第一八二話 【臨終機関 グローリアγ】
□■<城塞都市 クレーミル>跡地
シュウがベヘモットを倒す上での必須と考えた条件は、三つ。
戦争のルールと相手の心理で檻を作り、殴り合いに持ち込むこと。
必殺スキルと【γ】を使用し、ステータスの差を埋めること。
そして、相手の隙を突くこと。
しかし、それこそが難題だ。
ベヘモットは、“物理最強”は、そうそう隙など見せない。
圧倒的なステータスを持ちながら、相手の起死回生の一手を疑い続けている。
講和会議の戦いでもそうだった。
彼女に隙が生まれるとすれば、それは彼女が心から『勝った』と思った瞬間だろう。
実際、レイ達との戦いはそれに近いものだった。
それを理解していたシュウは、あっさりとこう結論づけた。
――なら、勝たせてやるか。
◇◆
ベヘモットは、その瞬間まで油断していなかった。
《破壊権限》のないバルドル相手に【トップ】の防御性能で優越しようと、油断しない。
シュウのフェイントと《破界の鉄槌》を見破っても、油断しない。
カウンターでバルドルの片腕を捥いでも、油断しない。
バルドルの頭部を半壊させて中のシュウにダメージを負わせても、油断しない。
そんな彼女に隙が生じたのは、フラッグの破壊を目撃した瞬間。
彼女の目的を達成した瞬間、初めてベヘモットの顔に勝利の実感と……隙が見えた。
『――その貌だ』
その一瞬の隙に、シュウは彼女の両脚を奪った。
それを為した技の名は樹廻流、根砕。
大別すればローキックであるそれは……全霊の一撃で相手の足を砕き折る技。
だが、おかしい。
必殺スキルを使ったベヘモットに対して、一撃でこれほどの破壊を齎すほどの力はバルドルにはなかった。
【グローリアγ】によって従来のバルドルの倍のステータス、十倍の攻撃力を得たとしても、それでもまだ【トップ】を纏った【獣王】の両脚を一撃で奪うほどの威力は出せないはずだ。
しかし、此処に一つの疑問が生じる。
そもそも、【三極竜 グローリア】とは……如何なる<SUBM>であったか。
◇◆
【グローリア】と相対した王国の<マスター>達は、かの大魔竜の何を最も脅威に思っただろう?
あらゆるものを消し去る光か?
近づくものを死に至らしめる死の結界か?
目撃者が【犯罪王】しかいない復活能力ではあるまい。
<バビロニア戦闘団>は光に対処していた。
<月世の会>は結界に対処していた。
だが、彼らは光と結界で滅んだ。
それはなぜか?
【グローリア】という大魔竜は、傷付けば傷付くほどに力を高める存在だったからだ。
背水ビルドというものが存在する。
傷を負うほどに、不利になるほどに、その力を高めていく。
【グローリア】は正にそれだった。
傷付くことで傷から光をばら撒き、死の結界の閾値を上げる。
それによって、数多の王国の<マスター>が死んだのだ。
そしてこの性質こそ、最後にして最強の首より生まれた【γ】の本質。
タイムリミットとデスペナルティ増大による強化は入口に過ぎない。
【臨終機関 グローリアγ】の最たる特性は『HP反比例強化』。
損傷すればするほどに……バルドルの全性能が上昇する。
戦いの中、ベヘモットの攻撃でダメージを受けるほどにバルドルの性能は高まっていた。
ベヘモットは意外なしぶとさをスキル発動による影響と考えていたが、半ば違う。
初期値ではなく、傷付けたことで耐久が増していたのだ。
更には既に破断しかけていた左腕を囮にし、フェイントの中でもぎ取らせ、さらに損傷を追い込んだ。
そうしてバルドルのHPが六割削れた今、強化幅は大きく引き上げられている。
三分の一近くにまで減少したことで、全ステータスは重ねて更に三倍。
STR二〇〇万オーバー。
攻撃力……一〇〇〇万オーバー。
ダメージが半減から八割減?
最早、関係ない。
鎧と防御効果ごと正面から打ち抜ける。
それでもシュウは、ここまで攻撃力と速度の上昇を相手に見せていなかった。
戦闘開始時と同程度の攻撃力と速度に見えるよう加減した状態で、カウンターを狙っているように見せかけ、立ち回っていた。
動いたのは、二つ目のフラッグ破壊でベヘモットが勝利を確信した瞬間。
勝利したという安堵と喜びに生じる一瞬の隙を突いて、背水強化で跳ね上がったステータスを発揮。
ベヘモットが最も優越する機動力……両脚を奪うために動いた。
結果は正にシュウの狙い通り。
頭部をあえて破壊させたシュウの、
――その直前に自らフラッグを折ったシュウの狙い通りだ。
ベヘモットは先に二本目のフラッグを壊すことが目的だった。
ベヘモットはギデオンの戦いでフランクリンが負けてもいいように、先に王国のフラッグを折りたかった。
そのための猛攻であったし、そうなるようにシュウが誘導もした。
だから、それを果たし……勝利した瞬間が最も隙だらけになることもシュウには読めていた。
そのために、<バビロニア戦闘団>がクレーミルに運び込んだ宝も利用した。
【グローリア】のブレスで蒸発した街並みより下にあったために残っていた城砦時代のクレーミルの地下構造物。ライザーはその中に宝を安置していた。
アルティミアからそれを聞いていたシュウは、その宝をバルドルのブリッジ……今はコクピットに移した。
それ自体は、アルティミアも了承している。
どの道、宝を餌にベヘモットを釣らねばならず、破壊王と獣王の戦いの舞台ともなれば地下だろうと保たないからだ。
しかしまさか、相手に隙を作るためにシュウが自分で折るとまでは思わなかっただろう。
ともすれば、王国側からも裏切りと責められかねない行為。
だが、シュウはそれを問題視しない。
シュウとベヘモットでは、視点が違う。
シュウは、レイが負けてもいいように先にベヘモットを倒すなど微塵も思っていない。
王国の宝が壊れたとしても構わない。
その後でシュウがベヘモットを、レイがフランクリンを倒せば王国の勝ちだと考えている。
つまりは、誘い込んだときと同じだ。
べヘモットは仲間の勝利を信じていなかったし、シュウは仲間の勝利を信じている。
だからこそ、自分のフラッグなど皇国の命を獲るための罠としか思っていない。
視点の違いと【γ】による戦闘力の変化が、形勢の逆転を生んだ。
◇◆
ベヘモットに対し、シュウは今のバルドルの全力にして全速の蹴撃を放った。
一瞬で両足を刈り取り、代償としてバルドルの右足も砕け散った。
だが、問題ない。
その状態こそを、シュウは待ち望んでいた。
シュウには分かっていた。【γ】のHP反比例強化を重ねても、速度ではベヘモットがまだ勝るだろう、と。
一撃の攻撃力で大幅に勝ろうと、機動力で上回られていれば仕留めるまでに至らないかもしれない。
五分間のタイムリミット中に倒し切れるかが、この戦争の分水嶺。
だからこそ、絶対に逃げられない状況を作りたかった。
即ち、お互いの機動力を失った超至近距離戦。
『――――!』
倒れた怪獣に片足の巨神が馬乗りになり、幾度も右拳を叩きつける。
それは格闘技を観る者ならば幾度も見た光景。
即ち、マウントポジションからの殴打、痛打、強打。
だがその攻撃の重さは先刻の比ではなく、一撃一撃が振り下ろされる度に【トップ】と肉と骨が砕けて潰れていく。
振り解こうにもSTRの差を覆せない。
巨神は怪獣の動きを封じたまま、拳を振り下ろし続ける。
『ッ!?』
この戦い、シュウはベヘモットの予想通り《破壊権限》は切っていた。
それは《破界の鉄槌》を引き起こさないためで合っている。
腕を犠牲にしないためであり、そしてこのベヘモットを不意の一撃で殺せるほど甘くはないと分かっていたからだ。
一発や二発で死ぬほど怪獣女王は甘くない。
ゆえに、足を奪って死ぬまで攻撃を叩き込む。
それがシュウの編んだ勝ち筋だ。
『GIE……!?』
悲鳴のような鳴き声が怪獣女王の口から洩れる。
拳が振り下ろされる度に、【トップ】が砕けていく。
元が【グレイテスト・ワン】の上半身をベースとした特典武具、構造的に胸部は脚部より厚い防御に守られている。
だが、それでも……この猛攻を防ぎきれない。
超級金属の強度も、かつての【グレイテスト・ワン】と同一の防御構造も、限界を超えた力の前では意味をなさない。
やがて胸部の鎧が全て砕け散り、怪獣女王本体の胸部が露出する。
合体によってレヴィアタンの身体に追加された胸部結晶体……ベヘモット自身の肉体を収めたコアすらも。
このまま殴打で砕き潰されれば、ベヘモットは死ぬ。
『や、ら、せ、る、かぁッ!!』
それは果たしてベヘモットとレヴィ、どちらの咆哮であったか。
いつの間にか、ベヘモットの指先には瞬間装着によって布が巻き付けられていた。
その布こそは神話級特典武具、【拘泥自在 アルセイラー】。
それを用いて放つのは、この状況でも一撃で逆転を狙える彼女の切り札。
先刻の――罠に誘い込むためのフェイントを仕掛けていた――バルドルと真逆に、今度は怪獣女王が自爆覚悟で空間破壊技による逆転を狙う。
『――――』
『!?』
だが、気づく。
パウンドを繰り返していた巨神の拳。
その拳が――再び空間の歪みを伴っていた。
その光景が意味することは、唯一つ。
『『――《破界の鉄槌》/《剥界の裂爪》!!』』
――世界を壊す一撃の激突だ。
To be continued
(=ↀωↀ=)<次回決着




