第一五九話 戦争≠対岸の火事
(=ↀωↀ=)<この戦争編最終盤に関しての作者の悩み
(=ↀωↀ=)<レイ君やクマニーサンの決戦をまず締めるか
(=ↀωↀ=)<レイ君やクマニーサンの決戦で締めるか
(=ↀωↀ=)<悩んだ結果
(=ↀωↀ=)<レイ君の決戦から始めて、間を挟んで、最後に締める形になりました
□■ドライフ皇国・<カドン草原>
皇都の東のエリアである<カドン草原>では、幾人もの<マスター>が活動していた。
セーブポイントのある皇都に近いこの辺りは皇国でも比較的自然が豊かであり、それもあってこの<カドン草原>も開拓され、今はそれなりに広い範囲が農場になっている。
皇国の飢餓の規模を考えれば焼け石に水のようなものだが、それでも現状では数少ない食料の自給手段。
そのため、その作物を狙うモンスターを撃退するクエストも常設されており、始めたばかりのルーキー達にとっては良い活躍の場だった。
しかし、今日はルーキー以外の人間の姿もそれなりに視られた。
戦争最終日であるこの日も、彼らはいつもと変わらぬ日常を過ごしている。
彼らは<マスター>だが、ランカーではない。
決闘や討伐のランキングとは縁遠く、態々戦争のためにランキングクランに一時加入する気もなかった者達。
ゆえに今は戦場の外……皇国で戦時中の三十倍加速を活用して討伐やクエストに勤しんでいる。
彼らにとって、今回の<トライ・フラッグス>は自国の戦争ではあるものの対岸の火事だった。
戦争期間中、いつもより長くゲームができるだけのボーナスタイムでしかない。
こうしたカジュアル遊戯派とも呼ばれる者達は主流ではないが、少数とも言えない。
「この戦争もあと最大半日で終わりかぁ」
「そうだなー」
そんな彼らでも、どちらが勝つのかは気になっていた。
自国の存亡を掛けた戦争に対するものというよりはスポーツの国際試合で勝つかどうか程度の感情。熱心ではないが無関心とまでは言えない、そんなところだ。
其処彼処でこの戦争はどうなるんだろうという雑談は行われている。
「今のところフラッグの残数は二対二の五分だろ?」
「でも、<砦>が先に落ちたのは皇国だからこのままなら王国の勝ちだな」
「これ以上どっちも落ちないとかあるか?」
「ないね。お互いの<超級>がフラッグを餌に果たし状を出したらしいし」
「果たし状っつーかアナウンスだけどな」
「あー、フランクリンが“不屈”に出して、【破壊王】が【獣王】に出した奴ね」
「その対戦気になるけど直接は見れないから後で誰か動画上げて欲しいわー」
戦争について話していても、そこに悲壮感はない。
中には勝敗を賭けている者までいた。
皇国が勝っても、王国が勝っても、彼らにはどちらでもいい。
彼らがそれほど呑気なのは、カジュアルな<マスター>だからでもある。
それを示すように、皇国の幾つかの狩場には皇国の<マスター>だけでなく王国所属の<マスター>もいる。
王国内のエリアがランカー以外立ち入れない戦場になって狩場にできないので、この期間中は隣国に移動しているのだ。
彼らは戦争に参加するほど国の勝利に熱心でない。
<マスター>とはこの世界にルーツのない根無し草。
逆に言えば根を下ろせたものは何を措いても参戦しているが、彼らはそうではなかったというだけだ。
また、今回の戦争は勝った国が相手の支配権を得る総取りだ。
総取りとは足し算であり、合計は同じ。
二国分がまとまるだけだ。
どちらが勝とうと彼らには大差なく、どちらが負けても彼らに大禍はない。
勝敗で変わりうるのは互いの国を動かす人間の扱いやポジション、生死であり、そんなものは彼ら……カジュアルな<マスター>には関係がない。
死んでほしくないティアンや守りたいティアンがいるからこそ参戦した者達とは、そこが決定的に違う。
また、戦争の勝者側の<マスター>に恩賞はあるだろうが、それも参加者のみで彼らには関係がない。
対岸の火事だ。
「結局どっちが勝つかね?」
「皇国だろ。【獣王】に勝てる<マスター>なんていねーよ」
「王国も最近は<超級>戦力拡充したぞ」
「それは皇国も同じだろ」
「皇国の追加した<超級>はもう全員落ちてるけどな」
「お前ら分かってねーなー。数の話じゃないんだ。質だよ質! なんたって最強だぞ?」
戦争当事国に属していても、彼らにとっては他人事。
皇国も王国も彼らのような手合いは最初から戦力に数えていない。
そのために戦争参加者を志願制、あるいは〈トーナメント〉などの契約で縛った。
さらに言えば、エリアに出ることが禁じられていない皇国では、そんな彼らでも戦争参加によって実行者が欠けた討伐や採取の依頼をある程度は担えることになる。
恒常依頼も普段よりも割増しした報酬を出していたので、三〇倍加速中の小遣い稼ぎとして呑気にクエストに挑む者も多い。
「あれは……何だ?」
そんな彼らの中で、エリアの東にいる者達は奇妙な移動物体を見つけた。
『ハイホーハイホー、走れや走れ』
『ハイホーハイホー、お姫様がお急ぎだ』
それは、輿を担いで走る七人の小人だった。
小人は鉱人種に似ているがどこかデフォルメが効いており、非生物的ですらある。
輿の方は天地の武将の一部などが戦場で座上することもある代物だが、皇国ではまず見ない代物だ。
「ひぃん……遅刻しちゃう……遅刻しちゃう……」
輿に乗っていたのは、一人の女性<マスター>だった。
容貌はとても可愛らしいが涙目で困った顔をしている。
また、胸部は輿の動きに合わせて揺れている。
涙目の顔と主張の激しい胸。どちらに視線をとられるかは人によるだろう。
「セブン・ドワーフさん達、もっと急いでぇ……」
『ハイホーハイホー、それは無理』
『ハイホーハイホー、儂らのベースは第四ですだ』
『ハイホーハイホー、何より雑用、移動は不向』
「うぅ……変なドラゴンにペリカンさんが撃ち落とされてなければぁ……」
『ハイホーハイホー、再誕にはしばらくかかる』
『ハイホーハイホー、相変わらず運がないっすよねミミィ様』
泣き言を言いながら、輿に乗った少女……ミミィは、西の皇都を目指している。
「約束したログイン時間に間に合わないとお仕事失敗しちゃうのにぃ……、みゃあ……」
奇妙な声を漏らしながら、ミミィはボロボロ泣いていた。
「嫌だなぁ……ザカライアさん、いつもニコニコしたフリしてるけど……短気だから……怒られる……怒られるぅ……」
自分のクランのオーナー……今はサブオーナーに戻った人物の名を挙げ、ミミィは項垂れる。
『ハイホーハイホー、ぶっ殺せばよろしいのでは?』
「ザカライアさんは今のわたしより少し強いし、倒しても『鋳型』が取れないもん……」
『ハイホーハイホー、あいつらがまだ死んだままっすからね』
『ハイホーハイホー、レジェンダリアを脱出したときは大変でしただ』
『ハイホーハイホー、阻むは鏖殺、正当防衛、死した精鋭数知れず』
『ハイホーハイホー、消費は激しい』
『ハイホーハイホー、逆に儂らみたいに弱いと休みなしの大忙しじゃ』
「戦力以前にそもそもクランの仲間同士で争うのがちょっと駄目だよぉ……ハァ……」
七人の小人と話したミミィは溜息を吐き、チラリと時計を見る。
「うぅ……時間ギリギリ……間に合ってぇ……間に合ってぇ……」
涙目のミミィを乗せながら、輿は皇都へと向かっていく。
そんな彼女の様子を見ていたカジュアル遊戯派の<マスター>達は『何だあの子?』、『可愛い』、『おっぱいやべぇ……』など様々なことを思っていた。
『ナンパでもしてみるか?』、『お前声掛けてみろよ』などと軽口を言い合っている者もいる。
見知らぬミミィを眺める彼らは呑気だった。
目を惹く少女の往来も、デンドロではよくある出来事……ちょっとした面白イベントとしか思わない。
なので気になって目で追うが、そこには今起きている戦争と同様……危機感の類は何もない。
戦争の勝敗は彼らから遠く、戦場すらも異国の地。
彼らの誰もがこの戦争によって自分達が大きく変わることはないと思っていた。
戦いとは呼べぬゲームを繰り返して、<Infinite Dendrogram>を楽しむだけ。
けれど、彼らは知らなかった。
本当の意味での戦いも、無視し得ぬ変化も、常に対岸にあるようなものではない、と。
「……あん?」
ミミィを目で追う内に、彼女の向かう先も彼らの視界に入る。
「え?」
「なんか……燃えてね?」
視界の中には――炎上する皇都ヴァンデルヘイム。
彼らは、自分達の生活している都市から立ち上る炎と煙を目にした。
より都市に近づけば、銃声と爆音、悲鳴までもが聞こえてくる。
それは、王国で起きている戦いよりも……『戦争』を思わせるもの。
そして、自分達に否応なく変化を強いるものでもある。
「えぇ……」
皇都の中から立ち上る煙を見ながら、ミミィは泣き言を漏らす。
「なにこれ知らない……聞いてないよ議長ぉ……」
自らをこの地に派遣した上司に向けた泣き言を溢しながら、ミミィは燃える皇都を見る。
しかし泣き言を言いながらも、涙を零しながらも、彼女の目は周囲のカジュアル遊戯派とはまるで違う。
彼女は――。
「――やだなぁ」
――目の前の戦場を見据えて戦う者の目をしていた。
To be continued
(=ↀωↀ=)<明日も更新しますー
(=ↀωↀ=)<あとニコニコ静画で漫画版72話が更新されてました
(=ↀωↀ=)<コメント付きだとまた別の味わいがありますね
(=ↀωↀ=)<余談ですが
(=ↀωↀ=)<お盆あたりに今井先生から74-76話のネームが三話分一気に届きました
(=ↀωↀ=)<面白かったので完成して皆様の目に届く日が楽しみです




