第一七二話 リング 後編
(=ↀωↀ=)<本日二話目
(=ↀωↀ=)<まだの方は前話から
□■策について
「今回の戦争で王国が有利に使える条文は戦場に関する部分だ」
「戦場?」
戦争前、執務室にてアルティミアと対面していたシュウはそう切り出した。
シュウはそう言って<トライ・フラッグス>の概要の一部を指し示す。
其処にはこう書かれている。
『戦場:放棄地区(<旧ルニングス領>等)と都市・村落内部を除いた王国全土』、と。
「これに関しちゃアンタは本当に良い仕事と決め方をしたよ」
「……ええ。王国内ならティアンでも貴方達の支援が……」
「いや、そこじゃない。放棄地区の記述が最高だ。<旧ルニングス領>等が特に良い」
「?」
アズライトは、何を言われているか分からなかった。
かつての戦争時、【グローリア】によって滅ぼされた<旧ルニングス領>から皇国は侵攻し、その地域を実効支配した。
ただ、<旧ルニングス領>以外にも同様に実効支配されている地域があったので、そこを除くために『<旧ルニングス領>等』と明記したのだ。
それが一体どうしたと言うのか。
「ああ。俺が言いたいのはな」
そしてシュウは言葉を区切って……。
「――このルール、後から放棄した領土も戦場から外せるだろ」
――ルールを破綻させる言葉を口にした。
「……? …………え!?」
アズライトは条文を確かめて、それが本当に矛盾しないことに気づく。
王国領土が戦場であり、放棄地区は戦場外。
だが、いつ放棄した地区が戦場外などという指定はない。
単に、王国の領土でなければ戦場外。
そしてそれは……後から増やせる。
それこそ、戦争の最中であっても。
「たとえば一ヶ所にのみ適用外の地域を用意し、王国のフラッグだけそこにあれば、領土を放棄した時点で自動的に王国の勝ちになるな」
「……流石にそれは話が変わるでしょう。両国の〈マスター〉の納得も必要な戦争だもの」
元々、『両陣営の<マスター>がぶつかって雌雄を決する』のが前提であるのだから。
あまりにもクソゲー、ハメ技が過ぎれば禍根……後の批判と反抗に繋がる。
「だな。だから、ま……それはなしだ。諸共全員アウトのサドンデスもダメだな」
王国の領土を一斉に放棄すれば、全フラッグが同時に機能停止する。
サドンデスルールが発動し、代表者の一対一になる。
しかしそれは王国の敗北に繋がる。
「……それをしたら、【獣王】に勝てないからね?」
「ああ」
開幕サドンデスは話がまた【獣王】確勝の塩試合に戻るだけだ。
フィガロを選出しようにも、何らかの手段でウォーミングアップを封じられれば詰む。
「だから、このルールの悪用は勝つためじゃなく、舞台作りに使う」
「……それが『戦争中限定で【獣王】を勝率の低い戦いに引きずり込む手段』ね」
「そうだ」
【獣王】が確勝の遅延戦術を使えないようにするためだけに、領土を捨てる。
そんな恐ろしいことを、シュウは言っているのだ。
「滅んだ後のクレーミル周辺は直轄領だな?」
「……ええ」
「【グローリア】のせいであの辺はそうなっちまったからな」
『まとめて扱えるから都合が良い』という副音声がアルティミアには聞こえた気がした。
滅んでいて人がいないから、戦うには丁度いいとさえ考えているだろう。
何より、直轄領であれば他の貴族に話を通さずとも、国王代理のアルティミアが放棄を強引に実行できる。
皇国に露見するリスクも最小限だ。
「あそこを中心に……王都までまとめて捨てちまうか」
「ちょっと!?」
シュウが地図を取り出し、放棄する直轄領を線で囲う。
……王国の北部から中心部の五割以上が範囲に収まっていた。
「…………正気?」
「問題ない。皇国以外との国境線の貴族領が残ってるから取られる心配はねえし、皇国ならやろうがやるまいが同じだ」
ルール上、戦争に勝てば戻って来る。
負ければ……どの道奪われる。
「こんなに広く取る意味はあるの?」
「逆だ。このくらい広くないと意味がない」
シュウはベヘモットの移動速度を知っている。
放棄地区を加減してしまえば、戦場外となったクレーミル周辺から別の戦場……残存する王国領土まで短時間で移動することも可能。それではダメだ。
少なくとも数分……ベヘモットに『あること』を危惧させるほどの移動時間を作るだけの広さが要る。
それとアルティミアには言わないが、他にも広く戦場外にすることに意味はある。
レヴィアタンの巨体で全速力など出せば、それだけで巻き込まれてティアンが死ぬかもしれない。
戦場外でのティアン殺害だ。
そのリスクを懸念させ、ベヘモット達に最大速度を出せなくさせる狙いもある。
「直轄領を丸々放棄して、クレーミルの跡地だけはそのままにする。クレーミルは半径五〇〇メテルくらいか? バルドルやレヴィアタンのサイズならリングに丁度いいな」
「リング……」
「ああ」
放棄を示された領土の中心にあるクレーミル。
放棄後は浮島のような飛び地の領土を指差しながら、シュウは口角を上げる。
「俺の戦い方は何でもありだが……」
まるで昔を懐かしむような声音で、
「一番得意なのは――リングの中で殴り合うことだぜ?」
シュウは――かつて世界最強のベルトを巻いた男はそう宣言した。
◇◆◇
□■<城塞都市 クレーミル>跡地
『王国に、領土を放棄させたの!?』
『ああ。随分広く捨てたぜ? それこそ、お前でもすぐには戦場に戻れないくらいな』
未だクレーミルの外にいるベヘモットを煽るようにシュウはそう述べる。
だがその言葉に嘘はない。《真偽判定》はシュウの言葉が真実であると告げている。
一体どれほどの範囲を捨てたのか、ベヘモットには分からない。
ベヘモットの移動速度でも捨てていない領土……戦場に駆け戻るまでに何分掛かるのか分からない。
その時間は……今の彼女にとっては鬼門だ。
『だが、此処は別だ。だからさっさと戻ってきな』
『……ッ!』
小動物のような姿のベヘモット。
だが、その姿でも懊悩が見て取れるほどに、シュウの言葉で彼女は表情を歪めている。
周囲一帯が戦場でなくなったとしても逃げて勝つ戦いは継続できる。
一時的な離脱、ヒット・アンド・アウェイも可能だ。持続HP回復と絡めながらの長期戦で勝ちを狙える。
対して、クレーミル跡地は巨神の間合いの範疇だ。
そこで殴り合う……ステータス差を加味してベヘモット達が有利だとしても、確勝の遅延戦術よりは格段に勝率が低くなる。
勝利を優先するのであれば選ぶはずもない。
だが……。
(それは……フランクリンが無事であることが前提だ)
ベヘモットが戦場外で遅延戦闘をしている間に<宝>が壊されれば……それで全ては終わりだ。
皇国で機能するフラッグがなくなれば、戦争は王国の勝利となる。
ベヘモットがシュウに目もくれずにギデオンまで走っても同じこと。
戦場外でティアンの被害に気を付けながら走ることになる。
その間に皇国の<宝>が先に壊れていれば、その後でレイを落としても無駄だ。
クレーミルに戻れないために王国の三つ目のフラッグ……<宝>を壊すことができない。
そうなると二つ目が先に壊れていた皇国の敗北となる。
ゆえに、ここでベヘモットが選べるのは、二つに一つ。
フランクリンの勝利を信じて当初の戦術を続けるか、フランクリンがいつ負けてもいいように二つ目のフラッグを……シュウが守る<宝>を先んじて破壊するか。
(お前が選ぶ選択肢は、もう決まってるだろ?)
そしてシュウは確信している。
ベヘモットに前者は選べない。
なぜならそれは自分の……否、親友の命運をフランクリンに託すに等しいからだ。
ベヘモットが戦場外にいる間に<宝>が壊されるとは限らない。
ギデオンで決戦中だが、【MGD】やモンスター軍団を持ち出したフランクリンは強く、そして王国側の<超級>は一人もいない。
戦力で言えばフランクリンの方が余程に大きいだろう。
だが、それでもベヘモットはフランクリンの勝利に確信を持てない。
かつて圧倒的優位のフランクリンが破れる様を彼女自身が目撃している。
それを為した相手と決着をつけるために戦っていることも知っている。
同じことが起きないなどと、彼女は言えない。
『フランクリンの敗北』を懸念した瞬間に、この領土放棄は何よりも強固なリングロープとなる。
そして何より大きな問題は……。
(そもそも……お前が信じられる相手なんてそうはいねえだろ)
シュウは、ギデオンでベヘモットとそれなりの期間接してきた。
お互いに動きを牽制し合うような日々だったが、それでも分かることはある。
――こいつは根本的に人間を信じていない、と。
人の姿をしていないのも、まともに話さないのも、人と関わりたくないからだ。
それこそ、直接の会話すら多くの場合は避けている。
逆に、唯一の信じられる親友……クラウディアの比重が何より重い。
彼女を助けるためにはあの扶桑月夜との取引に乗ってしまうほどに。
そんな親友の命運を他人に委ねる、託すなどという行為は……彼女にとってハードルが高すぎる。
『ゥ……!』
ベヘモットは、フランクリンの生存と勝利を信じて動くことができない。
リアルから続く、根深い人間不信ゆえに。
『ゥゥゥッ……!』
そうして……。
『……レヴィィィィ!!』
『ええ!!』
――ベヘモットはシュウとの短期決戦を選んだ。
フランクリンが敗れるよりも早くシュウを倒し、<宝>を破壊し……二本目の先制破壊によって皇国の勝利を確定させる道を選んだ。
ギデオンに向かうパターンの逆だ。
ギデオンでの決着よりも先にシュウが持つ<宝>を壊してしまえば、このクレーミルから動けなくなっても……ベヘモットが生存する限り皇国の敗北はないのだから。
『『――《我らこそ怪獣女王》!!』』
ゆえに、ベヘモットはその全身全霊でシュウを殺しに来る。
必殺スキルを発動し、超級武具を展開し、可能な限り早く決着をつけるべくクレーミルに踏み込む。
『――決まりだ』
――そうなるようにシュウが誘導した通りに。
シュウは舞台を整えて状況を利用し……本質的に他人を信じられない彼女が、自分の力で事態を解決せんと動くように誘導した。
ベヘモットの心の隙を……心の傷を見抜き、縛る。
ルールを悪用し、心理的に脱出不可能なリングを築く。
その上で相手の方からシュウの得意分野に踏み込ませる。
ここまでの全てが、シュウの目論見。
ヒット・アンド・アウェイを封じた短期決戦の殺し合い。
其処に自らの唯一の勝機があるからこそ、彼は全てを使い切って盤面を整えた。
『【γ】を起こせ』
『【臨終機関 グローリアγ】、稼働開始』
そしてシュウもまた……。
『――《既死壊世》』
『――コード確認』
――この決戦に、自らの全てを賭す。
『戦神艦――最終神滅形態』
『GUUU――OOOOOOAAAAA!!』
かくして舞台は設えられた。
赤と黄金に染まった巨神……黄昏の巨神が地に立つ。
相対するは金とも銀ともつかぬ鎧を纏った怪獣の女王。
両者は自身の持ちうる全ての力を顕現させ……。
――その巨大な拳を神速の神力で激突させた。
空間が歪むほどの轟音が、ゴングとなった。
◇◆
かくして、【破壊王】と【獣王】は最後の決戦に臨む。
共に己の全てを費やした超短期決戦の構え。
しかし、決戦に臨んだ両者の背景は真逆だ。
ベヘモットはフランクリンの敗北を恐れて短期決戦に臨み、
(――俺は勝つ。お前も勝つだろ、玲二)
――シュウはレイの勝利を信じて決戦に臨む。
彼方で戦う者達の何を信じるか。
弱さか、強さか、その意思か。
いずれにしても、この地の決戦は彼らのもの。
全てを背負った獣。
半分を託し、半分を背負った巨神。
月明かりのリングで――二人はラストダンスを踊る。
To be continued
( ̄(エ) ̄)<という訳で殴り合いに持ち込んだクマ
(=ↀωↀ=)<味方のやることか……これが……?
( ̄(エ) ̄)<でも俺はこういう何でもありのやり口が大得意クマ
(=ↀωↀ=)<それはそう(【フェイウル】戦とかSPのサトミ戦)




