幕間 なんとなく
■未来視について
かつて、カルディナ議長ラ・プラス・ファンタズマは王都の壊滅を予知した。
未来視たる彼女が予知した王都の壊滅……クレーターとは何だったのか?
二人の<超級>が命を賭して防いだ二発の【四禁砲弾】であろうか?
否、それは関係がない。
それらの危機は彼女の能力対象外の存在の指図によるもの。
彼女が本来予知した王都壊滅の予知とは無関係に発生した。
では、王都壊滅の原因が何かと言えば……それもまた【四禁砲弾】である。
<天獄の駒>のテロによって放たれたものではなく、クラウディアの指示で先日の講和会議に乗じた王都襲撃の際に地下水脈へと仕掛けられた【超重砲弾】。
かの兵器は【盗賊王】ゼタによって水の味を変える装置と共に持ち運ばれ、設置された。
<化身>介入前の素材と技術で作られたがゆえに、<イレギュラー>たる【皇玉座】が撃ち出さなければ【邪神】の護りをも突破して殺傷可能な超兵器。
その起爆を想定されたケースは二つ。
戦争に勝利し、王国に関する全権を得た場合。
王都の住民を退避させた後、【邪神】の処刑装置として作動させる。
逆に戦争に敗北し、打つ手がなくなった場合。
相手に逃げられる前、悟られる前に王都……そして住民ごと【邪神】を抹殺する。
何をおいても【邪神】と<終焉>による危機を防がねばと考えているクラウディアによって仕掛けられた、彼女ですら可能ならば使いたくない最後の手段。
だが、使う必要があれば使うだろうと思われたモノ。
それこそ、もはや敗北が確定せずとも見えた段階で起爆することも考えられる。
例えば……最も信頼する親友にして最大戦力が敗れた場合などだ。
だからこそ、議長はヴォイニッチを使ってその起爆に先んじてテレジアを王都の外に連れ出そうとしていた。
テレジアが死ななければ、王都住民を抹殺したその大惨劇は……逆に王城の結界から出され、ドーマウスというフィルターもない【邪神】を大幅に成長させることになる。
その一事で<終焉>の覚醒に至ることすら可能であると、議長は未来を視た。
二発の【四禁砲弾】が防がれてなお残る、王都を襲う最初にして最後の【四禁砲弾】。
ベヘモットの退場によって……その兵器が起爆する未来が近づいてきた。
◇◆◇
□■<王都アルテア>・王城・テレジア自室
「ハァ、ハァ……」
第三王女テレジアの居室で、ゼタは大規模大気操作の疲労で乱れた息を整えながら、続く行動に移らんとしていた。
(この王城は問題しか起きないのですか……?)
先日この城で事件を起こしたのは彼女自身だが、今回はあの時よりもさらに酷い。
城の中で超級が幾人も暴れ回り、なぜか提携先まで出てきて、挙句にラスカルも持っていないような先々期文明戦略兵器の二連発だ。
騒動の中心というにも中心すぎた。呪われているとしか言いようがない。
(以前に私達と戦ったフリーベル伯爵といい、王国はカオス過ぎませんか?)
ゼタはこんな国をメインの活動拠点にしていた自分達のオーナーに改めて戦慄し、『自分だったら絶対に嫌です……』と強く思った。
<エンブリオ>の性質にも表れているが、コントロールから外れすぎた状況は彼女の好みの真逆である。
(とにかく、早くここからこの子を連れ出さなければ……)
「みいらさん、だいじょうぶ?」
まだ背負ったままのミリアーヌについて、思考を回す。
この部屋にいたゼタ以外の<超級>二人は既に退場した。
伝言を届けにきた一般の<マスター>は、彼女に仕掛けてくる様子もない。
空で起きたトンデモ事象にまだ気を取られている。
(殺しても良いですが、【ブローチ】やスキルで耐えられて交戦されても面倒ですし……)
ゼタは彼の顔周辺の空気の組成をコントロールした。
一酸化炭素の割合を増やした空気を気付かず吸い込んだ瞬間、ダムダムは気を失って静かに床に倒れた。
ゼタは『……この手口、アンデッドに効かなかったのは分かりますけど、何でフィガロ達にも効かなかったんでしょうね』と疑問に思う。
対人なら普通はこれで片付くのに、と。
その心の声を聞く者が聞けば『まだフィガロを人間扱いしてたんですか?』と逆に正気を疑われるだろう。理不尽な話である。
(さて、残る問題は……)
【四禁砲弾】の迎撃を見届けて以降、ゼタの方を見ている第三王女だ。
何というか、視線が『そろそろ出発した方がいいんじゃない?』と言いたげだ。
彼女とその護衛らしい裏切者は、なぜか誘拐に乗り気である。
(押しかけ誘拐など聞いたことが無……いえ、かつてオーナーが思い出話で似たようなことを言っていましたね)
ゼクスの変身ストックの代表格たる【聖女】候補にまつわる事件がそういうものだと聞いている。
「…………はぁ」
乗りかかった船と言うには押しつぶされそうなほどに大きいが、ここで揉めて時間を失うよりはマシと判断した。
後の政治のあれこれはもう自分とは関係ないとゼタは割り切る。
旧知の醤油抗菌達の反応が怖いが、何か言われる前に逃げてしまおう、と。
王都周辺の土地も王国ではなくなったので、最早問題なく離脱できる。
このままミリアーヌと第三王女を連れて王都を脱出。ゼタもモーターも超音速機動が可能なので背負った少女達に配慮しても日付が変わる前にキオーラに辿り着けるだろう。
「出発。そろそろ向かいましょう?」
「みいらさん。おとまりセットっている?」
「万全。きっとお爺様の家の方で用意しているから大丈夫ですよ」
「そっかー」
船団長の孫の受け入れ準備くらいは、依頼主のエドワルドも進めているだろう。
ゼタとしては、こんな混沌の都からは一秒でも早く抜け出したい。
次は何が出るか分かったものではない。
そして、ゼタはミリアーヌを背負い、テレジアを抱えたモーターを連れて王城を脱出し始めた。
◆
その先に待つ未来は【邪神】の生存。
【超重砲弾】による王都の壊滅。
【邪神】の大幅成長。
<終焉>の覚醒。
議長の視た世界の終わりである。
◇
だが……。
◇◆
ゼタに背負われて王城の中を進むミリアーヌは、なんとなくあることが気になった。
自分の分が大丈夫なのは分かったが、『じゃあこのひとはだいじょうぶなのかな?』、と。
「ねえ、みいらさん」
「確認。何でしょうか?」
そうして彼女は、なんとなくゼタに問いかけた。
「みいらさんはわすれものないの?」
お出かけのときの、定番ともいえるそんな問いかけを。
「心配無用。私はそもそもここの人間ではありませんから、置いていく物など……」
ミリアーヌの問いにそう答えかけて、ゼタは言葉を止める。
忘れ物、置いていく物、……持ち出せる物。
(……ありますね)
『そうだ、ここにはアレがありました』とゼタは思い出す。
彼女自身が依頼されてここに持ち込み、収納して運ぶための道具もまだ手元にあるモノ。
かつての仕事で置いたモノが……兵器が王都の地下にある。
とはいえ、既に契約も満了しているとはいえ、仕事で設置したソレを持ち去っていいものかとゼタは一瞬悩み……。
(構わないでしょう)
先刻皇国が――厳密には皇宮をジャックした<天獄の駒>が――発射した【四禁砲弾】で危うくゼタも死に、今の依頼も大失敗するところだったのを思い出した。
フィガロとフォルテスラが対処しなければ、そうなっていた。
誰が撃ったかなど彼女は知らない。
あのアナウンスが告げたのは『皇都から砲撃があった』という事実のみ。
だが、それは彼女にとってかつての依頼を反故にしても構わないだけの理由になった。
ゆえに、慰謝料としてかつて仕事で置いていったものをいただいていくことにした。
(ラスカルとマキナならば有効活用できるでしょうし)
そもそも彼女は【盗賊王】……盗むのが仕事である。
これも<IF>のためと思えば、尚更だ。
「託児。私は少し寄るところが出来ましたので、この子を連れて先に王都を出ていてください。<ウェズ海道>で落ち合いましょう」
そう言って、自分の背のミリアーヌをモーターに預ける。
『…………オイ』
「同道。あなたの今の上司が私達についていくと決めたのですから従いなさい。そうすれば、私も背中から心臓を貫かれたことは水に流します」
「モーター」
『……分かったよ』
そんなやり取りを交わして、ミリアーヌを預けたゼタは水源に繋がる場所へと駆ける。
地下水脈にある忘れ物――【超重砲弾】を盗み出すために。
◇◇◇
□【■■■】について
その存在は、なんとなく未来を選ぶ。
ジョブにも就かぬ弱い内から、その才覚と適性を発揮する。
逆だ。そうした存在が、そう呼ばれるようになっただけのこと。
自覚的ではない、視えてなどいない、結果など分からない。
ただ、何かをした方が良いと思ったとき、行動に起こし、その結果当人だけでなく周囲の未来も大きく動かし、先導する。
なんとなく、なんとなく、なんとなく。
恣意的に未来を選んでいる訳ではないそれは、予め知ることとは真逆だろう。
しかしそうであるからこそ、未来を視て自覚的に動かそうとする存在の天敵となる。
ジョブに就いていないから本人は見えない。
誰がそうであるかも分からない。
しかしその言動によって……未来視の構築した結末を崩すほどに未来が大きく変わる。
人の手が及ぶ、より良き未来に舵を切る。
それこそは、異端。
この世界にジョブシステムを布いて、その根幹に演算装置を置いた<無限職>達ですら最初の個体が世に現れるまで分からなかった存在。
アップデートによって消された【魔神】とは逆に、後から特殊超級職として扱われることになったこの星の異能。
二通りある死者の未来ではなく、今を生きる者達の目指す未来の具現。
その銘を――【先導者】。
完全に覚醒してその座に就くまで、誰にも誰がそうとは分からない。
かつての彼は、今の彼女は、なんとなく……自分が言った方が良いと思ったことややった方が良いと思ったことをするだけだ。
しかし今日、そのなんとなくで人の世界は舵を切り……一つの危機を免れた。
To be continued




