第一八三話 勝者 (加筆修正:2025/12/25 4:00)
(=ↀωↀ=)<メリークリスマス
(=ↀωↀ=)<クリスマスプレゼントの連続更新三日目です
(=ↀωↀ=)<三話分クリスマスに出すか悩んだけど毎日更新の方がいいかと思ってこうなった
追記:
(=ↀωↀ=)<部分的に加筆修正
(=ↀωↀ=)<感想見るにちょっと意図してない伝わり方してる部分あったので
(=ↀωↀ=)<具体的には【逐治闘入】とクライマックス
□■<城塞都市 クレーミル>跡地
シュウは【グローリアγ】を使用した。
【γ】は使えば確定死と十倍のデスペナルティが待つ超級武具。
言うなれば、シュウは内部時間で三十日分の全てをこの戦いに注ぎ込んだのだ。
仮に三十日、毎日ベヘモットと戦うとしたならば、シュウは良くて一勝二九敗が限界だろう。
それほどに、<マスター>の頂点の一角……“物理最強”は強い。
だが、この戦争における戦いは一度限り。
シュウは、その一度限りを制することだけを考えていた。
シュウは今回の戦争において、ベヘモットを倒すためだけに動いていた。
後も先もなく、ベヘモットを破壊することだけを自分の役目と定義した。
これほどまでに全てを尽くして、冷徹に誰かを打ち倒そうとしたことは恐らくシュウにとっても初めてのことだ。
そこまでしなければ勝てないと、交流や講和会議の戦いで察していたからでもある。
幾重にも策を重ね、あらゆるモノを費やし、そして……初手で【γ】を切った。
かつて【γ】を使った戦闘……最初は『戦いの後』を考えていたゼクスとの一戦以上に、この一戦に勝つことだけを考えていた。
だからこそ、【γ】の強化を完全な形で使えた。
【γ】の『HP反比例強化』の基準となるHPは最大HPではなく、発動時点のHP。
発動時点で既にバルドルのHPが半減していたゼクス戦と、相手をリングに引き込んだ時点で使っていた今回では、同じ《既死壊世》でも最終的な強化値はまるで違う。
戦いの展開次第で使うのではなく、最初から死ぬ覚悟で使わなければ【γ】の真の力は発揮されない。
その覚悟を問う仕様もまた、大魔竜の呪いの一つであろう。
そして、シュウは既に覚悟を決めていた。
リングに立たせた時点で【γ】を使うと決めて、隙を突いて反撃する瞬間までに減らせるHPは六割と決めて、踏み込んだ。
HP反比例強化は桁違いに強くなれるが、根本的な問題として損傷を重ねればまともに動けなくなる。
『数値上のHPは減ったままだが、身体は再生しているので動きは万全』という半ば詐欺紛いの身体をしていたオリジナルの【グローリア】とは違う。
回復不能のバルドルでは、六割以上損壊していれば、目論見通りの動きは不可能になっていただろう。
機械ゆえに強化前に受けたダメージを起点に破損することも多い。そうなれば、発揮可能なステータスを使い尽くすことも困難になる。
そうした意味でも、万全の状態で使うかどうかで【γ】の性能は別物と言ってもいい。
土台を整え、考え得る最大効率で性能を発揮し、初めて優位に立った。
だが、そこで終わらせるほど“物理最強”も甘くはなかった。
シュウも知らなかったベヘモットの手札。
彼と同じ……空間破壊現象という最強の攻撃能力の発現。
その兆候を、先刻フェイントの《破界の鉄槌》を見切ったベヘモットと同様に察したからこそ、シュウもまた同じ手札で対抗した。
そうして発生するのは、空間破壊現象の激突。
制御不能の空間破壊。
それは噴火と竜巻が激突するような、ありえざる……あってはならない天災衝突の極致。
生じる周囲への大規模破壊、地獄絵図。
仮にこのクレーミルの地がかつてのように人が住まう都市であるならば、一人の生存者すら絶望的だっただろう。
都市の痕跡すら残さず、遍く全てが虚空に引き裂かれて破断する。
この災厄の中で、両者が持つ強大なステータスなど意味をなさない。
破壊の中から抜け出す機動力が既に両者から失われているのだから猶更だ。
空間破壊現象の前に、物質的な強度は無関係。
反比例強化を得た巨神も、【トップ】と《ペネンスドライブ》の強化を得た怪獣も、諸共に空間の断裂と修復によって砕けていく。
被害の規模はあまりにも大きく、そして爆心地の二体もまた巨大。
ましてや共に機動力を失い、動けぬ状態。
回避などできようはずもなく、両者の引き起こした災害が互いの身体をバラバラに砕いていく。
それは巨神と怪獣の崩壊を意味するが……戦う両者の絶命を意味しない。
巨神の内のシュウ、怪獣の内のベヘモット。
極論は、二人が空間破壊現象に巻き込まれるかどうか。
あえて言うならば……運次第だ。
勝つために全てを費やしたシュウも、シンプルな運不運の戦いに引き戻された。
そして、その結果は……。
◇◆
砕かれた空間が、裂かれた空間が、そこに在った何もかもを歪めて壊しながら復元する。
実時間にして十秒前後の破壊の嵐。
空間破壊が治まった後も、巻き上げられた大地の破片が空から降り注ぎ、失われた大気を埋めんと風が渦を巻く。
それらの猛威が過ぎ去ったとき。
『生き、てる……』
ベヘモットは自分が生きていることをまず知った。
怪獣女王としての身体は、無事な部位など一つもない。
既に断たれていた両足も含めて四肢は全て失われ、尾も千切れ、頭部と胴体にも深い傷が刻まれている。
身体を動かそうとしても意思が通らず、身動ぎ一つ叶わない。
【トップ】も粉砕され、装着状態が解除されて消えていた。
それでもまだ、生きている。
加えて、【逐治闘入】の持続回復も機能している。
辛うじて合体は維持されている。今のベヘモットのENDならば、この全身の重傷による傷痍系状態異常のダメージも抑え込める。また、併発する別種の状態異常は【ブルドリム】が防ぐ。
ベースとなる最大HPも膨大であるため、割合式の回復と数値式の継続ダメージではやや回復量が勝る。
ほんの少しずつ、遅々とした速度ではあるが、傷が癒えていくのが実感できる。
【逐治闘入】で四肢が生えるほどの回復は無理だろうが、頭部と胴体の傷さえ癒えて動けるようになるだけでも話は変わる。
這いずり、のたうち、喰らいつくだけでも大抵の生物よりベヘモットは強い。
今は、それすらできないが……。
『…………』
幸いにしてあの大破壊の後でも身体はクレーミルの敷地内に収まっているようで……場外のアナウンスは聞こえない。
『シュウ、は……』
怪獣としての頭部はまだ動かず、目も見えない。
しかし、胸部結晶体の中にいるベヘモット本人は無事だ。
ゆえにベヘモットは、結晶越しに自らの目で外の世界を見る。
『――――』
そうして見えたのは、怪獣以上に大きなダメージを負った巨神の姿。
四肢が失われているのは怪獣女王と同じ。
しかし、巨神は胴体までも真っ二つになり、分かたれて大地に転がっていた。
戦闘能力など、微塵も残っていない。
そしてシュウがいたはずの頭部は、空間破壊に巻き込まれて完全に失われていた。
運次第の勝負、より甚大な被害を受けたのはバルドルの方だった。
間もなく、バルドルの残骸は光の塵になって消えていく。
紋章への帰還ではない。
完全に破壊された<エンブリオ>の示す反応だ。
(勝った……?)
敗北をも覚悟し、恐怖を覚えたシュウの猛攻。
咄嗟に振るった反撃によってその状況は打開され、恐るべき力を発揮した巨神は消滅していく。
それは、明確な決着の光景だった。
その光景に、ベヘモットは言葉を失う。
『…………』
その光景に、ベヘモットは何を思えばいいのかも分からなかった。
これまで行ってきた無数の戦いと違い、勝った実感も負けた実感もない。
胸に渦巻くのは本当に終わったのかという疑念。
かつて思い描いた戦いとまるで異なる過程と結果を辿った戦いへの寂寥。
最後に思ったことは……親友のために勝てたことへの安堵だった。
『……終わったんだね、レヴィ……』
『……は……い……』
念話を返してくるレヴィの言葉は、とても弱々しい。
これほどのダメージを負って死に掛けているからだろう。
それに最後の攻防、自分を上回ってきたシュウの脅威と、そんな相手に一か八か形振り構わぬ反撃をすることでしか勝ちを拾えなかった切迫感。
そのことに、レヴィには珍しく心身を擦り減らしたのかもしれなかった。
その気持ちはベヘモットも同じだった。
今すぐに、眠りにつきたいほどに。
(……あ、そうだ……まだ……)
しかし、ふと思い出す。
まだ、クレーミルの周辺にはレイレイがいる。
王国の<超級>の一角であり、能力の恐ろしさで言えば随一。
クレーミルの跡地戦場から動けないベベモットを殺しにくる可能性はある。
だが、【ブルドリム】の耐性があるベヘモットならば相性勝ちできる。
ベヘモットはここで傷を癒しつつ、レイレイが攻めてくるなら対処しようと考えた。
ベヘモットは油断しない。
シュウという過去最大の強敵を倒したとしても、まだ周囲への警戒を解かない。
弱者の立場から最強にまで上り詰めた<超級>は、次の戦いをちゃんと警戒していた。
ゆえに間違いがあるとすれば、唯一つ。
『……?』
不意に、ゴツンという音が結晶体の表面に伝わる。
破壊によって上空に巻き上げられた石か何かがぶつかったのかと、ベヘモットはそちらを見て……。
「――――」
――――そこに熊の毛皮を被った男の姿が在る。
ベヘモットの誤りは唯一つ。
<マスター>の死は<エンブリオ>の消滅とイコールだ。
しかし逆に、<エンブリオ>の消滅は<マスター>の死とイコールではない。
あの破壊の中でコクピットが消し飛んだとしても、莫大なステータスを持つ巨神が滅んだとしても、比較にならない脆さの人間が……生き残れないとも限らない。
そも、空間破壊の中で単身生き延びることなど――シュウは【グローリア】戦で既に実現済みだ。
『ッ!?』
視界の中で振り上げられているシュウの右拳。
拳の先で歪む空間。
何を意味するのかは――明白だ。
あの大破壊の中で生きるか死ぬかは運の勝負だった。
そして、運の勝負に両者が生き残ったならば……。
破壊の王は、再び賽子を振る。
「もう一回だ、最強」
相手の流儀に合わせた言葉と共に、拳は振り下ろされる。
「――《破界の鉄槌》」
――そして右拳と胸部結晶を爆心地として、三度目の空間破壊現象が起きた。
それは攻撃にして、メッセージ。
シュウから最強の敵に送る、『今度は生き残れるか?』という問いかけ。
同時に、シュウは動いている。
自身の腕が引き千切れる様を見ながら、両足に力を込めて、結晶を足場にSTR式移動で後方へと跳んだ。
『……シュウッ!』
その様を、砕けていく空間を、遠退く彼を……結晶の中から動けないベヘモットは見つめるしかなかった。
空間の破壊が、拡がっていく。
なす術もなく、力も強度も関係なく、触れるものを壊し、殺す、破壊の亀裂。
それを前に、同質の力をぶつけることも、身動きもできないベヘモットは、ただ甘んじてその結果を待つしかない。
その、はずだった。
「――ベヘモット」
不意に、自分の身がふわりと宙に浮いたのをベヘモットは実感する。
気づけば、自分を覆っていた結晶体は存在しない。
それどころか、自分自身であった怪獣の巨体が存在しない。
その瞬間、ベヘモットは誰よりも彼女を抱きとめていた者の腕の中に在った。
『レヴィ……?』
「…………」
自分の意思で人型へと戻っていたレヴィは、彼女の問うような視線と声に応えない。
ただ、ふっと笑って……空中で彼女を遠くへと放り投げた。
『レヴィ!?』
ああ、そうだ。
力も強度も関係なく壊される現象だというのならば。
小さく、遠く、離れた方が生きやすい。
きっと、シュウも先刻はそのように生き延びたのだろう。
そうして、自分の<マスター>だけを可能な限り安全圏へと逃がして……。
「――――」
――メイデンは微笑んだまま、破壊の渦の中に消えていった。
『……!!』
それでもなお広がる破壊は、投げ飛ばされたベヘモットも呑み込まんとして。
そうして間もなく……賽の結果は訪れる。
◇◆
「…………」
自らの拳で放った《破界の鉄槌》。
三度巻き起こった空間破壊の後に、シュウは立っていた。
直前で強引に離脱したところで、無傷ではない。
右腕は失われ、全身に深手も負っている。
あと一分かそこらで《既死壊世》のタイムリミットだが、それがなくても余命に変化はない。それほどの重傷だ。
それでも……まだ生きている。
『…………』
そして、生存者はシュウだけではなかった。
ベヘモットもまた、傷だらけで倒れていた。
その姿は小動物のもので、レヴィアタン……レヴィの姿は跡形もない。
彼女は、既に消えた。
あるいは、レヴィがあの状態でもベヘモットを庇ったからこそ、彼女だけは生きているのか。
しかし、それも遅かれ早かれだ。
庇い、逃されても、逃げ切ることはできなかった。
ベヘモットも空間破壊に巻き込まれ、全身に重篤な傷痍系状態異常を負っている。
【ブルドリム】をはじめとする装備品も見当たらない。空間破壊に巻き込まれたのだろう。
だから彼女は身動きも取れず、レヴィを失ったことで天と地ほどに弱まった身体で、刻一刻と命をすり減らしている。
レヴィが身を挺して作った時間は、あと僅か。
シュウのタイムリミットと、どちらが先か。
「…………」
シュウは無言のまま、左手で【テレパシーカフス】を取り出して装着する。
念話を繋いだ先は、レイレイだ。
あと一分ほど経ってシュウがタイムリミットを迎えた後、もしもベヘモットが生きていたときはトドメを刺すように頼んだ。
そこで手を抜く彼ではない。
リンク対象のレヴィが死に、【ブルドリム】が無い今ならば、レイレイが勝つだろう。
そして、自分が生きている間ならば、自らケリをつけることもできる。
シュウは、左拳を握りしめる。
何でもない、STRだけの拳打。
普段のベヘモットならば避けられるだろうが、今の彼女は動かない。
放てば、それがトドメになる。
『…………』
ベヘモットはボロボロのまま、身動きのできない身体でシュウを見上げている。
そして数秒、二人は見つめ合って……。
「……やめだ」
シュウは左拳を開き、ベヘモットの横に腰を下ろした。
『……情けをかけるの?』
不思議そうに、不快そうに、ベヘモットは問いかける。
「違うさ。お前は俺より先に死ぬだろうからな」
見れば、傷が治る様子もない。
持続回復特典武具も壊れたらしいと、シュウは察した。
そして、自分の見立てが間違っていないだろうことも。
「……最期に少し話すか?」
ボロボロの状態でベヘモットの隣に座ったシュウは、そんなことを尋ねた。
それは、彼の心が起こした気まぐれのようなものだ。
この過去最強の敵との戦いの終わりを、少なからず交流を重ねた相手との終わりを、最後の最期まで勝利を徹底するだけで終わらせる気が失せた……とでも言うべきか。
『……早く殺さないと……戦争の勝敗が変わるかもしれないよ』
レイがフランクリンを倒したとしても、ベヘモットのデスペナより先にレイも死んでいればそうなる。
レイならば、そうした事態もありえる。
一秒でも早く殺しておくに越したことはない。
だが、シュウはフッと笑みを浮かべる。
「そこは弟を信じるクマ」
シュウは、この一分で弟が死なないことを信じているからこそ……最期の会話を選んだのだ。
『……そう』
信じる。
結局、それができなかったことが自分の敗因なのだろうと、ベヘモットは思った。
(できるはずも、なかったけれど)
人間不信ゆえに足を踏み入れ、ここでも他人を信じられず、唯一信じられる親友の最期の望みも叶えてあげられそうにない。
そんな自分の有り様に、過去からの積み重ねに、ベヘモットは悲しくなった。
「…………」
そんな彼女の悲しそうな表情に、シュウは過去の光景を思い出した。
同じような顔を、以前も一度……愛闘祭で見た記憶があったからだ。
「……なぁ」
そして、そのときの疑問もまた、思いだした。
『……なに?』
「愛闘祭のヒーローショーの後、何で悲しそうな顔してたんだ?」
あのときは奇襲を仕掛けたレヴィのせいで聞きそびれた。
あの頃のシュウはいずれ起きるベヘモットとの戦いで読み勝つため、交流の中でベヘモットの性格や思考を分析していた。
今回の要となった人間不信や親友のための焦りも、その中で読み取ってきた。
しかしあのとき、ヒーローショーでの彼女は楽しそうで……けれど悲しそうな表情を浮かべていた。
その矛盾する表情の理由だけは、今のシュウでも分からない。
だから、今また悲しそうな表情の彼女を見て、思い出して、尋ねたのだ。
『…………』
自分のリアルの事情に踏み込む問いに、ベヘモットは沈黙を返す。
けれど……。
(信じる、信じない……か)
自分の敗因、人間不信を噛み締め……口を開く。
あるいはそれは、捨て鉢とも言えた。
信じること自体が、試すことでもある。
ダメなら……もうどうでもいいと半ば投げやりに、ベヘモットは答える。
『シュウを見ていて、死んじゃったおとうさんを思い出したから、嬉しくて、悲しかったの……』
「お父さん?」
シュウの言葉に、ベヘモットは頷く。
『うん。ロジャー・ウォーカー……ヒーローショーでシュウが変身ポーズをしてた、クルーズゴールドの役者だったよ……』
「…………お前」
それは、その言葉は……ベヘモットがリアルの誰かさえも分かる答えだ。
VRMMOで口にしていい情報ではない。
それでも、ベヘモットは口にしていた。
開いた口は、閉じない。
シュウをヒーローや父と重ねていた彼女は、過去から今に至るまで心の内に澱固まった思いを彼に吐き出していた。
『お父さんを踏み殺されたから、何もかも踏み壊したかったけれど、負けたのがわたし。人とまともに関われないから、こんな姿をしているのが、わたし』
心の中に固まっていた、抱えていた思いが、悔しさが、悲しさが、ポロポロと溢れていく。
肝心なところで負けて、何もかもダメだったと自分を卑下して、自嘲するように言葉を吐く。
涙と共に、心と言葉が零れていく。
『クラウディアと出会って、彼女と友達になって、助けてあげたかったのに……できなかったのがわたし』
今だけではない。
内戦のときも、講和会議のときも、ベヘモットはどれほど親友を助けられただろうか。
ベヘモットの手の届かないところで、親友はいつも死にそうになっていた。
今も、どれほどの命が残っているかも分からない彼女の願いを、叶えてあげられなかった。
結局、彼女の重荷を共に背負うことすらできていないのではないかと……無力感に苛まれる。
<マスター>で最高峰の力を持ちながら、ベヘモットにはその感情が常にあった。
『結局、何にもできなかったのが……わたしなの』
それが今、明確に負けたことで……彼女の心から溢れている。
ボロボロと溢れる涙は、張り詰めた堰が切れたのだろう……。
『わたしが最強なんて……おかしいね』
「…………」
泣きながら発された彼女の告白に、シュウは言葉を返さない。
僅かな、沈黙の時間。
しかしやがて、ベヘモットの出血が彼女の命を削り切る。
読み通り、シュウのタイムリミットよりも先にベヘモットは死ぬ。
そうして、彼女は光の塵へと還ろうとして……。
「それがお前なら――これが俺だ」
パサリと、何かの落ちる音がした。
「…………え?」
見上げれば、そこに熊の顔はなかった。
彼の顔の上半分を隠していた熊の毛皮は、左手で剥ぎ取られている。
そして、毛皮の下の顔が、ベヘモットにも見えた。
それは黒髪で、整った顔の男性だった。
けれどそれ以上に、彼の顔を、いつかどこかで、遠い思い出の中で見たような気がした。
それは、自分の一番幸せだった時間に、父母と共に見た……一人の少年の面影。
『シューイチ・ムク……』
確かめるようにその名を呼びかけて、ベヘモットは光の塵になった。
僅かな時間、彼女のメイデンが稼いだその時で、短い会話で、彼女は何かを得たのだろうか。
その答えはまだ、彼女自身にも分からない。
◇◆
何もかもなくなって、独り残された荒野で……シュウはその光の塵を目で追った。
それから一つ、息を吐く。
「……やれやれ、俺も俺で……何やってんだろうな」
この戦争、ベヘモットとの戦い。
それに勝つために、彼は段取りを組んだ。
常識では信じられないようなことも、正気を疑うようなことも、勝つために行った。
冷静に、冷徹に、小数点の彼方にあった勝利の可能性を掴むために。
だが、これは違う。
勝つためだと言うならば、最後まで冷徹に頭を砕くはずだった。
しかしそれをせず、最期には会話する時間を選んだ。
あまつさえ、自分の素性を敵であるベヘモットに晒しもした。
勝つためと言うならば、それらの行動は矛盾していて、リスクしかない。
だからこれは勝つためではなく……彼がやりたくてやったことだ。
自分を曝け出したベヘモットに、悲しみ苦しむ少女に、自分の心を吐露する彼女に、彼もまた……少しだけ心を見せた。
そうしたいと、彼の心が動いたからだ。
それが、シュウ・スターリングという男だ。
それが、椋鳥修一という男だ。
多数派でなく、常に少数派。
彼は、自分の心に従う。
「……ま、後は任せたぜ、玲二」
そうして、ベヘモットの退場を見届けたシュウも……光の塵になる。
それが、決着だ。
【破壊王】シュウ・スターリングと【獣王】ベヘモット。
結果だけを見れば、両者相討ち。
フラッグの破損だけを見れば、先に折れたのは王国の宝。
しかし、あえて勝者を選ぶならば……それは自分のやりたいことをやりきった者だろう。
故に、宣言しよう。
勝者、シュウ・スターリング。
To be continued
(=ↀωↀ=)<【破壊王】VS【獣王】、決着
(=ↀωↀ=)<――残る戦場はあと一つ




