第二十二話 氷結地獄の決闘
( ̄(エ) ̄)<前回の話は投稿後、あとがきに余談を書き足しましたクマ
( ̄(エ) ̄)<興味のある方はご確認くださいクマ
□【聖騎士】レイ・スターリング
眼前の光景を一言で表せば地獄だった。
街の石畳の道の上に無数に並ぶ氷像、それだけならば子供の頃に行った雪祭りのようで愉快だったかもしれない。
けれど、それが全て人間の氷像だったなら。
生身の人間が凍りついたものだったなら。
そして、その人々の左手の甲に、俺と同じく<マスター>であることを示す紋章があったとしたら……最早恐ろしいとしか思えない。
いや、少し違う。
これと同じものを……人体が凍りついた様を昨日見ている俺にとっては、恐ろしさ以外の感情が湧いていた。
「…………」
俺の前には一つの立て看板があった。
『『この先、<マスター>通ること叶わず』、か。これは……警告のつもりかのぅ』
そうなのだろう。
それは警告文であり、通ろうとした<マスター>の末路がこの氷像なのだろう。
あるいは警告ではないのかもしれない。
そう、『通れない、通さない――だから、ここには来ないでくれ』……そんな願いを、俺はその立て看板から感じた。
そう考えてしまうのは、俺がこれと眼前の地獄を作った奴を知っているからだろう。
この立て札の意味は、俺をここに呼んだこととは矛盾するかもしれない。
けれど……あいつも承知してこの矛盾を抱えているのかもしれない。
なぁ……。
「お前、俺に来て欲しかったのか? それとも来て欲しくなかったのか? どっちなんだ――ユーゴー」
『……どちらなのだろうね、レイ』
地獄の中心にそれはあった。
五メートルに迫る機械の巨体を、蒼白色の氷の装甲で覆った機体。両腕には十字架を模した氷のブレードが据えられている。
あたかも氷の教会を擬人化したかの如きそれは――TYPE:メイデンwithチャリオッツの<エンブリオ>、コキュートス。
そしてその<マスター>は……俺と共にゴゥズメイズ山賊団を潰した男、ユーゴー・レセップス。
今日の昼に笑って別れた友人だった。
だが、その声音は……昨日や今日の彼とは違いすぎた。
ひどく、何かを思いつめている様子だ。
「フランクリン……お前のクランのオーナーは?」
『この門の向こうさ。今は……近衛騎士団との戦闘中だ』
「ッ……」
近衛騎士団、リリアーナ達があいつと戦っているのか。
それも、当然か。
フランクリンは王女を攫った。
ならば、リリアーナ達は命を賭してでもフランクリンに闘いを挑むだろう。
彼女は、大切なものを護るためにはどれほど危険でも足を踏み出す。
そういう女性だと、この<Infinite Dendrogram>に足を踏み入れたその日に知っている。
「なら、俺達もここを通らせてもらうぞ」
『君は構わない。だが、君の仲間までも通すわけには行かない。それが私の……役割だからな』
ユーゴーの<マジンギア>は、俺の後ろにいたルークや霞達三人を指した。
だが、「君は構わない」、だと?
「なぜ俺は通れる?」
『私が決めたわけじゃない。あの人……オーナーが君と直接戦いたがっている』
フランクリンが……俺と?
俺とあいつの接点なんて、昨日あいつにイヌミミの薬を盛られたくらいしかない。
それに俺はただのルーキーで、もっと強い奴が幾らでもいたはずだ。
そんな俺をどうしてあいつが気にかける?
「なぜだ?」
『…………』
ユーゴーは答えない。
あるいは、ユーゴーも知らないのかもしれない。
『……フッ、兎に角、君は通れる。あの人を止めたいのなら、王女を救いたいのなら……通ればいい』
そう言ってユーゴーは機体を退けて、進路をあけた。
「…………」
俺は通れる、か。
だがそれはここにルーク達だけを残すことであり、同時に……。
「レイさんは先に行ってください」
俺の考えていたことが分かったかのように、ルークは言葉を発した。
いや、ルークのことだ。
俺の考えていることを理解して、言っているのだろう。
「こちらにも、あちらにも、レイさんには気にかけていることがあるんですよね? なら、レイさんは門の向こうへ急いでください。ここは僕がやります」
「ルーク……」
「レイさんの代わりに、僕があの人と戦います」
それは俺の考えていた懸念を二つとも分かった上で言っているであろう言葉だった。
ここにルーク達だけを残して行っていいのか。
そして、眼前の……どこか危うげなユーゴーを置いて先に進んでいいのか。
その二つの懸念を。
「あの人がレイさんの話にあった“昨日一緒に戦ったご友人”なのは分かります。あの人がどうしてこんなことに加担しているのか気にかけているのも分かります。話したいことが沢山あるのも分かります。けれど、それらを分かった上で言います。レイさんは今、先に進むべきです」
ルークは俺の目をジッと見つめながら……俺の背中を押すように、言った。
「間に合わなかったらきっと……レイさんはずっと後悔してしまう。だから、レイさんはフランクリンを追ってください」
「……ありがとよ、ルーク」
俺はルークに礼を言い、言葉を続ける。
「……任せた」
「任されました!」
そうして俺はシルバーの手綱を握り締め、西門へと向き直る。
眼前の氷結地獄に足を踏み入れる瞬間、俺自身も凍りつくのではないかと一瞬の不安があったが……踏み出せば何もなかった。
幽かな冷気すらも感じることはない。
俺はそのままシルバーを駆けさせて氷結地獄を踏破する。
『…………』
しかしその道の半ば、ユーゴーの機体に近づいたとき……それまで横に退いていたその機体が道を塞ぐように前に出た。
「ユーゴー」
『…………レイ』
スピーカー越しに聞こえるその声は、何かをひどく悩んだ末の、絞り出すような声だった。
言おうか、言うまいかを深く悩んだのだろう無言の間の後、ユーゴーは……俺に対してあることを申し出る。
『素通りさせると言った言葉を翻すようで申し訳ないが……一合だけ……全力で相手をしてくれないか?』
何を考え、何を決断し、ユーゴーがその言葉を発したのかは分からない。
ただ、それに対する答えはすぐに出た。
「いいぜ」
俺は了承し、黒大剣のネメシスを構える。
「お前には聞きたいことも言いたいことも色々あるが……今はお互い一発ずつだ」
『……ありがとう』
そうして、俺とユーゴーの機体は向かい合う。
彼我の距離は十五メートル前後。
シルバーに乗っている俺にとっても、<マジンギア>に乗っているユーゴーにとっても、あってないような距離だ。
だから、相対してすぐに俺はシルバーを駆けさせた。
飛び込むように、すり抜けるように、<マジンギア>の右側を突っ切るように走らせる。
『《モータースラッシュ》!!』
ユーゴーの声がスピーカーから響き、<マジンギア>が右手の十字ブレードを高速で振るった。
それは亜竜クラスとも言われる<マジンギア>の力、機体重量を完全に乗せた一撃。
俺が初めて戦った【デミドラグワーム】の突進に匹敵するか上回る威圧感を覚えた。
直撃すれば、俺の体は断裂するだろう。
だが、
『《カウンターアブソープション》!』
「《復讐するは我にあり》!!」
《モータースラッシュ》の一撃はネメシスの展開した光の壁によって防がれ、俺が放った返しの刃が<マジンギア>の右腕の氷結装甲を砕き、内部フレームを歪ませた。
一合のみの決闘は、それで終わりだ。
一瞬の攻防が終わった後、俺とユーゴーの立ち位置は逆転しており――俺はユーゴーに背を向けたまま……門の外へとシルバーを駆けさせた。
フランクリンが待つという、戦場へと。
仲間のことを、仲間に託して。
◆◆◆
■<叡智の三角>所属 【高位操縦士】ユーゴー・レセップス
一瞬の交錯の後、レイは西門の外へと駆けて行った。
私はそれを見送っている。
『…………』
一合だけの勝負。
結果としてレイは無傷で、私の【マーシャルⅡ改】は右腕に少なくないダメージを負った。
それだけならば、私の判定負けだろう。
しかし今、私はレイから重要なものを奪っていた。
『使った……か』
《カウンターアブソープション》を。
ネメシスの固有スキルの一つであるあれは強力な防御スキルだが発動可能回数はストック式だと、レイ自身から私も聞いている。
昨日の【ゴゥズメイズ】との戦いでストックを使い切っていたのなら、今のが時間経過で回復していた一回分だ。
それを自分との攻防で使わせた。
これからあの人と戦うであろうレイにとって、それは無視できない枷になる。
『…………』
『ユーゴー』
私はレイに全力の一合を願った。
そう言えば……レイが本当に全力を出すと思ったから。
私がしたことは、一日とはいえ肩を並べた戦友を裏切り、死地に送り込み、命綱さえも断ったようなものだ。
それは苦い選択だった。
しかしそれでも、私はそれを選択した。
あの人の敵を素通りさせたくなかったから。
決死の覚悟で向かうレイを、「私は何も関係ない」という素知らぬ顔では送れなかったから。
情も罪の片棒も、背負うと決めた結果の行動だ。
ああ、本当に……私はどうしてこんなに……私は……。
『それはユーゴーにとって、っ!?』
――瞬間、私の思案とキューコの言葉は猛烈な衝撃によって遮られた
それはレイの仲間が連れた【三重衝角亜竜】による突撃、そしてその背に乗る<マスター>による波状攻撃であった。
「――すみませんね。隙だらけだったので」
機体の態勢を立て直そうとする私に対し、その<マスター>と【三重衝角亜竜】、そして<エンブリオ>らしき淫魔は尚も追撃を加える。
その攻撃は苛烈で容赦がなく、あわよくばこの奇襲の勢いのままにこちらを潰そうという意図が透けて見えた。
『ひきょうものー』
「心外です。言ったじゃないですか、ここは僕が相手します、って。そちらが物思いに耽っていても知ったことではありません」
『フフッ、レイの仲間らしいが、毛色は随分と違うな』
レイが不合理で裏表のない生き方の不器用な男だとすれば、彼は合理性と心算に満ちている。
その顔は、レイに向けていたものとはまるで違う……冷たいものだ。
表情に笑みなど微塵もなく……端正な顔立ちが逆に怖れすらも呼び込む。
恐らく、相手に抱かせる印象を、自分でコントロールしているのだろう。
……騎士を演じるときの私と同じで、それよりも化けの皮が厚い。
「そうかもしれません。だから僕はレイさんを慕っているのかも。それと多分」
その<マスター>――ルークは亜竜の背から【マーシャルⅡ改】を、私を冷めた目で見ている。
まるであの日の姉さんのように。
そして彼は言い放つ。
「僕は、あなたが大嫌いです」
その言葉に私は訝しむ。
彼の<エンブリオ>と思わしき淫魔が「ルークが誰かを嫌いって言ったのはじめてだねー」などと呟いているのを《集音》が拾っていた。
『……フッ、初対面だというのに嫌われたものだ』
「そうですね。でも、本当に嫌なんですよ、あなた。迷いすぎて、酔いすぎて……どこかの誰かみたいで」
『訳の分からないことを……』
「本当にわかりませんか?」
『…………』
彼の目は、何かを確信してそれを言っているのだと理解させる力強さがあった。
それはまるで……私が目を逸らし有耶無耶なままにしていることを……。
『さて、な。何のことか、見当がつかない。つかないが……何だったとしても君はここで凍っていけ』
機体の体勢を立て直し、装甲で【三重衝角亜竜】に一当てしてから距離をとる。
『……あの人と彼以外の如何なる<マスター>もここを通すわけにはいかない。クラン<叡智の三角>の一員として……あの人を守る棘として、私の全てをここに懸けよう』
「そうですか。では僕も持てる全てであなたを倒し、ここを押し通ります。レイさんの仲間として……そして僕自身として」
彼は亜竜の背に立ち、淫魔を従え、私と相対する。
そうして睨み合いによる一瞬の静寂が訪れ、……私はその静寂を砕く言葉を発する。
『――【高位操縦士】ユーゴー・レセップスと<エンブリオ>コキュートス、乗機【マーシャルⅡ改】』
これは儀式だ。
彼の仲間を倒す。
彼の意図を砕く。
これはそのための儀式であり……“決闘”だ。
「……【女衒】ルーク・ホームズと<エンブリオ>バビロン、従魔マリリン、オードリー」
私の言の葉に彼も合わせた。
『いざ尋常に』
そして、一呼吸をおいて――
『「――勝負」』
私と彼の“決闘”が始まった。
To be continued
次回は明日の21:00更新です。




