拾話 ベヘモット 前編
(=ↀωↀ=)<本当は次の話と一話にまとめようと思ったけど
(=ↀωↀ=)<途中段階でも余裕で一万字超えてたので分割
■ベヘモット
二〇四三年八月。<Infinite Dendrogram>がリリースされて、それが本当に凄いゲームだと世の中に知れ渡った頃。
わたしもまた、ここに足を踏み入れていた。
◆
独りになってから、わたしはずっとゲームばかりしていた。
外には出れないし、ドラマや映画を見るとどうしても……もう会えないお父さんとの思い出が蘇って辛くなる。
お芝居のレッスンは……したところでもう誰にも見せることはないし、意味がなくなってしまった。
だから、気を紛らわせるためにそれまであまりやっていなかったゲームに手を出した。
熱中するということもなく、ネットで対戦した相手を倒すことで間接的に自分の中にある人間への加害衝動……暗い欲求を満たす後ろ向きな日々。
ゲームしかしてないから上手くはなったけれど、プロや配信者になる気も……人前に出る気も一切ないからそれが何に繋がる訳でもない。
意味がないと自覚はしているけれど、これを止めてもすることもやれることもないので惰性で続けていた。
ゲームで他人を倒し続けて、けれどそれ以外で他人と関わることもない。
今住んでいる住居……お父さんが遺した邸宅は食事や掃除、ゴミ捨ても機械で自動化されている。
お父さんの遺した財産と生命保険で、お母さんの入院費を加味しても暮らしの心配はまるでない。
必要な物は通販のドローンが届けてくれる。
だから、人間と関わらなくていい。
そうしている内に、リアルでは……もう誰もわたしに声を掛けなくなった。
お母さんが治りでもしない限り、誰もわたしを気に留めない。
けど、そんな奇跡はきっと起こらないから……わたしはこの生活を死ぬ気になるまで続けるのだと思う。
そんなときに、<Infinite Dendrogram>のCMを目にした。
『<Infinite Dendrogram>は新世界とあなただけの可能性を提供いたします』
その謳い文句になぜか心が引っ張られて、ネットで注文だけ済ませた。
その後は、いつものように後に繋がらないゲームを続けていた。
そしてゲームのハードが届いた頃には、ゲーム界隈の話題は<Infinite Dendrogram>に席巻されていた。
「…………」
わたしは、正直に言えばそのブームを胡乱に見ていた。
ダイブ型VRゲーム自体がこれまで失敗ばかり重ねていたジャンルだ。
わたしも『怪獣になって大暴れ』というコンセプトのゲームをやってみて、『リアルでペーパークラフトでも潰していた方が遥かにマシ』という思いをしたことがある。
ただ、怪しみながら<Infinite Dendrogram>のレビューを見ていると、その中でアバターのメイキングに関して熱弁しているものがあった。
あまりにも細かく、デザインの幅が広く、作り込みの深みも凄まじい。レビュアーも『これから一ヶ月くらい集中してキャラクリがんばるわー』などと書いていた。
それを見て『そこまで作り込めるならもしかして……』と希望を抱き、<Infinite Dendrogram>のハードに手を出した。
結論から言えば、わたしの望みはまるで叶わなかった。
わたしは『もしかしたらキャラクリで怪獣になれるのではないか』と思っていた。
けれど、流石にわたしが望むようなサイズの怪獣はクリエイトの範囲外で、さらに怪獣をクリエイトしたところで性能は生身の人間と同程度なのだという。
この時点で、わたしはこのゲームをやる気がかなり失せていた。
もしも怪獣の見た目にできても人間基準のサイズと性能であるなら、単に目立つだけで意味がない。無駄に注目を集めるのも吐き気がする。
この<Infinite Dendrogram>がこれまでのダイブ型VRと違うことは、このチュートリアル時点の出来でもう理解できているけれど。
……長らく、家の外を歩いていない。
気分転換くらいはもしかしたら<Infinite Dendrogram>でできるかもしれないけど、作り直しのできないアバター……なりたくもない姿になってまで歩きたくない。
だからこのままログアウトしようと思った。
そんなとき、わたしの受付をした管理AIが「逆に小さいアバターならかなり小さくできるのだが……」と呟いたのを耳にして、気が変わった。
「それ、本当?」
「ああ。小人で始めた者もいたからな」
「そう……」
流石にわたしも小人型アバターで始める気はない。
人型の時点で好みではないし、小さい人だなんて……踏み潰されそうだ。
ただ……。
「じゃあ、わたしのアバターはこれ」
「……なに?」
わたしが創ったのは、ハリネズミやヤマアラシに似た……トゲトゲした小動物だ。
昔持っていたぬいぐるみに似た、動物型のアバター。
信条的に、人型よりは動物型がいい。
小さくて人の目に留まりづらく、留まったとしてもただの動物とスルーされる。
何より、動物なら人と会話しなくてもいい。
そう考えてアバターを作成すると担当の管理AI……クイーンというらしい彼女は「本当にそのアバターでいいのか? 大丈夫か?」と心配そうに確認してくる。
そういえば、彼女は不思議と話していて不快感がなかった。
獣人っぽい見た目だけれど彼女は管理AIで人間ではないからだろうか。
あるいはそもそも……根本的に人間から遠い何かなのかもしれない。
ともあれ、アバターを決めて、名前も決めて、選べる装備からマントを選んで、降りる場所を決める段になって……。
『……ここ』
わたしは、一つの国……ドライフ皇国を選んだ。
◆
皇国の首都、皇都ヴァンデルヘイムではわたし同様にログインしたばかりの新規プレイヤー達が、興奮冷めやらぬ様子で街を歩いていた。
誰も彼も、わたしと同じく左手に<エンブリオ>を着けている(わたしの場合は体毛に埋もれていたけれど)。
大はしゃぎして人目を集める彼らを尻目に、わたしは路地の端を歩いていた。
小さくて目立たないわたしはあまり注目されず、見られたところで野良のモンスターとも思われていないので、咎められることもない。
ただ、時折わたしを指差して何事かを言う声が聞こえて、苛立つだけだ。
『…………』
さっさと街を出てしまおう。
人の多い街の中じゃなくて、自然の中を散歩して、ログアウトする。
……できれば、散歩コースはこの街を俯瞰できる高台でもあればいいな。
そうしたら……。
「ふぅん」
考え事をしながら歩いていると、不意に近くからそんな声が聞こえた。
人の声が煩わしい。早く遠くに……。
「貴女、どうして動物のフリをしていますの?」
『!』
それは、明らかにわたしに向けられた言葉だった。
咄嗟に振り向くと、そこにはリアルのわたしくらいの年齢の女が立っていた。
……まるでアニメやゲームのキャラクターみたいに、縦ロールだったけれど。
いや、うん、ここ、ゲームだけど、さ。
「うん、やっぱりそうですわね」
何かを分析するようにそう言う女の手の甲には、宝石も紋章もない。
<マスター>じゃない……ならNPC?
でも……彼女はとてもそうは見えない。
『……誰?』
気になって、わたしは相手に尋ねてしまう。
こっちで誰かと話すつもりなんてなかったのに。
「私の名前はクラウディア。貴女は?」
『…………ベヘモット』
少し悩んで、わたしはアバターのネームを名乗った。
神話に伝わる大怪獣の名前だ。
本当は、もっと大きな姿でこの名前にしたかったけれど。
「じゃあベティとでも呼べばいいのかしら?」
『……それはやめて』
そう呼んでいい人はもういない。
……そう略せる名前にしちゃったのは失敗だったな。
とにかく、相手……クラウディアはわたしが動物アバターの<マスター>と見抜いているんだろう。
ゲームのNPCだからそういう機能があるのかと思ったけど、違う。
彼女の目は、細かにわたしを観察している。
わたしも――怖くて――人を観察するから、よく分かる。
それと、もう一つ分かる。
このクラウディアと名乗る彼女は、多分わたしが知る人間とは何か違うものだ。
ゲームのキャラクターだからではなく、もっと根本的に違う。
それが、少し前にクイーンとも会話していたことで顕著に分かった。
「お茶でもしませんこと? 貴女に興味がありますわ」
急に声を掛けてきたクラウディアはそんなことを言ってわたしを誘った。
普通なら、初対面の他人の招きなど……いや、人間の招きなど応じない。
けれど今は……わたしも彼女に興味があった。
『……ティーカップは持てないけれど』
「レジェンダリアの妖精人種用の小さなティーカップもありますわ」
わたしは、既に強く断る気はなくなっていた。
不思議な気持ちだ。他のゲームで他人に誘われたときは即蹴っていたのに。
…………ゲーム、ゲームか。
本当にゲームかな、これ。
街の空気、それとクイーンや彼女との会話でも思ったけれど……何かゲームっぽくない。
随分と昔に思えるけれど、お父さん達と家の外を歩いていたときを……思い出す。
◆
茶会の席でクラウディアは自分のことをよく話した。
わたしに興味があると言っていたのに、わたしに聞くよりも彼女が語ることが多い。
クラウディアがこの国の皇族の一員であること、皇国屈指の戦闘要員であること。
街を歩いていたのは増えてきた<マスター>の調査のためだったこと。
そして、調査中だった彼女がわたしに声を掛けてきたのは……。
『……わたしが一番変わってたから?』
まぁ……動物のフリをする<マスター>なんて他にいないもんね。
「容姿ではそうですわね。それが理由ではありませんけれど」
『?』
「そろそろ、私からも一つだけ聞きますわ」
『なに?』
「どうしてこの国を選んだんですの? 他の〈マスター〉の言によれば、選べる国は七つ。であれば、皇国を選んだ根拠があるのでしょう」
『…………』
どうして、かぁ。
クイーンにも聞かれたな。答えなかったけれど。
ただ、うん。何となくだけど……クラウディアには言っても構わないかな。
『――壊したときに一番気分が晴れそうな街並みだったから』
――七つの国の中では一番リアルと近いから、一番ぶっ壊したかった。
最初から怪獣らしい怪獣になれていたなら、ログインしてすぐに踏み壊してたよ。
今だって、<エンブリオ>とやらでそれが可能になるなら実行したいもの。
きっと、かつて遊んだクソゲーよりは気分よくぶっ壊せる。
「――ですわね。貴女、そんな顔をしていましたもの」
わたしの言葉に、クラウディアは驚く様子もなくそう応えた。
……なるほどね。
最初からわたしがこの国にとって危険な思想の持ち主だって分かってたんだ。
この国を守る役割のクラウディアがそれに気づけば、見逃すはずがない。
けど……。
『……こんな顔だけど分かるの?』
「分かりますわ。私も同じ気分になることがありますもの」
『お姫様なのに?』
正直意外だ。
お姫様なんて、自分の国で何不自由ないものに思えるのに。
「背負っているものが煩わしくなることもありますの。本当は大切な一つだけに専念していたいのに、境遇と立場が絡み合って自縄自縛。時折、束縛を壊してしまいたくなる」
クラウディアはそう言って、少しの暗い感情と共に息を吐く。
それは、わたしにも覚えのあるものだ。
自分が陥った状況、雁字搦め、その今を自分で疎んでいても動けない。
……同じ気分、ね。
「煩わしい何もかもを終わらせて、一つだけを目指す環境を得る。……もしかすると、【覇王】もこんな気分だったのかしら?」
クラウディアの独り言の意味は、わたしには分からない。
それに彼女は自分を縛るものを壊そうとせず、むしろ守ろうとしているように見える。
だけど、クラウディアの言葉自体は嘘一つない本音なのだろうと感じた。
そして、彼女と自分が少しだけ……似ているとも思った。
「とは言っても、私は彼ほど無責任にはなれないのですけれど」
『大変そうだね』
「ええ。大変ですわ。手伝ってくれる友人が欲しい程度には」
『?』
首を傾げていると、クラウディアがわたしの小さな手を握った。
「ベヘモット。お友達になりませんこと? 強くなって私を手伝ってくださいな」
『――――』
危険人物だと思って声を掛けてきただろうに、彼女はそんなことを言いだした。
あるいは、彼女もわたしと同じように……相通じる何かを感じたのかな。
『…………』
わたしは、こっちで人と関わる気がなかった。
リアルで人間にうんざりしていたし、群衆を見ると踏み潰したくなる。
この世界を訪れたのも、気分転換に出歩いて……可能なら踏み壊したかっただけ。
そんなわたしの初志からすれば、クラウディアの申し出は論外。
だけど……。
『……わたしが強くなるかは分からないよ?』
わたしは、わたしの気持ちを拒否の理由にはしなかった。
多分、ここがリアルと同じ……一つの世界なんだと感じ始めていたからかもしれない。
そんな世界で、リアルではもう誰とも関わらないわたしに、こうして話し掛けてきて、似た感情を抱いてる相手。
そんな相手と、もう少し関わってみようかと……気紛れにそう思えた。
『まだ〈エンブリオ〉も生まれてないし、すごく弱っちいかもしれないよ』
「きっと誰よりも強くなりますわ」
わたしが半ば本気でそう言っても、クラウディアはわたしの肩……誕生前の<エンブリオ>を優しく撫で、
「――そんな顔をしている」
――その一瞬だけ、別人のような口調でそう告げた。
To be continued
(=ↀωↀ=)<次回更新は二日後
(=ↀωↀ=)<なお今回の後半は14巻の書き下ろしパートをベヘモット視点で書き直したものですね
(=ↀωↀ=)<WEBでも出しておかないと情報面の問題が出るのでここで出します
〇ベティ
(=ↀωↀ=)<数年間、引きこもりゲーマーをしていた(今もしている)
(=ↀωↀ=)<その間にゲームの腕が上達しまくっている
(=ↀωↀ=)<他のプレイヤーと交流することもないし大会にも出ないが
(=ↀωↀ=)<プロゲーマーチームにスカウトされるくらいの腕前(スカウト自体はガン無視)
(=ↀωↀ=)<そのため、界隈では“無冠の帝王”とか“野良プレデター”とか呼ばれていた
(=ↀωↀ=)<ちなみにスラングもこの頃に他のプレイヤーが使ってるのを見聞きして覚えた
〇All DaiKaiju Break Tours
日本語圏での通称『お陀仏』。
巨大かつ多様な怪獣アバターになりきり、忠実に再現された各国の街を壊し回る爽快な破壊アクションが楽しめるダイブ型VRゲームという触れ込みで発売された。
しかし、下記の理由により、評価は著しく低い。
・とある怪獣映画シリーズの版権ゲームとして勝手に制作が進められていたが、版権元との交渉が難航。結局許可が降りず、発売数ヶ月前にタイトルを変更して全アバターを差し替えることに。
・上記の作り直しにより、実装キャラ数が当初予定の30%以下の五体に。
・差し替えによってアバターのCGクオリティが著しく低下。さらに差し替えた一部の怪獣のデザインが著作権違反で訴えられる。
・各国の都市を忠実に再現とあるが、実際は極めて怪しいロケーションとなっている。具体的には日本をモデルにしたステージでは東京タワーと富士山と金閣寺が同じ都市<ジパング>にある。
・嗅覚と味覚を除く視覚聴覚触覚に対応したVRゲームだったが、触覚に問題あり。具体的には触覚をオフにすると接触や振動で何も感じず、動かしながらも操作感がない。しかしオンにすると、家屋を踏み潰すたびに良くて足ツボ、悪くて裸足画鋲クラスの痛覚を感じる。健康被害で訴えられるケースもあった。
・ゲームバランスにも問題がある。怪獣は敵対者の攻撃で最低でも1ダメージ食らう仕様だが、NPCの軍人や警官は怪獣相手に死ぬまで奮闘するため、数が多い警官隊の拳銃を喰らい続けてプレイヤー怪獣が死ぬケースが多発した。ライター兼レビュアーの金城鉱氏は『人間の強さを見た』と語る。
・アバター追加などのアップデートも発表されていたが、各種訴訟により開発がストップし、現在も実行されていない。
全体的に問題を抱えて低評価であるが、『版権が降りていればもっと良い品質とデザインの怪獣アバターだったし、作り直しに掛かった分の工数で他の問題点も詰められたのではないか』と擁護する声もある。
しかしその擁護も『そもそも無許可で勝手に作り始めるな』という正論によって封殺されている。
( ꒪|勅|꒪)(急にシャンフ□作中に出てくるクソゲーみたいなのきた……)
(=ↀωↀ=)<ちなみにベティは発売日に買ったよ
(=ↀωↀ=)<これ以降はまずレビューを見てからゲーム開始する民になったよ
(=ↀωↀ=)<そしてこのあとがきは最近コメディ不足してると思った作者の息抜きだよ




