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<Infinite Dendrogram>-インフィニット・デンドログラム-  作者: 海道 左近
序章 初めてのクエスト

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第六話 達成

□<旧レーヴ果樹園>外部 レイ・スターリング


 ネメシスのお陰で【デミドラグワーム】を倒した後、俺は地面に落ちた【デミドラグワーム】のドロップ【亜竜甲蟲の宝櫃】を回収し、ミリアーヌをおぶって<旧レーヴ果樹園>を脱出した。

 リリアーナの助っ人に行こうとは思わなかった。

 パーティメンバーのステータスを表示したウィンドウではリリアーナが未だ健在であったし、さっきのような奇跡が二度も三度も続くはずもない。

 もしここで調子に乗れば確実に台無しになる、そんな予感がした。


「退くが正解だの。あのティアンの女子なら死にはすまいよ。地力は勝っているのだから一対一なら時間はかかっても完勝するだろう」


 俺の<エンブリオ>らしいネメシスはそんな風に戦況を分析していた。


「生まれたばかりなのに俺よりこの世界に詳しそうだな」


 会ってもいないリリアーナのことも分かっているようだし。

 第0形態のときのことも記憶にあるのだろうか?


「人型であれども人ではないからの。そういう不思議なこともあるさ。それよりマスター? 御主に好奇心というものが在るならば、そろそろ奇跡の種明かしを始めるべきではないかの?」

「…………」


 何となく分かってきたが、ネメシスは回りくどい言い方が好きなタイプらしい。

 まぁ、意味が分かってしまう俺も俺だが。

 要するに「さっさとステータス画面で私の能力を確認しろ」と言っているのだ。

 『詳細ステータス画面』を見ると、『<エンブリオ>』という項目が増えている。

 さっそく開いてみると、ネメシスの姿とパラメーターが並んだウィンドウが表示された。


 ネメシス

 TYPE:メイデンwithアームズ

 到達形態:Ⅰ


 装備攻撃力:50

 装備防御力:15


 ステータス補正

 HP補正:D

 MP補正:G

 SP補正:F

 STR補正:F

 END補正:E

 DEX補正:G

 AGI補正:G

 LUC補正:G


 装備攻撃力、防御力というのはネメシスを武器として使ったときの数値、これは普通の武器や防具と同じ。

 そして補正は<エンブリオ>……ネメシスがいるだけで常に掛かるステータス補正らしい。こちらは固定値アップというわけではないようだ。それとGが最低ランクの補正とのこと。

 ちなみにレベルアップ時に成長するステータスもこの補正を受けるらしい。


「うん?」


 あまり強くはない。

 クマ兄の着ぐるみと比べるのもおかしいが、それを差し引いてもステータス自体はそこまで高くなっていないようだ。

 それも当たり前で、こんなでも<エンブリオ>としてネメシスはまだ生まれたばかりだ。

 しかしそれならなぜあの【デミドラグワーム】を倒せたのか。

 疑問に思っていると『保有スキル』という項目が見つかった。


 『保有スキル』

 《カウンター・アブソープション》Lv1:

ストックの数だけ攻撃を無効化する光の壁を生成する。

Lv1ではストックは<Infinite Dendrogram>内時間24hで1つ回復する。最大数は2。

 アクティブスキル


 《復讐するは我にありヴェンジェンス・イズ・マイン》:

 対象から24h以内に受けたダメージ合計値ダメージカウンターを倍化した固定ダメージ・防御能力無視攻撃を放つ。

 尚、他のスキルやアイテムで減算した数値や《カウンター・アブソープション》で無効化した数値もダメージカウンターに合算される。

 但し、一度放つとその対象に対するダメージカウンターはリセットされる。

 アクティブスキル


「これか……」


 《復讐するは我にあり》……相手から受けてきたダメージを倍にして返す攻撃スキル。

 納得した。道理で俺がデミドラグワームを倒せた訳だ。

 俺は【竜鱗】の効果で軽減こそしたが奴の攻撃を三度受けた。加えてネメシスがこちらのスキル、《カウンター・アブソープション》で一度無効化している。

 都合四度。1/10になったダメージで90ということは元のダメージは900前後。それが四度で3600ダメージ。さらに《復讐するは我にあり》のスキル効果で2倍になり7200ダメージ前後か。

 デミドラグワームのHPがどれだけあったかわからないが、7200以上のHPは持っていなかったということだろう。あるいは頭部に直撃を当てたからか。


「……種明かしされても奇跡だな」


 あの一撃必殺は、俺が弱く、相手が強かったから起きた結果だ。

 兄の渡してくれたアイテムで数度の瀕死を乗り越えたのも大きい。

 何より、ネメシスの固有スキルが完全にマッチしていた。


「随分と都合がいい結果になったもんだ」


 <エンブリオ>って個人の人格やらバイオリズムやら資質に合わせたオンリーワンだよな?

 今回の結果を見ると、まるで計ったかのようだ。

 あとダメージ受けるほど強いスキルって、俺がまるでドM扱いされているようだ。


「言っておくがの、これはマスターを観察し続けた結果だ。誤りはない」


 ネメシスは心外だと言わんばかりだった。

 ていうか俺の心の声に返事するのか。


「しかし、観察?」

「第0形態は、<エンブリオ>がマスターを観察するための期間だからの。マスターがどんな人間か観察し終えたら、其れに合わせて第一形態が誕生する。まぁ、同じような体験や行動でもマスターによる形態やスキルの違いはあるがのぅ」


 なるほど。

 つまりゲーム開始時からの俺の体験がそれなりには反映されている、と。

 ……思えば、開始直後にリリアーナとぶつかったことといい、【デミドラグワーム】の戦いといい、瀕死ダメージを受けまくった気がする。

 その結果がこのスキルなら受け入れるしかあるまい。


「……《カウンター・アブソープション》の方はマスターの人格によるものだと思うがの」

「ん?」


 どういうことだろうか。


「ああ、それとの。自分で言ってしまうがTYPE:メイデンの<エンブリオ>は中々レアなのだぞ? 私に感謝して自分の幸福を噛み締めるがいい」


 たしかにチェシャの言っていた通常カテゴリーにメイデンというのはなかった。

 レアかもしれないし色々教えてもらって助かるが、しかし自分のパーソナルで女の子が出てくるのは何だか微妙な気分でもある。


「微妙? 微妙だと?」


 あ、俺の心の声聞こえているんだっけ。


「聞こえておるわ! 微妙とは何だ微妙とは! この上なく当たりではないか! 美しさ! レア度! 何が不満だと言うのだ!」

「いや微妙なのはネメシスそのものではなくネメシスが俺から出てきたということであってだな……」


 などという掛け合いをしていると、<旧レーヴ果樹園>の入り口からリリアーナが姿を現した。

 身に纏った鎧は泥や土埃で汚れているが、彼女自身にはあまり怪我はないようだった。


「ミリア!」


 彼女は俺達の姿を見つけると、すぐに駆け寄ってきた。

 そして妹の寝顔を確認し、ホッと息をついた。


「ありがとうございます……妹を、守ってくれて……本当に、ありがとう……!」


 リリアーナは俺にそう礼を言い、その目からは涙さえ零れている。


「いや、うん……」


 困った。

 どう言葉を返せばいいか分からない。


「うむ。我がマスターと、何よりこのネメシスに感謝するがいい」


 ……そしてうちの<エンブリオ>はこれである。

 分かってきた。ネメシスは回りくどいのが好きだが上から目線も好きなのだ、と。

 性格面が俺と似てない。


「この子は、貴方の……?」

「ええ、まあ、<エンブリオ>です」


 リリアーナは、少し驚いたようにネメシスを見る。


「そう、やっぱり彼の弟である貴方も<エンブリオ>に選ばれた<マスター>なのね……、けれどメイデンなんてまるであの……」


 彼女が何かを言いかけたとき、


『おっしゃー! 地底世界脱出クマー!』


 地中からドッシャーンという効果音と共にクマ兄が飛び出してきた。


「……えー」


 生きてたんだ。

 そりゃ、ステータスはずっと黒く塗りつぶされてよく分からないまま残ってたけどさ。

 しかもクマ兄はなぜかガトリング砲を構えておらず、代わりに右手にスコップを持っていた。

 まさかそれで地中を進んできたのか。


『地下トンネル開通クマー!』


 直後、地面が僅かに揺れて、土砂の落ちる音と共にクマ兄の出てきた穴がふさがった。


『即落盤クマー!』


 うっさい。


「無事だったのかよ、兄貴」

『おう! あんな連中は俺とバルドルの第四形態で千切って投げたクマー!』

「第四? さっきのガトリング砲じゃなくて」

『あれは第二形態クマー』


 色々形態があるってことかな。


「知らぬと思うが、<エンブリオ>によっては任意で以前の形態を使うことができるぞ。クマニーサンはその類だったのだろう」


 ……クマニーサンって兄のことか?

 兄のことだな。


『そこの黒リはレイの<エンブリオ>クマ?』


 黒いロリ。略して黒リ。

 どっちもどっちだな。


「御初に御目にかかる。私はこのレイ・スターリングが<エンブリオ>、メイデンwithアームズのネメシス。今後ともよろしく、クマニーサン?」


 どうやらネメシスは兄のことをクマニーサン呼びで通す気のようである。


「それはそうと兄貴、生きていたのならもっと早く出てきてくれよ。こっちは危うく死ぬところだったぞ」


 都合四回くらい。


『それは難しいクマ。何せ、地下でデミドラ共とバトりっぱなしだったクマ』


 デミドラ……共?


『地下の大空洞にデミドラがうじゃうじゃいやがるの。いやー、虫嫌いじゃないけど流石に寒気がしたクマ』

「…………」


 あれが? うじゃうじゃ?

 ……長居しなくて良かった。


「あんなのがそんなに大量発生しているのか……怖すぎるだろ『初心者殺し』」


 流石はトラウマ製造機と言うべきか。


『そもそもここには一体だってデミドラは生息してなかったはずなんだがな……』

「え?」

『ま、見つけたのは全部始末しといたから、これから増えるってこともないだろうさ。さて、それより早く帰ろうぜ。ミリアちゃんも家に帰してあげないとだしよ』

「そうだな、帰ろうか」


 そうして、俺とネメシスとクマ兄、リリアーナとミリアーヌは帰路に着いた。

 王都からほど近い場所だったので、すぐに到着し、リリアーナ達とは門を抜けたところで別れた。

 その際、リリアーナは「この御恩は必ず返します」と言い、目が覚めたミリアーヌはずっと大事に籠に入れていた【レムの実】を俺達に一つずつ渡して、「ありがとう」と言ってくれた。

 そして、姉妹で手を繋いで家路に着くのを見ていると、


【クエスト【探し人―ミリアーヌ・グランドリア】を達成しました】


 メッセージが表示され、ようやくクエストが終了したことを実感した。


「終わったー……」


 開始早々にトンでもない修羅場を潜ってしまった気がする。


「報酬はレムの実一つか。苦労の割にはしょぼいものだの」


 日本円で500円くらいの果物だったか。

 けれど、俺はそれ以上の価値があると思っている。

 俺は服でレムの実を磨いて、口にした。

 レムの実は苺の味と林檎の食感をあわせたような果物だった。

 けれどその一口は、苺よりも林檎よりも、美味だった。

 達成感の、味がした。


『さーて打ち上げクマー。夕飯にするクマー。今日はレイの初インの日だからご馳走を用意しておいたクマー』

「そうなの?」

『肉も野菜も山盛りで準備してあるクマー。最高級品クマー』

「ほう、心惹かれるのう」


 それは美味しそうだ。ネメシスも同意見らしい……って<エンブリオ>も飯食うんだ。


『そしてデザートには【レムの実】を用意してあるクマー』

「おー…………おぉ?」

『夕飯のために朝から市場の【レムの実】を買い占めておいたクマー。食べ放題クマー』

「……………………おい」


 たしかさ、ミリアーヌが<旧レーヴ果樹園>に行った理由って、【レムの実】が売ってなかったからだったよな?

 それってつまりは……。


「てめえが発端じゃねえかクマ兄貴ぃぃぃぃぃぃ!!!?」


 その日、俺のやりきれない絶叫が王都中に木霊した。


 To be continued


7/9です。

序章のクエストはこれで解決。

次とその次はエピローグ&説明回です。

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― 新着の感想 ―
人格、ねぇ…未だに分かりませんね、カウンター・アブソープションは。
クマニーサン…
[一言] エンブリオ、PSOのマグを思い出す
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