探偵の仕事や僕の教育で忙しいだろうに遊ぶ時間はあったのだろうか、と疑問に思った。
一先ず放置して探し物をしていると、父の机の引き出しに一通の手紙が収まっていた。
最初は僕宛ての遺言状か何かかと思ったけれど、少し読んでみてそれが父宛てに届けられた手紙だと気づいた。
読むのを止めようと思ったけれど、チラリと見えた文章の中に<Infinite Dendrogram>の文字が見えたので、気になってそのまま読み進めてしまう。
どうやら父は匿名の誰かから<Infinite Dendrogram>というゲームについて依頼を受けていたらしい。
端的に言えば「このゲームの秘密を探って欲しい」というものだった。
このゲームの背景に、何らかの陰謀があると疑った誰かが、多額の金銭で父に調査を依頼していたらしい。
なお、後日郵便物を整理しているとこれの送り主からのものらしい手紙もあった。
父へのお悔やみと依頼の撤回、前金等はそのまま受け取ってもらいたいという文面であった。
どうやら依頼人は律儀な人物であったらしい。
何にせよ、僕の前には父の遺した<Infinite Dendrogram>のゲーム機があった。
名探偵であった父に「真相を探って欲しい」と依頼がされるようなゲーム。
非常に興味深く……何より“選びたい”という欲求が湧いてきた。
これは、道を失くした僕の前に新たに示された道ではないのか、と。
「このゲームの謳い文句はたしか……」
――<Infinite Dendrogram>は新世界とあなただけの可能性を提供する
……見計らった言葉だ。
行き先に迷う誰かにとってこれほど魅力的な言葉もないだろう。
そして今このとき、その誰かは……僕自身だろう。
「なら、提供してもらおうかな」
新世界を。
「少しでも示してもらえたらいいけれど」
僕の可能性を。
「……やろうか」
そうして僕は父の書斎でヘッドギアを被り――<Infinite Dendrogram>の世界へと踏み込んだ。
◇◇◇
□決闘都市ギデオン西門 【女衒】ルーク・ホームズ
『《モータースラッシュ》』
『VAMOOOOOOOOOOO!!』
氷の<マジンギア>が先刻の一合で使用した斬撃を今度は左手で放ち、対するマリリンが物理攻撃スキル《トライホーンアッパー》で迎え撃つ。
――次、右手の大型銃器のクイックドロウ、榴弾発射
バビ、《リトルフレア》。
「りょーかーい!」
『ッ』
バビがラーニングした下級の火属性魔法と発射された直後の榴弾が衝突。
爆発の衝撃で銃口が破損。
今後対象火器による攻撃は不可能。
――次、右脚踏み込み、左ブレードによる切り上げ
「(リズ、移動)」
言葉は出さず、喉より生じる僅かな振動として口内に留める。
僕と密着しているリズならばそうして骨を伝わる振動で十分意思疎通できるので助かる。
一番良いのは心で思うだけで連携できるバビだけれど。
『……!』
相手に見えない死角。僕の背面から脹脛、アキレス腱をなぞるように流れたリズが地面を弾く。
地を打つ反動で僕の体ごと後方へと跳び、ブレードを回避する。
そのまま追撃されない位置まで跳ねてから着地する。
――隙、右後方、二秒間
「マリリン、攻撃」
『VAMOOOOOOOO!!』
『むー、うっとうしい』
マリリンの突撃が命中する寸前で<マジンギア>は振り向き、両手のブレードを盾にして受け止める。
しかし助走距離が足りなかったこともあり、ダメージは微量。
『やりづらいな。まるでこちらの動きを先読みするかの……いや、しているのか』
正解。
機械仕掛けの人型である<マジンギア>は、人体や生物よりも稼動範囲が分かりやすい。
オードリーと空中戦をやったときよりもよく視える。
相手がどう動くかを読む“動態観察”は……父と母のどちらから教わったのだっけ。
「ええ。あなたは速度特化の超級職みたいに超音速戦闘をしてくるわけじゃないし、見えなくなるわけでもない」
『フッ、まるで超級職と戦ったような口振りをする』
戦いましたね。
十回惨敗しました。
でも地球じゃありえない速度で動くあの人のお陰で、前よりも“動態観察”の精度は上がった。
『このまま続ければ不利……か』
「そうですね。【高位操縦士】のあなたが持っているであろう強化スキル、それと合わさった<マジンギア>のスペックは高い。けれど、それはあくまで亜竜クラスの強化に留まる」
ならば亜竜であるマリリンでもある程度は抗することができる。
そうして出来た隙を先日の狩りでの《ドレインラーニング》で多彩なスキルを修得したバビが狙う。
バビの保有スキルは、僕達で狩れるレベルのモンスターが持っていたものが殆どだけれど五十を優に超える。
数だけなら超級職のマリーさんに匹敵する。
僕は相手が<マジンギア>の中にいる影響か【魅了】が通じないので、的になるくらいしかない。
けれど、そうして僕を狙った攻撃を避ければその分だけまた相手に隙が生じる。
攻撃の殆どを回避されても、相手は第一優先で僕を狙わなければならない。
なぜなら、バビは僕の<エンブリオ>で、マリリンが僕の従魔だから。
僕を倒せば全て終わる。
僕自身が剥き出しの急所のようなもの。
だからリズは攻撃に回さず、僕の回避運動の補佐に専念させている。
狙っている手もあるから、相手には隠したまま。
『このまま続ければこちらが先に力尽きる……か』
単体としてのスペックは相手が勝るけれど、“動体観察”と僕達の総力を合わせればこのままでも勝てない相手じゃない。
けれど問題は……。
『だが……君はいつまでこの《地獄門》で凍らずにいられるかな?』
――既に僕の左腕の肘から先が【凍結】していること。
「…………」
それは紛れもなく、ここにある数十の氷像――僕より練達しているであろう<マスター>を襲った攻撃と同じもの。
さらに言えば……オードリーも出した途端に半分ほど凍ってしまったのですぐにジュエルの中に引き戻した。
この【凍結】の範囲は、いずれは僕も氷像になると告げるように少しずつ広がっている。
秒単位でジワジワと広がっているわけじゃない。
数十秒から百数十秒に一度、一気に凍る範囲が広がっている。
最初は手首から先、次に前腕の半ば、そして肘まで。
一回で凍る範囲は同程度だけれど、間隔はまばら。
最初の【凍結】から39秒後に二度目の【凍結】、二度目の【凍結】から130秒後に三度目の【凍結】が生じている。
最大公約数は13。
《地獄門》というスキル名、それにレイさんから聞いていた話では相手の<エンブリオ>はコキュートスというらしいから、その13秒には意味があるのかな。
『なんで13秒に意味があるのー?』
それはねバビ。ダンテの神曲にあるコキュートスが裏切り者の落ちる最下層の氷結地獄で、そこではキリストの13番目の弟子でありキリスト教圏最悪の裏切り者であるユダが刑罰を受けているからさ。
キリストを裏切る直前の最後の晩餐で13番目の席に座っていたからとも言うけれど。
それに、13という数はキリスト教圏では不吉なものだからね。
『ふーん、じゃあ縁起が悪い<エンブリオ>なんだねー』
少なくとも、今の僕には縁起が悪いね。
「……ふぅ」
このまま続けていれば“いずれ”は勝てる公算が高い。
けれど……このままではその前に僕が凍ってしまい、その“いずれ”に到達できない。
そうなるとこちらも切り札を切る必要があるのだけれど、それにはこの《地獄門》が問題だね。
切り札を切った直後に……この氷像の皆さんみたいに全身氷漬けになるかもしれない。
なら……まずはその秘密を解き明かそう。
「(リズ、僕は少し思考に集中するから、回避と防御に専念。相手に君が見えさえしなければ、後は任せる)」
体に伝わる振動で、リズが応えたのはわかった。
直後に僕の体が身に纏ったリズの動くままに右に左に飛び跳ねる。
揺れるけれど、思考には問題ない。
さて、思考しよう。
目まぐるしく回る視界の中で目立つのはやはり蒼白色の氷。
<マスター>が凍りついた氷像だ。
その氷像に一つ気になることがある。
それは、氷の向こうで静止した顔。
その表情からすれば……彼らは自分が攻撃を受けたことにも気づかないうちに凍らされている。
最初の一回で、全身だ。
そうなると、【凍結】の度合いは四種類……いや、三種類ある。
少しずつ凍る僕と一回で半分凍ったオードリー。徐々に進行する【凍結】
全身氷漬けの氷像の皆さん。一瞬で全身の【凍結】
そしてバビやマリリンといった……【凍結】しないもの。
何事によって対象を識別し、その威力を変化させているのか。
その条件が分からなければリスクがあるあれは使えないし、いずれ僕の全身が凍る。
相手が選んだ者だけ対象外で他は全て凍る?
否定。それならばバビとマリリン、リズも凍結していなければおかしい。
人間だけ凍る?
否定。オードリーも凍っている。
ならばレベルやステータスが高い相手ほど高威力?
それでは同格のマリリンとオードリーの差が説明できない。
あるいはランダム性による威力変化?
否定。これらはランダム性によるものではない。
ランダムに凍らせる運任せのスキルならば……とても要所の防衛には使えないし、大勢の強者との戦闘には使えない。
必ず何らかの規則性と法則性がある。
『オオオオオオオ!!』
「おや」
<マジンギア>がマリリンやバビの攻勢を掻い潜り、右のブレードを振り上げて僕に迫る。
ああ、跳んだ瞬間に距離を詰められている。やっぱり指示しないと読みきれないよね。仕方ない。
リズはコートに擬態した部位の強度を上げて耐える心算らしいけれど、威力の概算とリズの防御態勢、それと僕自身のHPやENDを考えて……7:3で死ぬかな。
攻撃を受けるまであと2秒。
僕に出来ることはない。
じゃあその2秒で考えよう。
生き残ったときに打開できるように。
『《モ』
思考の方向性を変えよう。
<エンブリオ>の名とスキルは無関係じゃない。
レイさんの天罰神がカウンターに特化し、マリーさんの虹が複数色の弾丸を放つように。
『ー』
ならば相手の<エンブリオ>の名前だ。
相手の<エンブリオ>の名前はコキュートス。
ギリシャ神話にある“嘆きの川”。
ダンテの神曲にある地獄の最下層の“氷結地獄”。
『タ』
現状や《地獄門》のスキル名からして後者が主体のモチーフ。
神曲においては最も重い“裏切り”を裁く地獄であり、凍てつく魔王がユダを始めとした裏切り者を噛み殺し続ける地獄。
さて、13秒の倍数カウントと氷結以外にもその名の影響を受けているとしたら?
『ー』
例えば裏切りを行ったものにより過大な効果を与える。
それならば本来【ガルドランダ】の騎獣であったオードリーが僕らの中で一番ダメージを受けている理由も……否定。
それでは氷像の<マスター>に説明がつかない。
まさか彼らの全員がユダも真っ青の裏切り者の集まりというわけではない。
『ス』
ならば地獄らしくカルマ値。
<Infinite Dendrogram>のステータスには見受けられない。
けれど旧来のゲームにはあったという悪行の積み重ねを測定し、反映する隠しステータスが<Infinite Dendrogram>にも存在してそれを参照しているのか?
否定。それではやはりダメージ差が正しくない。
裏切り者と同様、ここに集まった<マスター>全てが一瞬で凍りつくほどカルマを溜め込んでいるわけはない。
『ラ』
不明瞭。何ゆえの地獄で、何をもって裏切りとするのか。
何か明示できる数値として裏切りが存在するならばともかく……。
……明示できる数値?
『ッ』
知っている。
その数値は存在する。
裏切りという概念に当てはまり、かつ効果の強弱の順列もつけられる。
『シ』
理解した。
相手のスキルの正体はこれだ。
“この数値”を参照して効果の強弱が決定されている。
バビとマリリンは0。
僕はさっき少しだけ。
オードリーは昨日の狩りで何十と。
そして、このギデオンを根城とする熟練の<マスター>ならば、百や二百ではきかない数値。
『ュ》』
そう、この《地獄門》がカウントしているのは――。
◇
2秒。
予測通りのタイミングで放たれた《モータースラッシュ》が直撃する。
僕はわずかに銀髪を散らしながら弾き飛ばされ、ギデオンの外壁へと激突した。
To be continued
次回の投稿は明日の21:00です。




