第一八六話 <トライ・フラッグス>最終決戦 後編
(=ↀωↀ=)<前編中編後編にまとめようとしたら
(=ↀωↀ=)<後編のボリュームが三話分になった
( ꒪|勅|꒪)<其の一、其の二にしておけばよかったのにナ
■【MGD】・コクピット
「クッ……!」
照明の落ちたコクピットの中で、フランクリンが焦燥の声を上げる。
(動力炉と怨念動力ユニットは再起動した……けど!)
未だ機能を停止したままの外部モニターから分かるように、機能の全てが戻った訳ではない。
扱うエネルギーの大きい主要部は取り戻したが、他の各部が未だに眠っている。
外部モニターにしても、【ブロードキャスト・アイ】をばら撒いて視覚を確保している。
(内蔵兵器……《蹂躙砲》はやや遅れて復活、他の兵装は……右腕もまだ……!)
そして各部から集めた情報は、想定以上にグレムリンの影響が大きいことを告げていた。
(このスキルの使い手を殺せば戻る? それとも、放たれた後は無関係に時間経過を待つしかない?)
後者であれば、今【MGD】に搭載している機能は半分が機能不全だ。
《キメラテック・オーバード》と《蹂躙砲》で戦うしかなくなる。
無論、それで戦ってきたし、優位にも進めていた。
しかし、今の機能停止中に右足と左腕を壊され、腹部にも大穴が空いている。
ここまでの戦闘で王国勢の被害は甚大だが、【MGD】も満身創痍と言っていい。
レイの掲げた完全勝利ではなく、単に倒すだけならば今の攻防の中で倒されていた恐れすらある。
「……ッ……」
状況を把握するほどに、フランクリンは腹の底が冷えていくのを感じる。
脳裏にはあの夜の……風蹄爆弾の直撃を受けた【RSK】の姿がリフレインしている。
想定外の手で、盤面を崩されてリカバリーも難しくなりつつある。
既に経験済みの……身に覚えしかない敗北の予兆だ。
「…………」
フランクリンは、溜息と共に視線をコクピットの一角……自らが護る皇国の宝に送る。
その視線に込められた色を見るものは、此処には誰もいなかった。
◇◆◇
□■<ジャンド草原>
『――――!』
フランクリンのホログラムは、グレムリンの影響で消えたまま。
だが、見えない主人の代わりに、【MGD】が怒りを顕にして吠えている。
近づくものは皆殺す。
自らが傷つけられた……あるいは主人を追い詰められた怒りに、人造魔獣は震えている。
その怒りの発露たる《蹂躙砲》のチャージが終わるまで、あとどれほどか。
だが……。
(ネメシス)
『――うむ、終わったぞ』
先に、レイ達が《女神は天に在らず、我らの傍らで剣を執る》の読み込みを終えた。
残り二つだったヒューズの片方が弾け飛んだが、スキルは完了。
先の《蹂躙砲》とジュリエットをはじめとする<マスター>達への攻撃、合計で一〇〇〇万を優に超えるだけのダメージカウンターをネメシスは獲得した。
この数値ならば、何の支障もなく《追撃者》を発動できる。
フランクリンはまだ気づいていないだろう。
外部の状態を探るための機能が、まだ回復していない。
それどころか、フランクリンは今朝進化したばかりのネメシスの必殺スキルを知らない。
第五形態の形状から進化したことは察しているだろうが、そのスキルが能動的なダメージカウンターの獲得であることまでは知る由もない。
ゆえに、フランクリンには二重の意味で状況が見えていない……はずだ。
「…………」
スキルは使えるようになった。
しかし……まだ使えない。
《追撃者》と《キメラテック・オーバード》が重なればどうなるか分からないのはレイも同じ。幾つかのケースが考えられるが、最悪の場合は怨念動力に囚われたティアンに被害が出る。
ゆえに、使うならば救出後だ。
『――――』
片手片足を奪い、腹に大穴を空け、機能の幾らかも未だ不全。
圧倒的に思えていた【MGD】を、王国勢はたしかに追い詰め始めていた。
腹の中のティアンを救うための道はできている。
しかし、それでもまだ至難の域。
片手片足、内蔵兵装の大半を失えども、【DU】による無法のステータス上昇は健在。
近づくものは、先刻のジュリエットのように超音速で攻撃される。
そして、彼女のように潰されてもなお相手の身体をぶち抜ける猛者はそういないのだ。
「……ああ」
ティアン達を救い出すことを考えるならば、もう一度、【MGD】の動きを止めねばならない。
だが、ブルースクリーンのグレムリンはまだ再使用できない。
彼ほどに【MGD】へのメタ能力を持つ者が他にいるのか。
いない。
戦場で戦っていたランカーにも、街壁の上の非ランカーにも、そんな力の持ち主はいなかった。
「……来たな」
そう、いなかった。
レイはMGDの咆哮に紛れて、聴き慣れた……怪鳥の羽の音を捉える。
そして、何かが着地するような音が、彼の背後から聞こえた。
その音に、気配に、レイが笑みを浮かべる。
「――おかえり、ルーク」
レイは後ろを振り返らぬまま、そう声をかけ……。
「――お待たせしました、レイさん」
――彼の副官はその声に答えた。
<デス・ピリオド>サブオーナー、【色欲魔王】ルーク・ホームズ。
影法師との死闘の後の昏睡から復帰し、今ここでレイの傍に帰還した。
レイは、ルークがこの決戦にやってくることを信じていた。
フランクリンとの会話の時間稼ぎも半分は必殺スキルの読み込みのためだが、もう半分は……彼の到着を待つためだった。
そして、その時間稼ぎは功を奏した。
「状況は分かるか?」
「あのモンスターからのティアン救出が最優先。そのために動きを押さえたい……で合っていますか?」
「流石」
オードリーに乗ってここに着いたばかりだと言うのに、もう状況を把握している。
『流石ルーク』と言うしかない。
「なら、実行して良さそうですね……タルラー!」
その呼びかけと同時に、【MGD】の全身に黒紫の呪縛が浮かび上がる。
『――全く、全く、莫迦な話よ』
嘲笑うかのような少女の声が、戦場に響く。
その声の主は、【MGD】の傍で浮かぶ半透明な少女。
『危うく遅刻して大舞台に出られぬところであったわ!』
【ハイエンド・ドラゴニック・レイス】、タルラー。
従魔の身なれど、古代伝説級の<UBM>にも匹敵する大怨霊。
ルークは、既に彼女を【MGD】の近くへと送り込んでいた。
『ゆえに、遅れた分の仕事をするとしようか!』
彼女は笑いながら、呪術による拘束を強めていく。
【MGD】の全身を縛るのは、強固な呪い。
西方の《ブラッド・カース》に相当する東方呪術、《地縛り》。
血ではなく怨念を媒介とし、消費MPと怨念量に比例した強力な【呪縛】を施すスキルだ。
だが、【呪縛】とはMPによってレジストできる呪怨系状態異常。
タルラーは強大な怨霊ではあるが、動力炉を抱えた【MGD】を相手にこの状態異常を掛けるだけの力があるのか?
あえて言うならば、タルラーにはない。
『ああ……莫迦な話というならばお前もだ、人造の魔獣』
だが……。
『呪いの材料をそんなにも抱えているとはなぁ! 余に呪ってくれと言わんばかりだぞ!!』
【MGD】自身が、その供給源。
その腹に抱える怨念動力ユニットが吸い上げていく怨念が、スキルコストになる前に呪いへと変換。
レジストのための魔力の幾らかもMPイーターであるタルラーに奪われ、《地縛り》の出力に回される。
【MGD】のエネルギーに対する強制介入。
相手から奪った莫大な怨念と魔力に物を言わせ、タルラーは【呪縛】を通していく。
『中身が丸見えで、直接使っている訳でもない。介入の余地はいくらでもあるとも!』
【MGD】……その中核たるディランは自身の力で怨念を吸い上げ、それでスキルを使っている訳ではない。
怨念動力ユニットと《キメラテック・オーバード》のユニットは別の改造モンスターだ。
ゆえに、その間隙に呪いを差し込む余地があると大怨霊……【龍帝】の娘は告げる。
『――Error――Error――』
金属製であるはずの【MGD】の顔が、まるで歪んだように見える。
それほどに怒りと焦燥が滲み出ていた。
【呪縛】された身でも右腕を動かして、空中のタルラーを引き裂こうとする。
だが、霊体の彼女にそれは通じない。
本来であれば、霊体や物理攻撃の効かない相手に有効な兵装も【MGD】は搭載している。
しかしそれは今……グレムリンに封じられている。
一つが破綻すれば、ドミノ倒しのように他の対抗策も失われていく。
『――Error――Error――Error――』
自らの力を増すために使われるはずの怨念が、自らを縛るために利用されている。
それでも【MGD】は何とかして稼働し、この【呪縛】を破ろうとした。
だが、動く者はそれよりも早く動く。
「今だ! 行くぞ!!」
「ああ! ジュリエット達が頑張ったんだ! 俺達もやってやるさ!!」
「イエーイ! フランクリン見てるー!?」
【MGD】に近づく機を窺っていたAGI型のランカー達が、腹部の大穴から体内に乗り込んでいく。
【MGD】は彼らを叩き潰そうとするが、自身を発端とする【呪縛】によってそれもままならない。自縄自縛とは正にこのこと。
錆びついたようにぎこちない動きでは、ランカー達を捉えきれない。
そして彼らは一人、また一人と大穴の中で武器を振るい、カプセルを破壊して中のティアン達を連れ出していく。
不可能に思えた狂気的難易度の勝利目標。
しかし、数多の人間の力と意思が重なり、それが少しずつ達成されていく。
そのことを、【MGD】内部のフランクリンはどう考えているのか。
消えたままのホログラムは、彼女の姿を映さない。
しかしいずれにしろ、このままで終わるほど……温くもない。
内部のティアンが次々に運び出され、残りが十人を切った直後、怨念動力ユニットがその機能を自ら停止した。
見えているティアンの分だけでなく、別にある改造モンスターから吸い上げる分も含めてだ。
強制的な悪夢によって抽出されていた怨念が、止まる。
《キメラテック・オーバード》も停止する。
しかし……。
『む……まずいな。《地縛り》のための怨念が……』
怨念動力ユニットが止まるということは、使える怨念が減るということだ。
それは無論【MGD】だけでなく……タルラーにも言えること。
怨念の減少で《地縛り》の出力が落ち、【呪縛】の効果が薄れていく。
『――抹消――抹消――抹消――』
そして怒りと共に【MGD】は動力炉の出力を上げて再び動き出し、再度の侵入を試みていたランカー達を叩き潰す。
いいようにやられたことに激怒する様は、改造モンスターとは思えぬほどに感情的だ。
そしてその感情のままに、【MGD】はまだ自分の近くにいる敵へと右手を振り下ろす。
振り下ろしてしまった。
『――カウンター始動――』
攻撃の先にいるのは、美しいが人間離れした容貌の青年。
体表にあるのは温かみのある素肌ではなく、金属の光沢。
それこそは《ユニオン・ジャック》、鋼魔人。
ルークとバビ、リズの合体形態。
タルラーの【呪縛】とランカー達の救出劇の隙に、彼もまた此処まで近づいてきていた。
そして使ったスキルは、《ユニオン・ジャック》だけでない。
『――軌道選定――』
彼は、彼の身体を借りたリズは、抜刀の構えを取っている。
『――加速開始――』
それこそは《制限昇華》を経た眷属たる彼女が持つ三つのスキル。
そして、その技のオリジナルたる【勇者】より身を以て教えられた技巧そのもの。
(貴方の技、お借りします)
心の中でルークとリズの言葉が重なる。
いま彼らが放たんとするは、草薙刀理の編み出した《我流魔剣・大蛇》。
されど、教わったままの形ではない。
この局面において友の望みを、ティアン全員の救出を叶えるために、今ここでさらに半歩を踏み出す。
守破離には早くとも、未だ完成せずとも、使う必要があるからこそ、その思考を形にする。
それが出来る身体が、彼と彼女にはある。
それこそは、リズの液体金属の身体を分岐させながら同時に放つ変異抜刀。
人体では届かぬ、鋼魔人のみが届く剣技。
今はまだ、銘なき我流魔剣。
されど、八つに分岐して走る銀閃は、神話の大蛇を想起させた。
『――――!?』
幾重にも刃が奔る、一瞬の攻防。
その一瞬の後、無防備ですらある魔人を怪物の右手が叩き潰す。
その斬撃は、怪物を破るには足らず。
されど……。
『――――!』
されど、怪物の腹の中のカプセルを全て切り離すことは成し遂げた。
怪物の腹からボロボロと、カプセルに入った人間達が零れ落ちる。
「往くぞ! 一人として取りこぼすなよ!」
「「「応」」」
切り離されたカプセルを、ギデオン忍軍が回収していく。
敵に対しての人命救助など、天地にいた頃はしたことがない彼ら。
だが、それは必要なことだ。
彼の……レイ・スターリングという男の望む可能性、本当の勝利に必要なこと。
自分達の主たるギデオン伯爵が、共に生きるギデオンの民が、彼に全てを掛けるというのならば……忍者達もそれが己のすべきことと心得る。
そして、彼らは言葉の通り、一人も零すことなく、怨念動力のティアン達を拾い上げた。
その結果……。
『――――』
――【MGD】の腹の中は、空になった。
最早、一人のティアンも【MGD】の中には残っていない。
レイの心を折るために積んだ命は全て、損なわれることなく【MGD】から失われた。
原因は何か?
ブルースクリーンのスキルか?
ランカー達の意地か?
ルークの機転と技術か?
この地を選んでしまったことか?
あるいは、レイがこの可能性を選んだことそのものか?
いずれにしろ、フランクリンの当初のプランは完全に破綻し……。
「――《追撃者は水鏡より来たる》」
――決着をつけるべく、彼女の宿敵が動き出す。
◆
レイが《追撃者》を発動したのはフランクリンにもすぐに分かった。
背に【MGD】を移す鏡を背負い、両手に双剣を持つさまは、講和会議で見た姿と同じ。
このとき、【ブロードキャスト・アイ】越しに見るフランクリンには、二つの選択肢があった。
即ち、《キメラテック・オーバード》を再起動するかどうか。
使えば、二つのスキルが干渉してどんな挙動をするか分からない。
最悪、【MGD】の機能そのものが損なわれる。
しかし使わなければ、同じ速度を得たレイによって破壊されるのを待つだけだ。
なにせ、あちらには瞬間移動のスキルもある。
肉薄されて《復讐》を使われれば、対処も難しく消し飛んでしまう。
そこまで長距離を移動できるスキルではないが、間合いに入れば使ってくるだろう。
だが、《キメラテック・オーバード》を使用すれば、話は別だ。
両者が機能を十全に発揮する結果になれば、あの煌玉馬は置いていかれる。
それは煌玉馬に限った話ではないが、少なくとも確定敗北ではない。
未知にして不確定の前者と確定敗北の後者ならば、フランクリンは前者を選ぶ。
きっと、宿敵とて同じはずだ。
『――《キメラテック・オーバード》』
そして、【MGD】は自前のSPで《キメラテック・オーバード》を再始動する。
タルラーに利用されるリスクから、モンスター由来でも怨念動力は使えない。
【MGD】自身のSPでは、長時間の稼働は不可能。
現状では恐らく三分と保たずに機能停止する。
だが、それでいい。
どうなるにしろ、三分も掛からない。
フランクリンがそう考えて、スキルを発動した瞬間。
――レイと【MGD】は世界を置き去りにした。
◇◇◇
□【聖騎士】レイ・スターリング
その瞬間、俺達が他のみんなとは違う時間に入ったのだと分かった。
俺を乗せて駆けていたシルバーが停止している。
いいや、動いてはいるものの、それは蟻が進むよりも遅い。
周囲を見ればランカーのみんなも、街壁の上のブルースクリーン氏達も、ギデオン忍軍の人達も同じようなものだ。
『レイ』
「ああ……」
俺は、シルバーから降りる。
不思議と俺の動作は普段と変わらない。掛かる重力も、空気の抵抗も、違和感はないことから、それがAGIの齎した主観時間の加速だと理解できる。
俺が一歩一歩踏み出す間に、目に見えて動くものは他にない。
……いや、一体だけいる。
『――――』
俺と同じ速度で動いている【MGD】がいる。
二つのスキルの相互干渉で何が起きるのか、その答えがこれだ。
スキルの停止、機能限界までの稼働、際限なき稼働。
幾つかの結果を予想していたが……今の挙動はその二つ目だ。
『……三番でなくて良かったのぅ』
全くだ。それこそ、どうなったか分からない。
俺達は今、どちらかのスキルが先に限界点を叩いて、そこでループが止まった。
限界までAGIが極まり、主観時間が加速されすぎた結果、お互いが止まった時の中を動いているような状態になっている。
それでも、時間は止まっていないし、限界もあるのだろう。
なぜなら、視界がある。少なくとも、目に取り入れる光よりは遅い世界に俺達はいる。
しかし、世界の……システムの処理よりは速い。
何せ、ウィンドウが追いついておらず、AGIがまだ表示されていない。
果たしてAGIが何百万、何千万の世界にいるのかも分からない。
まぁ光の速さがマッハ八七万なのを考えると、AGI換算で八七億よりは下だろう。
『……しかし、我ながらここまでいけるとは思わなんだ』
「そうだな」
先に限界を迎えたのは《追撃者》か、【MGD】か。
こちらが先に限界を迎えたのならば、【MGD】の方が元々のAGI分だけ速いだろうが……ここまで極まったAGIならば誤差の範疇だろう。
今は、世界で俺達だけが同じ速度で動いている。
俺達と【MGD】だけが、この戦争の決着をつけられる。
『――抹消――』
音速など遥かに超越しているはずなのに、【MGD】の声が聞こえる。
この世界、AGIによる加速は空気抵抗を受けないことも含めて、物理法則が奇妙なことになってるよな。
だがまぁ、そんなことは今どうでもいいか。
「待たせたな。この時間がいつまで続くか分からないが……ケリをつけよう」
きっと一秒にも満たない一瞬で、この戦いは終わる。
「往くぞ!」
『応!』
そうして俺は、黒翼水鏡の双剣を握って大地を駆ける。
さっきマックス達やガルドランダがそうしていたように、【MGD】へと一直線に駆ける。
主観での俺の足は速くはない。シルバーで駆けているよりもずっと遅く感じる。
しかし、客観的に――俺はいま世界最速で動いている。
『――――』
それを迎え撃つように、【MGD】は動いている。
右腕だけを動かして、俺を薙ぎ払うように攻撃してくる。
これまで俺を狙ってこなかった【MGD】が、この状況への危機感ゆえか接近する俺に対して腕を振るってきた。
その攻撃は巨大で、人の足で駆けるだけの俺では避けきれない。
迫る腕に《復讐》を使うかの判断を強いられるが……俺は使わない。
恐らく、数千万のHPを持つだろう【MGD】。
腕に対して《復讐》を使っても、相手を倒すには届かない。
狙うのは、より重要な器官。
だから俺は、そのまま【MGD】の攻撃を受けた。
俺は相手の何万もあるだろうSTRに跳ね飛ばされ、大地を砕いて転がる。
「……まぁ、そうなるよな」
だが、傷の一つもない。
俺は、あの巨体と莫大なSTRを持つ【MGD】の攻撃を、ほぼノーダメージで凌いだ。
今の《追撃者》のミラーリング対象のステータスは、二つ。
俺がAGIと共にコピーしたもう一つのステータスは、END。
そちらも、AGI同様に極まっている。
コピーするだけの俺が無傷なのだ。お互いにそうなっているだろう。
もはや俺達は互いにただの攻撃では傷つけられない。
だが、俺達には互いに相手を殺す術がある。
俺には《復讐するは我にあり》が、【MGD】には《蹂躙砲》が。
問答無用の固定ダメージ攻撃ならば、耐久が極限に達した敵でも滅ぼせる。
『「――――」』
相手もそれを理解したのだろう。
俺達は互いに視線を交わし、睨み合う。
だが、負ける気はない。
お互いに相手を殺しうる手札を持ってぶつかるのは……俺の得意分野だ。
そして、もう一つ。
『レイ、あやつもしや……』
「気づいたか」
俺と奴には、決定的な違いがある。
だから、俺は其処を突く。
「疾ッ!」
俺は再び大地を駆ける。
今度は真正面からではなく、大きく迂回するように【MGD】へと迫る。
無事な右腕の届かない範囲、ジュリエットが破壊してくれた左腕の方からだ。
『――――!』
【MGD】はそれを確認しながらも、その全身は動かない。
頭部と胴体を固定したまま、尾や千切れた左腕を使って迎撃しようとしている。
奇妙で不自然な動きだ。
向きを変えるなりすればいいのにそうしない。
あるいは俺は走って追いかけるしかないのだから、左足で無理やり跳ねるなりして距離を取り、《蹂躙砲》の準備を待てばいいのにそうしない。
まるで、動きたくとも動けないかのように。
そう、俺達と違い、奴は――まともには動けない。
なぜなら、奴の中にはフランクリンがいるからだ。
ステータスを加算したのも、極限のAGIに到達したのも俺と【MGD】だけ。
【MGD】の中にいるフランクリンは、対象外。
「お前にとって最も安全で信頼できる場所なんだろうが……仇になったな、フランクリン」
コクピットにGの軽減装置の類はあるだろう。
だが、それは……今の極限AGIをも想定した構造ではないはずだ。
今の速度でまともに動けば……中はどうなる?
コクピットに掛かる負荷は計り知れない。
『――――』
【MGD】はバカじゃない。
今の自分がまともに動けば、フランクリンが死ぬと分かっている。
だから、ああして頭を動かさないように不自然な動きで俺を払おうとしている。
しかし、その行動は……。
「――フランクリンは其処にいるな?」
俺に、自らの弱点を教えるのに等しい。
狙うべきは頭部か、首の付け根。
そこにコクピットがあり、フランクリンがいて、――皇国の宝もそこに在る。
「なら、そこを狙うさ!」
俺は迫る尾と左腕を視ながら、今度は跳ね飛ばされないように回避機動をとる。
……生身でこれほどのデカブツと戦っていると、【ゴゥズメイズ】を思い出すな。
あるいは、【RSK】と戦ったときか。
『あれらの戦いが随分と昔のように感じられるな』
まったくだ。
「だが、あの頃と違うことも……沢山ある」
『うむ!』
迫る尾と左腕を回避し、その後の動きを考える。
対象が頭部ならば駆け上がらねばならない。
シルバーがいれば空中戦もできるが、シルバーはこの加速状態に対応できていない。
フィガロさんが煌玉馬を持っているのに使わない理由が、今になって理解できる。
『では、どうやって頭部を狙う?』
「足を崩す」
さっきガルドランダがやったことの真似だ。
双剣に二分されたダメージカウンター、その一方を使って左の足首を破壊する。
それでバランスを崩して倒れればよし。
あるいは……極限加速状態で転べばその衝撃でコクピット内にダメージが入るかもしれない。
複数の効果を狙い、俺は左の足首へと駆ける。
『――抹消――』
その俺の動きを、狙いを、【MGD】はどう思ったのか。
顔を動かさないまま、構造上届かないはずの右腕を俺に向けている。
――ゾワリと嫌な予感がした。
咄嗟に接近する軌道から回避へと移ろうとする。
しかし、それに先んじて【MGD】が動いた。
『――Weapon Arm Gimmick Ⅰ――』
――右腕の手首から先が射出された。
ロケットパンチとでも言えばいいのか。
身体から分かたれながら、明確な意思を伴って俺を追ってきた。
『レイ!?』
「ッ!」
俺はそれを、回避できない。
上から圧し潰されるようになり、俺は地面と【MGD】の右手に挟み込まれた。
「ッ……! 古典的な玩具仕込みやがって……!」
だが、見た目以上にこの状況はマズい。
恐らくグレムリンの効果が切れてきている。
封じられていた内蔵武装を使い始めたのがその証拠だ。
そして、さっきの『Gimmick Ⅰ』という音声の通りなら、あの腕はまだまだ妙な武装を積んでいる可能性が高い。
だが、それ以前に……。
『レイ、この状態はマズいぞ!?』
「分かってる!」
俺にはこの状況が既に危険域だ。
《追撃者》でAGIとENDこそ極まったが、STRは据え置き。
【MGD】の力を押し返すどころか、この機械の腕を跳ね除けることも難しい。
殴ってもダメージがないと見て、拘束する方向に学習しやがった……!
『――――』
そして、指の隙間から見える視界の中では、【MGD】がゆっくりと頭を動かしている。
それは俺達の主観では蟻の進むような速さ――先刻のシルバーと同程度の速さ。
つまりは、現実にその速度で動いても問題ない速さだ。
『我らをこの手で拘束したまま、《蹂躙砲》を撃つつもりだ!?』
「ッ!」
既にチャージを終えたのだろう。
そして、このまま撃たれてしまえば詰みだ。
効果圏に入ってしまえば、シルバーなしの俺達では《蹂躙砲》を回避できない。
ゆえに、俺達は一刻も早くこの拘束を解かねばならず……。
「――《復讐するは我にあり》!!」
――已む無く、切札の一発を使用する。
左手の剣からダメージカウンターが失われるが、俺達を拘束していた右手を消し飛ばすことに成功する。
残りは、右手の剣の分のみ。
それでも自由になったことで、《蹂躙砲》の間合いから逃れるように動く。
もう一度拘束されればアウトだ。
『――Weapon Arm Gimmick Ⅲ――』
――そんな懸念を嘲笑うかのように、再度音声が聞こえる。
同時に右腕の装甲の一部が解放され、中から何十本ものワイヤーが射出される。
その全てが、誘導されるように俺を追ってくる。
「野郎……!」
露骨に拘束目的の攻撃だ。
しかもワイヤーは奴の一部扱いなのか、この極限加速でもまともに動いている。
『どうするレイ!?』
「……!」
手札が足りない。
【瘴焔手甲】はさっきの召喚時の《零式》で両手とも機能停止状態。
【黒纏套】はチャージ不足。
ネメシスは《追撃者》の必要があるから別形態にはできない。
今、他に仕える手札は……!
「賭けに出る!」
『何!?』
その言葉の直後、俺は左の剣を背面の鏡に戻し、代わりの武器を《瞬間装備》する。
そして、ワイヤーが俺達に迫り……。
『――《選刃・力》』
――俺の左腕が振るった斧によって、ワイヤー群は砕けながら弾かれた。
「……!」
ミシリと、左腕が軋むような反動が返ってくる。
だが、俺の腕は耐えている。消し飛ばず、折れず、出血すらない。
反動がない訳ではない。
しかし……。
「極限のEND……か!」
追撃者で得たENDでその反動を抑え込めている。
『レイ、これは……!』
『――――』
直後、【MGD】は千切れかけた左腕で俺を圧し潰そうとしてくる。
対して、俺はこの決戦までに重ねた斧の権限の全てを、威力の選択に回す。
高火力を求めて、属性も選ばす、斧を振るう。
『《選刃・震》』
今回は超振動が発生し、【MGD】の装甲を粉砕する。
その反動にも、耐える。
「ハッ! 反動よりも攻撃の方が遥かに強いみたいだな!」
これまでは一振りもしない内に腕が壊れていたので、分かりづらかった。
攻撃と反動の間には同じ属性でも威力は大きく異なる。
ならば、お互いに同じENDなのだとしても……。
「このENDを、俺は攻撃に使えるってことだ!」
『――――!』
斧の攻撃力は凄まじく、今の【MGD】を相手にしてもダメージが徹る。
なら、コイツで足首を砕けば……残った剣で勝負を決められる!
『――――!』
「今度は……どうだ!!」
『《選刃・斬》』
振り回された尾を斧で弾こうとすれば、発動した斬撃によって尾が断たれる。
『むぅ、あちらが大活躍なのは気に掛かるが……いけるな、レイ!』
斧で【MGD】の攻撃を跳ね除け続ける様に、ネメシスは興奮しながらそう述べる。
しかし……。
「……そう気楽な話でもないんだよ」
『何?』
今のENDなら、反動ダメージを最大限抑え込めるのは間違いないが……。
『警告。我が力には固定ダメージや電気、冷気、呪いなども含まれる。無作為ゆえに、如何なる力が発動するかは不明』
「という訳で、さっきから命懸けの博打の真っ最中だ」
『……ここでもガチャではないか』
ああ。ENDでどうしようもない属性を引いたら一気に詰むガチャだ。
正直、ここまで三回とも物理的な属性で助かった。
だが、少なくともあと一度……いや、二度は振る必要があるだろう。
賭けにはなる。
「だが、届くぞ」
このまま勝負を決める。
『――Weapon Arm Gimmick Ⅵ――』
俺の接近を阻むべく、咆哮と共に【MGD】がまた武装を展開する。
その宣言と共に突き出された右腕からは幾つもの砲門が見えた。
極限加速状態のこの世の殆どの射撃武器よりも速い。
さっきの射出ワイヤーのように本体の一部ならばともかく、そうでなければ遅すぎる。
だが、この状況でも俺達より速い射撃武器はある。
ある……が。
「――悪手だろ、それ」
――直後、【MGD】から幾条ものレーザーが放たれる。
光速のレーザーならば俺達よりも速く、斧で切り払うこともできないだろう。
しかしそもそも……。
「俺相手にレーザーを使っちゃいけませんって、フランクリンに教わらなかったのか?」
その動きを読んでいた俺は、既に【黒纏套】で自分の身体を覆っている。
【MGD】のレーザーは全て【黒纏套】に吸い込まれた。
『――――!!』
【MGD】はバカではない。
しかし、感情的だ。
機械で出来た改造モンスターのはずだが、今も【MGD】の声には感情が乗っている。
だからこそ、俺を阻むことができない怒りと、近づいてくる恐怖さえも窺える。
ブルースクリーン氏のグレムリンからずっと、【MGD】はこちらに押されている。
その想定外に苛立ち、感情が荒ぶっている。
怒りによる奮起は力になる。俺もその類だ。
しかし感情があるからこそ、こうして機械なら踏まない轍を踏むこともある。
そして相手の仕損じた隙に……。
――俺達は【MGD】のすぐ近くに到達した。
『――――!!』
両腕を失い、尾を失い、武装すら無力化された【MGD】
それでも俺達を打倒せんと、左脚を強引に動かして踏みつけてくる。
あの巨体の全重量による踏みつけ、俺は動けなくなるか、あるいはこのENDでも大きなダメージを負うだろう。
だが……。
「――もう一回だ」
『――《選刃・炎》』
迫る左脚ではなく、地に着いたままの右足に向けて、斧を振る。
その瞬間、生じた極大の火炎が【MGD】の右足を熔かした。
同時に俺の左腕も反動で焼け焦げる。
流石に、四回連続でローリスクとはいかなかった。
だが、生きているし……左腕も肉と骨がまだある。
まだ、振れる。
『――――!?』
見上げた先では悲鳴を上げながら、【MGD】の身体が傾いていく。
地に立つ者が接地面を失ったゆえの当然の結果。バランスを補う尾すらも既に無い。
そして、傾き倒れる【MGD】……その頭部に向けて俺は駆ける。
「――この戦争にケリをつけるぞ!!」
『――ああ!』
右手にネメシスを、左手に斧を握りしめ、俺は【MGD】の急所を目指す。
倒れ込んでくる頭部。
最後の標的。
『――――』
だが、その口腔には、先刻王国の<マスター>を数多消し飛ばした光。
分かっていたことだ。
こちらが相手の頭部を目指すならば、それは相手の頭部に身を晒すに等しい。
【MGD】にとっても、俺を殺す最後の機会。
奴が王国の命を殺すか。
俺が皇国の宝を壊すか。
この一瞬の攻防が、全てを決める。
◇◆◇
□■極限加速空間
『――――』
最後の攻防の先手番は、【MGD】。
倒れながら、俯瞰しながら、照準をレイに合わせる。
『――《蹂躙砲》――』
至近距離からの固定ダメージ光弾によるクラスター爆撃。
事ここに及び、【MGD】はリスクを許容する。
不安定な体勢での発射だ。自らが被弾するリスクもあるだろう。
コクピットへの影響も、どれほどになるか分からない。
それでも、絶対にレイを殺さねばならないと【MGD】は判断を下した。
既に、自らの創造主と似て非なる憎悪を彼に抱いている。
そして、自らの主砲を発射せんとしたとき……。
その光学センサーの先で、黒き外套を砲門の如く変形させたレイを見る。
「さっきはありがとよ」
それこそはレイ・スターリングの防具にしてメインウェポンが一つ、【黒纏套】。
光を蓄積して放つ輝ける一条。
そして……先刻のレーザーこそが最後の蓄積。
満ちた光が、砲門より溢れ出す。
「――《シャイニング・ディスペアー》」
――その瞬間、頭部眼球のセンサーを光速のレーザーが破壊する。
強烈なレーザーによって照準装置そのものが破壊された。
その影響で《蹂躙砲》の発射そのものが停止されようとするが、【MGD】その緊急停止信号……安全装置を無理やり押し退け、再度の発射に踏み切る。
そんなことに構っていられるかと、生物的な衝動で発射を断行する。
『――《蹂躙砲》――』
目も見えぬまま、そこにいるはずと自らの主砲を撃ち放つ。
固定ダメージの砲弾が群れを成して大地へと殺到し、地上を消し飛ばし、更には【MGD】自身の足も巻き込んで消し飛ばす。
しかしそれでも周囲を一気に破壊した。
これで仕留められたはずと、【MGD】は思考して――しかしその思考機能ゆえに自らの誤りを知る。
やってなどいない。
なぜなら――まだ自分が加速状態にあるから。
ハウリングで共に極限加速に至った相手が生きている、何よりの証明。
ゆえに……。
「《復讐するは――」
故にこの戦いの結末は……。
「――我にあり》!!」
――宿敵の手の中にこそ在った。
『――――――――』
接触によって発動した固定ダメージによる倍返し。
流し込まれたダメージによって、膨大なHPを持つ【MGD】でも頭部が吹き飛ぶ。
それでも、【MGD】は死なない。死んでいない。
頭部は攻撃器官の一つ、破壊されたところで死亡に至る訳ではない。
だが、頭部が破壊されれば、視えるものもある。
頭部と首の接続部付近。
破壊された装甲の狭間に見えるのは、先刻ホログラム越しにレイが見たもの。
内蔵されたコクピットが、隔壁を破壊されて露出する。
レイは、その中に宿敵と……自らが壊すべき皇国のフラッグを視た。
ゆえに彼は躊躇うことなく、左の斧を使用する。
『――選刃・光』
――選ばれたのは、奇しくもレイが最も使いたかった属性。
溢れた光熱が反動でレイの左手を炭化させる。
しかし同時に、それを上回るエネルギーがコクピット内部へと照射される。
フランクリンが、【DU】が、機器が、コクピットのあらゆるものが光に呑まれていく。
その中には当然――皇国の宝も含まれている。
そうして、光の奔流の中……皇国の宝は蒸発した。
◇◆
現実時間では一瞬に過ぎぬ攻防。
レイ達と【MGD】だけの時間。
その光景を認識できたものは、レイ達のみ。
しかし紛れもなく、それが第二次騎鋼戦争……<トライ・フラッグス>決着の瞬間だった。
To be continued
(=ↀωↀ=)<<トライ・フラッグス>、終戦
(=ↀωↀ=)<…………さてと
(=ↀωↀ=)<次は22時更新です




