第一八四話 <トライ・フラッグス>最終決戦 前編
□■<ジャンド草原>
王国と皇国、二つの国の戦争の最終局面。
王都で、皇都で巻き起こった陰謀とは無関係に。
クレーミルで起きた【破壊王】と【獣王】の激突とも離れて。
今ここで、戦争の結末を左右する最後の戦いが繰り広げられている。
レイ・スターリング率いる王国勢と相対するは、Mr.フランクリン最強の改造モンスター【MGD】。
フランクリンがレイをこの地に呼び出した時点で、その手札は二通りに読めていた。
かつての戦争とギデオンの事件で用いた、大量のモンスター軍団。
そして、講和会議で出現した巨大改造モンスター、【MGD】。
【MGD】と戦ったシュウによってその能力を推測していた王国勢が取った戦法は、上限を抑えた上での戦力集中。
シュウや抜刀状態のカシミヤ、狂化状態のハンニャといった極端なステータスの持ち主を戦場に配置しない。
その上で、モンスター軍団を打倒し、【MGD】が得たステータスの優位を圧し潰せるだけの数を用意する。
ランカー以外もギデオンの外縁部からの援護射撃によって戦闘参加し、特化戦力ではなく数の力で戦う。
他者のステータスを上乗せする【MGD】に対処可能な戦闘プランだった。
しかし、事前想定と違う点が二つ。
まず、予定していた戦力の半分もこの戦場には来ていない。
ヴォイニッチによって戦力移動を担っていたパレードが殺害されたことで、移動が叶った戦力は転送待ちの最前列に並んでいた者達……ランカーを含めた一握り。
あとは召集されて自力でギデオンに辿り着いた者か、元々ギデオンに滞在していた非ランカーくらいのもの。
それでもモンスター軍団に抗することはできたが、【MGD】の出現と《蹂躙砲》によって残る戦力も大きな被害を受けた。
街の中に被害はないため外縁部からの支援は継続可能だが、戦場に出られるランカーがロードウェルをはじめ数多く倒された。
第一の問題は、王国戦力の不足。
そして第二の問題は――【MGD】の戦力増大だ。
『《喚起》、《喚起》、《喚起》、《喚起》』
【MGD】のコクピットの中で、歌うようにフランクリンが宣言を連ねる。
かつて、『私がいちいち《喚起》で呼び出していたら夜が明ける』と言っていた者が、あえて《喚起》でモンスターを呼ぶ。
その行為に、<UBM>相当のモンスターをさらに追加してくるかと王国勢は身構える。
だが、戦場に新たなモンスターが現れることはなく、
――【MGD】が超音速機動で王国の<マスター>の一人を叩き潰した。
目にも留まらぬ速度で、大地ごと<マスター>を殴りつけ、その衝撃で大地が陥没する。
サイズと重量だけの問題ではなく、込められたSTRの巨大さを思い知らせる一撃。
「これは……!」
『コピーされても構わない程々のステータスを上限に数を揃えて倒す……なんてありきたりな攻略が通じると思った訳じゃないよねぇレイくぅん?』
当然、フランクリン側もそうした手を打たれることは想定していた。
そうした事態への解決法も用意している。
第一に、主砲たる《蹂躙砲》。有象無象を踏み荒らす固定ダメージの連続爆撃。
そして、第二の対抗策がこれだ。
『KIKIKI……KIKIKI……』
MGD内部のコクピットには幾つかのケージが備え付けられており、中には小さな改造モンスターが入っている。
その内の一匹、小刻みに震えるネズミの銘は、【DU:AGI】。
正式名称、【ドーピングユニット:アジリティ】。
『レイ君。ネズミとゾウの生涯心拍数は同じって説を知ってるかい?』
「?」
それはレイも知っている。
どちらも一生の心拍数は十五億回前後であるという説だ。
ネズミはゾウよりも寿命は短いが心拍数は遥かに多く、そして体感時間も違うのではと言われている。
『まぁ人間含めてトンデモ生物が多いこの世界でどの程度適用されるかは微妙だけどね。ともあれ、命短くとも主観的な命の時間、価値には大差ないとも言える。であるならばコストとして見ても同じこと。この世界、最終奥義で分かるように命はコストとして重いからねぇ。利用しない手はない』
「まさか……!」
『これらは生存可能時間を圧縮することで、発揮するステータスを引き上げたモンスターだよ』
ケージの中で震える哀れなネズミ。
時間停止型のジュエルから出せば五分で死ぬ。
しかしその圧縮された命の代償に……五万ものAGIを持って生まれた改造モンスターである。
しかし、それだけでは何もできない。
数値上のAGIがあってもまともに動ける作りになっていない。
何の意味もなくステータスを持て余した短命の哀れなモンスターを生み出しただけだ。
ここが、【MGD】のスキル……《キメラテック・オーバード》の効果圏でなければ。
『製作・運用の効率は悪いけれどこの場の最大値たる数万のステータスを生み出せば……ディランはそれを自らに上乗せできる』
ゆえに、【ドーピングユニット】。
敵に依存するのではなく、自らが作り出した改造モンスターによって【MGD】を高める手段もフランクリンは持ち合わせていた。
無論、AGIだけではない。
全身を風船のように膨らませた小さなゾウは、【DU:HP】。
目に見えて分かるほどに肥大化した筋肉を膨らませて転がるサルは、【DU:STR】。
全身に分厚い甲羅を纏って身動きできなくなっているカメは、【DU:END】。
各ステータスに対応した特化型の改造モンスター。
『……で、その貧弱な戦力でどうやって勝つ心算なんだい?』
上限を抑えた王国勢に対して【MGD】の戦力は遥かに上になったのだと告げてみせ、心を折るようにフランクリンは嘲笑う。
(まぁ、技術的に今はこの辺が限界だったけれどねぇ)
コストも含め、代わりもそう多くはない。
だが、見せ札としては十分だとフランクリンは判断する。
一度奮起した王国勢を、ここでもう一度折れるか試す。
乱れ崩れれば、その隙を突いてさらに削れる。
そう意図しての挑発だったが。
「――フランクリン、俺を狙いから外したな?」
――その意図を、再び宿敵が挫く。
『……何がだい?』
「とぼけるなよ。今の不意討ちで俺を殺せていればお前の勝ちだっただろうが」
『…………』
レイの詰問は事実だ。
相手より極めて高いステータスを獲得した最初の一撃。
狙うなら最大効果の相手で良かった。
だが狙ったのはレイではなく、レイの傍にいた有力ランカーでもない。
その理由は……。
「お前、俺にダメージを与えることを警戒したな? 【RSK】のときと同じだ」
『……ッ』
フランクリンは小さく舌打ちする。
あのときと同じという言葉に対して、『君は随分と修羅場を越えてきたな』とさえ思う。
幾多の戦いを経て、読みが以前よりも深まっている。
正解だ。
フランクリンは最大目標であるレイを狙わなかった。
理由は、ネメシスのダメージカウンター。
それが蓄積されることを警戒した。
一撃で殺せればいいが、《カウンター・アブソープション》で防ぐなり耐えられるなりすれば蓄積が溜まる。
そして、彼女はあの程度の攻撃で彼が死ぬと考えるほど相手を甘く見ていない。
必ず耐えるし、それを力に変えてしまうと確信している。
レイに対して強化されたステータスによる打撃……単発の大ダメージ攻撃など絶対にしてはいけない。
これまで数多の強大な力の持ち主がそれでレイに敗れてきた。
やるならば、連続爆撃の《蹂躙砲》だ。
チャージが終わり次第レイを消し飛ばす算段であり、それまでに他の邪魔者を削るのがフランクリンの段取りだ。
「よっぽどダメージカウンターを溜めてほしくないみたいだな」
フランクリンが、そこまでダメージカウンターの蓄積を恐れる理由は……。
「――お前が怖いのは《追撃者》だろ?」
『――チッ』
今度こそ明確に、フランクリンは表情を歪めて舌打ちした。
本心からの苛立ち。気づかれたことへの不快感である。
《追撃者は水鏡より来たる》。
ネメシスの第四形態、黒翼水鏡の固有スキル。
その効果は、ダメージカウンターを蓄積した対象のステータスコピー。
そう――【MGD】と同じく他者のステータスを写し取るスキルだ。
「教えろよ。俺が《追撃者》でソイツのステータスをコピーしたときの挙動はどうなるんだ?」
『…………』
フランクリンは答えない。
教えない。教えられない。
そんなもの、フランクリンにとっても『未知』だからだ。
講和会議での【獣王】との戦いは見ていた。
それによってレイがステータスをコピーする力を得たと察することは容易であり……同時にそれが自分の切り札と重なってしまうことにも気づいた。
実際、この二つのスキルがぶつかればどうなるかは分からない。
【MGD】のステータスを《追撃者》がコピーする。
自身以外で最大ステータスのレイを対象に《キメラテック・オーバード》が発動して上乗せ。
上昇した【MGD】のステータスにリンクして《追撃者》がレイのステータスを上書き。
《キメラテック・オーバード》が……エンドレスだ。
マイクとスピーカーのハウリングのようなもの、とでも言えばいいか。
最終的にどうなるかなど、検証する術がなかったためにフランクリンにも分からない。
クラン内のシミュレーションの<エンブリオ>の持ち主すら、データ不足で正確な情報が出なかった。
どちらかが先に限界を迎えるのか、何が破綻するのか、まるで分からない。
だからこそ、そんなものはそもそも発動すらさせたくない。
必要なダメージカウンターなど溜めさせないまま、《蹂躙砲》の再使用で一息に仕留めたかった。
しかし、その意図をレイに見切られた。
(――突破口は其処だな)
フランクリンの反応で、レイも確信する。
この圧倒的な怪物を倒す術、勝利の可能性は自分達の中に在るのだと。
(会話で時間は稼げてるけど、どっちが先だ?)
レイは黒業神剣に視線を送る。
柄から伸びる記録帯には、今も人名と数値が刻まれ続けている。
それこそは必殺スキルたる《女神は天に在らず、我等の傍らで剣を執る》のチャージ状況だ。
先刻、腹の中に飛び込んだときに【MGD】を対象にスキルを発動させた。
現在、【MGD】の攻撃で被害を受けた王国側の<マスター>と巻き添えになった改造モンスターのダメージを読み込み、記録、蓄積。完了時にその全てがダメージカウンターへと加算される。
間違いなく、今の【MGD】を相手にしても《追撃者》の発動に足る数値だろう。
だが、レイにも分かっている。
フランクリンもまた、刻を待っている。
ネメシスの必殺スキルの読み込みと【MGD】の《蹂躙砲》のチャージ。
どちらが先に完了するかで、戦況は大きく変わる。
(……必殺スキルに読み込みを途中で切り上げられないって欠点があるとはな)
『欠点などと言うな! そうなってしまったのは御主の在り方なのだからな!?』
(あと、カタの時より読み込み遅くないか?)
『……ストック数に応じて速度が変わるらしい』
(その仕様、聞いてないんだが)
『私とて知らなかったわ!!』
念話でネメシスが抗議してくるが、今回は死活問題だ。
ネメシスが先に完了するためには、【MGD】の重ねる被害を増やしすぎてはいけない。
《追撃者》の発動には、一発目の《蹂躙砲》だけで十二分。
それ以上の被害は、読み込みの完了を遅らせるだけだ。
ゆえに、周辺被害を抑えるためにレイは会話でフランクリンの行動を抑制していた。
尤も、それだけが狙いではないが。
(何にしても、発動前に奴の中のティアン達を救出しないと)
何が起きるか分からない状態に、弱ったティアン達を巻き込めない。
そう考え、ティアン達……怨念動力ブロックを収めた【MGD】の腹を睨む。
巨大で分厚い装甲。元より【鉱竜王 ドラグニウム】の完全遺骸で作られたその身体は堅牢だったが、今はそれに【DU:END】の数値も加算されている。
【DU】もEND、それとHPは【ドラグニウム】の強度には及ばないのか、STRやAGIと違って対応ステータスを数倍するような結果にはなっていない。
それでも、破るには相当の攻撃力が必要になる。
その上で、装甲の破壊に巻き込んでティアン達を殺傷するような威力ではいけない。
矛盾する力を求められる難題だ。
(アズライトがいれば……なんて言えないな)
彼女の【元始聖剣】ならばあの装甲でも豆腐のように裂けたのだろうが、この戦争において彼女が戦場に立つことはない。
彼女は彼女の責務で、別の戦いに立っている。
動けるのは自分達のみ。
街の外で生き残った数十人、街の中から支援するティアン含めた数百人。
レイが個々人の能力まで把握している人間は多くはない。
この三日間の戦いの中で、レイも知る多くの<マスター>が退場した。
<デス・ピリオド>のメンバーも、半数以上がここまでに退場した。
生きてここまで残ったのは、所属も立場もバラバラの<マスター>達。
それでも……全員が同じ方向を向いて戦っている。
「レイ」
そのとき、レイの傍に近づいたチェルシーが小声で話し掛ける。
「チェルシー?」
「ギデオンに集まった<マスター>の中に、一時的にでもアイツを止められる人っている?」
「……いる」
それは生き残りの一人で、レイも知っている人物だ。
彼ならば、恐らくはあの【MGD】を止めることができる。
それがどれほどの時間かは分からないが、先々期文明の産物も停止させられることは実証済みだ。
一時的にでも動力炉や怨念動力を止めれば、その間は【MGD】も動けなくなる。
「ならそっちに指示出しお願い。そうしたら……あたし達がアイツの腹を抉じ開ける」
チェルシーの宣言に、レイは彼女達の姿を視る。
チェルシーが、マックスが、そしてジュリエットが、決意と共にレイを見つめ返していた。
「――任せた」
『出来るか』などとは、問わない。
彼女達ならば、出来ると信じて……レイはその工程を任せた。
「――了承せり!」
三人を代表してジュリエットが応え、彼女達は動き出す。
【MGD】との決戦。その最初の難題を切り開くために。
To be continued
(=ↀωↀ=)<今も書きながら年末進行中
(=ↀωↀ=)<昨日投稿予定の話は書いたけど『これ後に回した方が良いな』となったので
(=ↀωↀ=)<明日か明後日に連続投稿予定




