第十九話 漫画家VS作曲家
本日二話更新の二話目です。
前話をお読みでない方はそちらからお読みください。
■???
ブレーメン。
【奏楽王】ベルドルベルの用いる四体一組のTYPE:レギオン。
弦楽器を弾くケンタウロス型のストリングス。
管楽器を吹くケットシー型のホーン。
打楽器を叩くコボルド型のパーカッション。
鍵盤楽器を奏でるハーピー型のクラヴィール。
四体それぞれが別種の楽器を担当し、その種の他の楽器の音さえも同時に奏で、四体のみでオーケストラを凌駕する旋律を発することもできる。
そして、戦闘形態となれば各々が超音波メス、催眠音楽、振動波、低周波音で敵を殲滅する。
<Infinite Dendrogram>に来る前から音楽に人生を捧げ、今は戦いをも求めていたベルドルベルにとって、自身の<エンブリオ>の能力はまさに自分のためにあると実感した。
これは他の<マスター>にも言えることで、ほとんどの<マスター>は自分の<エンブリオ>の能力に納得する。
自らの内より生じた力のカタチであるゆえに、嫌えないのはある意味当然だった。
しかしそうでありながら、ベルドルベルは自身の<エンブリオ>を始めて目にしたとき、正直に言って嫌悪した。
ベルドルベルが気に入らなかったのは自身の<エンブリオ>の“モチーフ”である。
<エンブリオ>はいずれも地球の神話、伝説、童話、偉人などをモチーフにして名前や姿が決定される。
ベルドルベルのブレーメンもまた同様。
ブレーメンの音楽隊という、ある程度の文明圏ならば大半の人間が子供の頃に聞いた童話がモチーフだ。
しかし、ベルドルベルはブレーメンの音楽隊が大嫌いだった。
――ブレーメンの音楽隊は、音楽隊になるという理想を抱いて旅に出た動物たち
――しかし、結局は暖かい家と食事を盗賊から奪い取り、そこで満足して安住した獣
――妥協したのだ、あいつらは
それは理想を抱き、理想を形にするために全身全霊を注ぐベルドルベルには決して許容できない姿。
そして、一度は妥協して理想を劣化して形にしようとした自身の愚かしさを、そのまま象ったようなもの。
ゆえに、ベルドルベルは自身の<エンブリオ>の姿を嫌い続けていた。
けれど同時にベルドルベルは……。
◇◆
「…………」
ベルドルベルは一人、廃墟と化したギデオン九番街に立っていた。
ブレーメンの必殺スキル《獣震楽団》。
レギオンであるブレーメンのパワーの全てを一体に集中し、通常時を遥かに上回る出力で音楽スキルを放つスキル。
その性質ゆえに四通りのパターンが存在する珍しい必殺スキルであるが、パーカッションの振動波を拡張した今回の一撃は数キロに渡って大通りを抉っている。
これは必殺スキルであっても音楽系スキルであることが変わらず、【奏楽王】のパッシブスキル《奏楽王の指揮》により数倍の効果上昇が乗った結果である。
その威力はそれまで振動結界と比べてすら桁違いと言っていい。
元より戦闘に巻き込まれるのを避けるため人通りはなかったが、何者かがあったとしても欠片すら残ってはいないだろう。
その何者か……マリーの姿も今はない。
「《音響探査》」
ベルドルベルはパーカッション以外の三体に探査を命じて周囲を探らせる。
三体はそれぞれが音を響かせ、ソナーのように周囲を探る。
たとえ姿を隠していようとも、実体があるならば必ず見つけ出す。
「いないな」
結論は絶無。
範囲内に生物はいない。
それはマリーがデスペナルティによって既に<Infinite Dendrogram>を去ったことを意味していた。
あるいは、どうにか逃げ出してフランクリンの元へと向かったか。
どちらにしても、ベルドルベルはマリーに勝利したのだ。
「……《ハードビートパルパライゼーション》、解除」
ベルドルベルはそこでようやく《ハードビートパルパライゼーション》――振動結界を解除させる。
実を言えば必殺スキルの直前にタクトを振るうのをやめたときも、そして放った後も、一度として振動結界は解除されていなかった。
例外は《獣震楽団》を放っていた瞬間のみ。
あの瞬間、演奏が終わったと判断してマリーが突っ込んでいれば、《獣震楽団》の使用を待たずして散っていただろう。
「……流石に、消費したか」
ブレーメンの使用する音楽系スキルは【奏楽王】のパッシブにより、効果は数倍になり消費MPとSPは数分の一になっている。
それでも《ハードビートパルパライゼーション》ほどの強力かつ展開し続けるスキルはコストが大きい。
展開し続ければ超級職であるベルドルベルのMPとSPを一分間で4%ずつ削っていく。
必殺スキルの使用も相成り、MPとSPを温存、回復するためにベルドルベルは一先ず振動結界を解除し、回復アイテムの使用を試みる。
瞬間、ベルドルベルの脊椎を断ち割る刃の一閃が走った。
「!?」
その一閃は、ベルドルベルの身に着けたアクセサリー【救命のブローチ】の致死攻撃無効効果によって阻まれる。
しかし、攻撃は一閃に留まらない。
一閃を放った何者かはベルドルベルとブレーメンが次のアクションを起こすより早く、数十の斬撃を背に、首に放ち続ける。
「《ハードビートパルパライゼーション》!」
そうして行動を起こしたホーンが音速の振動結界を展開した瞬間に、襲撃者は“超音速”で後方へと飛び退いている。
『貴様……貴様は!?』
先刻と同様に演奏でベルドルベルは言葉を紡ぐ。
肉声では振動結界にかき消されてしまうからだ。
しかしながら、襲撃者が何者であるかは……言葉にして問うまでもない。
「右で十六、左で二十。さて、身代わりの類も尽きましたか?」
右手に逸話級武具でもある麻痺短剣【痺蜂剣 ベルスパン】、左手に攻撃軌道隠蔽の短剣【ナイトペイン】。
二種の異なる短剣を装備した【絶影】マリー・アドラーの姿である。
(迂闊……)
敵の影が完全に消えてソナーにも掛からないからといって、ベルドルベルは振動結界を解除すべきではなかった。
マリーが攻撃を仕掛けられなかったのはひとえに振動結界に阻まれていたからに他ならないのだから。
音速の振動結界で身を守っていなければ、ベルドルベルは一瞬で殺される。
ベルドルベルは超級職【奏楽王】。
しかしあくまでも非戦闘系の超級職なのだ。
ブレーメンとの組み合わせによって戦闘系最上位にも近い戦力を誇るが、MPとSP、DEXを除けばその身体ステータスは極めて低い。
今まさにAGI特化の戦闘系超級職の攻撃を受けたように、接近されればベルドルベルがワンアクション起こす前に数十回殺害される。
昼にマリーがレイに言っていたように、戦闘速度差による行動回数の違いは戦術やコツ以前の問題として存在するのだから。
ベルドルベルは装備の効果で凌ぎきれたが、
(潰れた、か)
フル装備していた防御と身代わりの武具は今の接触で全損していた。
ベルドルベルは決意する。
眼前の相手を確実に倒すまでは、決して振動結界を解かない、と。
『どうやって、《獣震楽団》を凌いだ』
「さて、どうやってでしょうね」
マリーは余裕げに笑みを浮かべる。
しかしその実、さほど余裕があるわけではない。
クラヴィールの低周波攻撃で受けたダメージは回復しきっておらず、SPも枯渇寸前であった。
SPの枯渇。
それこそがマリーが《獣震楽団》を凌いだ代償であり――“奥義”のコストであった。
隠密系統超級職【絶影】奥義《消ノ術》。
短時間に限り――完全に世界から姿を“消す”、隠密系統最大の秘儀である。
あらゆるものに見えず、あらゆるものが触れず、あらゆるものに聞こえない。
完全なるステルス能力。
それは破壊の権化の如き必殺スキルをも無傷で凌いだ術の正体。
マリーの大闘技場からの脱出を可能としたのもこのスキルだ。
【尸解仙】の《真火真灯爆龍覇》のように強力無比な直接攻撃系ではないが、それに匹敵するか上回るほどのスキルだ。
無論消耗は激しく、一分間も消えればマリーのSPを根こそぎ吸い尽くす極悪な燃費。
今は三十秒の使用だったが、それまでに使った分を含めればマリーのSP残量は二割を切る。
しかしその甲斐もあり、死んだ振りからの近接奇襲でベルドルベルの防御手段を全て削り切った。
(……この相手だけは、確実に倒しておきますかね)
《消ノ術》を使用するに至り、マリーは後の闘いを今は捨てた。
眼前のベルドルベルは想定よりも遥かに危険で強力であり、ここで確実に倒さなければ自分以外の者がフランクリンを倒す可能性すらも大幅に減じるだろう、そう考えた。
ゆえに、マリーは自身の全霊でベルドルベルを倒すことを決意し、左手――<エンブリオ>の紋章から一発の弾丸を取り出した。
それは普段アルカンシェルに詰めている“絵の具”の薬莢に比べれば三倍は大きく、側面には赤と黒で……キャラクターの絵が描かれている。
『まだ終われん。今この場面で去ることは、許容できない』
ベルドルベルの演奏による言葉が届く。
『恐らくは今宵が、この地の歴史の転換点。伝説として描かれるべき一幕』
それは音の調べでありながら、肉声よりも情感がこもっていた。
『ゆえに、その瞬間を目に焼きつけ、魂に刻みつけるまで、退場など出来ない』
鳥を模した帽子の下の、両の眼を血走らせながらベルドルベルは音で吼える。
『そうでなければ……私は私の作品を完成させることが出来ない!!』
それは何かを必死に欲した者の姿。
マリーが……マリーを操る一宮渚が鏡の中で幾度となく見た姿。
「……ああ、そっか」
得心がいったように、マリーが呟く。
「あなた……私と近い人なんですね」
自分に足りない何かを手に入れるために。
自分に足りない何かを埋めるために。
己の作品を先に進ませるために。
この世界に足を踏み入れた者。
その一点において、マリーとベルドルベルは同一だった。
「それでも、あなたにはここで退場してもらいますよ。ご老人」
一宮渚は――マリーは躊躇わない。
ベルドルベルを廃さなければ、自身の目的を達することが出来ないから。
そして――昨日の少女の思い出さえも悲しみに包まれてしまうから。
マリーは己と鏡写しの男を粉砕することを躊躇しない。
『抜かせ……小娘……』
そう告げると、言葉を伝える音律が止み、
「《ファイナル・オルケストラ》!」
肉声によって、スキルの使用宣言がなされた。
それは【奏楽王】の奥義――自身のHPの九割と引き換えに以後の一分間に音楽系スキルの効果をさらに十倍化する、命懸けの演奏指揮。
スキル使用直後、ブレーメンの四体が連結する。
再度の必殺スキルにより、今度こそマリーを葬るために。
「生憎と――慇懃無礼がボクのキャラクターなもので」
そしてマリーは手元の拳銃――アルカンシェルをクルリと回転させた。
瞬間、アルカンシェルはその姿を大きく変じさせる。
六連弾倉拳銃だった銃身を――大型単発式拳銃へと。
先刻取り出した大型の弾丸を装填し、銃口をベルドルベルへと向ける。
マリーに避けたり、超音速機動で翻弄する仕草はない。
それは、対処されて討たれるのを避けるためか。
あるいは……自分と同じ理由でこの<Infinite Dendrogram>に立つ男に対して、真っ向勝負を挑みたいという私情ゆえか。
両者が構える。
お互いの間には距離があったが、そんなものは無いに等しい。
今二人が放たんとする一撃は、共に必殺。
どちらが勝つにせよ、どちらも負けるにせよ……この一撃で決着する。
一瞬の静寂の後――両者は動いた。
「《虹幻銃――“爆殺のデイジー・スカーレット”》ッ!!」
「《獣震楽団――“ホーン”》ッ!!」
二つの必殺スキルは激突し――決着した。
◇◆
《獣震楽団》には四通りのパターンがある。
魔法斬撃のストリングス。
広範囲物理攻撃のパーカッション。
ステルス低周波攻撃のクラヴィール。
そして催眠音楽のホーンである。
なぜベルドルベルが四つの中で唯一の非ダメージ型であるホーンを選択したのか。
それには三つほど理由があった。
一つ目は、パーカッションでは先刻と同じく凌がれる可能性があったため。
ベルドルベルはマリーがどうやってパーカッションの《獣震楽団》を凌いだか知らない。
ゆえに、同じ手は同じ手で回避されると考えていた。
二つ目は、身代わり系アクセサリーの存在。
ベルドルベル自身がマリーの連撃をアクセサリーで耐えた。
同じように、即死ダメージを無効化するアクセサリーをマリーが所持していれば、単純な攻撃では仕留められない可能性が高かったためだ。
これについては一回目の《獣震楽団》も同様なのだが、必殺スキル使用後の非演奏状態で振動結界を解除しないためには、振動結界の発生源であるパーカッションを主軸に撃つしかなかったという側面もある。
対して、ホーンの催眠音波ならば一度掛かればアクセサリーがあろうと死ぬまで自ら死に続けてくれるという利点があった。
そして三つ目にして最大の理由。
【奏楽王】の奥義を使用し、ブレーメンの必殺スキルで放った音律。
その中でも純粋に“音楽として”最も完成度の高いのがホーンだ。
これが相手の心を、精神を、魂を振るわせられないはずがないという自負。
ブレーメンの力を結集し、全身全霊で放つホーンの演奏は神域の調べ。
対価として自らの命を捧げる価値のある旋律。
そう、奥義と必殺スキルを併用したホーンの旋律は催眠音楽の域ではない。
“相手に自ら命を捧げさせてしまう”ほどの神奏なのだ。
言うなれば【魅了】の極地。
あらゆるレジストを無為に切り捨て、数多の強豪に命を奉じさせた音。
これで倒れない者は今まで一人としていなかったという絶大の――信頼。
ベルドルベルはブレーメンのモチーフを嫌悪していた。
しかし同時に、誰よりもブレーメンの音楽を愛していた。
ブレーメンの姿を嫌いながら、ブレーメンの音に魅せられた男が最も信じたもの……それこそがホーンによる《獣震楽団》。
これによって倒れないはずがなく、倒れさえすれば防御のための振動結界を解除しても問題ない。
そう、ホーンの調べは今まであらゆる敵を倒し――
――今、一人の女を倒せなかった
「な……ぜ……?」
ベルドルベルは瀕死の体で疑問を発する。
彼の周囲には機械の体を砕けさせたブレーメン達の姿もあった。
HPの九割を捧げたベルドルベルが、必殺スキルの激突の後に今もまだ存命しているのは……寸前に自ら壁となって砕け散った四体の<エンブリオ>のお陰である。
しかしそれはある一つの事実を示していた。
――敗れた
その事実をベルドルベルは自覚し、ゆえにこそ疑問がある。
「ボクの勝ちですね」
ベルドルベルの目の前にはもう一人、いや“二人”の姿があった。
一人は言わずもがなの【絶影】マリー・アドラー。
もう一人はマリーがアルカンシェルの必殺スキルによって発射した弾丸生物――否、“爆殺のデイジー・スカーレット”だ。
それは赤い少女。
マリーが装填した弾丸の薬莢に描かれていたのと同じ少女。
牙にも似た歯を見せながら獰猛に笑う彼女は――漫画家一宮渚が己の作品“イントゥ・ザ・シャドウ”の中で生み出したキャラクターの一人である。
アルカンシェルの必殺スキル《虹幻銃》。
それは普段は弾倉に詰めることで弾丸生物を生み出す“絵の具”を使い、マリー自身が“描いた”弾丸を使用するスキル。そうした弾丸からは特殊かつ強力な弾丸生物が放たれる。
能力は描く際に使用した“絵の具”に左右されるが――マリーは各“絵の具”の特性で再現可能な自身の漫画のキャラクター達を描いていた。
その一人が“赤の爆裂”と“黒の追跡”によって描かれた“爆殺のデイジー・スカーレット”。
今も周囲に小爆発を起こし続け、先刻は半径100メテルが更地になるほどの大爆発を起こし、ブレーメンとベルドルベルを打ち破ったモノである。
「なぜ、ホーンの、命を対価とする旋律を聞いて、死んでいない?」
ベルドルベルは、自身とブレーメンが瀕死であることは不思議に思わなかった。
必殺スキル同士を撃ち合ったのだ、そういうこともある。
だが、マリーと“デイジー”が死んでいないのは不思議だった。
ベルドルベルはマリーの<エンブリオ>が弾丸生物を発射するものであることには気づいていた。
だから目算通りに事が運べば、マリーが如何なる弾丸生物を放とうともホーンの旋律に触れて自殺しているはずなのだ、と。
モンスターであろうと、それこそ機械人形であろうと、対価に自害するほどの旋律なのだから。
それがまるで通じていないことが、信じられなかった。
「……すみませんね。ボクもこの娘も、その旋律聴いていないんですよ」
「聴いて、いない?」
その言葉に、ベルドルベルは愕然とした。
この女は何を言っているのだ、と。
「ええ、だって」
そうしてマリーは“デイジー”を指差して、こう言った。
「この子の爆発で周囲の空気が吹っ飛んじゃいますから。音は伝わりませんよ」
ひどく、単純な話だ。
音とは振動であり、空気や水など振動を伝えるものがなければ相手に伝わらない。
ゆえにマリーは“デイジー”の大爆発によって周囲の空気を吹き飛ばし――音の伝播しない真空の壁を作り出したのである。
「…………」
これが魔法攻撃のストリングスや大出力広範囲攻撃のパーカッションならば、出力に任せて相打ちにまで持ち込めたかもしれない。
だが、精緻にして神域であるホーンの旋律は相手の耳に正確に届かなければ意味が無いのだ。
「命を対価とする旋律。聴いてみたいとも思いますが……それは今じゃありませんから」
「……ハッ、折角の音楽を嗜まないとは……無粋な小娘だ」
悔しそうにではなく、残念そうに……ベルドルベルはその目蓋を閉じる。
マリーは銃口をベルドルベルに向け、
「さようなら、【奏楽王】」
彼の額を打ち抜いた。
そうして一つの戦いが決着し、ギデオンの盤上からクラブは消失した。
◇◆
「……しんどいですね」
決着の後、マリーは大きく息を吐いて膝をついた。
リストバンド型のアイテムボックスから高品質の《SP回復ポーション》を取り出し、少しずつ嚥下する。
SPは《消ノ術》と《虹幻銃》の使用でほぼ底をついた。
回復アイテムは持っているが、一度の使用で回復するものでもない。
それに効果の弱い回復アイテムならともかく、超級職が使用するようなものは強力である代わりに短時間での連続使用は効果が薄い。
SP残量が再び戦闘可能状態に戻るにはある程度の時間が要る。
それに、低周波攻撃にさらされたダメージもまだ残っているのだ。
そして……。
「これで、“赤”と“黒”は使えなくなりましたか」
《虹幻銃》のデメリットは大きく二つ。
まず、事前に弾丸にキャラクターを描いておく必要があり、弾丸自体が最大で六発までしかストックできないこと。
保有する“デイジー”の弾丸は今撃ったものだけであったから、“デイジー”は再び描くまで使用できない。
そして二つ目のデメリット。
《虹幻銃》の弾丸に使用した“絵の具”は……《虹幻銃》を使用してから二十四時間再使用できない。
“デイジー”に使用したのは爆発力の“赤の爆裂”と追尾能力の“黒の追跡”。これから丸一日は威力に長ける爆裂弾と命中力に秀でる追尾弾を使用できない。
これは“赤の爆裂”と“黒の追跡”を含んでいれば《虹幻銃》の他の必殺弾でも同じことだ。
強力且つ万能。ただし、デメリットも極めて大きい。
己のコストを搾り出してキャラクターを描く。
それがマリーの<エンブリオ>の必殺スキルだった。
「こうなると、ボクがフランクリンを倒すのは無理そうですね。けれど……」
フランクリンはベルドルベルと同じタイプ。
非力な非戦闘職でありながら、自身の<エンブリオ>とのシナジーで戦闘職を凌駕する性能を発揮するタイプだ。
それは恐ろしいことであったが、逆にそうであるならば……。
「彼らに勝ち目が無いわけでも、ない」
エリザベートを連れての逃走中、そしてベルドルベルとの戦闘中にマリーには見えていた。
西門へと向かう、レイ達の姿を。
相手は<超級>。マリー自身が刺し違える寸前で倒したベルドルベルよりもさらに格上の相手。
普通ならばルーキーが勝つ確率など万に一つも無い。
それでも……。
「彼らなら、できるかもしれない」
幾多の格上の強敵を打ち崩してきたレイ。
非戦闘職でありながらマリーの腕を取ったルーク。
あの二人ならば、勝てるかもしれない。
エリザベートを救い出してくれるかもしれない。
そんな淡い希望すら沸いてくるのだ。
「ふふ……けれど先達が後進にばかりおまかせってわけにも行きませんし」
【SP回復ポーション】の空き瓶を投げ捨て、マリーは立つ。
「私も……ボクに出来ることをしましょうか」
そう呟いて、【絶影】マリー・アドラーはギデオンの街の影へと消えるように駆けていった。
To be continued
次回の更新は明日の21:00です。
余談
“爆殺のデイジー・スカーレット”
一宮渚の漫画、『イントゥザシャドウ』のキャラクターの一人。
霧ではなく爆炎へと変化する特異な吸血鬼。
“灰にならず灰を生む者”
“雑草を刈るもの”
マリー・アドラーと敵対する暗殺者であり、最初のライバルキャラとして登場。
化学工場での闘いで己の性質の弱点を突かれ、敗北する。
その後に復活し、共通の敵との戦いをきっかけにマリーの仲間になる。
不死身であるため、新シリーズに入ると概ね一回はかませ犬として死ぬ不憫なキャラ。
「またこういう扱いとかマジ最悪ですの!?」
読者人気投票五位。