拾話 悪巧み
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□【破壊王】シュウ・スターリング
「最初に言っておく。この戦争、俺がベヘモットに勝てる確率は一%を切る。小数点以下だな」
「……忍び込んできた相手にいきなり弱音を吐かれるとは思わなかったわ」
開戦前のある日。戦争準備に慌ただしい王城の中、第一王女の執務室で俺はそう述べた。
いま、この部屋の中には俺と第一王女だけで、他の人間はいない。
また、ここに来ることも俺は誰にも告げていない。
来るときも【キムンカムイ】で忍び込んできた。
俺がこんな準備をしていることすら、気づかれる訳にはいかないからだ。
「根拠は?」
第一王女も最初は突然来た俺を警戒していたが、今はこっちの説明を聞く態勢になっていた。
恐らく、俺が玲二の兄であることと……<マスター>の奇行に慣れてきたのだろう。
変な奴ばかりで悪いな。
「私は……これでも【グローリア】やフランクリンのモンスターを倒して王都やギデオンを護った貴方をそれなりに評価しているけれど……」
『前回の戦争に加勢しなかったことは別として』って副音声が聞こえるぜ、第一王女。
「厳しい理由があるのさ。ま、それは後で話す。前置きにちょっと別の奴の話をするぜ」
「前置き?」
ああ、俺の切り出す話とも無関係じゃない奴だ。
「あの講和会議の日。俺はレヴィアタンと交戦していたが、そのときに乱入してきたフランクリンとも戦った。そして、奴の切り札にあたるモンスターを見ている。それは『【怪獣女王 レヴィアタン】とほぼ同じステータスを持ったモンスター』だった」
「……少し頭痛がしてきたわ」
「まだ序の口だから耐えな」
正確には、全てのステータスがレヴィより少しだけ高かった。
ステータスに特化した<超級エンブリオ>であるレヴィを上回るステータスの改造モンスター。
ありえなくはないが、違和感はある。
キメラ染みたデザインはむしろ、ステータスよりも特殊能力に特化しているタイプが多い。
かつて戦った【アビスシェルダー】はステータスにも秀でていて強靭だったが、あれは自分のパーツを取捨選択した上に異常なレベルアップを重ねた例外だ。
「恐らくだが、あのモンスターは純粋性能でステータスが高いんじゃない。『他者のステータスを模倣、あるいは自分に上乗せする』タイプだ」
「! それは……!」
「ああ、奇しくもあいつの《追撃者》の類似系だよ。上位互換だ」
同時期にネメシスが似たようなスキルを得ていたこともあり、連想するのは容易だった。
ネメシスやヌンに限らず、上級の<エンブリオ>や<UBM>でも他者の能力コピーは度々確認されている。
フランクリンがそういった<UBM>から得た素材を集め、<超級エンブリオ>の必殺スキルでモンスターを作り上げたならば、能力も引き継ぐ可能性はある。
「この推測を前提としてさらに考察するなら、『各ステータスに周囲の生物で一番高い数値を上乗せする』スキルだろう。それを、恐らくHPとSTRとAGIとEND、それぞれで有している」
「…………」
俺の言葉に、第一王女が何事かを考えこんでいる。
既にこの能力のヤバさに気づいているのだろう。
「STRにはSTRの、AGIにはAGIの最大値を上乗せする。不幸中の幸いと言うべきか、上乗せ対象はそれぞれ『一つ』だろうな。『周囲全て』のステータスを上乗せするなら、レヴィだけでなく俺のSTRも上乗せしていたのなら……STRはもっと目に視える形で跳ねていたはずだ」
単純計算だが、合計ならあの時点でも自前のSTRと合わせて四〇万は優に超えていただろう。《無双之戦神》状態のバルドル以上だが、相対した奴はそんなパワーじゃなかった。
「……『周囲の生物』、と限定したのも同じ理由ね?」
「ああ。お察しの通り、STRだけならあのときの最大値はうちのバルドルだったからな。なのにバルドルを下回っていたのなら『機械』は対象外だ」
「上乗せに上限値がある可能性は?」
「それだったらその方がありがたいだろ?」
「……そうね」
あれは恐らく、『自国の<超級>を超える』ために創ったモンスターだな。
ステータス特化のベヘモット、神話級悪魔を呼んで強化する【魔将軍】。
少し前までの皇国の<超級>は生物としてのステータスで勝負するタイプばかりだった。
そんな連中をフランクリン単独で倒すための切札が、あのモンスターだ。
何を考えてそんなモンスターを用意したかまでは読めないがな。
「さて、この能力の厄介な点として、特化型ステータスの持ち主で戦うことが相手を利するパターンになりかねないこと」
恐らく、さっき第一王女が考え込んでたのもこのせいだろう。
王国にも俺含めて限界超えて尖った奴はいるが、それがマイナスになりかねない。
「集団戦では最悪だ。こっちの精鋭を集めた布陣で当たれば、俺以上のSTRとカシミヤ以上のAGIを併せ持つかもな」
「……地獄ね」
「逆に俺……というかコピー対象外のバルドル単独で相手取るなら勝てる」
というか、それが理由で講和会議では撤退したんだろう。
戦争でもバルドルを出した俺の前に出てくるかは怪しい。
「俺以外ならフィガ公を単騎で当てれば勝てる。あいつならステータスで上回られても勝つからだ」
ただし、それもフィガ公がフランクリンと戦うまでに万全ならの話だ。
アイツは一定以上の相手とは身を削って戦うタイプであり、皇国側から真っ先に対策されるだろう王国の筆頭戦力。状況次第だが戦力の温存はまず難しい。
前の事件のやり口や性格を考えて、フランクリンが自分の総戦力を投入するのは戦争の終盤。恐らく、万全の状態ではフィガ公とぶつからない。
「だが、フィガ公もフランクリンが出てくるまで万全かは怪しいし、俺も俺で優先的に当たる相手がいる。逆に、俺達以外の<超級>だと難しい」
ステータスとサイズの暴力で戦うハンニャは相性が悪いし、アルベルトも多様な攻撃手段を持つフランクリンとの相性は然程良くない。雌狐は今回防衛担当、そもそも俺のケースと同じで苦手な相手のところにはフランクリンも出てこないだろう。
「<超級>以外で当たるとなると王国側としては準<超級>クラスの戦力を上限に戦力を集めて戦うのが丸いか。各ステータスが最も高い者からしか上乗せされないなら、ステータス上限を数万程度に抑えた上でそれを数で覆せばいい」
「……そう上手くいくかしら?」
「厳しいな」
俺が自分の発言を即座に翻すと、第一王女が嫌そうな顔をした。
だが、本当に厳しいのだから仕方ない。
「フランクリン側も俺が言っているようなことは重々承知だろう。考えられるとすれば戦力を用意していない状態で奇襲をかけてくるか、自前でコピー元の戦力を用意するかだ」
奴が使いそうな手は予想がつく。
アイツがどれだけ本気でやってくるかにもよるが……もしもフランクリンが時間指定で決戦を挑んで来たら確定でその線だ。
だが、フランクリンの切札に関する最大の懸念は、そっちじゃない。
「一番ヤバいケースは……フランクリンとベヘモットが揃って出てくることだ」
「………………想像したら吐き気がしてきたわ」
「耐えろ」
ベヘモット……“物理最強”のステータスをフランクリンのモンスターに上乗せ。
講和会議の時とすら比較にならない、最悪に最悪を掛け合わせた状況になる。
「強くなりすぎて周辺被害がデカくなりすぎるのが欠点だな。ルール抵触を恐れて人里近くではタッグを組まんだろう」
「<砦>をカルチェラタンの<遺跡>にしておいて良かったと心から思っているわ」
ああ、ついでに玲二もしばらく人里近くに退避させとけ。<墓標迷宮>とか。
「ともあれ、タッグを組まれると正直厳しい。俺がその場にいたとしても、どちらかを相手取っている間に他が詰む」
連中の共同戦線を阻まなければ、王国は詰む。
で、前置きは終わってここからが本題だ。
「どうにかしてこの二人を分断しなけりゃならないが……そこは俺がどうにかする」
「可能なの?」
「戦争の推移次第だ」
他のフラッグを王国が先に破壊している状態で同数ならば。
ギデオンの時点で露骨に玲二に執着しているフランクリンが、<命>であるあいつを狙う状況になれば。
それこそ、時間と場所を予告して呼び出しでもしようものならば。
そこまでお膳立てされた状況ならば……可能だ。
こっちの策も、まず通る。
逆にアイツらが最初からタッグであちこち暴れ回るようなら、こっちも策なんざ立てずに<超級>全員で暴れ倒すしかなくなるが……恐らくそうはならんだろう。
何だかんだで、アイツらは未知を警戒する頭があるからな。どんな能力の<マスター>や伏兵、ついでに前回戦争みたいな乱入がありうる中で、最初から全開で動きはしない。
ともあれ……こっちの狙いは一つだ。
「戦争の終盤、俺がベヘモットを呼び出してサシで戦う」
講和会議の戦いに、ベヘモット本人を加えた形だな。
「そして、この場合の俺の勝算は恐ろしく低くなる」
単純に、講和会議よりも状況が悪化するからだ。
仮にベヘモットとレヴィの必殺スキルがシンプルな合体スキル……例えば『両者のステータスの合算』だった場合、《無双之戦神》だけでは対抗できない。
アイツの持つ幾つもの特典武具を重ねられれば、戦力はレヴィ単独の倍では済まない。
対抗するにはこっちもゼクスとの戦い以来の切札……【γ】を使う必要がある。
アレを使えば勝負の成立するレベルにこちらの戦力も上げられる。
だが、その【γ】が問題だ。
あれの稼働時間は五分間。
リミットを過ぎれば、俺は死ぬ。
「ここで問題なのは……講和会議でのレヴィアタンの戦い方だ。あのとき、アイツは俺に勝る速度と継続回復の特典武具を使いながらのヒット・アンド・アウェイを仕掛けてきていた」
講和会議の戦いでは《無双之戦神》の状態でも合体前のレヴィに速度で劣っていた
そこから推測するに、お互いが全力を尽くした場合も速度ではアイツが勝るだろう。
だから【γ】を発動してもそのリミットに気づかれれば……リミットまで逃げられ、俺が死んで終わりだ。
逆に《無双之戦神》だけで戦っても、此方が時間制限付きなのは承知なのであちらは必殺スキルを使わずに温存しながら立ち回って来るかもしれない。
「あっちに対抗できるだけのステータスを発揮しているとき、こっちの方が持続時間は短い。そして、ベヘモットは確実にそれに気づく」
天性のものか、幾つもの激戦を経て得たものか、アイツには俺同様にその程度は読めるという確信がある。
そして最も有効且つ妥当な戦術を取られたとき……俺の勝率は一%未満だ。
「“物理最強”が遅延戦術に……消極的な戦い方に走るかしら?」
第一王女は懐疑的だ。
無理もない。ベヘモットは“最強”なのだから。
王国にとっては最大戦力であった先代の【大賢者】を……その切札たる魔法を正面から粉砕して撃破するという圧倒的な力を見せて勝っている。
講和会議での大暴れも記憶に新しいだろう。
そんなベヘモットが、戦争で俺とタイマンを張ったときにそんなことをするのか、と。
――断言できる。確実にやる。
「これが俺とアイツの個人の戦いであれば、アイツも真っ向から戦うだろう。だが、これは戦争だ。より正確に言えば……アイツの親友の命が掛かった戦争だ」
「……!」
講和会議の後、親友のためにあの雌狐の契約を呑むほどに、アイツの中で親友……クラウディア・L・ドライフは重い。
俺に呼び出されたとしても……その後でこっちが勝手に死んでフラッグが破壊できるならそれを選ぶ。
それで戦争に勝てるし、親友が助かるからだ。
後ろ指をさされようが知ったことではないだろう。
そもそも、この場合は呼び出しておいて勝手に息切れする俺が間抜けだ。
要するに……。
「俺は『逃げれば確実に勝てるベヘモットにどうにかして殴り合いを強制しなけりゃならない』。でなけりゃ皇国の<命>であるアイツは絶対に取れないだろうさ」
本当に、厄介な話だ。
ここまで御膳立てが必要なのは【アビスシェルダー】を思い出す。
「……これまでの話で聞きたいことは色々とあるのだけれど」
第一王女は難しい顔で額に手を当てている。
「まず、クラウディアが<命>に選定するのは本当に【獣王】なの? 戦争直前に個人生存型の<超級>が加入したという情報があるけれど……」
「ブラフだよ」
皇国が直前に抱え込んだ個人生存型の<超級>はブラフだと、すぐに察しはついた。
「<命>はモノである他のフラッグと違い、そのマスターそのものだ。極論、最後はソイツ自身に委ねられる。裏切られて自殺でもされようものなら、あるいは戦争中にログアウトしたままなら、もうそれで意味をなさなくなる」
「…………」
「で、向こうがそれを委ねられるほど信じられる<マスター>は、きっとベヘモットしかいねえよ。他にいたとしても、任せる実力が足りないだろうな」
噂では【流姫】ジュバなる準<超級>も皇王と関係が深いらしいが、単純な実力と生存性を考えればベヘモットが選ばれる。
「信と力、両方兼ね備えた最大値がベヘモットだ。疑う余地がない」
「…………そうね」
ま、こっちもこっちで玲二を選んでるからな。
信頼という点で、アイツを上回る<マスター>は王国にはいない。
いま俺の話を聞いているのも俺が<超級>だからでなく、俺が玲二の兄だからだ。
アイツへの信頼があるから忍び込んできた半裸熊毛皮の話もまともに取り合っている。
……アイツも罪作りな奴クマ。
「皇国の勝ち筋は最も信頼できて最も強い【獣王】だ」
納得してもらえたところで、話を戻す。
「まともにやってアイツに勝てる可能性がある王国の戦力は、フランクリンのとき同様に二人だけ。女狐や秘書みたいに本来の強弱を無視して倒せる手合いはいるが、あっちもそれは重々承知だろう。そういう連中を削った後、三日目から本格的に動き出すはずだ」
その頃には、連中が警戒している未知の初見殺しも削れている。
乱戦でなければ自分で潰しに動くかもしれない。
「そこまではフランクリンと同じだが、フランクリンとの違いはアイツの戦力は他者に依存せず、アイツら……ベヘモットとレヴィアタンだけで成立することだ。“物理最強”の速度と力で初見殺しの憂いなく駆け回ればフラッグ三つをアイツだけでぶっ壊せる」
ベヘモットに関してはレイレイさんがいたとしても相性が悪い。
エデンは耐性を引き下げるが、ベヘモットの神話級特典武具はステータスに比例して耐性を引き上げる。
相反する効果がぶつかった場合は出力比べ。単機能特化<超級エンブリオ>であるエデンの出力は凄まじいが、ベヘモットのステータスに比例した耐性上昇ならばその効果を弱めることはできるだろう。
少なくとも、他の相手と違って即死級の効果は期待できない。
「二人というのは……またフィガロと貴方?」
「ああ。フルウォーミングアップして必殺も使ったフィガ公なら真っ向勝負でも勝算がある。が、さっきも言ったように見えてるこっちの最強札だからどこかで削られる。そして、俺の方も時間制限付きな時点で逃げられたら終わるってのは説明通りだ」
こっちの最大戦力は向こうより縛りが多い。
なので……。
「――つまり、そうさせない手段があってそのために此処に来たのね?」
「――話が早い」
俺がバレないように来たのは万が一にも皇国側に察せられないようにするためだ。
それだけ、この悪だくみは決行までの秘匿性が重要になる。
そして、第一王女の協力が必要不可欠になる。
「けれど……あの【獣王】をより勝率の低い戦いに引きずり込む手段なんてあるの?」
「あるさ。戦争中限定でな」
「戦争中限定……?」
戦争のルールは決定して、もう告知もされている。
後から弄ることはもうできないし、あっちもこっちもそのために準備を進めている。
けど――あの中に一つ、王国だけがいくらでも悪用できる条文がある。
「それはな……」
そうして、俺は第一王女に俺の策……“物理最強”を確勝の塩試合から勝敗分からぬ死闘に引きずり込む罠を明かす。
◇
「…………貴方、悪魔じゃないかしら?」
『失礼な。俺はアクマじゃなくてクマだクマ!』
神衣を着ぐるみに戻してお道化てみせるが、第一王女の目は露骨にドン引きしていた。
「普通……国王代理にそんなことを頼まないわよ」
『国王代理にしかできないから仕方ないクマ』
「…………それはそうだけれど」
第一王女が溜め息を吐く。
「……今度はこっちが後ろ指をさされないかしら?」
『勝負自体は真っ向勝負クマ。で、可能クマ?』
「……ええ」
『じゃあそれでお願いするクマ。実行タイミングは俺から<DIN>経由で王国全土に通知するクマ。そっちは<宝>の手配と、アレの用意を頼むクマ』
「……他の動きに偽装しながら所定の場所に運ばせておくわ」
段取りは済んだ。
あとは戦争……その最終盤を待つだけだ。
「……最後に聞きたいのだけれど」
着ぐるみから神衣に変えて立ち去ろうとする俺の背に、第一王女が問いかける。
「相手が逃げなかったとして……正面から戦って貴方は“物理最強”に勝てるの?」
それは気になることだろう。
策を尽くしても、それ自体はベヘモットに勝つ策じゃない。
俺とアイツが戦うための舞台作りでしかないのだから。
準備の先にあるのは、単純な力比べのみ。
その上で『お前にできるのか』と問われれば……返す言葉は唯一つ。
「――ああ、“物理最強”は俺が破壊してやる」
To be continued
(=ↀωↀ=)<次は二日後予定ですー




