第一六二話 “太陽”と“女帝”
(=ↀωↀ=)<今回も二話分くらいあるな……
□■とある事件について
かつて、一人の<マスター>……【機甲王】バルサミナが皇国内の複数の工房の依頼でフランクリンを暗殺するという事件が起きた。
それは依頼者達の協調の外にいたフランクリン……<叡智の三角>が【マーシャルⅡ】によって軍用兵器のシェアを奪い、彼らの既得権益を大きく損なったことに由来する。
出る杭を打つ行為であり、同時に内戦と戦争を経て一変した皇国内で自分達の生存を賭けた策でもある。
トップを暗殺し、その混乱の隙にクランの活動を妨げる裏工作を行う心算だったのだろう。
しかし、彼らは<マスター>に対する知識が大きく欠けていた。
デスペナルティが明けてログインするだけのマスター相手に一度や二度の殺しなど脅しにもならない。
事実、フランクリンがPKされたときもクランメンバーは「え? オーナー死んだの? まぁ、オーナーってステータス低いし死にやすいよね」で済ませて動揺もなかった。混乱も何もあったものではない平常運転だ。
この時点で、依頼者達の目論見は破綻していたと言える。
さらに言えば、依頼者達は認識も技術も不足していた。
認識不足。皇国の工房の中には生産系の<マスター>を迎え入れて事業改革を進めていた者達もいるが、彼らはそうではなかった。
技術不足。閾値を超えた技術を持つ者達はドラギニャッツォのように特務兵や秘匿工廠に招聘され、そこで先々期文明と似て非なる技術開発を行なっていた。
依頼者達はそうした枠組みに選ばれない程度の技術しか持ち合わせておらず、<マスター>という新たな風にも対応できないことも含めてただの職人と商人に過ぎなかった。
だからこそ、未知の商品で急速にシェアを奪っていくフランクリンに脅威を感じて愚行に走ったとも言える。
さて、暗殺されたフランクリンだが、当然報復に走った。
自分に対しての攻撃、そしてその先にあるのはクランに対しての攻撃だ。
AR・I・CAとの離別や戦争を経たフランクリンが反撃しない道理がない。
そして、今後もまた自分やクランを攻撃されることがないよう、見せしめのために残酷な手段を選んだ。
手段の名は、リスポーンキル。
その実行者の名は、【ライトニング・ハイド・ヴァイパー】。
複数の特典素材を使用して作成した、暗殺特化の改造モンスターである。
気配を消す能力と電気に溶け込む能力、そして雷速の感電死を実行する……対人への殺意に溢れたバルサミナを絶対に殺すモンスター。
フランクリンはこの暗殺特化モンスターを電線伝いに侵入させ、人前では決してパワードスーツを脱がないバルサミナが自室で装備を外した瞬間に暗殺。
さらには皇都のセーブポイントにログインしてきた際に再殺するため、【LHV】をそこに待機させ続けた。
皇都の魔力供給ラインと同化させたエレメンタル。周辺のインフラそのものを止めない限りは完全な隠密が施され、ログインしてきたターゲットが《瞬間装着》でパワードスーツを纏うよりも早く雷速での感電死を実行し続ける。
耐電能力の高い絶属性がロストしていることもあり、バルサミナがリアル伝いに救助を求めても暗殺阻止が困難な代物だ。(尤も自分の顔を見られたくないバルサミナが救助を呼ぶこと自体がそもそもなかったが)
そうしてターゲッティングされたバルサミナは幾度もログインを試したものの、その回数が十を優に超え、一ヶ月が過ぎた頃にはその試行もなくなった。
しかし、それでフランクリンが【LHV】を引き上げさせることはなく……リスキルの毒蛇は今も皇都のセーブポイントに潜み続けている。
◇◆◇
□■皇都ヴァンデルヘイム・セーブポイント
戦争による時間加速。
そして現在進行形で発生した皇都内の戦闘。
その影響で、皇都のセーブポイントである時計のモニュメントの周囲に人影はない。
『――――』
【LHV】は自身の潜む場所の変化を感じとっていた。
これまで常に供給されてきた電力が途絶えている。
引き続きセーブポイントの監視と奇襲を実行できて電気が来る位置に移動しようとしたが、それが叶わない。
どうやら周囲一帯……どころか皇都全域で大停電が発生している。
【LHV】が創造されて配置されるよりも前、ブルースクリーンなる<マスター>がやらかして皇国で指名手配されたとき以来の大停電だ。
異常事態の原因と思わしき戦闘音も聞こえてくるが、そちらは【LHV】にはどうでもいい。
【LHV】にとっては重要なのは、ターゲットが再びログインしてくるまで待機し続けられるかということ。
電力が復旧すればいいが、この待機状態が持続不可能になるまで電力が来なかった場合、【LHV】は役目を果たせなくなる。
ターゲットはもう何ヶ月もログインしていないが、そんなことは【LHV】には関係ない。
【LHV】はいつまでも待ち続け、いつまでも殺し続ける。
そのために、フランクリンは【LHV】をここに置いたのだから。
回収されるまでは【LHV】はここで役目を果たし続けるのだ。
『――――』
ともあれ自身の存在を露呈せずに移動する手段がないため、【LHV】はその場に留まる。
この身は電力の供給がある限りは幾らでも生存と隠密が可能。
それが限界に達するまでに電力が復旧すれば良し。動くのはそれが叶わない状況になってからで問題ないと判断した。
そうして、【LHV】が愚直なまでに待機を続けていると……。
セーブポイントに、ログインの兆候があった。
【LHV】は即座にログインしてくる人物の外見情報を照合。
ターゲットがログインしてくるならば、装備状態は死んだときのままであるため素顔は晒されている。
ログインしてきた者の顔がターゲットと一致すれば、殺して問題ない。
この照合作業を、【LHV】はこのセーブポイントにログインしてくる全ての<マスター>に実行している。
そして今回も【LHV】は照合し――今回はそれが合致する。
ログインしてきたのは【機甲王】バルサミナで間違いない。
『――――』
数ヶ月ぶりのターゲットのログイン。
僥倖だった。少なくとも、あと一回は役目を果たせる。
そして、【LHV】はターゲットを殺傷すべく、人間を容易く絶命させる雷を解き放たんとし……。
「――《クワバラクワバラ》」
――先んじて、そんなまじないのような言葉が聞こえた。
直後、放たれた雷電はターゲットに届く前に減衰して消え失せた。
『――?』
自分の放つ雷光が消えていく。
それどころか、隠蔽を解除した自分の身体すらも溶けるように消えていく。
そのことに【LHV】は疑問を抱くが……。
『――ケケケ、そんなツラァしてたのかよ暗殺者』
――そんな声と共に放たれた光が【LHV】の頭部を吹き飛ばした。
それが数ヶ月に亘りリスポーンキルを続けた改造モンスターの最期であった。
◇◆
【LHV】が倒された直後のセーブポイントには、二人の人物だけが立っていた。
一人はログインしてきたばかりのバルサミナ。
そしてもう一人は……。
「ひぃん……間に合った……間に合ったよぉ……」
『ハイホーハイホー、定刻通りに只今到着』
『ハイホーハイホー、実際はギリギリのギリ』
セブン・ドワーフの輿の上で、涙目で安堵の息を吐いているミミィだった。
「大変だった……なんか殺気立った人達が襲ってきたから……もう絶対間に合わないかと思ったぁ……!」
『ハイホーハイホー、大漁ですだ』
『ハイホーハイホー、皆殺しのメロディ』
ミミィが涙目であるのは、ここまでの道中に襲われたからだ。
市内の各地に展開した元特務兵や【アウトレイル】。
それらと会敵し、問答無用で襲われ――問答無用で殺し返してきた。
そうしてこの場所に指定された時間ギリギリに辿り着き、自分の仕事を果たしたのだ。
『ケケケ、出迎えご苦労って奴だ』
「はいぃ。どうも……」
そして彼女によって暗殺のループから逃れたバルサミナがミミィに礼を言い、
「……地元のHENTAIみたいな格好!?」
ミミィは視線を向けた先のバルサミナの装いにツッコミを入れた。
「な、なんで下着なんですか!?」
『仕方ねえだろ。リスポーンする度に殺されるから装備する暇もねえよ。しかし装備ロスト後のログインでもインナーは着せてくれるだけ運営は優しいねぇ』
「逆に何で顔は隠してるのぉ……?」
『ポリシーだ』
今のバルサミナは《瞬間装着》したばかりのフルフェイスマスクと、《瞬間装備》した魔力式銃器のみを身に着けている。
クールタイムがあるので、とりあえず顔と武器を優先した結果であった。
「色々丸見えですけどぉ……!」
『気にすんな。というか、アンタもアンタで胸零れそうだしよ』
「ひぃん……新入社員からセクハラされてるぅ……」
自分の胸を腕で隠しながらミミィは震えた。
『で、だ。どうやって俺のリスキルを防いだんだ?』
バルサミナは下着姿のままでも気にすることもなく、逆に自分が気になったことを尋ねる。これまで自分を苦しめた確殺のリスキルをどうやって妨害したのか、と。
「えっと、ミチザネさんの《クワバラクワバラ》は絶属性の固有スキ……精霊魔法なので、……今この辺り一帯は電気ダメージ無効になってます……」
絶属性。
雷属性魔法を始めとした電気エネルギーを減衰・遮断する魔法属性だが、扱う属性魔法職が系統ごとロストしており、過去の文献に時折その名が上がる幻の存在だ。
同じくロストしていた重属性が再発見された今では、魔法属性でも特に希少と言われている。
暗殺方法自体は既に聞いていたミミィは、先んじて雷属性攻撃を無効化することでそれを阻んだのだ。
それができる人間は決して多くないが、彼女は……彼女の精霊はそれができる。
『……へぇ。精霊魔法か』
「ミチザネさんはわたしの精霊で……精霊魔法として使うと雷を撃てるし、防ぐこともできまふ……ますっ……!」
精霊魔法を使う【精霊術師】には二通りのスタイルがある。
精霊を実体化する召喚師に近いスタイルと、精霊の使うスキルのみを借りて発動させる魔法職に近いスタイルだ。
強力な精霊ほど環境を含めて使用条件が厳しくなり、実体化する運用ならばさらに負担が重くなる。
ミミィは軽いセブン・ドワーフを前者として、重いミチザネを後者として用いた。
(……高レベルの雷系精霊を出せる環境がこのあたりにはないが?)
電気巡る皇都ならばと思うが今は停電中。そもそも街の中自体が精霊には不向き。
また、精霊は精霊を連れ歩くケースとその場の精霊に希うケースがある。
前者は移動後の環境に左右される。
後者は自らのテリトリー内で力を振るうケースが多いので強力だが、力を借りられるかも不定。
そのような背景から【精霊術師】とは安定しない戦力の代名詞。
基本的にはレジェンダリアの部族が自分達の生息域の精霊と長い年月で繋がり、防衛戦力として用いるのが主な運用だ。
ミミィは精霊を連れ歩くタイプのようだが、縁遠い機械の街で適した自然魔力もない中で安定した力を行使した。
何より……。
『アンタの精霊は随分と変わった名前だな。まるで――<エンブリオ>みたいだ』
「え、えっとぉ……みんなちゃんと、精霊です、よ?」
奇声と共に目を泳がせるミミィを見て、バルサミナは確信する。
ミミィの精霊は尋常の精霊ではなく、ミミィ自身もまともな精霊使いではない。
異端にして頂点。
恐らくは、完全シナジー型の準<超級>。
(【精霊姫】ミミィ・ミルキィ・ミストルティーか……)
リスキルされる前のバルサミナでも知っていたレジェンダリア屈指の実力者。
そして今は移籍し、バルサミナが属することになるクランの先達でもある。
「そ、それより早く着替えて……」
『そうだな。……ああ、折角だから例のブツを見せてくれよ。預かってんだろ?』
「あ、はい……!」
バルサミナに促され、ミミィはゴソゴソと自分のアイテムボックスを漁る。
「こ、これ、預かり物でふ……!」
そうして彼女が取り出したのは、金とも銀ともつかない光沢のパワードスーツだった。
『へぇ。……ヘリオス』
バルサミナはそのパワードスーツに手を触れる。
いつの間にかバルサミナの掌には光る球体が出現しており、そこからパワードスーツへとエネルギーが流れ始める。
そして少しの時間、何かを確かめた後……バルサミナはマスクの内側でニヤリと笑う。
『マジで注文通りだな。よく作れたもんだ』
「これ、そんなにすごいんですか?」
『分からないか?』
「ロボット全然わかりません」
バルサミナは『パワードスーツとロボは別物だが……。しかしフランクリンのところもパワードスーツの名前をロボの名前にしてるな』と呟いてから、説明を続ける。
『そもそもこいつの素材がすげえんだよ。これ、ヤバい量の魔力を溜め込めるぞ』
「え? でもそういうのってわりとありません?」
『こいつの容量はデカすぎる。おまけに強度も神話級金属と比較にならず、熱変化にもほぼ無敵だ。一体どこでこんな素材用意したのかがまず分からねぇ』
『俺に依頼してきたような連中じゃ加工もできないだろうぜ』と断言する。
『さらに溜め込んだエネルギーを消費して加速やパワーアシストにも活用できる。俺のヘリオスが欲しかった仕様だ』
「その<エンブリオ>でしたっけ?」
ミミィが今はバルサミナの掌にある球体を見ながら尋ねると、バルサミナは頷く。
『ああ。こいつは延々と魔力を生産し続けるが、コイツ自身は溜め込めないし繋げた供給先が必要な分しか供給もしない。垂れ流されることもなく虚空に消えていくだけ。そういう縛りだ。だが、このパワードスーツはそいつをいくらでも溜められるし活用できる』
つまりは、これ以上なくヘリオスのためにあるパワードスーツと言える。
「なるほどー……」
ミミィは納得しつつ『作ったのに消えるってエネルギー保存則どうなってるのかな……人のこと言えないけれど』とちょっと思った。
『何にしろ、いい仕上がりだ。これでまだ発展途上なんだろ? 実に楽しみだね』
バルサミナはそう言いながら、内心で『技術ならあっちが先んじるかと思ったが、これならこっちで問題ない。どうも、俺はあっちの本命じゃないらしいしな』と思考する。
「えっと、それで、契約成立……ですか?」
『ああ。リスキルからの解放。特典武具以上に俺のヘリオスを活用できる装備。……アンタらは提示した条件をどっちもクリアした訳だからな』
バルサミナは愉快そうに『ケケケ』と笑う。
『いきなりリアルのメールで用件伝えてきたときは正直ビビったが、受けてよかったぜ』
「あれ怖いですよね……」
『…………アンタもあれでスカウトされた口かよ』
「はいぃ……。SNSとかでも自分のアバター明かしてなかったのに何でわかったんでしょう……」
『…………』
自分以外にも同じようなスカウトを受けたと知り、やはり新たな雇い主達はリアルでも強い力を持っているらしいとバルサミナは再認識する。
しかしそれでも問題はない。
『ともあれ、契約成立だ。俺はカルディナに移籍する』
必要な物を用意し、舞台を整えてくれるならば……スポンサーに従おう。
『――<メジャー・アルカナ>、“太陽”。謹んで拝命させてもらうぜ』
自分という物語の、中心として。
「よ、良かった、です……」
バルサミナの返答に、ミミィは安堵の息を漏らす。
「安心しましたぁ……。ダメだったら殺して壊して帰ってこいって言われてたから……」
『…………』
彼女の言葉の意味は、バルサミナにも伝わった。
リアルを介した契約であるため、【契約書】の類は使われていない。
ゆえに、持ち逃げもやろうと思えば可能な状況。
しかし、ミミィならばそれを許さず、このパワードスーツを纏ったバルサミナを殺し、壊すことができるということだ
単にリスキル手段と相性がいいだけでなく、持ち逃げさせないために彼女はここまでやって来たのだろう。
そんな彼女でも、最高戦力ではない。
それがカルディナという国だ。
『――ケケケ』
今後自分が活動することになる舞台に、バルサミナは愉快そうに笑う。
『ところで聞きたいんだが、装備の名前は? アイテム名が空欄になってるぞ』
「えっと、オーダーメイドだからバルサミナさんに決めてもらえ、って……」
『そうか。なら、【アンオブタニウム・ガイ】とでも名付けさせてもらうぜ』
アンオブタニウムとはSFや思考実験において、『手に入らない金属』と名付けられた架空金属。
このパワードスーツには相応しい銘と言える。
とはいえ、ミミィは別の感想を抱いた。
「……アメコミ、お好きなんですか?」
名前の方向性が、とても漫画的だったからだ。
具体的には、どこかの社長のパワードスーツを思わせる。
『ケケケ、聖書より好きだね』
かつて自分の依頼者達の工房に【カピタン・ドライフ】の銘で発注したこともあるバルサミナは、そんなジョークを言って笑っていた。
バルサミナはそのまま【UOG】を装着する。
『フム……』
装着した状態で身体を動かし、確認作業を進める。
「どうですか?」
『少しきついところと余るところがあるな』
胸部と腹部を触りながらバルサミナはそう答えた。
「あ、そうなんですね。わたしもカルディナを出る前に服を作ってもらったんですけど胸のサイズが合ってなくて……」
『それはワザとじゃね?』
「!?」
ミミィは愕然とした顔で衝撃を受けていた。
自分の発注ミスだと思っていたものがまさかセクハラだったとは。
「…………ふくしょくたんとうさん、こんどしめる」
『デザインとしちゃいいと思うがね』
「……えーっと……そのパワードスーツを創った“節制”……カリュートさんは、『調整したいならカルディナに着いたら顔を出せ』って言ってましたよ……?」
『ああ。オプションも含めて相談したいことは多いしな、……?』
会話の最中、バルサミナはどこかから聞こえてきた爆音に目を細める。
『アンタ、さっき「殺気だった人達」がどうのと言ってたな。皇都はどうなってる?』
「あちこちで守備隊が戦闘してますよ……? 戦争の影響でしょうか……?」
『……いや、あのルールの戦争モドキでこうはならねえだろ』
バルサミナは王国と皇国の間で起きている<トライ・フラッグス>を、前回の第一次よりもなお戦争だとは思っていない。
『最初から戦場と終わる条件が見えてる』時点で戦争ではなく、ゲームに過ぎないと考えている。
だからこそ、皇都の現状は<トライ・フラッグス>からはみ出した別の何かだと考えた。
『…………』
【UOG】に搭載された風属性式のジェットで跳び、セーブポイントであるモニュメントの上に立つ。
そこからバイザーの光学カメラを調節し、街を見回した。
街のあちこちで炎と黒煙が上がり、守備隊の<マジンギア>がそこかしこで擱座している。
市民達は屋内に避難しているようだが、戦闘は段々と少なくなっている。
抗う者が減っているのだ。
『アンタが此処に来るまで、<マスター>はどのくらい戦ってた?』
「あまりいませんでしたよ……? 強い<マスター>のほとんどは戦争に参加してますし、参加してない強い<マスター>も戦争中の加速時間を活用して遠征とかしてるみたいです……。あと、強くない<マスター>はすぐに負けちゃうくらいには襲ってくる人達が強いので……」
『……そうかい』
バルサミナは息を吐く。
ヘルダイン、イライジャ、エトヴァス。
バルサミナと交流のあった皇国の猛者達は、きっと全員が戦争に向かったのだろう。
あるいは、既に全員が退場しているかもしれない。
此処に彼らがいれば、皇都を護るために戦ったのだろうか。
(戦っただろうな。そういう連中だった)
しかし彼らは此処におらず、奇しくも……今日このときにバルサミナが帰還した。
これも巡り合わせと言うのだろう。
『なぁ』
「なんですかぁ?」
『俺はこれからカルディナの一員だが、まだ皇国に籍があるんだよ』
「はい?」
『皇都の中が騒がしいんでな。この国を出る前に……主役らしく事件解決に走らせてもらうぜ』
元特務兵が暴れ、無数の戦いが待つ戦場。
そんな皇都で、不在の友人達に代わって自分が戦ってやろうじゃないかと……バルサミナはマスクの奥で不敵に笑う。
『復帰のリハビリとこの装備の試運転ってことで、よろしく』
「あ、あの、わたし、あなたと一緒に帰るまでが仕事なんですけど……!? ど、どのくらい掛かります……? もうすぐ戦争の加速時間も終わっちゃいそうですし……」
『なら手伝ってくれよ“女帝”。その方が早く終わるぜ? つーか手伝え相棒』
「強引に相棒にされた……!?」
自分を巻き込もうとするバルサミナにミミィは目を白黒させていたが、やがて諦めたように息を吐く。
「……わかりましたぁ。あっちに雷使いがいるみたいなので、行ってきますね……」
『ケケケ、電気はまだちょっと苦手だから頼むわ』
なぜそれが分かるのかも言わぬまま、ミミィはそそくさと手持ちの精霊と相性の良い敵を倒しに向かった。
『さぁて……主役の復活回らしく無双と行こうか、【UOG】』
そしてバルサミナもまた、自分の敵を求めて空中へと飛び立つ。
そうして、有力な<マスター>が不在だった今の皇都に、<メジャー・アルカナ>……準<超級>最上位戦力が二名投入された。
この皇都で暴れる元特務兵達を、倒すために。
◇◆
余談だが、今回の皇都の騒動は議長には視えていなかった。
彼女の視たクレーターとは、クラウディアの最後の保険……王都の地下水脈に設置された重力の【四禁砲弾】の炸裂によるものだ。
議長の予知は、自らの観測対象外の存在が多く絡んだ事件については後手に回る。今回はそれの顕著な例と言えよう。
とはいえ、この皇都の騒動は議長にしてみれば珍しく予知から外れたプラス要素だった。
しかし、視えていなかったことには代わりがない。
『皇都に邪魔する者がいなくなるタイミングで新戦力を迎えに行かせた』ミミィと迎えられたバルサミナ。
議長の予知では、二人は戦争の混乱に乗じてカルディナへと早々に帰還するはずだった。
だからこそ、今回の視えなかった事件に二人がどう対応するかも当然視えていない。
そしてヴォイニッチやザカライアと違い、完全にコントロールされてる訳でも最終目的を共有している訳でもない二人は……各々の判断でこの事件の解決に動き出してしまったのである。
かくして、放っておけば議長陣営の勝ち確だった状況は……議長自身の投じた一石によって更なる未知へと転がり始めた。
To be continued
(=ↀωↀ=)<23巻のチェック後原稿届いて最終の校正作業始まったので
(=ↀωↀ=)<次はまた一週間後予定です
(=ↀωↀ=)<あと今回は予定通りならいつもより新規キャラデザ多いです
○【LHV】
(=ↀωↀ=)<ブラック労働し続けたリスキルモンスター
(=ↀωↀ=)<ぶっちゃけ暗殺要員として他のところにも使えたけど
(=ↀωↀ=)<ずっとバルサミナのリスキル用に置き続けたあたりがフランクリンの闇
○【アンオブタニウム・ガイ】
(=ↀωↀ=)<金とも銀ともつかない色
(=ↀωↀ=)<魔力を溜め込めて
(=ↀωↀ=)<神話級金属より遥かに硬くて
(=ↀωↀ=)<熱変化を受け付けない
(=ↀωↀ=)<いったい何級金属製なんだ……




